「聞くは一時の恥じ。知らぬは一生の恥じだよ」。こどものころ母親からよく言われた。
にもかかわらずこども時代、わたしはそれほど先生に質問することはなかった。こわもての先生に臆していたか、周囲の目を気にしていたのかもしれない。
知識とか学問など体系的に学ぶ必要がある場合、一度理解が途切れると、その後のことがもっと分からなくなり、ひいては学ぶこと自体に興味を失っていく。学校で落ちこぼれが生まれるひとつの原因ではないか、と思っている。逆に疑問が次々と解消されて行くと興味がさらに倍加し、もっと知りたくなる。こういう良い循環ができればしめたものである。
「ねえ、ねえ、これなあに。これどうしてえ」。こどもの矢継ぎ早やの質問に親も音を上げることがある。実はこどもは生まれながら質問の天才なのである。学校でもよくできる子はよく質問する。それがいつの間にか、「こんなことを聞いたら友達や先生からばかにされる」と思い込んで質問しなくなる。こどもたちが本来もっている知識欲、探究欲を最大限引きだし、継続させるための環境を作ってやることはとても大切なことなのではあるまいか。
インターネット上には、こどもたちの質問に専門家が答えるコーナーがいくつかある。WNNの自然質問箱もその一つである。「太陽はなぜ東から上るの」。「ぞうむしはなぜ死んじゃうんですか」。こどもたちの素朴でかつ難しい質問に、日本野鳥の会のボランティア、学校の先生、NTTの研究所にいる各分野の専門家などが知識の達人として答えている。
インターネットを学校教育に生かす実験、100校プロジェクトに続いて全国1000校を対象にした情報教育環境整備プロジェクト、「こねっと・プラン」でもこのコーナーとリンクが張られる。質問に答えるボランティアはまだまだ増えそうだ。
インターネットで答えてくれる人は顔が見えない。肩書きがあっても、それはこどもたちには無縁だ。それでも答えの内容次第でこどもの目が開くかもしれない、と思うとおろそかにはできない。どの答えも具体的でユーモアがあり、いきいきとしている。
インターネット上だけでなく、学校の周囲にこうしたボランティアが増え、その結果、先生たちに余裕が生まれ、こどもたちともっと人間的に付き合う時間ができたら、学校教育も良い循環に入ることができるのではないだろうか。


