メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

07月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

香山リカ対談

『ちづる』が教えてくれたこと 赤 正和(2010年度立教大学卒業生 ドキュメンタリー映画『ちづる』監督) × 香山リカ(立教大学教授・精神科医)

2012年2月16日掲載

2010年度に現代心理学部映像身体学科を卒業した赤崎正和さんが、卒業制作として撮影したドキュメンタリー映画『ちづる』。自閉症と知的しょうがいを持つ妹と家族の生活をみずみずしく描いた作品で、2011年秋より一般公開され注目を集めています。今回は赤崎さんをお招きして、妹を撮影しようと思ったきっかけや、公開後の反響、立教大学での学びから得られたことなどのお話を伺いました。

妹を卒業制作のテーマに

香山リカ(以下、香山) 映画のタイトル『ちづる』というのは妹さんの名前ですね。撮影にはどれぐらいの期間を掛けたのですか?

赤崎正和(以下、赤崎) 3年次の秋から4年次の冬くらいまでの約1年間です。

香山 指導教授はドキュメンタリー映画監督でもある現代心理学部映像身体学科の池谷薫特任教授ですが、どうして池谷先生のゼミを選んだのですか?

赤崎 卒業制作作品にドキュメンタリーを撮りたいという気持ちがあり、池谷先生のゼミを選びましたが、まさか妹や家族を撮ることになるとは考えていませんでした。ただ、妹を通してしょうがい者に対する差別みたいなものを子どものころから感じていて、その理不尽さに対する怒りも抱いていました。その一方でぼく自身、友だちや親しい人にも妹のことは隠していました。ですが、妹と一緒に暮らしていると、時に驚くような「事件」を起こしたり、わがままだったり、でも無邪気な笑いがあったりと楽しいことが多いのも事実です。「しょうがい」に対して持たれているネガティブなイメージと実際はこんなに違う、ということを伝えたくて、卒業制作はしょうがいをテーマにドキュメンタリー映画を作りたいと思いました。そう思いながらも妹のことは一番避けたい部分ではありました。

香山 以前、池谷先生と対談した際に、赤崎さんに妹さんを撮ることを勧めたのは池谷先生ご自身だと伺いました。

赤崎 そうです。池谷先生に卒業制作のテーマを伝えたときに妹のことも打ち明けました。そうしたら先生から、「それなら妹を撮ったらどうだ」と勧められました。でもそう言われたときは痛いところをつかれたという思いでした。「絶対に嫌です。妹は一番撮りたくないです」と、その場では言いましたが、帰宅して母にそれとなく話してみたところ、意外にあっさり「いいんじゃない」と言ってくれました。「第三者でしょうがいを持っている人を撮るとなると大変だけど、家族なら何でも撮れるじゃない」という理由でした。

香山 お母様の反応には拍子抜けしましたか?

  • 映画『ちづる』ポスター

赤崎 かなり拍子抜けしました。それで池谷先生に「妹を撮ります」と報告したところ、先生からは、「しょうがい者に対する差別への怒りをそのままぶつけるよりは、お前が感じている人とのつながり、家族のつながりを撮った方が絶対に見る人の心には届くぞ」と、助言をいただき、そのおかげで気持ちが整理できました。今までは、自分にとって当たり前である妹の存在を、誰にも言えずに過ごしてきましたが、「人に妹のことを言葉で伝えるよりも実際に見てもらいたい。見てくれた人に一緒に笑ってほしい」という思いが強くなり、絶対に映画を完成させようと決意しました。

香山 映画が完成したら、普通はそこで先生に提出して、卒業制作作品としての審査を経て終りになりますが、一般公開の話が来たときはどういう気持ちでしたか?

赤崎 信じられないという思いでした。実は池谷先生は制作中から「この作品は劇場で一般公開するぞ、映画祭にも出すぞ」とおっしゃっていましたが、映画作りも初めてだし、そんなことが可能なのかにわかに信じられませんでした。でも、多くの人に見てもらえる、楽しんでもらえるものを作ろうと精いっぱい取り組みました。

香山 見にきてくださる方はどのような方たちが多いのですか?

赤崎 公開当初に見にきてくださった方はぼくの親ぐらいの世代や、それより上の年代の方が多かったようです。自閉症をはじめ、何らかのしょうがいを持った子どものご家族が関心を持ってくださいました。

香山 赤崎さんと同じような世代はどうでしょう?

赤崎 はい、見にきてくれました。例えば、ぼくと母が就職でもめるシーンでは、同世代ならではの問題に共感してくれて、「自分も似たような経験がある」という感想をいただきました。
それから、ぼくと同じようにしょうがいのある兄弟・姉妹がいる人を平仮名で「きょうだい」と称するのですが、そうした人たちが映画を見て、「実は自分の兄も」、「弟も」とカミングアウトしてくれることもありました。今までは周りにしょうがい者の家族を持つ人がいても、一人ひとり、周囲の状況もしょうがいも違うため、あまり話す機会がありませんでした。今は映画を見てくれたことがきっかけで、つながりを持つことができました。映画を通じて「きょうだい」に出会えたことがすごくうれしいですね。「きょうだい」だからこそ分かり合えることがあるはずですし、もっと横のつながりを持てたら良いなと思います。

香山 たしかに、しょうがい者の子どもを持つ親の会はあっても、「きょうだい」の会の話はあまり聞きません。きっと「きょうだい」は、親とはまた違った思いでつながっているに違いないですね。
それから、『ちづる』の上映では、配給・宣伝をすべて立教大生による上映委員会が行っていて、映画界に一石を投じていますね。

赤崎 配給・宣伝をプロの会社に任せず、学生が作った映画を学生の手で社会に届けようと、学内で参加者を募りました。結果、大勢の学生が集まってくれました。もともとは、山形国際ドキュメンタリー映画祭の作品を学内で上映するために活動している「ヤマガタ in 立教」という学生団体があるのですが、ぼくがその活動を手伝ったことが縁で、「ヤマガタ in 立教」の番外編として『ちづる』の学内上映が決まりました。上映委員会には「ヤマガタ in 立教」のメンバーが多数参加してくれました。上映活動や宣伝に興味がある人もいれば、ドキュメンタリー映画が好きな人、デザインに興味がある人、福祉の勉強をしていてぼくと同じ「きょうだい」の人など、学部も学年も異なる学生が集まり、知恵を出し合ってくれました。