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立教WOMAN

2013年6月10日掲載

立教WOMANでは、女性に対する社会の期待が高まるとともに、女性の働き方が変わりつつある現在、さまざまな分野で活躍する立教大学の女性校友を、本学経営学部教授であり、「女子学生キャリア支援アドバイザリーボード」のメンバーでもある高岡美佳教授が訪ね、キャリアとライフスタイルを中心にお話を伺います。2013年度第1回の今回は、証券会社の国際金融部から異業種である出版業界に転身され、現在は人気女性誌『CREA(クレア)』(株式会社文藝春秋)の編集長を務める倉林里実さんにご登場いただきました。

高岡美佳(以下、高岡) 本日は、証券会社の国際金融部勤務から編集者に転身された経験を通して感じたこと、編集長というマネジメントする立場で大切にしていることなどを中心にお話を伺いたいと思います。はじめに、立教大学での学生生活についてお聞かせください。

倉林里実(以下、倉林) 当時、大学の「ミッチェル館」という女子寮(1998年に閉館)に入寮しており、そこでの生活を通してさまざまなマナーや規律正しい行動を身につけることができました。また、多くの友人たちに出会い、いまでも交友関係が続いています。私と同じように管理職として奮闘する友人も多く、女性誌の編集に携わる上で彼女たちのライフスタイルや考え方が大いに刺激になるとともに、私自身がマネジメントの難しさを実感する立場となったいま、良き相談相手になってくれています。

高岡 学生時代の友人関係が現在も変わらずに続いているのですね。そもそも立教大学を選んだのはどういう理由だったのですか?

倉林 私は福岡県の出身なのですが、東京の大学で経済を学びたいという気持ちがずっと強くありました。高校時代、担任の先生に相談したところ、立教大学の経済学部を薦められたのがきっかけです。

高岡 実際に経済学部に入学され、卒業後は証券会社に就職されましたが、経済や金融に関心があったというのは、それも何かきっかけがあったのですか。

倉林 幼いころに目にした為替相場のニュースに興味を持ったことが原点かもしれません。もちろん意味は分からなかったのですが、円とドルの値が毎日変わることが面白くて、翌日の値を予想して当てる遊びをしていました。本格的に経済を学びたいと思うきっかけになったのは、高校の日本史の授業でした。幕末に日本が鎖国を解いて開国した際、日本と諸外国との金銀交換比率が異なったため日本から大量に金が流出してしまったという事実に「日本の大切な財産がもったいない」と、憤りを感じたことから、世界の経済事情やお金の動きに関心を持つようになりました。

高岡 幼いころに抱いた興味から発展して証券会社に入社、国際金融部に勤務されたわけですね。やはりグローバルなお仕事に関心があったのでしょうか。

倉林 洋画好きの母の影響で子どものころから海外に興味がありましたし、日本史の授業で諸外国との関係に関心を持って以来、世界と関わる仕事をしたいと考えていました。いま振り返ると、国際金融部に配属された同僚は、私以外、海外在住経験者などの英語に堪能な人ばかりで、留学経験もない私が配属されたのは、入社試験のときから「海外を相手に働きたい」という熱意を伝えることができたからに他ならないと思っています。

高岡 就職活動で熱意を伝えるためにはどうしたらいいか悩んでいる学生がたくさんいます。倉林さんの熱意が伝わったのは、どういったところに起因すると思いますか。

倉林 熱意というのは、その場で簡単に生まれるものではないと思います。そして、人に熱意を伝えるには、それを裏付ける具体的な言葉で説得性を持たせることが大切だと思います。大学でゼミに入るための試験で、経済に興味を持つきっかけとなったエピソードを書いたところ、担当教員から評価していただき、希望のゼミに入ることができました。入社試験でも同じように子どものころからの興味がいまにつながっていることを伝えました。
もちろん、入社後は求められる能力に釣り合うように必死の努力が必要でしたが、自分がいま達成できる範囲だけで行動していたら、そこで可能性が途絶えてしまいます。自分が成長するための目標を定め、そこに向かって努力することが重要ではないでしょうか。

高岡 倉林さんは入社後も常に高い目標を掲げて、それを達成するための努力をされてきたのですね。学生にも自分の限界を決めず、可能性を広げていってほしいと思います。