龍谷大学が2005年から取り組んでいるアフガニスタン新発見仏教遺跡学術調査は、これまで2次にわたる現在調査を実施し、第3次となる2007年はアフガニスタン国境と接するトルクメニスタンでの現地調査が行われた。これまで、この調査の目的や学術的意義、明らかとなった仏教伝播(でんぱ)の形跡や新たに発見された遺跡などについて紹介してきた。今回は、この調査研究の舞台となるアフガニスタンについて、調査隊長の入澤崇教授(仏教文化学)に聞いた。
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アフガニスタンと聞くと、旧ソ連の侵攻、激しい民族間の内線、タリバンによる抑圧、大仏破壊、アメリカによる空爆、そして現在も頻発している自爆テロなど、日本から見ると非常に物騒な国というイメージが強い。このような地に実際に調査研究に出向いている入澤教授はアフガニスタンについて語る。
「確かにアフガニスタンは非常に緊迫した状況が続いており、夏には韓国人の集団拉致事件などもあって、今回は入国することができなかった。特に首都カブールをはじめ、アフガニスタンの南部地域にはテロリストが拠点として潜伏している地域もある。実際、調査研究を行うにあたっては武装警察に守られながら移動しなければならないこともあった。また相次ぐ紛争により、経済が疲弊し非常に貧しい国でもある。
しかし私が初めてこの国を訪れたときは、まず日本ではみることができないような空の青さに感激した。また調査の道すがら、現地の子ども達を見かけると本当にまぶしい笑顔を送ってくれるし、村々はのどかで、人々は普通に暮らしている。ただし、このような村に暮らす子ども達の多くは、朝5時には家を出て、徒歩で何時間もかけて学校に通っており、また昼からは家族のために仕事をしなければならない。 そして、ひとたび紛争や空爆が行われると、このような子ども達がまず犠牲になっていくのである。この国について私が思うのは、単に危険な国として理解するにとどまることなく、一面では美しい自然を有し、のどかに人々が暮らすこの国が、多様な要因によって引き起こされる争いによって悲惨な状況となることを、もっと多くの人に知って欲しいということである」
アフガニスタン中央部で仏教伝播の西限といわれたバーミヤンよりも西で、龍谷大学卒業生で写真家の中淳志氏が仏教遺跡を発見したことを機に、龍谷大学は調査団を結成して調査活動を開始した。日本人にとっては、仏教はインドを発祥の地として東へと伝播して日本にまで伝わったという印象が強く、インドより西に伝播した仏教についてはあまり関心がないように思われる。
これらの地域の仏教について、「アフガニスタンをはじめその周辺の国々は、今日、イスラムを信仰しているが、イスラムがおこり伝播されるまでは様々な宗教が信仰されていた。例えば世界史の教科書に載っているゾロアスター教などがその代表であろう。仏教についても、アショーカ王やカニシカ王などが仏教も信仰し擁護したことが紹介されている。紀元前3世紀ごろに古代インドで活躍したアショーカ王は、自らの手によって行った戦争の結果、多くの命が奪われたことを深く反省し、「武力による統治から、法(ダルマ)による統治」を掲げた。
これには仏教の影響が極めて強く、アショーカ王は様々な社会福祉事業も行っている。このアショーカ王がのこした碑文が、アフガニスタンのカンダハルで発見されている。
なお、この碑文にはギリシア語やアラム語で書かれていることが特色であり、ギリシア文化やペルシアの文化など、異文化に敬意を示す政治姿勢がうかがえる。
またカニシカ王は、イラン系民族によって建てられたクシャーン朝全盛期(2世紀頃)の王であるが、その統治下での貨幣に描かれた神は、イランの神々、ギリシア・ローマの神々やインドの神々だけでなく、仏像もみられる。アフガニスタンで発見された多くの仏教芸術を特色づけるガンダーラ美術は、このカニシカ王のときに最盛期を迎えたのである」と入澤教授は語る。
仏教文化や仏教美術とアフガニスタンとは、どのような関係があるのか。仏教文化学を専門とする入澤教授は語る。「いまのアフガニスタン東部からパキスタン北部にかけての地は絶えざる異文化接触の地でした。前6世紀のアケメネス朝ペルシアが重要視したし、前4世紀にはアレクサンドロス大王による侵攻などにより、ギリシア文化をはじめとする各地域の文化が融合したヘレニズムが伝わった。カニシカ王の時代に最盛期を迎えたガンダーラ美術というのは、この地域で生み出された仏教芸術であるが、これはインド伝統美術とヘレニズム美術が融合したものであり、それまではブッダの姿を表現することは避けられていたが、この地域で史上はじめて仏像が作られるようになった。
私が仏教文化や歴史に関心を持つようになったのは、実はこのガンダーラ美術の特色を強く表す仏像がきっかけである。アフガニスタン・ハッダ出土のこの仏像は1970年代に発見されたものなのだが、中心である仏像のすぐ横にヘラクレスの彫像があり、またアフロディテの彫像などが背後にいるというもの。仏とヘラクレスが一緒に彫られている彫像をみて本当に不思議に思ったが、これはまさにヘレニズムと仏教が融合した姿だったのである。今日、日本で目にする仏像の歴史をみると、実に様々な異文化の融合の跡を辿ることができる。とりわけ、アフガニスタン出土のものは強烈な印象を与える。
ちなみに仏とヘラクレスが一緒に彫られた仏像は、発見されてすぐに顔や手が破壊されてしまった。歴史的価値に気付かなかった村人のせいでこうした悲劇は生まれる。かつて異文化を認め合った地で、皮肉にも異文化の破壊が行われる。今日、学界ではアフガニスタンの歴史遺産の重要性は理解されているものの、価値に気付かない無知は、アフガニスタンはおろか国際的にも広がりつつある。ヘラクレスを伴う仏像があったハッダの仏教遺跡はアメリカ軍による空爆で完全に破壊されてしまい、ヘラクレスも今はもう目にすることができない」
アフガニスタン新発見仏教遺跡学術調査は、このように仏教の歴史において重要な役割を果たした地で、さらに西に仏教が信仰されていた証を発見していくものである。これまでに紹介したように、本調査においては、仏教が伝わっていたとはみなされていなかった地に仏教遺跡が確認され、そればかりか、仏教とイスラムが共存していた形跡までもが現れ出た。このことは今回の話のように、古代アフガニスタンの地では、時の為政者が異なる文化や宗教を尊重してきたことと関係するのかも知れない。
「先に紹介したとおり、アショーカ王やカニシカ王など大きな版図を有した為政者は、必ずしも一つの宗教によって統制するのではなく、各々の地域で信仰されていた宗教を尊重していた。彼らは武力による統治の限界を知っていたのであろう。武力による統治がいかに人間に悲劇をもたらすかを発信していたのが仏教であった。異なる民族がひしめく地域で仏教が為政者に重んじられたことは重視すべきである。様々な宗教や文化を大きく包み込む役割を仏教が果たしていたということをしっかりとおさえておきたい。したがって、仏教は各地でその地の文化と結びつき、様々な仏教文化を生み出した。排除よりも共存を、断絶よりも交流を、冷たさよりも優しさを、穏やかな顔をしている仏像は私たちにメッセージを伝えている。その仏教はいったいどこまで西に伝わっていたのか。西アジア的要素を多分に含んだ仏教とはいかなるものであったのか。これまでも紹介したように、アフガニスタンの中央に位置するバーミヤーンには、玄奘(げんじょう)三蔵も見た2大仏をはじめ多数の仏教文物が発見されており、ヒンドゥークシュ山脈周辺では、これまでこの地が仏教の西限とされてきた。しかし、バーミヤーンより西150kmのところに、仏教遺跡が発見された。その地域での仏教とはどのようなものであったか、それを解明すべく今後とも努力していきたい。
かつてアフガニスタンは東西交易の中継点として栄え、様々な文化や宗教、そして多くの民族が交錯した地であった。異なるものが出合ったときに、戦争ではなく新たな文化の創造ということが行われたのは極めて重要視される。仏像の出現ということもそうした観点からとらえ直すべきであろう。ガンダーラでの仏像の出現は、やはり背後にある地域性・時代性を考慮せねばならない。仏像それ自体がもっている情報は異文化交流の中から仏像が出現しているという事実を浮き上がらせる。仏教と西方文化との出合いは独特の美を生み出した。ガンダーラ仏が人を魅了するのは静謐(せいひつ)な美によるものと思われる。
しかし残念ながら、『武力による統治から、法による統治へ』を掲げた地、そして様々な宗教・文化・民族が交わることによって新たな文化や美が生み出された地が、今日、世界でも有数の危険地域となってしまった」と、アフガニスタン及びパキスタンにおける現在の状況を見て、入澤教授は大きなため息をつく。
「しかし、ため息ばかりついてもしようがない。われわれがなんとかせねば」と入澤教授。ひとりでも多くの人が叡智(えいち)の断片にふれ、いま私たちにとって何が大切かを考えてもらう機会を設けていきたいと熱く語る。そして紹介されたのが、昨年末より静岡県立美術館で開催されている「ガンダーラ美術とバーミヤーン遺跡展」。ガンダーラやバーミヤーン、さらには中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区での仏教のひろがりを通して、今日の社会に何が欠けているかをみつめなおす壮大な企画展である。この展示は龍谷大学が特別協賛し、大谷探検隊がもたらした貴重な歴史的遺産や復元した壁画資料を提供するとともに、学術的な観点からの支援も行っている。入澤教授もその中心の一翼を担っており、「ぜひともブッダの語りかけに耳をすませてほしい」と強調する。殺伐とした世の中であればこそ、穏やかなガンダーラ仏はいまその真価を発揮しているように見える。
入澤崇(龍谷大学経営学部経営学科教授)
いりさわ・たかし●1955年広島県生まれ。龍谷大学大学院文学研究科博士課程単位取得・文学修士。仏教文化学。アジア各地域における固有の文化と仏教との交渉を軸に、信仰・習俗・儀礼・美術などに着目して仏教の変容を研究している。佐和隆研博士学術奨励賞受賞。主な著書に『仏教初伝南方之路文物図録』(共著・文物出版社)、「アショーカ王柱と旗柱」(『仏教芸術』163)、「ナーガ(龍)と仏教」(『密教図像』6)。