源氏物語は今から千年ほど前に、中国を含む世界に先駆け誕生した大長篇小説。日本文学は中国から大きな影響を受けているが、その中国の文学史上で源氏物語に匹敵する長篇小説と言われるのが、「紅楼夢(こうろうむ)」だ。「紅楼夢」は伝統的な漢文ではなく、白話(より話し言葉に近い口語体)で書かれた文学作品で、清代以降の中国で最も広く読まれた書物とされている。上流階級の栄耀栄華(えいようえいが)や恋愛を描いた「源氏物語」と「紅楼夢」の類似点や相違点、そこからうかがえる日本語と中国語の差異などについて、中国文学を専門とする竹内真彦准教授(経済学部)に聞いた。
「私は、明・清代の歴史小説の成立について研究しています。主なテーマは、紅楼夢と同じく長篇白話小説に分類される三国志演義です」と竹内真彦准教授。三国志演義といえば作者として必ず「羅貫中(らかんちゅう)」の名が付いてまわるが、「羅貫中自身が実際にどうかかわり、テキストが成立したのか具体的には解明されていません。私は三国志演義のテキストを多角的に分析・考察することで、成立の経緯に迫ろうとしています。例えば主要な登場人物である『関羽(かんう)』という男性の呼び名に注目し調べてみると、主として『関公(かんこう)』という尊敬語と、『雲長(うんちょう)』という字(あざな)が混在し、また関公という表現は2カ所に集中していることがわかりました。異なる呼び名が使われているテキストは、出来上がりの場も異なっているのだと考えられます」。登場人物の衣服などについても、史実や成立した時代の風俗と齟齬(そご)があるということで、「我々が近代小説に接するような感覚で、羅貫中一人の作とするには無理があります。非常に雑多な要素が投入され、継ぎはぎされて出来上がっていると捉えるべきでしょう」。
これは古代においては、長篇白話小説に限らず様々な文学作品が作者や書写者によって何度も書き換えられたという状況を示す事例の一つで、「数多い異本がある日本の源氏物語や、後半40回が散逸し、高鶚(こうがく)が補作したとされる紅楼夢も同様です。それぞれの成立までにどういう変転があったのか、どういうものを取り込んでいるのか、研究者としての興味は尽きません」。
その「源氏物語」と「紅楼夢」を比較すると、テキストの内容をはじめとする類似点が非常に多いと言われる。まず「源氏物語」が54 帖(じょう)、「紅楼夢」が120回という大長篇である点。そして「源氏物語」は皇族と貴族の、「紅楼夢」は皇帝の寵愛(ちょうあい)を受けた身分の高い一家の物語であるなど、共に上流階級の人々の栄耀栄華を描いている点だ。
「さらに私が注目している類似点は、どちらも絶対時間を語らない点です。源氏物語の冒頭『桐壺』に『いずれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらいける中に』という有名な一節がありますが、『いずれの御時にか』という表現を用い、いつの時代の事なのか明言していません。紅楼夢もまた第1回の部分に登場する、女神が岩を用いて天を繕ったという伝説の中で、岩に『いつの話でも構わないではないか』と言わせるなど、絶対時間を設定せずに進行します。これは二つの作品が当時の現代文学であったことに起因すると思います。絶対時間を設定しなければ、その物語は古びることなく、常に同時代の話として読むことができるからです」
もう一つの大きな類似点は、大邸宅の造営という物語の小宇宙(舞台)づくりだ。「源氏物語では第21帖の『少女(おとめ)』で、光源氏はそれまで居住していた二条院とは別に、六条院という大邸宅を造営し、縁のある多くの女性たちを住まわせます。紅楼夢では第16回で、主人公である『賈宝玉(かほうぎょく)』の姉で皇帝の妃(きさき)となった『元春(げんしゅん)』のために『大観園』という大庭園が造営され、以降、賈宝玉や賈家に縁のある少女たちの物語が、その大観園を中心に展開されます。これらの大邸宅は主人公たちの運命とも連動しており、どちらも栄耀栄華を極めた絶頂期に建てられた後、運命に操られ瓦解(がかい)あるいは没落していきます」
一方、「源氏物語」と「紅楼夢」の最大の相違点は、その成立年代だという。「源氏物語は今年が千年紀とされています。それは寛弘(かんこう)5年、1008年11月1日の紫式部日記に、源氏物語の『若紫』の巻についての記述が見られ、その時から大差ない時期に第2部の『雲隠』までが完成していたと思われるからです」。一方の「紅楼夢」は、乾隆甲戌(けんりゅうこうじゅつ)19年、1754年に、現存する最古の抄本が書写されたと言われ、それが初めて印刷・刊行されたのが乾隆(けんりゅう)56年の1791年。つまり「紅楼夢」は源氏物語から800年ほど遅れて誕生した作品ということになる。古代における中国文学が日本文学より先進的なものであったことは疑う余地がない。なぜ上流階級の私生活を緻密(ちみつ)に描いた長篇小説という分野においてのみ、日本文学が中国文学より800年も進んでいたのだろうか。
「見過ごせないのは、日本語と中国語の差異です。文学作品は当然のことながら、言葉によって規定されます。中国語はかなり早い段階から音声言語と書写言語(漢文)が乖離(かいり)していました。結果、中国の書写言語は、細かい描写や、話し言葉などのリアルな表現を極端に苦手とする言語となりました。その状況を長い格闘の末に打破したのが『白話』です。従来の漢文では不可能な緻密な描写力を持ったことで、ようやく紅楼夢などの口語体文学が生まれるようになりました」
対して日本語は早い時期から「かな」という、心情を表すのに敵した文字を手に入れた。「かなは話し言葉をそのまま記せる表音文字であり、たった48文字の音と形を覚えさえすれば、誰でも文章を読み書きできます。中国語では簡単な文章の読み書きにすら千字ほどの漢字を覚える必要があります。これらの差異が、日本語よりはるかに歴史の古い言語を持ちながら、紅楼夢という文学の出現を、源氏物語より800年も遅らせた最大の原因といえるのではないでしょうか」
竹内 真彦(経済学部 国際経済学科)
たけうち・まさひこ●1971年静岡県生まれ。 2000年9月神戸大学文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。専門分野は中国文学。研究分野は人文学・文学・各国文学・文学論。明清歴史小説の成立について、主としてテキスト面の多角的分析によって考察することを研究テーマとしている。主な研究活動に「『三国志演義』における身長は如何(いか)に解釈されるべきか:中国歴史叙述における身長表現に関する考察・序説」(『日本中国学会報』第59集・2007)、「貂蝉(ちょうせん)は何故呂布(りょふ)の『妻』であるのか」(『三国志研究』第2号・2007)などがある。
※竹内真彦准教授が所属する経済学部はこちら
http://www.econ.ryukoku.ac.jp/