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多彩な経験の場を提供することで学生の自立をサポート 吉岡 知哉(立教大学総長) × 香山リカ(立教大学教授・精神科医)

2012年4月1日掲載

香山 私は現代心理学部の代表として、全学的な委員会である「キャリア支援委員会」の委員をしています。自分の進路に悩む学生に対して、どのような進路の可能性を示すべきかが、私たちキャリア支援委員会でも議論になっています。

吉岡 確かに難しいですね。学生が自らの進路を考えるためには、先ほども申し上げた通り、多様な経験を積むことが重要です。学生時代はやり直しが許される特権的な時間です。大学在学中は失敗を恐れず何事にもチャレンジしてほしいですね。同時に、学生の興味を引き出し、新しい世界へ誘惑することが、大学、そして私たち教員の役割でもあるのだと思います。

香山 そういう意味では、私が所属している映像身体学科では、教員の顔ぶれも多彩で「映像」や「身体表現」を学ぶことができます。それだけに、役者やダンサー、放送局や広告代理店などのクリエイティブ職を希望する学生が非常に多くいます。しかし、皆が希望の職に就けるわけではなく、別の分野への道を勧めることになります。

吉岡 誤解を恐れずに申し上げると、大学は社会でそのまま役立つ技術や技能を教える場ではありません。つまり、特定の分野のノウハウを身に付けるのであれば、それに特化した学校に行くという選択肢もあります。大学の教育は4年間では成果が見えづらいのです。

香山 世間では、大学にも短期的に目に見える成果が求められつつありますが、大学時代に得た経験や知識、教員から受けた影響などが、卒業後の長い人生で役立つことが多々あります。直接的に役立つものもあれば、卒業後の経験との相乗効果でプラスに働く場合もあります。

吉岡 例えばですが、経済学部や社会学部を卒業して映画監督になったという場合、学部での専門教育という点から見ると、知識が役に立っていないように見えるかもしれませんね。しかし、大学生活において映画を撮る面白さを見つけ、そこから才能が広がったのだとしたら、素晴らしいことだと思います。それに、立教大学のキャンパスで勉強したことはどこかで作品に影響を与えているかもしれません。法学部に入ったからといって全ての人が法律家になるわけではないのと同じで、大学での学びというものは、必ずしも仕事に直結するわけではなくさまざまな可能性への「触媒」になっていると考えるべきです。

香山 特定の人気企業に内定した先輩ばかりを集めて就職ガイダンスを開くべきなのか、それとも、ベンチャー企業や職人、アーティストなどさまざまなバックグラウンドの方を招いて進路の幅を広げるべきか、悩んでいます。

吉岡 大企業イコール安定企業という神話は既に崩れていますからね。どこまで進路の幅を持たせるのが良いのか難しい問題ですが、学生時代に多くの経験を積んで広い視野を身に付けてほしいですね。そのために大学もさまざまなかたちでキャリア支援を行っていきたいと思います。

香山 最後にお伺いしたいのですが、立教生らしい進路や生き方を考えたとき、何か理想モデルはあるのですか?

吉岡 理想モデルとして定義しているものはありません。それよりもせっかくの自由な時間に、やりたいことをやれるところまで突き詰めてみてほしいと思います。その過程で自分の中に養ってきた価値を確認し、定着させることができれば、「今の自分にはこれだけのものがある、そしてこれからの人生においてこんな可能性があるのだ」と、自己肯定できるようになるからです。確かに大学に合格したこと自体、ある種の自信になるかもしれません。しかしそれは、相対的な価値観の中における自らの位置を確認したに過ぎず、満足感は得られても誇りにはつながりません。偏差値教育による輪切りで自らの進路を選んだ学生が多い中、自分の中にこれだけは確かだという絶対的な自信を見出し、誇りを持って社会に巣立っていって欲しいと思います。

香山 学生が自信と誇りを持ち、自立して社会に巣立っていけるように導いていくことが、大学が果たすべき役割の一つのようですね。本日はありがとうございました。

吉岡 知哉(よしおか・ともや)
立教大学総長

1953年生まれ。1976年東京大学法学部第三類(政治コース)卒業。法学博士。1980年立教大学法学部助手、81年同講師、83年同助教授、90年4月より立教大学法学部法学科教授。2002年法学部長。2010年4月より第19代総長就任。専門は欧州政治思想史。主著に『ジャン=ジャック・ルソー論』。

香山 リカ(かやま・りか)
立教大学現代心理学部映像身体学科教授、精神科医

1960年札幌生まれ。東京医科大学卒業。臨床経験を生かして、新聞、雑誌などの各メディアで、社会批評、文化批評、書評など幅広く活躍。著書に、ベストセラーとなった『しがみつかない生き方』『勝間さん、努力で幸せになれますか』ほか、『がんばらなくていい生き方』『そこからすべては始まるのだから 大震災を経て、いま』『気にしない技術』『「看取り」の作法』など多数。