イメージとは違っていた。初登頂をめざした1997年、エベレストには使用済みの酸素ボンベやロープなどが散乱していた。「持ち帰る余裕がないんです。無事に下りるのが精いっぱいで」と話す野口さん。しかし、標高7000メートルで彼が目にしたのはゴミを拾うヨーロッパ隊員の姿だった。シェルパには日本語の書かれたゴミの山を見せられ、他の隊員からは「日本の文化・マナーは三流だな」「日本人はヒマラヤを『マウント・フジ』にするのか」と非難されもした。
 「当時、富士山のゴミは登山家の間では有名だったらしいのですが、僕は知らなくて。悔しかったですね」
 こうして始まった野口さんの清掃登山などの活動は徐々に参加者を増やしていき、ついには片づける予定のゴミがない、ということが起きるほどになる。
 「一般の登山者がゴミを拾い、持ち帰り始めたのです。一人ひとりが動くことで、これほど効果が上がる。ゴミを拾うというのは成果が目に見えるし、状況を自覚しやすいという点で環境を意識するいい入り口になると思うんです」

 しかし、環境問題には、すぐに答えの出ないものや実感しづらいものも存在する。たとえば温暖化だ。
 「でも、ヒマラヤに行くとわかるんです。ここ5〜6年は雪崩が多いし、2年前には標高6000メートルの氷壁でみぞれ混じりの雨を経験しました。雨なんて降るはずのない地点で降った。これが温暖化かって」
 環境問題は当事者意識を持つことが難しい。しかし、死と隣り合わせの極限状態のなかでの体験は強烈な印象として野口さんのなかに残った。
 「確かに日本にいると実感しづらい。だからこそ、見てしまった僕は伝えていかなければならない。温暖化の影響は遠く離れたヒマラヤで確実に出始めているんだと」
 野口さんは今年、富士山とマナスルの同時清掃登山を計画している。
 「先日、ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんとお話をしました。数々の妨害にあいながらも30年以上植林活動を続けている彼女はすごい。『豊かな森があってこそ人の暮らしが安定する』という信念を貫いている。迷いがない。僕もまだまだ続けていかなければと思っています」
 
厳しい自然のなかに身を置くことで自分の存在を感じることができる


エベレストでの清掃登山。数多くの酸素ボンベが回収された

日本とネパールの友好の象徴、マナスル
ヒマラヤ山脈に属するネパールの山。ヒマラヤ山脈の中でも特に雪が多いことで知られる。標高は8163mで、1956年5月に今西壽雄(としお)、ギャルツェン・ノルブらの日本隊が初登頂を果たす。マナスルは日本とネパールの友好を象徴する山として、今でも現地で「ジャパニーズマウンテン」と親しみを込めて呼ばれている。
 

   
 
 
 「ジブリ作品には、人と自然の精神的なつながりが描かれていると思うんです」
 現在、東京情報大学で環境倫理学を教えているケビンさん。スタジオジブリの作品を教材にした講義が評判を呼んでいる。
 講義では、『もののけ姫』『となりのトトロ』『平成狸合戦ぽんぽこ』の順に上映される。
 『もののけ姫』の舞台となるシシ神の森は原生自然で、タタラ場は人々が暮らす都市。人間は生活のために自然破壊を続けている。主人公のアシタカが訪れたとき、両者の精神的なつながりは断絶していた。
 「人の営みは自然に負担をかける。人の数が少ないうちは都市と原生自然はすみ分けができるかもしれないが、人口が増え、都市が発展するとそれも難しい。となれば、人と自然が共生できる道を探すほかありません」
 人と自然の共生。そのヒントが日本の里山にあるという。
 「はるか昔から里山では、落ち葉や排泄物を堆肥に利用するなど循環型社会が成り立っていました。それは物質的なつながりですが、ほかに精神的なつながりもあったのです」
 その証拠がため池に残されている。稲作が盛んな日本では水は重要で、農民たちは日照りに備え、湧水でため池をつくった。そして、ため池の真ん中に水神様をまつり、自然の恵みに感謝を捧げた。
 「自分たちが自然の恵みに頼って生きていることを理解していたんですね」

 物質的なつながりだけでなく、自然の恵みに対する「お願いします」「ありがとう」という精神的なつながりがあったからこそ、日本の里山は長らく循環型社会を維持してこられた。そのことを学生たちに伝えたいのだと、ケビンさんは言う。
 「『もののけ姫』のエンディングで自然が再生するシーンがありますが、ぼくはこれが里山の誕生を暗示しているのだと思うのです。そこによみがえるのは、人と自然が精神的につながった里山自然です」
 このような里山は、戦後しばらくは全国に残っていた。『となりのトトロ』には、そんな里山の様子が描かれている。やがて高度成長に伴い、日本人は自然とのつながりを見失い、見境なく自然を破壊していった。『平成狸合戦ぽんぽこ』は、そんな里山自然の破壊を抵抗する狸に語らせている。
 「環境問題は科学的な視点から語られることが多いですが、それと同時に、自然との精神的なつながりを取り戻すことも忘れてはいけません。日本人の知恵や伝統的な精神文化が息づいている里山を歩けば、きっと何かが見えてくるはずです」
 
里山を歩き続けて18年。出会いや発見をスケッチに描きとめている。
里山の魅力がつまった宝物だ


自然観察会を開き、自然とふれあう喜びを教えている。
子どもより、おとなが夢中になることも多い

里山
広義の解釈では、人の手が及んだ村落周辺の環境(田んぼやあぜ道、ため池、鎮守の森、屋敷林を含む農家、ススキの原など村人の暮らしにかかわるいっさい)を指す。生態系や生物多様性、自然の多彩さが生む景色の美しさも里山としてとらえることができる。
 
 
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