2006年度 新学部・新学科開設記念 連続シンポジウム
『未来を拓く魔法の新素材-光触媒の現状とさらなる可能性-』

酸化チタン光触媒を用いた機能ぬれ表面 (中島章)

写真
中島章氏
(Ph.D、東京工業大学理工学研究所助教授)
 光があたることで、特定の化学反応を促進する触媒の働きを示すようになる物質が「光触媒」、そしてその代表格として注目されているのが「酸化チタン」です。昔から白い顔料として、塗料や化粧品にも広く用いられてきたこの物質は、原料も豊富で安価、人体にも安全、しかも光触媒としての機能も優れていることが、次第に明らかになってきたのです。

  酸化チタンに波長380ナノメートル以下の紫外線があたると、一部の電子は高いエネルギーを持って伝導帯へ飛び出し、同時にそれが抜けたあとに「ホール(穴)」が生じ、「励起状態」になります。電子の方は強い還元力、ホールの方は強い酸化力を持つので、これらが表面に現れると、接触した物質に作用し、触媒として働くのです。

 たとえば、水や酸素が接触すると、強い酸化力を持った活性酸素が発生する。これが、あらゆる有機物を分解します。したがって、ある程度時間をかければ、ダイオキシンのような有害物質やウイルス、細菌をも、酸化チタンだけを使って二酸化炭素と水にまで分解してしまうことが可能なのです。

  また、励起した酸化チタンは水に非常にぬれやすくなる「超親水性」を示します。しかも、一定量の光を照射すると、水にも油にもぬれやすい「両親媒性」という特殊な性質を示し、このことが一層高度な「ぬれ」につながっていると考えられます。ただ、これらのメカニズムはまだ完全には解明されていません。

 この酸化チタンを様々な物の表面にコーティングすることにより、生活に役立つ機能的な「ぬれ」を実現します。そのための技術が現在盛んに研究され、また実用化も進んでいます。

 まず、セルフクリーニング機能があります。酸化チタンの表面に油性の汚れが付着した場合、そこに水がかかると、超親水性により水が汚れの下にもぐりこみ、引きはがしてしまう。そのため、酸化・分解力とあいまって、非常に汚れにくくなるのです。

 これは雨が降れば自然に汚れが落ちるメンテナンスフリーの外壁などで、すでに実用化されています。また、内視鏡のレンズへの応用も研究されていて、通常は血液、体液、脂肪などの汚れを、10〜15分ごとに患者の体から引き抜いて洗浄しなければならないのですが、10時間に及ぶ術中、洗浄なしで十分な視界を確保できたという実績があります。

 ぬれやすいということは、水が表面全体に広がり水滴ができないということでもあります。きわめて高度な親水性を示す酸化チタンの表面では、ごく細かい水滴による「くもり」も起こりません。これは車のミラー、ウインドウなどで実用化されています。

 また、水が物の表面に薄く広がれば当然、蒸発しやすくなる。その蒸発熱を利用し、外壁に水を少しずつ流すことで、建物全体を冷やす研究も進んでいます。

 一方、撥水加工において微量の酸化チタンを混ぜることにより、撥水性が長期間持続することも知られており、これは、撥水性が劣化する原因となる汚れを分解する役割をはたすからではないかと考えられています。

 酸化チタンのこうした優れた力も、十分な紫外線があたらなければ発揮されません。この光触媒の弱点を補う研究も進められています。

 まず、超親水性を長く持続させる方法があります。酸化チタンにシリカをまぜると、光を遮断しても300〜350時間は親水性が保たれる。これは、シリカの蓄水性によって、酸化チタンが阻水化したときに両親媒状態が実現したためと考えられます。すでに車のドアミラーなどに使われている技術です。

 また、紫外線が屋外の1000分の1という室内の環境で、光触媒を活用するための研究も行なわれています。その一つは、酸化チタンを「タングステン」と組み合わせ、励起した電子をタングステン側に逃がすことで、電子とホールの再結合を妨げるというアイデアです。屋外光の100分の1程度の紫外線で高度な親水性を実現することに成功しています。

 これらはすべて日本発の新技術で、今後が大いに期待されます。


建築材料用光触媒コーティング材の開発と応用 (高濱孝一)

写真
高濱孝一氏
(松下電工先行技術開発研究所機能材料研究室室長)
酸化チタンという光触媒の応用範囲は、主にその分解力を生かした防臭・抗菌・環境浄化、主に親水性を生かした防滴・建築物の冷却、両者を生かした防汚と、多岐にわたります。ただ、現在のところ、十分な紫外線があたる場所でなければ、本来の力を発揮させることができません。そこで私ども松下電工では、将来的に弊社の様々な商品に応用するための研究を進めつつ、光触媒の機能を確実に期待できる屋外使用のものから順に商品化しております。

 いくつか例をあげると、まず屋外照明器具。長寿命のランプを使用するとともにカバーに光触媒をコートすることで、汚れによって明るさが落ちることもなくなり、メンテナンスフリーを実現しました。他社との共同開発による視認性のよい車のドアミラーは、標準仕様とする車種が増えてきています。また、窓用の板ガラスも他者と共同開発しており、弊社ビルの実績では、通常年6回のクリーニングが年1回ですんでいます。加えて、防汚と同時に抗菌、防臭など複数の効果もねらった、医療用の照明器具も、近々商品化の予定です。

 そうしたなかで主力商品となっているのが、酸化チタンをコートした外装材、およびそのコーティング材です。

 一般に外装材は、値引き競争が激しく利益率の低い商品ですが、弊社製品はセルフクリーニング機能という付加価値が高く評価され、ほぼ定価で販売することができました。

 一方、コーティング材についても、ご利用いただいたお客様には大変喜んでいただいております。一度、現場の手違いによる塗り残し部分が汚れ、お叱りを受けたことがあるのですが、それが怪我の功名となって、逆に光触媒の効果を実感していただくことができました。しかし、防汚効果は、ある程度時間が経過し、しかも比較対象がないと理解していただけない、その難しさを改めて知らされた経験でもありました。以来、漫画でわかりやすく説明をするなど、いろいろと工夫しています。

 ただ、光触媒コーティング材の普及を難しくする、さらに大きな要因があります。酸化チタンは非常に酸化力が強く、汚れだけでなくあらゆる有機物を分解してしまいます。したがって、タイルなどの無機素材には直接塗ることができますが、有機素材の場合はシリコン系のガード層を間にはさまなければなりません。そのため、色づけの有機塗料の上にコートする場合をはじめ、全体で3度、4度の塗装が必要ということが珍しくないのです。この場合、乾燥のためのインターバルも含め2〜3日、天候によってはそれ以上の日数が必要ですから、材料費だけでなく、人件費もかさむことになります。この点については、どのような素材に対しても1度ないし2度ぬりですむような技術開発を急いでいるところです。

 なお、光触媒コーティング材の超親水性を利用し、壁面に水(シリカ分を含まない雨水)を流してその蒸発熱によって建物全体を冷やす実験も行なっています。これは、壁自体を冷やして屋内冷房の省エネ、同時に周囲の空気を冷やしてヒートアイランド現象の緩和を図ろうというアイデアです。真夏の実績で、室内の気温を3〜3.5度下げることができたのですが、体感としてはそれ以上の涼しさを感じました。壁が冷やされたため、その「輻射熱」も抑えられたからだと考えられます。

 このように、今後ますます発展が期待される光触媒の技術ですが、大きな話題となったために好ましくない事態も起こっています。室内など効果の期待できない環境で使うものについても、酸化チタン使用をうたった商品が出はじめているのです。これでは結果的に酸化チタン自体の性能が疑われることにもなりかねません。

 そのため私どもでは、ISO取得による技術の標準化への取り組みを進めています。これは、日本発の光触媒技術が、世界的な地位を確立することにもつながると考えています。


酸化チタン光触媒と太陽光を利用した環境浄化とクリーンエネルギー創製 (安保正一)

写真
安保正一氏
(工学博士、大阪府立大学工学部教授)
 現在、人類がかかえている深刻な問題「環境汚染、地球温暖化、エネルギー危機」に対して、酸化チタン光触媒はその解決に大きく寄与することが期待されています。

 環境浄化に関しては、酸化チタンを使って、活性炭などによる吸着では取りきれない有害物質を分解してしまうタイプの空気清浄機がすでに商品化されており、温泉水を水質を変えずに浄化する装置なども開発されています。また、道路の防護壁に応用して「NOx、SOx」などの汚染物質を分解する試みも一定の効果が実証されています。実験室レベルではさらに、「ゼオライト(沸石)」の微細な骨格の中に酸化チタンを組み込み、反応の効率をあげて、NOxを短時間で窒素と酸素にまで完全に分解することにも成功していますが、まだ組み込める酸化チタンの量に限度があり、実用化は今後の課題です。

 温暖化、エネルギー問題については、酸化チタンは、太陽光をうまく利用したクリーンエネルギーの創製という大きな可能性をひめています。

 ご存知のように、植物は「クロロフィル」という光触媒を使って光合成を行い、太陽エネルギーを生物が利用可能な化学エネルギーへと、効率的に変換しています。私たち研究者の夢は、酸化チタンを使ってこの光合成を人工的に行なうことにあります。しかし決定的な問題は、クロロフィルが波長400〜800ナノメートルという豊富な可視光を利用できるのに対し、酸化チタンは太陽光のわずか3%の紫外線しか利用できない点です。

 酸化チタンを何とか可視光で活性化できないか(「可視光化」)という課題に世界中の学者が取り組んでいます。その多くは、酸化チタンに別の金属原子などをドープするというものですが、残念ながら今のところかんばしい結果は出ていません。

 その中で私たちは、「イオン注入」というやはり日本が誇る技術を使って、酸化チタンの可視光化に成功しました。これは、「クロム」や「バナジウム」などの金属原子をイオン化し、高電場で加速して酸化チタンに衝突させ、注入するというもの。これにより、最大で太陽光の25%程度を利用できる光触媒ができたのです。ただこの方法は、大量生産ができないので実用化は難しいと考えられます。

 そこでさらに模索を続けた結果、より一般的な方法で可視光化が実現できることを発見しました。それはICの製造などにも使われる「スパッタ法」です。酸化チタンの表面を「アルゴン」のプラズマで削り、その粒子を一定の温度に加熱した基盤上に堆積させると、これが可視光を吸収できる光触媒の「薄膜」となるのです。

 こうして作った薄膜を金属基盤上に装着し、裏側に白金を「スパッタ」し、これを二層の水の間に置く。そして酸化チタン側に波長450ナノメートルの可視光をあてると、水が分解されて、酸化チタン側から酸素が、白金側から水素が発生します。太陽光をあてても同じ現象が起こることはいうまでもありません。

 水素は最近、燃料電池に使われることでも注目されていますが、燃やしても水(水蒸気)が発生するだけのクリーンなエネルギーです。つまり、水と太陽光だけを使って、環境負荷のないエネルギーを作ることに成功したわけです。また、可視光タイプの酸化チタンによって、色素を使わない安定した「薄膜太陽電池」も開発できそうです。

 もちろん、光触媒の一層の効率化、水素発生システムの大容量化と、実用化までの道のりはまだまだ容易ではありません。しかし、一歩を踏み出したことも事実です。

  地球に降り注ぐ膨大な太陽エネルギー。その10万分の1、100万分の1でも利用できれば、人間の生活に必要なエネルギーはまかなえてしまいます。光触媒は、それを実現するための技術といってもいいかもしれません。

▲このページのTOPへ
開催予定
7月16日(土)
文学部主催/池澤夏樹氏(作家)
『思想の道具としての日本語』
採録はこちら
7月30日(土)
経済政策学科主催/神野直彦氏 (東京大学教授)、小島明氏 (日本経済研究センター会長) 『グローバル化時代の人づくり』
採録はこちら
9月24日(土)
立教大学主催/村上龍氏 (作家)、小島貴子氏 (本学コオプ・コーディネーター) 他、トークセッション『問いを立てる能力』
採録はこちら
10月8日(土)
経済学部主催/加藤紘一氏(自民党衆議院議員)、岡田克也氏(民主党衆議院議員)、寺島実郎氏(三井物産戦略研究所所長)、泉宣道氏(日本経済新聞社編集局次長兼アジア部長)他 『日本のアジア政策を考える』
採録はこちら
10月11日(火)
経営学部主催/北城恪太郎氏(経済同友会代表幹事、日本アイ・ビー・エム会長)、中村江里子氏(フリーアナウンサー) 『グローバルに活躍する人材』
採録はこちら
10月29日(土)
立教大学・東京中小企業家同友会共催/林文子氏(ダイエー会長兼CEO) 『輝く未来へ〜仕事を通じて人生を学ぶ〜』
採録はこちら
11月3日(木)
コミュニティ福祉学部主催/レスリー・チェノウエス氏(クイーンズランド大学上級講師)他 『福祉先進国における しょうがいしゃ福祉:その実態と課題』
採録はこちら
11月14日(月)
現代心理学部主催/鍋田恭孝氏(精神科医)VS 香山リカ氏(精神科医) 『対談:思春期の心と身体−美しさへのこだわりの意味をめぐって−』
採録はこちら
11月26日(土)
理学部主催/安保正一氏(工学博士、大阪府立大学工学部教授)他、『未来を拓く魔法の新素材−光触媒の現状とさらなる可能性−』
採録はこちら
12月3日(土)
社会学部主催/久保伸太郎氏(日本テレビ放送網社長)他、『フルデジタルの時代へ−21世紀のテレビとは−』
採録はこちら
12月15日(木)
立教大学主催/玄田有史氏(東京大学助教授)、本学OB・OG、 小島貴子 (本学コオプ・コーディネーター) 『立教大学がめざすもの』
採録はこちら

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright 2005 Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.