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香山リカ対談

2012年11月1日掲載

知識や専門的な訓練では得ることのできない人間本来の品性を養う

香山 他にもさまざまな活動をされていますが、大学におけるチャプレンの役割についてはどのように考えられていますか?

八木 私たちチャプレンは、大学において、知識や専門的な訓練では得ることのできない人間本来の品性を養うことをサポートするために存在するという自負を持っています。礼拝やチャペル主催のプログラムはもちろん、体育会のリーダーズキャンプ、フレッシャーズキャンプへの同行や、授業を受け持つこともあります。こうしたさまざまな機会を通して、効率性や合理性、スピードが重視される社会の中で勇気を持って立ち止まることや、人と人が向き合い、寄り添うことの意味などについて分かち合えればと思っています。

香山 現代において大学は競争社会の中の一つの組織であり、私たち教員も合理化やスピードを視野に入れなければいけませんが、自他と向き合い、生き方を見つめ直すといった学びとはどのように折り合いをつけていけばよいのでしょうか。

八木 どちらか一方の考え方に染めたいわけではありません。今の世の中の、スピード重視も大事です。しかし、社会に出てからふとした時にキリスト教の考え方をはじめとする大学の学びを心の片隅に思い出してもらう、そういったことを大切にしていきたいと考えています。もちろんそれだけで十分というわけではありませんが、学生一人一人にその種をまくことができればうれしく思います。私たちの取り組みが直接的に結び付いているのかは分かりませんが、卒業生が大学を訪れる際、最初にチャペルを訪ねてくれることも多いのですよ。

香山 私はよく学生たちに「立教に来たからには、東京六大学野球の応援とチャペルでの礼拝はぜひ経験してほしい」と言います。六大学野球とチャペルという分かりやすい記号で知られている立教大学を卒業することは、社会に出てからも一つのアイデンティティーとして周りから認められるわけですから、そうしたキーワードをきちんと説明できるよう経験しておくことで、コミュニケーションのきっかけをつくることができると考えているからです。
また、今の学生はとかく生きづらいと言われています。自分では解決できない問題に直面し、誰にも認められていないという自己否定の意識が強い学生が増えています。そういう学生こそ、チャペルとつながることで、問題解決の糸口を見つけられるのではないでしょうか。最初は興味本位でもいいので、まずはチャペルに足を運ぶという行為が大切かもしれません。

八木 その通りですね。最近は就職難ということもあり、進路について相談に来る学生も増えています。さらに、エントリーシートを書く際の自己分析をしにやって来る学生も多くなっています。そうした学生に「長所は?」と聞くと言葉に詰まるのですが「短所は?」と聞いてみるとすらすら出てきます。しかし自分で短所と思って委縮している部分は実は短所ではなく「単にみんなと違うだけ」だったりするのですが、そのことに気付いていない学生が多いのです。
立教大学の学生は総じて「優しい」という印象があります。しかし一方で人と人とのつながりに苦手意識を持ってしまうこともあるようです。ですから「つながっていくこととは何か?」「支え合うとは何か?」といったことを、これからも伝え、分かち合っていかなければなりません。

香山 今、グローバル社会を生き抜くためには積極的に前に出ていく姿勢が求められています。こうした世の中では「お先にどうぞ」という人が一歩出遅れてしまうこともあるのですが、キリスト教の教えでもある「利他の精神」まで失うのはもったいないと思います。キリスト教の良い部分を大切に守りながらも、学生一人一人が、自信を喪失したり諦めたりするといったことがないよう、うまくサポートしていく必要がありますね。そこではチャペルの役割が一層大きくなるのではないでしょうか。それこそが他の大学と違う、立教の「光るもの」だと思って期待しています。本日はありがとうございました。


八木 正言(やぎ・まさこと)
立教大学チャプレン

1988年立教大学社会学部社会学科卒業。91年同大学文学研究科組織神学専攻博士課程前期課程修了。94年聖公会神学院卒業。同年4月日本聖公会東京教区三光教会副牧師。96年4月東京教区池袋聖公会牧師。2002年4月より立教大学チャプレン。

香山 リカ(かやま・りか)
立教大学現代心理学部教授、精神科医

1960年札幌生まれ。東京医科大学卒業。臨床経験を生かして、新聞、雑誌などの各メディアで、社会批評、文化批評、書評など幅広く活躍。著書に、ベストセラーとなった『しがみつかない生き方』『勝間さん、努力で幸せになれますか』ほか、『がんばらなくていい生き方』『そこからすべては始まるのだから 大震災を経て、いま』『気にしない技術』『「看取り」の作法』など多数。