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Sustainable Japan 2004


Sustainable Japanの実現に向けて




Sustainable Japan(持続可能な日本)の実現に向けた活動

 荻野 ここからは4人の専門家の方をお招きして、締めくくりとして2時間ほど皆さんと一緒に考えたいと思います。申しおくれましたが荻野と申します。CSR、サステナビリティーを少しかじっているだけの記者ですので、恥ずることなく初歩的な疑問をパネリストの方にうかがおうと思っています。キーワードも私が作ったものですが、これもテストの答案みたいなもので、4人の先生方に一体何点もらえるかと思うと何か怖い思いもしています。
 まずは4人の方に自己紹介、現在Sustainable Japan(持続可能な日本)の実現に向けてどういう活動をされているかを順次お話し願います。まず鮎川さんからどうぞ。

鮎川 ゆりか

WWF(世界自然保護基金)
ジャパン
気候変動日本担当
シニア・オフィサー

 鮎川 WWFジャパンの鮎川です。よろしくお願いします。
 最初に、WWFとは何かというお話をさせていただきます。パンダのマークで有名ですが、世界自然保護基金と申しまして、世界規模で活動する自然保護団体です。使命は「人類が自然と調和して生きる未来を築くこと」、つまり、今日のテーマであるサステナビリティーそのものがWWFの使命です。 1961年に設立され、本部はスイスにありますが、450万人と1万社・団体のサポーターにより支えられています。
 WWFジャパンは、1971年に設立された財団法人です。現在は3万7,000人と600社・団体のサポーターにより支持されています。
 WWFは6つのテーマで活動しており、森林保全、淡水域(川・湖)保全、海と漁業に関わる海洋・沿岸域、環境ホルモンなどの有害化学物質、そしてゾウ、トラ、パンダなどの種の保存・保護、最後に一番大きなテーマである気候変動があります。
 世界各国からの代表によるグローバルなチームができており、「温暖化を防止する」というテーマで活動しています。中でも、私たちのいまのテーマは「2100年までの気温上昇を2度に抑えること」です。既に産業革命前から0.6度上がってしまっていることを考えると、あまり余地がないことが分かりますが、2度の線を超えると、異常気象が起きたり、いろいろな危険が及んだり、種が破滅したりといったさまざまな影響が出てきます。

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 これは、このたび環境省がまとめた「日本のCO2排出状況」です。エネルギー転換部門、産業部門、運輸、業務などありますが、それぞれを分類すると、排出している80%が企業活動や公共部門に由来することが明らかになりました。冷暖房や照明、家庭用自動車から由来する家庭部門が約20%という状況です。これが、今日の私のテーマですので見ていただきたいのですが、つまり企業活動や公共部門が大きな責任を負っていることを示しています。
 現在の温室効果ガスの総排出量は、02年度は90年度から見ると7.6%も増大していることが、つい最近発表されました。京都議定書の削減目標値は、90年レベルからマイナス6%と定められていますので、これを合計すると約14%近くも日本はこれから温室効果ガスの排出を削減していかなければならないことになります。
 そして2010年、つまり目標年である2008年〜2012年の間にどのくらいの排出量が見込まれるかという環境省の予測値によると、2008年〜2012年の温室効果ガスの排出量は、90年レベルから4.1%〜4.6%くらいの幅で増えるだろうということです。
 もう一方、経済産業省の総合エネルギー調査会が出した数字では、2010年のCO2排出量は最大で11%、最小でも5%くらい増えるのではないかという見通しで、マイナス6%という京都議定書の目標達成は難しい状況です。
 私たちとしては、CO2削減を実現するために、まず事業者の温室効果ガスの排出状況を把握してそれを公表していき、それに基づいた削減計画の作成を義務化することが重要ではないかと考えています。まずこれが削減への第一歩になるのではないかと思います。
 それから、事業者の自主行動計画もありますが、単に「私たちはこれをやります」と言うだけではなく、ある意味で協定化し、それを守るような努力が目に見える形にしていくことが挙げられます。WWFはクライメート・セイバーズ協定という、企業の自主行動計画を、第三者機関を通して確実なものにしていくプログラムを実施しています。
 先ほども言いましたが、温室効果ガスの排出が非常に伸びているという状況があります。今年は地球温暖化対策推進大綱(6%削減を実現していくための原則)の見直しをする年です。そして来年からの第2ステップに入るに当たり、今の状況のままいくと5%前後の温室効果ガスの排出増大が見込まれるので、新しい画期的な政策措置を導入する必要があるのではないかと考えます。その一つのオプションとして、炭素税とか環境税などの導入により燃料転換を起こすことがあります。また国内排出量取引というやり方もあり、これは排出量にキャップ、つまり上限をかけ、上限を達成したところは、その達成した分を達成しなかったところに売ることができるという制度で、これにより、確実な排出量削減が獲得できます。この制度については機会があれば説明したいのですが、国際的な「京都メカニズム」とリンクすることにより、国内でキャップをかけることに柔軟性を持たすことができるようになるので、ぜひ導入すべき政策オプションの一つではないかと思っています。

 荻野 政策についてのご指摘もありました。その政策に携わっている方もいらっしゃるので、後ほどお話も聞けるかと思います。
 次に後藤さん、GRIの理事としての活動などを教えてください。

後藤 敏彦

環境監査研究会代表幹事 
GRI理事

 後藤 皆さん、こんにちは。今日はGRIの理事の立場としてもお呼びいただいたということで、この「Sustainable Japan」とどう関係があるかについて紹介させていただきます。
 GRIはGlobal Reporting Initiativeの頭文字ですが、1997年、アメリカのボストンで、アメリカのNGOで「セリーズ原則」をつくったCERESと、国連環境計画(UNEP)がリーダーシップをとって作ったグループです。
 当初、環境報告書の世界的なスタンダードを作ろうということで集まったと聞いています。その段階では、私は参加していませんでした。1989年にエクソン系のタンカー、バルディーズ号がアラスカ沖で座礁して原油を大量に流して環境問題を起こしたとき、「企業は環境に自主的に取り組まねばならない、自主的に取り組んでいる企業に投資をしよう」という、アメリカのSRI(社会的責任投資)の中でそういう考えが出てきました。では、環境によい企業とはどういう企業かというクライテリア(判定基準)が要るわけで、それで「セリーズ原則」を作りました。その原則にサインしている企業は環境によいことをしているので、そういう企業に投資しましょうという一つの考え方が出てきたわけです。
 そういう形で97年に始まったのですが、私はちょっと縁があってアメリカの環境保護庁の方にご紹介いただき、98年9月のワシントンの会議に行きました。その時、「トリプル・ボトムライン」を提唱していたジョン・エルキントン氏も世界的なスタンダードを作ろうということでメンバーとして参画していました。私が参画した98年9月の段階では、「これからの企業が出す報告書は、環境報告書ではだめだ。サステナビリティー・リポートを出すべきである」という議論になり、それからサステナビリティー報告書の世界的なスタンダードを作ろうという動きになったわけです。
 前後しますが、なぜ環境報告書の世界的スタンダードを作ろうとなったかというと、CERESの会員の中に世界最大の自動車会社、ゼネラルモーターズが入っているのですが、セリーズ原則にサインして発行を義務づけられているセリーズ・レポートはアメリカ国内だけで通用する報告書で、GMのような会社にとっては、それを出しても世界のステークホルダーに全然役に立ちません。多国籍の巨大企業としては、世界のステークホルダーに読んでもらえるようなフォーマットが欲しい、世界的に通用するガイドラインが欲しいということで始まりました。それが、始まって1年たったところで、サステナビリティー・リポートのガイドラインになったわけです。
 それ以後、99年に公開草案、2000年に第1版を出し、2002年のWSSD、ヨハネスブルグのサミットで2002年版を公表しています。国連の公式文書の中にもGRIという文言が2回ほど出てくるという形で、本当に世界スタンダードになったかどうかは別にしても、現時点では他にサステナビリティー・リポートのガイドラインはないので、世界的なスタンダードとしてかなり認められつつあるかなと感じています。こういったものは、一度出したら未来永劫使えるというものではないので、2006年版の改訂作業に取りかかっているところです。
 この会場の方々はよくご存じかと思いますが、サステナビリティーの中身として、環境・経済・社会という3つの側面を意味する「トリプル・ボトムライン」という概念があります。ボトムラインとは、決算書の一番下のラインということで、企業経営者にとっては経済的にボトムラインが黒字であることが一番重要な要素です。しかし、サステナビリティーという観点では、経済面だけではなく、環境面においても社会面でも、企業活動のボトムラインは黒字であるべきで、経営者はその責任を負っているというのが、エルキントン氏が提唱し始めた「トリプル・ボトムライン」です。時々誤解されますが、「環境・経済・社会の3つは相反する概念ではないか。それをやっているということは、トレードオフの関係があってうまくいかないのではないか」と色々な疑問が呈されます。ただ、エルキントン氏が提唱したのは、3つそれぞれが別のものという意味ではなく、サステナビリティーの中に、そういう3つの要素があるということで、もともとサステナビリティーはもう少し全体的なものだということです。だから、3つを合計したらサステナビリティーになるのではなく、全体論的、ホーリスティックな考え方をとれば、3つを合わせた全体像としてサステナビリティーが一つの概念としてある。これがエルキントン氏の考えです。
 ただその後、エルキントン氏は、「トリプル・ボトムライン」だけではサステナビリティーはなかなかうまくいかないということで、2001年くらいから企業経営者に対して、シチズンCEO(市民感覚を持った経営者)という概念を提唱しだしています。
 いまサステナビリティー・リポートとか「トリプル・ボトムライン」と言いましたが、実はGRIでは、サステナビリティー・リポートの事実上のグローバル・スタンダードを作ろうということで、サステナビリティー・リポートとか、CSRリポートとか、トリプル・ボトムライン・リポートとか、コーポレート・シチズンシップ・リポートとか、コーポレート・レスポンシビリティー・リポートとか、いろいろな名前が使われているけれど、どういう名前を使っても「サステナビリティー・リポート」であるととらえています。人によっては「サステナビリティーとCSRは全く違うんだ」とか、いろいろな議論がありますが、少なくともGRIは、環境だけではなく、環境・社会・経済的なことを込めているリポートに関しては、どういう名前をつけても「サステナビリティー・リポート」ととらえています。
 サステナビリティーについて少しお話しし、自己紹介の最後にさせていただきます。GRIは、98年9月にサステナビリティー・リポートのガイドラインを作ろうと決めたとき、「サステナビリティー・リポートのガイドラインを作るなら、サステナビリティーの定義をする必要がある」ということで一日議論しました。しかし、結局ギブアップして、サステナビリティーの定義はやめました。これは、少なくともその時点では正しかったと思います。
 サステナビリティーについては、自然環境を非常に重視した定義、世代間とか南北間の公平性を重視した定義、そして社会的なこと・経済的なことを重視した定義と大きく3つに分かれ、さらにまた細かく分かれるわけです。そういう意味で、実は「トリプル・ボトムライン」はサステナビリティーの中の経済・社会的なことを重視した、しかも企業経営者の責務という観点で述べられた概念であり、「トリプル・ボトムライン」がサステナビリティーと同じだという考え方は、サステナビリティーという非常に幅広い考え方の中の一つであるから間違いではないが、これがすべてでもないということです。この後、CSRの話になったとき、CSRとサステナビリティーというような話が少し出ると思いますが、少なくともいまのGRIのガイドラインとか、「トリプル・ボトムライン」という観点で言えば、サステナビリティーの中の経済・社会的なことを重視した考え方の中で、企業経営者の責務とあるべき姿、そういう考え方で提唱されたものだと私は理解しています。

 荻野 ありがとうございました。
 それでは佐藤さん、経済産業省のお立場も含めて話をお聞かせください。


佐藤 哲哉

経済産業省
産業技術環境局 審議官


 佐藤
 経済産業省の佐藤と申します。私はISO、IECという国際的な規格をつくる立場の日本側の事務局をしており、ISOでこのCSRをどう進めるかを議論しています。その関係で、この2〜3年ずっと議論に立ち会ってきましたので、規格化の観点からCSRがどうとらえられているかを中心にご説明します。
 いま 後藤さんがお話しされたように、企業の社会的責任は、一言で言うと「シェアーホルダー(株主)からステークホルダーへ企業の目線を移すこと」というのが一つの考え方です。つまり、これまでの企業はシェアーホルダー(株主)の利益を考えればいいということから、その企業活動の結果、影響を与える人たち、利害関係者(ステークホルダー)の視点を十分踏まえて、企業が活動する内容を報告・説明してくれという考え方です。中身は 後藤さんがおっしゃったように、経済・社会・環境という3つの「トリプル・ボトムライン」を踏まえて、企業を評価していこうという考え方です。
 サステナビリティーとの関係でいくと、狭い意味では、この3つの「トリプル・ボトムライン」を踏まえていかないと、企業の存続自体が危ぶまれてしまう。つまり企業の存続責任、持続的な活動という狭い意味でのサステナビリティーが1つです。また、企業が「トリプル・ボトムライン」にかかわり合いを持つことにより、社会全体のサステナビリティーを実現していく重要なプレーヤーであることを十分考えて行動していくべきだという意味もあります。つまり、持続可能な社会を構成する、ないしは形づくっていく重要なプレーヤーだという点でのサステナビリティー。サステナビリティーには2つの大きな意味が含まれています。

  では、なぜCSRがISOの国際規格の場でも取り上げられてきたのか。

 最大のポイントと思われるのは、企業活動がグローバル化したことです。国内だけではなく、海外へ行って自分の製品やサービスを提供する、さらには海外から自分の原材料を調達する、こういうグローバル化の動きが出てきました。すると、企業活動は自国だけではなく、途上国や、その途上国にいるステークホルダー、さらにはNGOの方々と大変深いかかわりが出てきます。最近のインターネットの普及により、途上国での企業の行為が世界中に直ちに発信される。したがって、本国が知らないでいても、自分のサプライチェーン先で行われたことが、その企業の責任として取り上げられる。こういうグローバル化とインターネットによる瞬時性に、企業の存続が大きくかかわってくるのが一つの流れです。
 2番目は、投資家の視点から見れば、サステナブル、存続できるところに投資をしたい、自分が投資した成果が続く、ないしは結果も得られるところに投資をしたいという、SRI(社会的責任投資)の観点でのスクリーニングが大分広がってきたことです。
 3番目は、企業の中で働いている従業員の方々、そこで働こうとしている方々のモチベーションや意識が大事になってきていることです。特に、法律を順守しないことを強いられた場合、これは自己実現にもつながりませんので、内部告発という形がとられることもたくさんあります。また、社会にとっていいこと、サステナブルな社会を実現するという職場で働くことにより、その方々の意識やモチベーションも大変高まります。そういう会社なら自分も勤めてみたいという求職者の方に対する魅力も上がる。こういう点で、大きな意味での競争力の源泉にもなっています。
 さらに、NGO活動が大変盛んになっており、環境、人権、労働といった点で専門のNGOの方々もおられます。こういった方々は各分野について深く発言し、企業の行動をとらえています。こういう方々の意見には耳を傾けなければなりません。
 最後は、最近の企業の不祥事をもとに、企業の自己的な対応だけでは不十分ではないか、それならば法律という強制手段でそれを確保しようではないかという議論も行われています。
こういう背景によって、最近CSRへの関心が高まってきたのだろうと思います。

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 それでは、CSRはどうとらえたらいいのか。
 現在、世界には約200のCSR関係規格があるといわれており、各分野、例えば労働のCSR、倫理のCSRなどいろいろあります。これは、まだガイドラインで強制力のないものですが、フランスの国家規格の考え方を示しています。左の縦の列がステークホルダーと考えられているもので、株主からNGOまで各ステークホルダーがいます。2行目以降は、いわゆる「トリプル・ボトムライン」、経済・環境・社会という3つの企業の活動が分類されています。例えば、株主がこの企業の経営活動を見るとすれば、その財務状況、簡単に言えば、もうかっているかどうかという観点で考える。株主が環境の点を考えるとすれば、環境リスクをどれだけきちっと把握しているかということで、その企業を見たい。さらに企業の社会的側面でいけば、ブランド価値をどうやって維持しているのか、さらには危機管理はきちっと行われているのかという観点で株主は見たい。それをステークホルダーごとに3つのトリプル・ボトムラインに分解していくと、この大変なマトリックスができるわけです。
 では、これをどう測定し、どう守るのかはこれから議論するところで、中身はまだ確定したものではありませんが、最低限こういう考え方で、企業がそれぞれのステークホルダーに対してトリプル・ボトムラインを説明していく、ないしは自分のパフォーマンスを評価していくことが求められています。
 逆に企業は大変なコストを負担するのではないかと思われますが、われわれは必ずしもコストだけではなく、そこから十分なメリットが得られると考えています。これは経済同友会の「企業白書」の中で述べられているものですが、まず企業が継続的・安定的な成長を遂げることができる。CSR活動をすることにより、社会の信頼性が得られる。その結果、競争力、自分のブランドが維持できるという点にもつながる。また、これはグローバルな活動ですから、CSRに取り組むことによりグローバルな市場での企業の競争力が向上する。さらには、法律や規則を順守しなければならないという、いわゆるコンプライアンスについても大変広い分野があり、ただコンプライアンスを守れ、法律を順守しろというだけではなかなか実行できませんが、CSRの視点というシステム的な取り組みでとらえていくと、コンプライアンスが効果的に行われるのではないか。つまり、その手法の提供です。このCSRを通じて地域社会への貢献、またその企業の地域社会への貢献を、企業市民という形で評価していただくという意味で、地域社会との融和も図られる。また、SRIにより新しい投資を受け入れる手段になる。さらに、会社のトップという立場からすれば、自分の知らないところで孫請け、下請け、サプライチェーンで起こったことが不祥事となり、代表訴訟、訴追といったことが行われると突然死になるわけで、こういうことを防ぐためにも重要な手段ではないかと考えられています。
 したがって、ISOでは規格化しようという議論をしていますが、さすがに範囲があまりにも広いので、専門家の方々からなるワーキンググループをつくって3年議論をして、この4月30日に、そのワーキンググループの報告が出てきました。ISOの規格化を検討する上で、まず世界の色々なところで行われているCSRの考え方を踏まえて検討を進める必要がある。また、労働や環境などという形で、これまで国際社会、国連やOECDやいろいろなところで蓄積された成果を活用するものでなければならない。さらに地域差、文化差、宗教の違いが出てくるので、それを一律に国際基準として縛ることはなかない難しい。ですから、具体的な規格を作るというより、まずCSRとはどういうものかという大きなガイドラインを作った方がいいのではないか、という流れが報告書で取り上げられています。
 この6月に、ISOのTMB(技術管理委員会)の場で、CSRの規格化についてどうするかという最終決定が行われますが、ISOのワーキンググループの報告書を一つのたたき台にして議論が進んでいくだろうと思っています。
 そうなると、例えば、システムをとらえるのであればISO9000、14000のようなマネジメント・システムにするのか、しないのか。さらには、コンプライアンスというある意味ではネガティブな面と、地域への貢献など企業の積極的なポジティブなパフォーマンスのどちらをとらえていくのか。「ネガティブな面、コンプライアンスは法令や規制で十分できるとすると、ポジティブな面だけをCSRとしてとらえてもいいのではないか」という考え方もありますし、「いや、ネガティブとポジティブ両方やるべきだ」、「いや、ネガティブだけをすべきだ」など、いろいろな議論があります。さらに規格の対象にするのは、コンプライアンスにとどめるのか、幅広くするのか。さらに国際規格にするかどうか。こういった点を6月から議論していくわけですが、そういう意味では、まだISOの中でも発展途上ということです。
こういう大きな流れが、いまCSR、ISOの中で行われていることです。

 荻野 お話をうかがうと、皆さんも規格化はかなり難しそうだという気もするのではないかと思います。
 最後に、私はかねてよりこの領域での第一人者だと思っている一橋大学の谷本さんに、現在の研究の状況ほか、全体の企業社会の動きを含めてお話をいただければと思います。



谷本 寛治 

一橋大学大学院
商学研究科教授


 谷本
 一橋大学の谷本です。
 持続可能な発展、サステナブル・ディベロップメントとは何か、企業の社会的責任は何か、確かに一言で定義するのはなかなか難しい部分があります。立場によっても視点が変わってきますし、国や地域によってもその理解が異なってきます。
 確かにISOのようなところで何か規格を決めるとなれば、統一的定義をしないとできないわけですから、非常に難しい議論があることはご紹介のとおりです。ただ、いろいろあるから定義は難しいと言い放してしまうと、この議論のポイントはなかなか見えません。この場では、これまでのさまざまな議論もある程度大きく包み込めるような、最低限のポイントとして押さえておかなかればならないと思うことをお話ししたいと思います。
 今日の朝からの講演の中でも出てきましたが、持続可能な発展とは何かという議論は80年代後半から進んできたわけです。将来のニーズを損なうことなしに、現在のニーズにいかにこたえていくか。あるいは途上国の犠牲のもとに先進国の利益を図ることではなく、いかにそのバランスをとっていくか。このあたりは地球社会全体の大きな問題になってくるわけです。
 持続可能な発展については、まず地球環境問題を主にして議論されてきました。ですから、「サステナビリティー」というと、基本的に環境問題だと理解する人も多いし、その部分が一番のポイントになると言う人ももちろんいます。それはいまも変わらず重要な問題です。また、温暖化の問題に関しても、最初に鮎川さんからお話があったように、具体的な対策となると利害の対立があってなかなか難しい部分がありますが、これは気長に議論を積み重ねていくしかないと思っています。
 もう一つ、社会経済システム全体が安定的に発展していく、持続可能であることを考える時には、社会的な側面が非常に重要です。例えば貧困、人権など個別の問題は、これまでも議論されてきたことですが、90年代のグローバル化が大きく進んでくる中で、それぞれの国の中で非常に重要な問題として取り上げられるようになってきた。途上国の問題だけでなく、先進国の中にあるコミュニティの問題でも、貧困や人権、社会的な排除があってはいけないのではないか、公平な評価はどうしていったらいいかということで、環境面、社会面をひっくるめて持続可能な発展が求められるようになってきた。そういったことを、トータルとしていかに達成することができるか、これがまさに21世紀の課題だと思います。
 そのことと企業の社会的責任はどうかかわるか。持続可能な発展=サステナブル・ディベロップメントという言葉と、企業の社会的責任という言葉をほぼ同義に使う人たちもいますが、ここでその関係について考えてみましょう。例えば、国連がグローバル・コンパクトを積極的に進めるようになってきた背景は何かを考えていく必要があると思います。環境の問題にしろ、社会の問題にしろ、かつてのように政府がすべて対応できるのかというと、それは難しくなっている。また国際機関が、国境を越えて広がる地球環境問題などについてすべて調停役になりきれるかというと、それも国や地域の複雑な利害がぶつかり合うので難しい。そこに、第三セクターとしてのNGOが台頭し、影響力も増えてきている。そういった大きな流れの中で、理解していかなければならないと思います。
 そういった状況において、企業に期待する役割は大きくなっています。一つはこういった問題の大きな原因を生み出していることへの反省と、もう一つは企業が持っている影響力なり、大きな資源、可能性、創造力に期待するという部分の両方の面があると思います。企業が社会経済システムの持続可能な発展を進めていく上で、国々のローカルなレベル、あるいは地球全体でのグローバルなレベルにおいて、より大きな役割や責任が出てきたと思います。
 そこで企業の社会的責任とは、具体的にどんなことを指すのか。これは何か統一的な定義をしようとしているわけではなく、基本的な機能として何ができるのか、あるいは求められるのかを3つにまとめました。

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 1つは、まさに企業活動そのもののあり方です。そこに社会的公正性や環境への配慮をいかに組み込んでいくかが問われます。経済活動とは別個に社会的責任があるのではなく、これはまさに企業活動のあり方そのものを問うということです。
 次に、先に3番目を見ていただくと、これもわかりやすいことだと思いますが、社会貢献活動=フィランソロピー活動、こういった形での社会への貢献があります。
 もう一つ忘れてならないのは、いま問われている社会的な課題に対し、企業が新しいサービスや商品を提供していく、新しい取り組み方を新しいイノベーションとして提示していくという動きがあると思います。例えば、環境配慮型の商品を提供していくとか、ユニバーサルデザインを開発するとか、従来の貿易のスタイルとは少し違うフェアトレードのようなものを進めるとか、あるいは社会的責任投資という形で、投資家に社会性もひっくるめた新しい投資のスタイルを提供していく。こうしたことは、社会的な事業として企業ができる可能性を持っている分野だと思います。
 そういった持続可能な発展を求めるという社会基盤のもとで、市場における企業の評価のあり方も少しずつ変化してきていると思います。これまでの企業の評価は財務的な評価をベースにしているわけですが、これと同時に、社会面、環境面の評価を取り込むようになってきました。経済、社会、環境を同時に配慮する、いわゆるトリプル・ボトムラインです。企業のブランド、コーポレート・ブランドを考える時、トータルな企業価値を評価しようという動きが少しずつ出てきた流れの中で、SRI(=社会的責任投資)が90年代以降に大きく広がってきました。それまでは、一部の社会運動家による一つの運動の手段として、「戦争に加担している企業は全部排除する」という形の社会的責任投資が中心でしたが、90年代の終わりあたりから、そういうスタイルはもちろんなくなっているわけではありませんが、それとは違って、企業活動をトータルに評価する新しいスクリーニングのあり方として、SRIがアメリカ、ヨーロッパ、あるいは日本の中でも少しずつ広がってきました。そういう流れがあると思います。
 とりあえず、私の最初のお話はここまでにさせていただきます。


企業の社会的責任とは?(1)

 荻野
 ありがとうございます。
 CSRとサステナビリティーとか、一つ一つの言葉そのものの概念についてさまざまな考え方を持つ人がいることを聞かれ、やや戸惑いもあるかもしれません。このパネルでは、そういうところをもう少しかみ砕いて踏み込んでいきたいと思います。パート2は、いまおっしゃった「社会的責任を果たすとはどういうことか」というテーマを準備しました。
 まず鮎川さんには、本当に不勉強で申しわけありませんでしたが、WWFというと、どうもパンダの募金箱。それが多摩動物園にあり、お金を100円とか10円とか入れると、これが将来の野生動物を守る、という印象があります。そういうところが企業という、ある意味では動物とはかなりかけ離れた人工物も相手にされるというのは印象的です。非常に大きな存在だとおっしゃいますが、いつ頃から企業の社会的責任に踏み出したのか、あるいはどういうことをするのが企業の社会的責任だと考えていらっしゃるのかをお教え願えますか。

 鮎川 ありがとうございます。確かにWWFは、そもそも動物の保護を目的として設立された団体で、最初は「World Wild life Fund」と言っていました。しかし、70年代後半になって地球環境問題が取り上げられるようになり、動植物を守るにしても、その周りを取り囲んでいる地球環境を守っていかないと、究極的には動物を保護できないという立場から、より広い地球環境に焦点を当てて「World Wide Fund For Nature」に名前を改めました。今年1月に『Nature』という雑誌に、「このまま温暖化が進行していけば、2050年には種の37%が絶滅してしまうのではないか」という報告が出され、まさにこれは地球環境を守っていかないと、その種の保存が実現できないことを表していると思います。そして、先ほどの円グラフでもわかるように、排出量の大半部分は企業活動、公共活動から出てくるものであり、世界的に見てもその傾向があります。
 そういう意味で、私は温暖化の担当なのでその場面しかお話しできませんが、企業活動は温暖化に対して大きな責任があると考えますし、逆に大きな割合があるために、企業からの温暖化防止活動への貢献度合いは大きいと思います。ですから、もちろん私たちが小まめに電気を消すことも重要ですが、例えば企業単位で電気を消すことをすれば、より大きな削減効果が出るわけです。そういうことが企業の社会的貢献につながっていくのではないかと思っています。

 荻野 繰り返しの質問でお許しいただきたいのですが、企業とWWFとの間では協議とか、いろいろな動きはあるのですか。

 鮎川 そうですね。そういう意味では、WWFは企業活動に注目してやってきました。例えばWWFドイツでは、家電メーカーとタイアップして省エネ製品を市場に出していくことを実施しました。5品目の家電製品に関して、2年間で25%省エネという約束をしたわけです。これをコンセンサス25という形の協定にして、2年間でそれを達成した後には、2003年から冷蔵庫はヨーロッパでクラスAという最も効率のいいものしか売らないとかという約束をしたりしています。
 またWWFオランダでは、例えば、土地開発業者と一体になって省エネ型の住宅を販売したり、フィリップスと提携して省エネ型の電球を発売したりしています。また、温暖化の関係では、先ほどお話ししたクライメート・セイバーズという取り組みを行っています。

 荻野 日本のことは後でうかがいましょう。
後藤さん、非常に明快なご説明をありがとうございました。ただ一方で、どうしても企業は「もうかって何ぼだろう」という話もあるし、最近の記事でもアメリカで従業員重視だった企業がもうからなくなったら、やはりおかしくなるじゃないかとか、さまざまな指摘があり、会場の方の間でもそういう気持ちがなかなか拭えないのではないかと思います。その辺、社会的信頼度などというお考えがあるやにうかがいましたが、もう少し深めた「CSRとは」を補足していただけませんか。

 後藤 CSR、サステナビリティーについての取り組みが求められる背景は、谷本さんがお話しされたとおりです。それをなぜリポーティングするかは、少し理由があるわけですが、これは企業と社会の関係が変わってきているからだと思います。グローバリゼーションが進展し、国家の役割が特に大企業に対してはどんどん下がってきたというか、国家の企業コントロールがなくなってきた。つまり経済学でいう「政府の失敗」とか「政府の限界」といわれる現象です。
 例えば、欧州連合は、この5月1日から10カ国増えて25カ国になりました。欧州の中でも、かなりの企業が例えば工場をチェコなどに移す。みなさんご存じのように、チェコは機械工業の長い伝統がありますから技術も高い、労働者もレベルが高い、賃金は安い。こうなると、失業問題を解決しようということで、実は欧州のCSRのスタートは失業問題対策が中心でしたが、国家ではなかなかうまくいかないから、企業にいろいろ果たしてもらいたいという国の希望が出てきたのです。
 多国籍企業と社会の関係でいうと、企業にはCSRに取り組んでもらいたいし、その結果を見て、ちゃんと取り組んでいる企業は評価するし、取り組んでいない企業はボイコットなり不買運動なりという形で対応していきたいと思う人たちやNGOが出てきています。
 これを企業から見ると、自由に動いてもうかればいいという考えで動いていても、もう少し長い期間で考えたら、大きな企業になればなるほど、社会全体、自分の製品を売っているマーケット、自分が活動しているマーケット、自分が物を生産しているロケーション、そういった社会の中で、受け入れてもらえなければ存続は難しいわけです。たまたま安い賃金のところに移って、安いものをつくって売ったからといっても、そういうものがボイコットされたら売れないわけです。要は、どんな地域であっても、自分の活動が受け入れてもらえなければ存続は難しいという観点で、企業が社会に受け入れられることが大前提になってきています。
 実は、これはよく考えれば当たり前のことです。株式会社に人の資格、法人格を与えたのはなぜか。それが人類社会とか、その地域社会に役立つから、人の資格を与えて活動してもらおう、それはわれわれ全体・社会全体にとっていい、というのがスタートだったはずです。
 ところが、フリードマンの新古典派経済学では、「とにかく企業はもうけることだ。株主に配当することだけがすべての価値だ」みたいなことをいっています。しかし、これはいずれすたれると思います。企業はメセナとかフィランソロピー(社会貢献活動)などやるべきではないというのが、もともとアメリカのフリードマンたちの発想だったと思います。
 一方、現実の世界では、アメリカの企業といえども社会に受け入れられないものはボイコットされていくという状況があります。そんな中、企業がCSRに取り組むとはどういうことか。そこで、荻野さんが言われた私の「企業の社会的信頼度」ですが、日本ではCSRを「企業の社会的責任」と訳します。レスポンシビリティーは辞書を引くと、最初に「責任」という訳があります。しかし、2番目の訳をぜひ見てください。「信頼度」というのがちゃんとあります。ですから、われわれが翻訳するとき、「企業の社会的責任」と訳しても、「企業の社会的信頼度」と訳しても、どちらも間違いではありません。私が勝手な訳語をつくったわけでも何でもありません。
 ところが、日本語で企業の「社会的責任」と「社会的信頼度」は全く違います。責任は自分の中で完結です。ですから、企業で不祥事があり、社長・会長が責任を取りました、それで完結です。でも、その企業の社会的信頼度は落ちたまま上がりません。別の活動をしない限り、絶対に信頼の回復はできません。信頼度とは何かというと、ステークホルダー側の内心の問題です。信頼度が高いというのは、本当は相手の内心で信頼していただけることで、信頼度が低ければ社会的受け入れ度は低い。CSRに取り組むことは、企業から見ると社会的信頼度を高める活動、別の形で言えばコーポレート・ブランディングを高める活動と同じことです。ブランディングという言葉も、CSRに取り組むことも、同じことではないかと私は考えています。
 そういう意味で、もうけることと、企業の社会的信頼度に取り組むことは二律背反ではないかというのは実は全然違うわけです。今、特に大きな企業にとっては、社会的に受け入れてもらえなければ存続できない。それがCSRですから、決して二律背反ではないだろうと考えています。
 最後に、GRIも「CSR」とか「サステナビリティー」とか言っていますが、企業といっても、規模、業種、活動地域が非常に違いますから、その企業を社会的に受け入れてもらうための活動は全く違います。多国籍企業が世界中に受け入れてもらうための活動と、日本国内の、しかも非常に限られた地域で、ある特定の製品だけを扱っている上場していない企業が、地域に受け入れてもらうための活動の中身はおのずから違ってくるだろうと思いますので、CSRを果たすために何をしたらいいかは非常に難しい面があると考えています。

 荻野 「社会的信頼度」という一つの新しい言葉に出会ったような気がします。
谷本さん、いまの「社会的信頼度」という訳も含めて、これはどういう理由でどんどん広がっていったと考えるべきでしょうか。それともう一つは、会社の中に入れ込んでしまうものだとすれば、どう入れ込めるのでしょうか。新聞記者的に言うと、不祥事があるとすぐ「CSRを果たしていない」とかと書きたくもなるのですが、以前、そうではないと先生に諭されたこともあります。コンプライアンス、いわゆる法律を守るということでとどまってしまいがちな私などからすると、もっともっと深いんだなという気がするのですが。

 谷本 日本でも、70年代に「企業の社会的責任」が一つ大きなブームになりました。それは、いわゆる公害問題が中心でした。オイルショック以降、低成長になっていくに従い、そういう問題に対する関心はあっという間に冷え込んでしまいました。それがまた、ここ1〜2年、大きなブームになってきている。これをどう理解するかをきちっと押さえておかなければならない。最近いろいろな企業の不祥事が頻発していますが、不祥事が起きたから、今回こういうブームになったとは必ずしも言えないと思います。それはどういうことかを簡単にまとめておきましょう。
 90年代に経済が非常にグローバル化してきた、そのこと抜きには語れないと思います。「持続可能な発展」を求める動きが、環境面だけではなく社会面で、20世紀型の経済社会のあり方を反省する中で、そういうことを求める価値観が市民社会の中に非常に広がってきた。そういったことを、ただ何となくイメージとして語るのではなく、例えば温暖化問題一つにしても、専門家が第三の立場できちんと評価する、あるいは国際機関や企業の活動を、市民の目で監視する。そういうことを基にして情報提供をしていくようなNGOが、グローバルなネットワークを広げ、企業や国際機関や政府にいろいろな提言やプレッシャーを与えていく中で、企業に求められる役割も変化してきたことが大きいと思います。
 これまで日本の中で、「社会的責任」という言葉は、不祥事が起きるたびに新聞紙上で出てきました。しかし、数カ月すると忘れ去られ、また手をかえ品をかえ、様々な不祥事が出てきました。では、法律を守ればいいのか。コンプライアンスのレベルで社会的責任を考えてしまう流れがこれまでは強かったと思います。また「地域社会にいろいろな寄付をします」、「NPOにもいろいろな寄付をします」、「フィランソロピー活動をやれば、それがCSRじゃないですか」。多くの企業はこの理解でとどまってきましたし、法律以上のものだといわれるとどう対応していいか戸惑っている。大企業の中でもその意識や対応の差は非常に大きいし、あるいはグローバル企業と中小企業は同じように考えられるのか、という問題もあります。
 日本社会の中では、市民の声やNGOのネットワークはまだまだ弱く、国内市場の中で強く求められるという状況では必ずしもないので、グローバルな市場の中で求められてきたことがとっかかりである点が、70年代との違いであることを押さえておく必要があります。
 日本の企業も90年代は非常にグローバル化している。一つ一つ細かくは申しませんが、生産拠点も途上国を含めて非常に広がっていった。これまでの持ち株構造が非常に変わり、外国の機関投資家が日本の企業の株をたくさん持つようになってきた。中国をはじめ多様な途上国の中で、グローバルなサプライチェーンが広がってきている。そういった途上国での活動は、これまではよくわからなかったけれど、NGOが監視のネットワークを広げる中で、そういう視点を持って評価するという流れも出てきた。ですから、一つはグローバルな市場社会からの要請を忘れてはならないだろう。グローバリゼーションによるかなり共通の問題もあるし、日本独自の問題もあると思います。
 では、どうすればいいのかという話です。先ほどお話ししたことを簡単に確認しますと、CSRは日常の経営活動のプロセスに社会的公正性や倫理性、環境への配慮を組み込んでいくことで、経済活動と別個のものではない。ただ法律を守ればいいとか、社会貢献だけやればいいということとは違う。いまEUの中でも、CSRは非常に重要な政策課題の一つとして議論されており、日常の経営活動の中にいかに取り込んでいくか、ということを検討しています。先ほどの荻野さんの「何だかんだ言っても、もうかって何ぼじゃないか」という言い方を受けて言えば、いまその「もうけ方」が問われている、と言えます。いかにもうけるのか、もちろん市場社会から信頼されなければ企業は成り立たない。では、どうやって信頼を得るか。事業活動のあり方そのものが、いま問い返されているのだと思います。



 荻野
 ありがとうございます。もうけて何ぼではなく、もうけ方が問われていると。これも非常にわかりやすいし、そうだよなという気がいたします。
 最後に佐藤さん、こういう中でCSRの規格はできるのですか。牛を食べたらだめという国があれば、豚はだめだという国もあるし、鳥だけを食べろという基準を作ってもしようがない。国々の考え方がさまざまな中で、本当に規格化は可能ですか。難しいなら、率直に難しいと言っていただければいいと思いますし、難しいけれど取り組むとしたら、どういう方向を考えていらっしゃるかを一つうかがいたい。
 もう一つは、先ほどの鮎川さんのご質問にもあり、これは直接のお立場ではないと思いますが、環境税とか排出権取引というお話もありました。産業界あるいは産業界に極めて近い経済産業省などは、非常に腰が重いという印象を私はずっと思っていたので、大臣になりかわって答えてくれというのは無理な注文だと思いますが、いまのスタンスについて環境税等に関してでもお話がうかがえるのであればお願いしたいと思います。

 佐藤 先ほど自己紹介の中で、なぜISOで規格化の議論が進んだか、背景から方向性をお話ししました。ISOで規格化の議論が行われた直接のきっかけは、ISOの委員会である消費者政策委員会で、消費者の方々の意見から、特に先進国の企業が途上国で活動するとき、途上国の政府の規制が必ずしも十分ではないので、途上国の消費者は先進国から来る製品やサービスを一定の高さの質を維持したまま受け取れるのだろうか、という疑問からです。
 したがって、先ほど後藤さんがおっしゃったように、政府がすべてをコントロールできないという社会になり、グローバルになればなるほど、そういう切実な疑問が出てきます。例えば、いまISOで同じような流れで議論されているのは、輸出された中古品の質をだれが確保するかという話です。通常は、中古品の輸入国の政府が質をきちっと確保すべきですが、今の議論と全く同じで、その品質を確保する具体的な管理主体の技術も能力もないときは、先進国の輸出する人が一定の質を確保すべきではないかという議論が進んでいます。
 ISOでは、その消費者の声が反映されて議論が進んだのですが、それでは、企業はどういう社会的責任の果たし方をすればいいのか。いままでの話のすべてに関するものであり、かつ「トリプル・ボトムライン」に配慮し、かつステークホルダーに配慮し、自分のサプライチェーンも全部配慮することが理想形ではあるけれど、どこかに重点を置かせてほしいという意見もあるわけです。
 例えば、いまご紹介があったEUは、25カ国の社会的統合を果たさなければならない。地域差、文化差など、いろいろな違いを踏まえた中で、社会がEUとして統一しなければならない。だれかステークホルダーが「自分は不満だ」と言うと、社会的統合は失敗してしまう。だから、雇用を中心に企業に責任を持ってほしい、という点を重視してCSRの議論を始めています。
 逆にアメリカでは、これまで企業は、地域の市民(コーポレート・シチズンシップ)で、企業は地域にいかに貢献するかという長い宗教的な考え方の伝統があります。企業の不祥事は、コンプライアンス、法令や規制をきちんとかけて、そこでチェックすればいい。したがって、ネガティブなチェックは法律や規制でできるから、企業はその地域への貢献、社会貢献活動というポジティブな面をとらえればいいという考え方もあります。
 日本は、今は若干違っていますが、これまでの長い経営の中で、企業の関係者を中心に、いかに満足のいく職場を提供し、満足のいく製品を提供するかという考え方で議論してきました。それぞれ取り組み方や切り口が違うわけです。したがって、どこに重点を置くかも大変問題になっています。
 そうはいっても、現実として世界各国では、CSRに関連する規格が200近く生じているわけです。これらの規格は必要に応じてどんどんできたのでしょうが、先ほどの谷本先生のSRIという観点で比較しようとすると、どのCSRの規格で企業の具体的な行動をはかればいいのか。企業は評価する機関からアンケートを受け取り、そのアンケート用紙をチェックしていくのですが、「あなたのところは、たばこ産業と付き合いがありますか」、「原子力発電所に関与してないでしょうね」など、いろいろなことを質問され、さてどう答えていいかわからない。また、文化的な違いもあり、牛を食べてはいけない、豚を食べてはいけないということの他に、例えば男女雇用均等という概念はだれも否定しませんが、女性が宗教的な規制により社会に出ることをある程度禁じている社会においては、男女雇用均等という項目を一つ入れた瞬間に、その地域の企業はすべてCSRを満たしていないことになってしまう。
 したがって、議論を進めれば進めるほど、特に具体的な定義をしようとすればするほど、この議論は混迷していく。先ほどのサステナビリティーの定義ができないというお話と同じで、例えば人権についても、人権とは労働関係の人権なのか、それとも一般市民が受けている基本的人権なのか、どこからやるのかをずっと議論していきましたが、それもまとめきれない。したがって、例えば第三者認証を受けるようなシステムをつくるためには、具体的な「トリプル・ボトムライン」からさらに下がっていき、今のような具体的な基準が必要なわけです。この企業は雇用をきちんと守っているのか、男女雇用均等はちゃんとしているのか、具体的なブレイクダウンをしていかないと第三者認証はできない。しかし、今の段階では、そういう第三者認証を作れるような規格まではとてもいかないだろうというのが、現在のISOの議論です。
 では、規格化を放棄するのか。しかし一方では、規格化に対する強いニーズがあります。例えば、先ほど申し上げた200の規格を地域ごとに全部適用して、企業が行動しなければならない。これはとても大変なことです。特に自分のサプライチェーン先がどんな行動をしているか分からない。しかも、各国のCSRが全く違うということでは、それこそ国際活動もできない。貿易だけではなく、金融の流れも全部止まってしまうおそれがある。
 したがって、ISOに期待されている今の大まかな議論は、これらの色々な規格や考え方の総合的なフレームワーク、ガイドライン、どういうとらえ方をすれば企業がCSR活動をしていると見なされるのか、そういう方針を示すことを考えてもらえたらどうだろうかと言われています。
 冒頭で申し上げましたが、この4月30日にISOのワーキンググループが出した報告の中の一番大きな点は、いま世界中でCSRと言われているものについての考え方をまとめたガイドライン的なものが検討できないかということです。したがって、今後ISOではこれをベースに、ガイドラインと、非常に難しい地域差・文化差・伝統差がある具体的な個別基準との間をどう橋渡しをしていくかという議論を深めていくことになろうかと思います。

 2番目の環境税、排出権取引の関係の問題については、経済産業省の立場というと公式的な見解になりますが、いまのCSRの議論に関係すると、CSRは経済・環境・社会という3つのコンセプトのバランスをとって、しかも3つを満たしながら進めるということになるわけです。環境の問題でいけば、経済・環境の2つきちんと両立していくことが必要になります。
 われわれのスタンスは、まずエネルギーを使用することによりCO2排出量の90%が出ているので、エネルギーの使用量をどれだけ減らすかというところからCO2対策をしようと思っています。すると、一番簡単なのは、エネルギーの使用効率のいい機械・技術をどんどん導入していくことで、また新しい技術を開発し、これを世の中に普及していくことが一番大事だろうと思います。
 したがって、現在はありとあらゆる手段を投じてCO2の対策を講じていく。鮎川さんのリポートにありましたように、最新のエネルギー需要見通しでいくと、2010年には、いまの省エネ努力を続けても、90年に比べて使用量が5%増えてしまうという予測があります。したがって、この5%を最低限減らす、90年比プラスマイナスゼロにするという対策をしなければならない。このためには、エネルギーの使い手の立場で、すべての対策を講じていかなければならない。例えば、ビルであればビルのエネルギーのメンテナンス、一般家庭の中でもCO2を削減するようないろいろな方式、さらには、燃料電池車や新しいエネルギーを提供して、自動車の走行距離とCO2の量を減らす。こういうことをすべて講じていかなければならないだろう。
 ただ、その中で、例えば環境税という議論がありますが、対策を講じていく中で効果とデメリットも講じなければならない。先ほどの経済と環境の両立という観点からすると、効果はあるかもしれないけれど、デメリットのほうが大きいものについては、効果とデメリットを慎重に見極め、導入するかしないかという議論をしていただかなければならない。現在、中央環境審議会その他で提案されている環境税は、経済に大変配慮した低率かつ金額が少ない税金というご提言ですが、逆にいうと、それで本当に効果があるのでしょうか。逆に効果がないものなら、税をもっと高くしなければならない。これは企業の活動や国民生活全体にものすごく大きな影響を与えます。景気が悪くなればCO2が減ることは1998年に実証されているわけですが、景気を意図的にマイナス成長に落とさなければならないほど、今はほかに手段がないのだろうか、いや、まだほかにも手段はあるはずだ、それを全部講じていくべきではないか。そういう流れの中で、環境税や排出権取引を議論し、導入をぜひ検討されるべきではないかと考えています。


各セクターが協働して「SustainableJapan]を実現(1)

 荻野 少し話題を変えます。「Sustainable Japan」ということで、私たち主催者は、企業だけでなく、市民とか行政などのいろいろなセクターが一緒になってやっていかなければならないだろうと考えました。例えば、谷本先生がご指摘されたとおり、企業を見るウォッチャーが極めて重要になったりもしているわけです。これまで日本の社会では、企業が非常にばらばらにやっていて、NGOはあまり大きくなかったというご指摘もありました。ですから、市民団体もなかなか声が通らないとか、行政とはあまり足並みが揃わなかったことがありましたが、今後「Sustainable Japan」を目指すために、企業だけでなく、われわれも含めてどう動いていくかを話し合いたいと思います。
 まず企業とNPO・NGOと政府の関係は、谷本先生の研究領域だとうかがっていますが、具体的にどんなふうに手を組めるのか、また今後どういう関係を構築すべきか、その辺の具体的なお話があればご紹介いただきたいと思います。

 谷本 その前に、そことの橋渡し的な話を少ししたいと思います。日本の大学には「企業と社会」という科目がほとんどないのですが、アメリカではほとんどの大学にあります。そこで使われるテキストに、真ん中に企業を置いて、周りにステークホルダー:投資家、消費者、NGO、政府、環境などを配置する図がよく出てきます。企業とステークホルダーは色々な関係をもっており、独立して存在するステークホルダーとの関係をきちんととらえておかねばならないというわけです。しかし、これまで日本の企業社会において、ステークホルダーが独立していたのか、企業あるいは関係する政府機関に対して何か発言する、プレッシャーをかけるような存在であったかというと、簡単にそうですねとは言えないところがあります。
 先ほど「株主からステークホルダーへ」というお話もありましたが、「実は日本の企業社会にステークホルダーはいなかった」と言う人もいるわけです。いなかったというのはちょっと言い過ぎで、ステークホルダーは企業というシステムの中に取り込まれてきたといえます。例えば、日本で株主が大きな影響力を持って、企業のチェック機能を果たしてきたかというと、会社の相互持ち合い関係の中で、特定の株主がいるような状況ではなくなり、網の目のように持ち合う中で、経営者が大きな影響力を持つようになってきた。従業員や労働組合はチェック機能を果たしてきたかというと、一つの企業あるいは企業グループの長期的な雇用関係の中では、必ずしもそうではなかった。原料や商品を供給するサプライヤーはどうかというと、下請け系列関係のピラミッドの中に組み込まれてきた。また、地域社会と企業の関係は、アメリカで見るようなスタイルとはかなり違うものがあり、企業城下町が典型で、取り込まれるような関係があった。
 また消費者、市民の声を代弁するようなNPOやNGOが、これまで日本で育ってきたかというとそうではなかった。そういう社会的な問題や公共的な問題はほとんど政府が対応するものであり、市民の問題ではないというイメージがかなり強かった。それが90年代後半あたりから状況がかなり変わってきました。95年に阪神・淡路大震災があったとき、「ボランティア元年」と言われ、98年にNPO法が成立して施行されたとき、「NPO元年」と言われました。市民に「自分たちの問題は、自分でできることはやらなければならない」という意識が少しずつ出始めてきたのが、ようやく90年も終わろうとする時期だったと思います。ですから、セクターごとの関係というとき、まだまだ日本のNPOやNGOのセクターは弱い。日本の中にもいろいろなNPOが誕生していますが、まだ生まれたばかりでもっと支援していかなければならない。そういった中でも、いろいろなNPOやNGOが日本の中で育ち始めてきていて、企業と多様な関係を取り結んでいる状況が見られます。

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 一見複雑なように見えますが、このスライドは企業・政府とNPO・NGOとの関係について3つのパターンを示しています。(1)政府・企業からNPO・NGOに支援するようなスタイル、(2)NPO・NGOが企業や政府に対して監視・批判したり、評価したり、政策提言したりするスタイル、(3)この両方が協力し合ったり、競争し合ったりするようなスタイル。一般的によく見られるのは、政府が助成金を出すとか、さまざまな法制度のもとで支援し、NPOやNGOのセクターを育てていく、企業がボランティア活動で人を出したり、寄付をしたりするという、政府や企業の資源を活用した支援のスタイルです。
 日本では、(2)と(3)に該当する団体が少ないのでイメージしにくいかもしれませんが、中にはNGOというと「企業を批判する危ない団体だ」とか、「何かというと寄付をくれと言う市民総会屋か」ということを言う人がいたりする。NPOに対して、「NPOなら何でもできる」という過大評価と、「彼らは何を代表しているかわからないし、そんな小さい団体では何もできっこないよ」という過小評価と混乱する状況が見られます。
 例えば、最初にあった社会貢献のレベルでも、寄付やボランティア、あるいは企業の本業を活用したスタイルでNPOと協力関係を持つとか、新しい社会的な商品を開発していく上で関係する団体が、これまでの経験や知識、あるいはネットワークを活用しながら協力関係を結んでいくものも見られます。いわゆる社会貢献のレベルですぐ理解されてしまいますが、実際には事業の中で協力関係を結びながら進めていくというスタイルもあるわけです。どのスタイルであっても、企業とは違う視点を持ったNPOやNGOの発想や経験、あるいはネットワーク力を、これまでの企業社会とは違うものを取り込もうとしたり、あるいは社会との接点の中で彼らと手を組むという動きが少しずつ見られてきました。ですから、まだ小さくてマネジメント能力もないNPOが多いのは事実ですが、いくつかの成功事例から、こういう可能性もあることを紹介していかなければならないと思っています。

 荻野 ありがとうございました。こっちとかあっちとかの一方通行ではなく、双方向ですね。
 後藤さんにも同じような質問をさせてください。企業の社会的信頼度が上がる社会になるために、どういう仕組みが必要か、あるいはどういうふうに社会を変えていくべきだとお考えですか。

 後藤 企業の社会的信頼度を高めるには、企業サイドでどう動くか、社会のほうでどう動くかの両方あると思います。企業の場合、自分が社会的信頼度を高めるためには、社会から期待されていることを果たしていけば信頼度が高まるわけですから、社会が何を期待しているかをどうつかむかが最大のポイントになります。多国籍企業ですと、例えば私がかかわっているGRIのガイドラインには、こんなことが求められています、こういうことが報告項目ですというのが大まかに出ています。当初は、日本企業も「児童労働だ、強制労働だ、こんなの何でだ」と結構反発がありました。「いや、これは国際労働機関(ILO)が決めた国際的中核労働4原則ですよ」、「ああ、そうだったの。そんなの知らなかった」というのが日本の現状です。でも、いま先進的な企業は大分わかってきました。
 企業が社会から何を求められているかは、企業規模、活動地域、業種により違います。ですから、社会から何を求められ、何を果たしていくかを知ることが、信頼度を高めるために一番重要なことです。それは、社会とコミュニケーションしないと探れません。実はコミュニケーションが成り立つためには、相手とある程度の情報の「シンメトリシティー」がなければならない。ノーベル賞をもらったジョージ・アカロフの「レモンの原理」がそういうことを言っています。
 そういう意味で、多国籍企業も含めた企業が、様々な形で環境報告書とかサステナビリティー・リポートを出してきています。その情報をベースに「わが社はこういう取り組みをしています」ということを発表し、「そうか、私が求めているものをこの企業はこういうふうに果たしているのか」ということになって初めて対話ができるわけで、報告書を出したから対話しているということではありません。
 実は日本の特に先進的な企業は、かなり一生懸命コミュニケーションをやっています。日本でサステナビリティー・リポートが出始めたのは2000年以降です。私は2002年を「サステナビリティー・リポート元年」と呼んだのですが、環境報告書は90年代前半から出始めました。コミュニケーションについては、2001年くらいから、先進的な企業はさまざまな形でステークホルダー・ダイアローグを始めてきています。要するに、報告書を出すだけの段階から、コミュニケーションに進んできているわけです。
 会場のロビーに、サントリーの報告書があります。あの報告書の最後に、私が座長を委嘱されて実施したステークホルダー・ダイアローグが2ページにわたって掲載されています。それは、ステークホルダー・ダイアローグの一つのパターンです。いろいろな企業の報告書はWebでも見られますし、いろいろな形でステークホルダー・ダイアローグをやっておられますので見てください。
 去年、ISOの総会がバリ島でありました。私はISO14063「環境コミュニケーション規格」の日本のエキスパート、代表を仰せつかっているので、日本の環境コミュニケーションのステークホルダー・ダイアローグの実例をワークショップで発表させていただきました。これは世界中の人に驚かれました。他国は非常に概念的なことを言うのですが、実例がないわけです。私はワークショップのプレゼンテーション資料を極めて簡単に作ることができました。なぜなら、色々な企業がWeb上にこういう活動をたくさん載せているので、そこを切り取って貼り付けるだけでよかったのです。20分の話をするのに、40数枚の資料をつくって発表しましたが、皆さんは「日本はこんなことをやっているのか」とびっくりしていました。しかも、日本の企業のものは全部英語で作られているので、貼り付けるだけです。いま企業側では、そのくらい進んでいるところもあるのです。
 では、市民側はどうか。私もNGOの一員ですが、NGOは日本で大変弱く、WWFのようなNGOは例外中の例外です。端的に言えば、明治33年か34年に民法を作ったとき、NGOは作らせないという社会システムをとったわけです。それは、その時の時代的要請だったと思います。そして99年にNPO法ができましたが、まだまだ財政的なサポートやいろいろな観点で、日本でNGOとかNPOを本当に育てようという状況になってきていない。市民一人一人が報告書を読めば、その相手企業と同じように全部分かるかというとそうはいかないので、やはり欧米のようにNGOを育てていかなければならないと思います。
 また、日本で組織的に動いている事業者が70万社とか80万社とか言われる中で、報告書を出しているのはたかだか1,000社くらいですから、これを今後どう広げていくかも課題です。始まったばかりですから、現状がお粗末だとかいって文句を言うよりは、自分も含めて努力をしていき、社会全体で育成していかなければならないと考えています。

 荻野 ありがとうございました。先ほどの情報の「シンメトリシティー」、対称性ということですか。

 後藤 そうですね。完璧に対称にはならないのですが、あちらが情報を全部持っていて、他方が全然持っていなければ、一方的押しつけか説得しかないわけです。実は1992年のリオ・サミットで「リオ宣言」が採択されており、その第10原則でまさにパートナーシップがいわれています。「環境問題は、個々の市民が関与することにより最もよく解決される。そのために政府は、政府の情報や企業の情報を市民に行き渡らせるように努力し、市民参加を促進する努力をしなければならない」という原則だったと思います。例えば、PRTR法は企業の化学物質の情報ですが、それを政府に報告させてオープンにするという形で、社会に企業の化学物質の情報を出しているわけです。情報の透明性を高めることで初めてコミュニケーションが成り立ちます。もちろん、そういった法律に基づく部分だけではなく、約900社とか1,000社が、不景気の時代にもかかわらず、多額の予算をかけて独自に努力して環境報告書やサステナビリティー・リポートを出されているのが実情です。

 谷本 よく「消費者の自立」という言葉が言われます。企業側には情報があって、消費者側には情報がない。自分で情報を獲得して自立して意思決定しなければならないといっても、あらゆる商品に関して、まして環境対策や社会対策に対してまで一般消費者が自分で情報を得ていくことはなかなか難しい。そこに第三セクターとしてのNPOやNGOの役割が期待されるわけです。政府でも企業でもない、独立した第三の立場としてNGOが専門的な能力を高め、ただイメージとして批判するのではなく、具体的な調査に基づいて批判したり、具体的な政策提言をしたりしていけるようなものがなければ、個人に独立・自立しろと言ってもなかなか難しい。
 日本の社会では、NPOにようやく光が当たって、「自分たちが自分たちの問題に取り組まなければならないんだ」ということが理解され始めたところだと思います。一番弱いのは、調査し、政策提言できるようなNPOやNGOがないことですから、ここの部分をいかに育てていくかが、サステナビリティーを考える場合でも非常に重要な課題の一つだと私は思っています。

 荻野 というわけで、鮎川さん、NGOのおひとりとして色々注文もついたようです。率直なところ、実際に企業とパートナーを組まれても大変なこともあるかと思いますが、今の谷本先生からの激励、エールに応えることも含めて、お考えをお願いします。

 鮎川 私たちは、どちらかというと企業とのパートナーシップそのものを目的にしているのではなく、それを通して温暖化防止の政策を作るという、ある意味で、政策提言的なところでかかわっています。その一つの事例としてクライメート・セイバーズというのがあり、これはWWFと協議し、既に公表されている目標よりも野心的な追加的な削減量を目標にして、それを第三者機関に認証・検証してもらうという、かなりハードルの高いプログラムです。アメリカでは専門の担当者がいて、IBM、ジョンソン&ジョンソン、ナイキ、ラファージュ、コリンズ、ポラロイドといった6社が協定を結んでいます。昨年、佐川急便が日本第1号となりましたが、これはかなりの努力が必要です。私がいま直面している問題は、こちら側の努力が足りない点もあるのですが、第2号が出てこないことです。 これは私たちの働きかけが不十分なこともあるのですが、何よりも日本の企業風土の中で、NGOやNPOと何かやるというのがまだなかなかないこと、将来の目標を掲げるという点でハードルがすごく高いこと、さらに私としては、日本としての温暖化対策のビジョンがないことが大きな点ではないかと言わせていただきたいと思います。
 それはどういうことかというと、95年にIPCCという科学者の集団が報告書を出しました。その時点では「直ちに50〜70%の温室効果ガスの排出を削減しなくては、安定化ができない」という報告で、それを受けて京都議定書ができ、平均5.2%の削減という、かなり慎ましい目標を掲げたわけです。それに向けた日本の目標はマイナス6%ですが、それすら達成できそうもないという状況で、日本はどのようにして温暖化を防いでいき、どういう社会を築いていくのかという長期的なビジョン、哲学みたいなものが示されていないと私は思います。
 ついこの間、イギリスは2050年までにマイナス60%という、かなり大幅な削減目標を掲げました。いろいろな問題点もありますが、それに向けてありとあらゆることをやると言って、ビジョンを掲げています。日本では、経済と環境の両立という言い方をされていますが、環境なくして経済はないのではないかと私は思います。温暖化がこれだけ深刻になっている中で、次の新しい政策が出てこないのは非常に歯がゆいというか、懸念しています。

 荻野 横並びの日本ではあるけれど、これだけは同じ業界のライバルとか、第2号が出てくる見込みはないですか。

 鮎川 お話はいろいろありますが、日本の企業は結構努力してしまっているところがあり、それに対して新たな目標を掲げることよりも、WWFと実施することにどういうメリットがあるのかというところに問題がいってしまっているのと、達成できなかったらどうなるかというペナルティーを恐れるところもあります。むしろ欧米は「やってやるぞ」みたいな宣言型でこういう協定が結構成り立つのですが、日本ではそれがなかなか難しいようです。

各セクターが協働して「SustainableJapan]を実現(2)

 荻野
 もう一方、色々な注文もつきましたが、行政の立場からはどうでしょうか。

 佐藤 先ほど「シェアーホルダーからステークホルダーへ」というのが大きなポイントだと申し上げ、後藤さんからは受容性、レスポンシビリティー、信頼度、こういうお話がありました。全部を総合してみると、企業がその活動により影響を与える人たちに、どれだけ自分の行った行動をきちっと説明していくのかという説明責任が重要だろうと思います。
 では、説明されたほう、つまり、われわれステークホルダーはそれをどうとらえていくのかが大変な課題だろうと思います。われわれも全員ステークホルダーだとすると、そのステークホルダーとしていろいろな視点があります。例えば、会社で働いている人は従業員としてのステークホルダーですし、その会社がどこかの会社と付き合いがあると、その会社の製品を買っているという意味での顧客かもしれないし、消費者かもしれない。ましてや会社の就業時間後、NGOの活動をするということもあるかもしれません。つまり一人ひとりの個人が、企業という組織体にステークホルダーとしてどういうかかわりをするのか、また自分はその主体としてどういうかかわり合いを持つのかという、まずその基本的な考え方や視点をきちっと持つ必要があるのではないか。ISOのルールないしはガイドライン化も、そういう視点を提供することでも大きな意味があろうと思います。
 われわれ行政も、先ほどフランスの例で申し上げたようにステークホルダーの一人です。したがって、われわれもステークホルダーとして、企業に対して物申していかなければならないし、またそのとらえ方ないしは情報のシンメトリー、情報の提供の仕方という意味での枠組み作りも必要だと思います。
 ただ、注意しなければならないのは、「それならすぐルールを決めて、CSR法を作ってやればいいではないか」という批判がありますが、サステナブルなものはあまり硬直的であってはいけないと思います。今の視点でこのポイントは大事だと思っても、5年、10年たつと中身は変わっていくわけです。すると、固定的な強制的な仕組みでなければ動かないというよりは、みずからの努力、それをスクリーニングする第三者の目といったものをきちんと育て、CSRの世界が切磋琢磨するような良循環に発展させていくべきでしょう。すると、企業は、行政が出した法律さえ守ればいいのではなく、自分で考え、自分でステークホルダーに発信し、その評価を受けてさらにそれを変えるということで、むしろもっと大変な責任を負うことになるかもしれません。しかし、そういう時代の流れの中で、3つの分野をきちっと把握しなければならないので、その付託にこたえていくのが、これからの企業のあり方ではないでしょうか。
 それから、われわれも色々な立場のステークホルダーになりますから、いろいろな立場の複合的な、かつ長期的な視点で、この企業の活動を見ていくというルールや認識のあり方が必要だと思います。そういう観点から、谷本先生や後藤さんや鮎川さんからお話がありましたように、コミュニケーションの場、ないしは情報をきちっと提供しそれを議論する場を、これからお互いにどんどん作っていく必要があると思います。
 ISOでこういう議論をしていくと、「CSRは本当に企業だけの責任なのか」というところに行き当たり、最終的にISOは「これはすべての組織体が負うべき責任だろう。したがって、CSRのCをとってしまおう」という議論になっています。ソーシャル・レスポンシビリティー、すべての個人、すべての組織体がみずから負うべき義務と役割がないと、この社会全体がうまくいかない。サステナブルな社会をつくるためには、すべてのプレーヤーが、だれかの問題ではなく自分の問題として取り組んでいくべきであろう。そのときの役割をそれぞれの立場で把握しながら提言し、また情報をもらってさらに提言するというやり方で、サステナブルな社会を維持していくことが一番求められているのではないかと考えています。


パネリストからのメッセージ

 荻野
 ありがとうございます。
 持ち時間を使い果たしましたが、「Sustainable Japan」の実現に関して、これだけの方が朝10時から7時間半残ってくださいました。会場の方々に伝えたいこと、言い残したこと、数分しかございませんが、鮎川さんから順番にお願いします。

 鮎川 いま佐藤さんのお話にありましたように、サステナブルな社会をつくるためには、すべての人がかかわらなければならない、そして21世紀は環境コストを払っていく社会になるだろうと私は思っています。これは企業だけではなく、私たちすべてが社会的責任として、環境コスト、つまり環境税やCO2排出についてのコストを払っていく社会になるのではないかと思っていますので、よろしくお願いします。

 後藤 このセッションの前にレスター・ブラウンさんが、中国の穀物輸入がどんどん増えていくだろうとおっしゃいました。それから昨年10月に、アメリカのペンタゴンが「急激な気候変動(Abrupt Climate Change)」という論文を作っています。「デイ・アフター・トゥモロー(The Day After Tomorrow)」という映画の世界そのものですが、2010年以降、北半球で急激な寒冷化が来た場合のナショナル・セキュリティの論文です。その時にアメリカはどうするかというと、穀物輸出をストップするといっています。日本は、食糧自給率がエネルギーベースで40%弱です。ペンタゴン・レポートが正しいとか間違いとか言うつもりはありませんが、日本は「Sustainable Japan」のために、食糧、水、エネルギーの自給率を高めないと何ともならないし、危ない。CSRもありますが、日本全体で「Sustainable Japan」のためには、われわれは食糧、水、エネルギーの自給率を高めることに即かかるべきではないかと思っています。実は、われわれの仲間で研究しましたが、食糧100%自給は可能です。しかし、いまの族議員がはびこっている状況では全然だめです。また、エネルギー100%は難しいかもしれないけれど、自然エネルギーで3割〜5割いける。それから水は、日本は季節変動だけ除けば極めて幸せで、ダムではなく、ため池をつくればいいし、水田を回復して保水機能を持てば水は大丈夫です。というよりは、むしろ戦略物資として貴重な輸出資源になる可能性もあります。ですから、「Sustainable Japan」のためには、企業・市民全員で、食糧・エネルギー・水にとりかかるべきだと私は思っています。

 佐藤 「Sustainable Japan」ですが、CSRの議論でいけば、先ほどCSRのCを取れと言いました。Cは、社会に製品やサービス、雇用の場を提供するという意味で、コーポレート(企業)の責任は大変重大だろうと思いますが、一方で、コーポレートがきちんと活動しないとサステナブルにならない。具体的な問題を解決する技術開発もありますが、それを自分の企業や社会活動の中にきちんと反映させないとサステナブルにならない。したがって、コーポレートの持つ役割や意味付けは大変大きいと思います。
 CSRは新しい観点で企業を評価しようということですし、企業もそれに応えるべきだという議論だと思います。冒頭申し上げましたように、これは面倒であるけれど、決してコストとしてとらえるべきではなく、将来に対する投資としてとらえるべきです。われわれも、企業がどういう投資を行ったのかという観点で、その成果とあわせて見る目が必要になってくる。われわれステークホルダーも、間違いをしたら間違いだと言うべきですが、正しい評価をして、いいことをした人にはご褒美があるような良循環を組み立てていくことが、サステナブルな世界をつくっていくのではないか。すると、実は成熟した市民社会がないと、これはきちんと回らないルールかもしれません。ですから、CSRは成熟した市民社会を作り上げていくための有力な考え方、取り組みかもしれないし、そのための手法かもしれないと思います。今後CSRは大変大きな意味合いを持ってくるだろうと考えています。

 谷本 最後に提言的なことをお願いしますということで、私なりに考えてきました。私は以前から企業だけが一生懸命努力してCSR対応をすればそれで済むという問題ではないことをずっと話してきました。企業でも政府でもないNPOやNGOが、こういった活動ができるような条件作りとか、支援の政策をこれからもっと強めていかなければならないだろうと思います。日本の人々に、例えば環境への意識とか、CSRに対する意識についてアンケートをとると、アメリカやイギリスのアンケートと比べても遜色ないか、逆に「ちょっとくらい高くても、環境配慮型商品を買う」と賛成する声が多いわけです。しかし、その個々の意識が、なかなか社会のムーブメントにつながっていかなかったと思います。つまり、「そういう意識はあるけれど、社会的な問題は政府がやるものだ」みたいな意識はそんな簡単に変わらないわけです。ですから、政府側の役割として、こういった組織を支援していくような仕組みをつくらなければならないし、企業がCSRを果たしていくのに、何か法律で規制することではないと佐藤さんが言われましたが、たしかにそういう形ではできないと思います。

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 サステナビリティーは、今日お話があったように非常に多様な問題を含んでいます。すると、経済産業省だけの問題ではなく、厚生労働省や環境省にもかかわるし、中小企業への支援だと中小企業庁もかかわるし、社会的責任投資を広げようとするのであれば金融庁もかかわってくる。これまで日本の省庁間の連携はなかなか難しかったですが、まさに「Sustainable Japan」を達成するためには、政府の中でも横の連携をとらなければならないだろう。また企業の中でCSRを進めようとするなら、CSR部を作ったら終わりではなく、まさに企業組織の横串を刺すような組織をいかに作っていくかを、企業の方々は頭を悩ませながら考えられています。
 自分自身も振り返らなければならないですが、実はこういった企業と社会という問題についてきちんと研究し教育することは、日本の大学では非常に弱かった。それは社会から求められない、あまり要請されない領域は、研究対象としてもあまり取り上げらなかったという事実が一方にあると思います。現に社会的責任とか企業と社会に関して、アカデミックな世界できちんと研究を続けている人がどのくらいいるのかと聞かれても、これは本当に少ない。いまヨーロッパでは、マネジメント・システムの開発や政策提言をするのに、ECといろいろなアカデミックな世界の人たちが協力しながらやっているのですが、そういうことも必要でしょう。
 それから、コラボレーションを進めていくためには、それをつなぐ人たち―私はそれをソーシャル・プロデューサーとか、ソーシャル・コーディネーターと呼べばいいのかなという気がしますが―の存在もこれからもっと求められていくだろうと思います。つまり、どこか一つのセクターが頑張ればそれでいいのではない。民力とか市場社会の成熟は、まさにどこかのセクターだけ、政府が引っ張ればいいとか、大学が引っ張ればいいというものではなく、21世紀の「Sustainable Japan」を考える上では、こういったセクターの中でそれぞれに与えられた課題があって、それをいかにつないでいくか、いま私たちが直面している問題を一つ一つ考えていかなければならない、というのが私の考えです。

 荻野 ありがとうございました。本当にあっという間に2時間がたってしまいました。
 最後に私の特権で言わせていただくと、子どもや孫の将来を、私たちが食いつぶしてしまうことは許されないという、この1点だろうと思います。その中で、極めて大きなファクターが企業です。おっしゃるとおり、もうけ方を問うし、社会的な信頼度を上げる、環境なくして経済なし、いままでの考え方を少し変えていかなければならないと本当に思いました。いま会社に勤めている人も「会社人間、定年になったらただの市民」であり、市民の目からものを考えないと、60歳を過ぎて「これはいかんかったな」と思ってもトゥー・レイトという場合もあるかもしれません。
 今日は非常に大きな、かつ、まだ残念ながら日本になじみのないテーマにあえて挑戦してみました。どれだけ皆様のご理解を深めることになったか、今日のこの場から少しでも何か持ち帰るものがあれば、パネリストの皆様に非常に多大な貢献をいただいたことの何よりの証左だと思います。
長い間お付き合いいただきまして、ありがとうございます。これで終わります(拍手)。
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