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香山リカ対談

仏教の智慧(ちえ)を現代に生かす アルボムッレ・スマナサーラ(スリランカ上座仏教[テーラワーダ仏教]長老) × 香山リカ(立教大学教授・精神科医)

2010年11月16日掲載

お釈迦様の教えは宗教ではなく科学

香山リカ(以下、香山) スマナサーラ師が長老をつとめる「テーラワーダ仏教」は、一般的な仏教と比べ、どのような違いがあるのでしょうか。

スマナサーラ 日本に伝わった仏教の多くは、お釈迦様の死後、数100年を経てから発達した宗派で、特定の仏様を拝んだり、念仏を唱えたりすることで極楽浄土に行けるといったような、信仰型の宗教です。

これに対し、テーラワーダ仏教は、2500年以上前にお釈迦様自身が弟子たちに語った教えを、ほぼそのままの形で受け継いでいます。それは、人間の心を深く見つめ分析することから導き出された、苦しみから逃れて、楽しく明るく生きるための具体的かつ実践的な智慧(ちえ)であり、神秘的・呪術的な要素は一切ありません。逆に私たちは、「信仰」することを禁止しています。なぜならそれは何者かにすがる行為だからです。

香山 すると、宗教というより哲学というイメージでしょうか。

スマナサーラ いいえ、むしろ科学に近いと考えています。お釈迦様は、自分の考えが万人に当てはまるかどうか、徹底的に検証しました。理論と実証、それはまさに科学の方法論なのです。

香山 ということは、反証が出てきて仮説が覆り、教えの内容が変わってしまうこともあるのでしょうか。

スマナサーラ 物質を扱う科学の場合、研究対象は膨大で、どの分野もまだまだ証拠不十分。そこを推論で埋めるしかないという、発展途上の段階ですから、反証が出てくるのも当然でしょう。

これに対して、仏教は人間の心のみを扱い、推論を差し挟まず、100%の証拠がそろって初めて事実と認めるという態度を貫いて、検証を行ってきました。ですから、私たちの教えの体系は、ほぼ完成しているという自信に満ちたものなのです。

香山 「地球は丸い」ということと同じレベルの、実証済みの事実だということですか。

スマナサーラ その通りです。ですから私たちの教えには選択の余地がありません。

どういうことかというと、一般の信仰型宗教は、どの神様、仏様を信じるか選べますよね。その代わり、宗教の側では信者と信者以外を区別し、ほかの宗教に対しては排他的になります。

ところがテーラワーダ仏教は、誰にとっても地球が丸いことと同様、どんな神様を信じていようと、あるいは信じていまいと、受け入れざるを得ない真理なのです。従って私たちは、どんな人も差別しませんし、ほかの宗教と衝突することもありません。「生きとし生けるものを慈しみなさい」と堂々と言える、本当の意味での世界宗教と言っていいでしょう。

香山 心を扱う科学という点では、まさに私の専門である精神科の医学と重なるわけですね。

スマナサーラ お釈迦様自身、自分は医者だと言っています。ただし、心のみを治し、体は管轄外だと。

香山 医学と宗教がどう手を結ぶか、なかなか難しい課題ですが、例えばスリランカではどのような状況ですか。

スマナサーラ テーラワーダ仏教と科学とは協力関係が成り立っています。ですから、体の医者は多くいますが、精神科医は非常に少ないのです。脳にはっきりした障害が認められ、薬品や手術などでの治療が適切な患者さんだけがそちらへ行き、それ以外の心の問題は、私たちが引き受けているわけです。

日本では、精神科医がある程度私たちの役割も果たさなければならないと思うので、仏教の方法論を研究することは有効なのではないでしょうか。