「市民のために働く法律家」の育成を目指して、2005年に開設した龍谷大学法科大学院。元裁判官の平野哲郎准教授は、実務家を養成するための実践的な授業「要件事実論」や「民事実務総合演習」を担当している。その内容をはじめ、研究テーマとしている“医師の法的責任”について聞いた。
私が受け持つ「要件事実論」では3年次前期に、社会の中で起こりがちな身近な紛争の事例をテストも含めて6つ分析します。例えば、画商を営むXが、Yに絵を売ったところ、傷がついていたことが分かったとします。Xはその傷を直して渡したものの、Yは「一度傷がついたものはいらない」といい、訴訟に発展したとき、解決するためには、双方にどのような主張が必要かを学生に考えさせます。Xはどういう事実を主張するべきか、それに対してYはどう抗弁するのか、さらにXは再抗弁できるのか、というような課題を出し、解答をレポートとして提出させます。この授業は約50人が学んでいますから、出てくる答案は50通り。私を含めた4人の担当教員が、一つひとつ添削して返却し、それをもとに学生同士で討論させます。
事例をいくつも取り上げるのは、民事訴訟には不動産や保証にかかわる事件など、いろいろな類型があるので、できるだけ多くの事例に触れて、問題解決能力を身につけてもらうためです。この方法は、司法試験に合格した後に入る司法研修所で、私が実際に受けた教育をもとにしています。要件事実論やそれに似た科目は、他のロースクールでも設けられていますが、本学のようにレポートを6回も出して期末テスト以外は全部添削するという法科大学院は、他に類を見ないと思います。
この講義で事例を考えている時に、議論が詰められていない点があることに気付き論文を書いて、法学部で発行する雑誌『龍谷法学』に発表したこともあります。学生は授業と研究をリンクさせた、最先端の議論にも触れられるのです。
「民事実務総合演習」の授業はいくつかのクラスに分かれていて、私のクラスでは主に法廷教室を使って、模擬裁判を中心に展開します。模擬裁判をするために、学生を原告代理人、被告代理人、裁判所の3つのチームに分けます。原告側には訴状を書かせ、被告側が答弁書を出します。裁判所チームはそれを見て、主張の足りないところや、かみ合っていない部分を指摘し、当事者に書き直しを指示します。主張の整理が終わると証人尋問に入ります。原告代理人チーム、被告代理人チームともそれぞれに証人を用意し、証人役にだけシナリオを渡しておきます。弁護士役はこの証人ならこういうことを言うだろう、と推測して尋問していきます。
証人尋問の後は、その結果を踏まえて、模擬和解をしてもらいました。双方にどのような条件なら和解できるかを考えさせ、裁判所チームでも和解案を考案して交渉しました。学生同士の交渉であと一歩のところまでいったのですが,最後なかなか和解成立に至らなかったので,途中、裁判官役を僕が交代して和解のための説得方法の例を示したこともあります。
最終的には裁判所チームから判決を言い渡してもらいます。しかし,裁判の正解は一つではありません。立証の出来、不出来によって、結論は変わってきます。3年次後期の間で4つの事例に取り組み、すぐに実務ができるくらいの力を養うことを目標にしています。昨年、授業を受けた学生からは「これぞ、ロースクールという授業で楽しかった」「勉強して分かったつもりになっていたことも,実際に弁護士の役をやってみると、どう書面を書くか、どう尋問するかが分かっていないことに気付いた」という声が聞かれました。
「要件事実論」「民事実務総合演習」とも必修科目です。学生全員が相当な単位数の実務的な教育を受けているのは、龍谷大学法科大学院の特徴の1つといえます。ほかには、法律に関する実務を現場で学ぶ、エクスターンシップ(実習)を行う「法務研修」もあります。この法務研修では、実際の事件に関する訴状や答弁書など色々な書面に触れられます。エクスターンシップに参加するのは、2年次から3年次になる春休みが中心です。そこで実務に触れてから「要件事実論」や「民事実務総合演習」を学習するので、より理解が深まります。
学生には,こうした発展的な授業に取り組むまでに、基礎的な定義や要件効果は自分でこまめに覚えていく努力をしてほしいと思います。例えば、本を読んでいて「所有権とは」「債権とは」などと出てくれば、覚えないといけない、と考えてほしいですね。法律用語は外国語だと思って暗記して、間違いなく身につけておく必要があります。私も学生の時には、法律用語の単語カードを作って覚えました。
また,教えてもらうだけでなく、自分で書くという作業は自身の力となります。それができていれば、知らない事例に出合っても応用していくことができるのです。今年、最終的に司法試験に合格した学生は、毎日のように答案を書いていたそうです。
私は裁判官のころから医事法に興味を持っていて、とりわけ“医師の法的責任”をテーマに研究しています。分かりやすい例を挙げると、宗教的な信条から信者の方が輸血拒否をして亡くなった場合、本人の意思に従った医師は責任を問われるかというケース。患者さん自身は輸血をしないでほしいと言っているけれど、信者ではない家族は輸血をして助けてほしいと願うことはよくあります。一刻を争う現場ではどちらに従うのか、難しい問題です。
このような場合に,どのような条件をクリアしていれば、医師は法的責任を問われないのか、という研究をしました。法律界での議論を医療関係者に分かりやすく伝えるため、細かく場面分けをしたフローチャートを作ったところ、病院でマニュアルを作成する際などに参考にしてもらっています。法律と医療の実務現場で、実際に役に立つよう課題を整理し、医療関係者に提供していきたいと考えています。
本学のロースクールは、「市民のために働く法律家」をキャッチフレーズにしています。私としても、ここで学んだ学生には、市民が身近に相談にのれる法律家を目指してほしいと思いますね。相続、離婚など思いもよらずに体験する家族法がらみのケース、医療事件や交通事故にしてもいつ誰が被害を受けるか分かりません。そのような時に、依頼者の気持ちを理解して解決に導く、町の法律家になってほしい。最初から「判例によれば認められる。認められない」と結論を出すのではなく、まず、悩み、苦しんでいる相談者の思いを受け止めてあげる。そして「これからどうしましょうか」と一緒に考えていけるような、懐の深さを持った法律家になってもらいたいと思っています。