源氏物語が、印刷され、書店で販売されるようになったのは江戸時代のことである。実用書を含む様々な書物に親しんだ江戸時代の人たちにとって、源氏物語はどういう存在だったのか。そして当時の版本(印刷された本)にはどんな内容のものが多く、どのような形態をしていたのか。「書誌学」と「出版文化史」を専門とする和田恭幸准教授(文学部)に聞いた。
「日本で商業出版が始まったのは、江戸時代初期の寛永年間(1624〜43)。木版印刷(整版)による版本が数多く出版・販売され、様々な種類の書物が広く社会に行き渡るようになりました。私は、寛永年間の出版文化や、江戸時代の通俗仏書について研究しています」と和田恭幸准教授。
「通俗仏書」とは、専門的には談義本(だんぎぼん)あるいは勧化本(かんげぼん)といい、学僧が書いた専門的な仏教学書とは異なる、一般民衆向けの仏教書のこと。恐ろしい話や、神仏の不思議な霊験を記す平易な内容の仏教書が当時は多く出版されていたという。「それらの通俗仏書は、読み物としても大変面白く、民衆の娯楽に供していたと考えられます」。特に「怪異談小説」(ホラー小説のようなもの)は人気が高かったということで、「実は江戸時代の小説には怪奇性や猟奇性が非常に強かった。そのような怪異談が広く受け入れられたのは、当時の人たちにとって仏教が生活規範であり、お坊さんたちのお説教(法話)により怖い話などを身近に聞いており、親しみがあったからではないでしょうか」。
仏教はまた、江戸時代の商業出版の誕生にも深くかかわっているという。「そもそも印刷というのは、室町時代まではお寺が主体で、み仏様の版画や内典(仏教の本)を印刷するものだったのです。その作業に従事していた人たちがだんだん独立していって外典(仏教以外の本)の印刷も請け負うようになったのだろうといわれています。ですから、当然、商業的な出版業は京都ではじまったというわけですね」
江戸時代には、版本だけでなく、美麗な写本を受注作成する業者もいたという。ではそのような写本は、どんな目的で作成されたのだろう。「一番多いのは、嫁入り道具として注文されたものでしょう。それを『嫁入本(よめいりぼん)』といいます。しかしそのことよりも先に知っておくべきことがあります。現代の我々にとっては多くの場合、書物は読んで内容を知るためのもの。しかし、そのような書物との接し方は、長い書物の歴史や文化のほんの一部にすぎません。少なくとも、日本ではそうです。例えば名歌や源氏物語がノートの切れはしのような紙に乱暴な文字で書いてあっても、そこから王朝文学の雅(みやび)は少しも伝わってこないでしょう。特に写本の場合には、絵画や彫刻と同じように、装丁や文字の美しさが一体となって、それ自体が何かの“表現”なんです。もちろん、それらは調度品。いわゆる『お道具』ですね。おそらく、当時の人たちは、何か風雅な会などを催した際、季節や会の趣旨にふさわしいものを飾り、終わると再び土蔵などに戻し大切に保管したのでしょう。壁一面の書架に収める西洋の王侯貴族の邸宅とは、文化のあり方が全く異なっています。ともあれ、そのような『お道具』としての側面を十分に理解しておかないと、日本の書物文化の大勢を見失ってしまう。そして、それもまた当時の“実用性”なのです」
しかし一方で江戸時代には、現代と同じように、気軽に持ち歩けるサイズの実用書も多く出版されていたという。例えば文章を作成するための便利ブックである「初学文章抄(しょがくぶんしょうしょう)」、や「聚分韻略(しゅうぶんいんりゃく)」という小型の辞書(漢詩文の作成に使用する)も大変人気があったのだそうだ。
「とにかく商業出版が始まったことで、書物に対する人や社会の認識が決定的に変化しました。室町時代までは、書物は買うものではなく、人から人に伝えるものだったのです。お寺の場合、古くは、師僧が弟子に何々という書物の書写を許すというのは、『あなたをそれにふさわしい人として私が認めましたよ』という重要な意味がありました。それが商業出版の時代になり、書物の内容や由来に全く縁を持たない人たちが、師弟や血縁などの密な人間関係を介することなく、お金を出せば望む書物を買えるようになったのです」
そのような書物文化を満喫していた江戸時代の人々にとって、600年以上も前の古典である源氏物語は、どのような存在だったのか。「私の専門である通俗仏書や怪異談などと異なり、庶民が読んで楽しむという、いわゆる読書の対象ではなかったと考えられます。江戸時代は俳諧が盛んだった時代。俳諧をたしなむ人たちにとっての源氏物語は、教養や実作の用意として『学ぶべきもの』だったのです」。また俳諧の流行により多くの人たちが源氏物語を学んだことで、江戸時代の文学を含む庶民文化は非常に大きな影響を受けた。「源氏物語を強く意識したとされる最初の娯楽小説として、井原西鶴の『好色一代男』があります。西鶴研究の第一人者である江本裕先生は、西鶴は源氏物語を学んだ俳諧の愛好者を第一のターゲットにして『好色一代男』を執筆したのだ、と指摘なさっておられます。もちろん、井原西鶴は俳諧師です。また江戸時代後期には、戯作(げさく)者の柳亭種彦(りゅうていたねひこ)による、『偽紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』なども生まれました。これは、なかなかの長編です。そういう意味で江戸時代の出版文化は、源氏物語を大衆化し、豪華で高級な書物とは縁遠かった一般庶民も、知らずして源氏物語の世界に触れていたといえるでしょう」
和田恭幸(文学部 日本語日本文学科)
わだ・やすゆき●1966年北海道生まれ。東京都立大学人文科学研究科(博士課程)中途退学。文学修士。専門分野は書誌学、出版文化史、仏教文学(近世)。研究分野は人文学、文学、日本文学。主な研究活動に『浅井了意全集』(共編・岩田書院・2007〜)など。日本近世文学会、仏教文学会所属。
真宗門徒の家のお内仏(お仏壇)には、「正信偈(しょうしんげ)」と「三帖和讃(さんじょうわさん)」を和讃箱(わさんばこ)におさめて具(そな)え飾られる。写真の本は、寛政2(1790)年に西本願寺が刊行し、門徒に授与したもの。もちろん商業的な出版物ではない。「本を飾るという行為は、今なお私たちの日常生活に受け継がれている当たり前の文化なのです」と和田准教授。
