朝日新聞サステナビリティープロジェクト
Sustainable Japan 2005
パネルディスカッション「ライフスタイルに社会的責任を持とう」
■鳥越俊太郎氏 |
鳥越 こんにちは、鳥越です。きょうは、コーディネーターというかモデレーターというか、日本語風に言えば司会ということですが、お三人の方と私と4人でのパネルディスカッションをいたします。
環境問題というと、どうしてもとっつきにくいわけですが、実はどれもこれもすごく身近な話です。昔は「公害」と言いましたが、いまは「エコロジー」、「環境問題」と言って社会にかなり浸透していますから、環境問題に自分が何らかの形で関与するのはいいことだという意識は、日本の中でもかなり広がっていると思います。しかしながら、では、あなたは何をするのか、私はどうするのかとなると、どうやっていいかわからないというのも実態でしょうし、思っているけれどなかなかやれないというのも実情だと思います。
きょうのテーマはただ一つ、環境に対する意識と環境問題への取り組み、つまり、意識と行動のギャップをどうやって縮めて取り除くか。後でも話が出ると思いますが、産業革命、ダイナマイトの発明、石油化学の発達などにより、地球は破壊し尽くされているとは言いませんが、破壊が相当程度進んでいる。いまここでやらないと、21世紀に地球はだめになるのではないかという危機意識を私自身は持っております。そういう危機感を持ち、一人ひとりがどうやっていけばいいのか。きょうのテーマはこの1点に絞って、お三人から、ご経験・学識等で得られたいいアイデア、いいお話を伺っていきたいと思います。
皆さん、お三人の方はご存じだと思いますが、最初に自己紹介を兼ねて、環境問題についてのスタンスを3〜5分くらいお話しいただいて、それから討論に入ろうと思います。年齢の順で、山本先生からお願いいたします。
■山本良一氏 |
山本 東大の山本でございます。私は戦後生まれで、ことし59歳です。
私の専門は物質材料で、そういう観点から環境問題を抜本的に解決しなければいけない。大事な点は、いま日本経済は年間500兆円くらいのGDPがありますが、この500兆円を稼ぎ出すのに、何と20億トンの資源を毎年使っているわけです。空気中に炭酸ガスを13億トン出して、4億5,000万トンの廃棄物を出しています。500兆円の暮らしをするために、20億トン、13億トン、4億5,000万トンという大量な資源エネルギー投入と、大量な廃棄物を出しているわけで、今後これを維持できるかというと到底不可能です。
したがって、持続可能性の観点から私たちがやらなくてはならないのは、生活の質を維持しつつ例えば使う資源の量を半分にし、炭酸ガスの排出量も半分にし、廃棄物の発生量も半分にしてしまう。10年から20年くらいで、その目標を達成する。そういう具体的な行動をとる段階に差しかかっていると考えております。後でご紹介しますが、そのために、いま全知全能を挙げて私なりに努力しております。
鳥越 補足で質問させていただいてよろしいですか。半分にされるというのは、京都議定書の話とはまた違うんですね。
山本 京都議定書は、そのための第一歩です。
鳥越 これは、まだほんの小さな第一歩……。
山本 人類の歴史からすると大きな第一歩ですが、先ほど申しました目標達成のためには、小さな一歩なのです。
鳥越 アメリカが京都議定書から脱落して加わっていないので、恐らく日本人の大半の方が、アメリカが入っていない京都議定書など全然意味がないのではないかと言いますが、その辺はどうですか。
山本 アメリカばかりでなく、中国、インドが入っていないところが問題といわれています。しかし、アメリカは、気候変動の科学の分野では世界の最先端をいっているし、技術開発も先端の技術開発をやっている。さらには、上院に気候管理法案という法案が上程されているし、8つの州が、「炭酸ガスを減らせ」と電力会社を連邦地裁に告発しています。ですから、極めてポジティブな動きもあるわけです。
鳥越 ということは、われわれが一般的に知っている「アメリカはブッシュ政権で全然だめだ」ということではない?
山本 ブッシュさんだけでアメリカを見てしまうのは完全な誤りで、アメリカは、相当なポテンシャルな力と優秀な人材を抱えています。
鳥越 民間レベルでは、環境問題についても進んでいるということでよろしいですか。
山本 はい。
鳥越 わかりました。その辺は、また後で話を深めていきたいと思います。
次、年齢はわかりませんので、高木さん(笑)。
■高木美保氏 |
高木 憎たらしい……(笑)。
7年前から栃木県の那須高原で、有機無農薬の手作業で、自分なりに農業をやっています。それまでエコロジーに関心があったかというと、全く気づかない人間でした。21歳ぐらいで芸能界に入り、バブルの時期と私の青春時代がちょうどリンクしておりますので、「前に進む・物をたくさん持つ=幸せ」という感覚がインプットされていました。
それが変わったのは、私自身が非常につらい病気をして、生き方を変えないと、このままだと自殺するのではないか、というくらい追い込まれた不幸があったおかげです。そのぐらいショッキングなことがあると、本当に生きていくのに必要なものはお金で買えないものだと気がつくのですが、多くの人は今いろいろ不満はあるでしょうけれど、とても健康で豊かで幸せだから、このままでいいと思ってしまっているのだ、と思います。
田舎に行って驚いたのは、都会の人はみんなそう思っているだろうし、私もそう思っていたけれど、田舎は自然がいっぱいあるから、みんな自然を大切にして、都会の人に何かメッセージを発するようなものがあるのではないかと期待して行ったのですが、幻想でした。(笑)田舎の人は、農業、林業、お魚関係もありますが、自然を相手にして食べる物を得るということをやっていると、むしろ自然は敵であり、山の木あるいは山を見て「豊かだな、ここで水がつくられるんだな」と思うよりは、「この山を売ったら幾らになるべ」、「この木を売ったら幾らになるべ」というほうが多いんです。
これは考え方の癖で、あるところでスイッチしなければいけなかったのが、どうもその変わり目がうまくいかなかった。なぜかというと、時代が進む早さに人間の感性が追いつかなくて、比較して物を見るチャンスを失ったからです。私は、いま都会と田舎を比較しています。都会の人、田舎の人を比較しています。それから諸先輩方のお話を聞いて、戦後、日本が貧しかった時代からどうやって豊かになってきたかを聞いて、また比較して想像することができます。しかし、時代が急ぐ中で想像力が失われ、比較できるものが失われ、みんながお尻をたたかれて、一つの方向を見て生きていくしか方法がなかった。ここが、いまの問題を引き起こした一番の原因ではないかと思います。
鳥越 高木さんは田舎に住まれて、「田舎はいいのよ」という発言がくるかと思ったのですが、なるほどと思いました。確かに日本は便利で豊かで、ある意味で幸せで、しかもそれは都会だけではない。どんな田舎に行ってもコンビニがあるので、そこで何でも調達できる。ここ10年ぐらいの間に、そういう時代に変わってしまった。そういう中で、田舎と都会の差がなくなってきたし、高木さんのお話の中から、必ずしも田舎が自然と接していていいんだということでもないのかなと伺ったわけです。また後でお話を深めていきます。
それでは、発音が難しいので、ピーター・D・ピーダーセンという正式の名前を略させていただきまして、ピーター、お願いします。
■ピーター・D・ピーダーセン氏 |
ピーダーセン ご覧のとおり、天然茶髪でございます(笑)。生まれはデンマークですが、15年ほど日本に住んでおりまして、成人になってからは圧倒的に日本のほうが長いです。きょうお話しするのも、こういう姿はしておりますが、子ども3人も日本で育っていこうとしている日本の一市民の発言として聞いていただきたいと思います。
私はもともとデンマークの田舎の育ちで、日本に来るまでは400人以上の村に住んだことがありません。それからいきなり大都会に来たわけで、田舎についてもいろいろ論議できると思います。そういう育ちなので、きょうはライフスタイルをどう変えていくかという話ですが、実体験をもって自己紹介をしたいと思います。
私が10歳の頃、1978年8月に、デンマークでは大規模なデモが起きました。当時、デンマークには原子力発電がなく、電力会社と政府は、「原子力発電を導入しないとデンマークはやっていけない」と言っていました。ところが、市民は、「これだけ小さな国で、豊かな自然もあるので、原子力発電は要らない」と、大規模なデモが全国4カ所で起きました。私はその中の1つに、もちろん親に引っ張られていたわけですが、歌を歌いながら闘志に燃えて30キロ歩きました。
全国4カ所、最後は全部で20万人ぐらいが集まってデモをしたことが、政府の原子力発電を導入するか否かの決議を遅らせたのです。これだけ大変な反対がある中では導入できない、待ちましょうと。その翌年にスリーマイルアイランドの事故が起きて、自然な形で風力発電大国というか、自然エネルギー大国に転換していったわけです。
ここで言いたいことは、原子力発電がいい悪いという話ではなく、市民が本当に大切と思うもののために立ち上がる、あるいは行動することが、一国の政府の決議を遅らせる、あるいは変えてしまうことが十分あり得るということです。
そういう実体験を持って、いま日本におりますと、われわれは本当に大切なことのためにもっと行動しないといけないのではないか、道に出て声を大にしていかないと、ライフスタイルを変えることはできないのではないかと思っております。
鳥越 皆さん、LOHASという言葉の意味をご存じの方は手を挙げていただけますか(挙手)。では、LOHASと聞いたことがあるという人(挙手)。
聞いたことはある。しかし、LOHASの意味は正確にはよくわからない。ピーターさん、これが日本の現実です。LOHASとは何か、ひとつそこの解説をしていただけませんか。
ピーダーセン 後ほどデータをお見せしたいと思いますが、先ほど鳥越さんもおっしゃっていましたけれど、環境問題は、とっつきにくさと同時に、非常に身近なものであるという側面があります。いままで言われていた環境問題は、温暖化が起きている、あるいはオゾン層に穴が空いているという、一見、個人からは非常に遠い視点から言われていると思います。それに対して、個人が行動を起こそうとしても、どうやって行動すればいいかがなかなか見えて来ない。
それに対して、LOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)は「健康と環境を志向するライフスタイル」と私は訳しています。これはアメリカで始まったマーケティングコンセプトであり、同時に市民運動です。ポイントの1つは、自分の健康から、まさに身近なところの環境問題から考えていこうではないか。そのほうが、とっつきやすさが生まれてくる。でも、結果的には、地球環境問題も考えなければ健康な暮らしはあり得ない。そういう発想のもとに、それを企業に紹介したり、どうやってマーケティングに落とし込んだりするかというアドバイスなどを行っています。
鳥越 聞くところによると、一番大きな某広告代理店では、「ことしはLOHASがキーワードだ」とおっしゃっていたと聞きました。恐らく皆さんも「LOHAS」という言葉をあちらこちらでお聞きになると思いますが、とりあえずピーターさんがおっしゃったように、身近なものであるということを押さえておいて、次の話に移ろうと思います。
私が司会をしておりますが、どなたかのお話の途中で、ちょっと補足したいとか質問があるときは割り込んでください。私が一々振るのもつまらないので、ぜひよろしくお願いします。
山本先生、先ほど日本の数字をお出しになりましたが、地球規模で言うと、いま環境の破壊とか環境をめぐる状況はどこまできているのか、どうなっているのか、そして、このままほうっておくとどうなっていくのか。その辺について専門家の立場から、わかりやすくお話しいただけるとありがたいのですが。
山本 私は全部を知っているわけではありませんので、いろいろな方が書いた本や報告書を勉強しますと、世界はいま大発展をしているわけです。中国、インド、ロシア、ブラジル、欧米諸国、日本もそうですが、経済が大発展しています。これはこれで大変結構なことですが、問題は、いまの経済成長が資源エネルギーの大量消費を伴うわけです。さらには、先ほどお話ししたように、廃棄物や炭酸ガスを膨大に生み出してしまうし、森林を伐採してしまう。
世界のGDPは年間3〜4%成長しています。ということは、時々刻々、環境に与える影響も増大している。例えば炭酸ガスを考えてみると、1秒間に760トンの炭酸ガスが空気中に放出されています。人口は1秒間に2.4人ずつ、1日に20万人ずつ増えていますから、一口に言うと、膨大な環境負荷を伴いながら猛烈な経済成長をして、しかも人類という生物種だけが爆発的に発展し、ほかの主要な1,000種類くらいの生物種の個体数は、この30年間に40%減ってしまったという状況です。
鳥越 絶滅しているわけですね。
山本 はい。一説によれば、世界経済は持続可能な水準を20%オーバーしてしまっている。2020年頃には破局を迎えるのではないかといわれているわけです。
さらに厳しいのは、この15年くらいの研究の結果、地球の気候はゆっくり変化するのではなく、激烈に変化するのが普通だということがわかったのです。
鳥越 激烈に……。
山本 激烈に変化するということは、地球全体の平均気温が3年間で5℃くらい上昇してしまうとか、寒冷化してしまうとか、数十年程で干ばつが来るということです。
先ほど中山さんのお話で、南極で100万年の歴史を秘めたタイムカプセル、氷を掘り出しているという話が紹介されましたが、グリーンランドで掘った氷から過去10万年分の歴史がわかったわけです。過去10万年にグリーンランドの平均気温がどのように変化したかというと、何と25回ジャンプが起きていたわけです。安定な気候ではなくて、寒冷化してみたり、温暖化してみたり、その恐るべきジャンプがまた来るのではないかということが、いま懸念されています。10万年間で25回ですが、多いときには、1500年に1回くらいはジャンプしていたのです。しかし過去1万年間の地球の気候は、極めて例外的に安定していた。だから、いま安定した気候システムに人間が介入を加えているという認識があるわけです。つまり、炭酸ガスを空気中に注入するとか、メタンガスが増えることを、ライオンのたてがみを無邪気な子どもが引っ張っているような状況に例えられているわけです。ライオンが地球の気候システム、無邪気な子どもが人類で、たてがみを引っ張るというのは、まさに森林を伐採したり、大量の温暖化効果ガスを空気中に出していること、これがわれわれの姿なのです。
鳥越 すると、ライオンが怒って牙をむく……。
山本 牙をむくのは時間の問題ではないかと。ことしの2月にロンドンで会議があり、「牙をむく最も早い時期は2026年である。このまま何もしなければ、2026年には地球温暖化時限爆弾が炸裂する」という気候シミュレーションの結果が報告されました。
鳥越 時限爆弾の炸裂ですか。怖い話になってきましたよ。
ピーダーセン 関連する話で、山本先生は大発展とおっしゃいましたが、まさにこの50年の経済成長は目を見張るものがあります。それで、地球の中で果たして何人が本当に豊かになったかとシビアに見ると、われわれのような金持ちは9億人とか10億人ぐらいでしょう。でも、地球の人口はことしで63億人ぐらいになるわけで、残りの53〜54億人は、われわれと同じ生活を目標としています。その中で一番増えている層は、ニューコンシューマー、新しい消費者たち、インドや中国で、ようやく文明の利器が買えるようになった層です。この層に日本企業が何をどう売っていくかが、人類の先を決めてしまうくらいの非常に大事な局面にあると思います。
鳥越 つけ加えますと、中国の人口は13億人、インドは10億人といわれていて、地球の人口が大体63億人ですから、3分の1はインド人か中国人です。ここに300人いらっしゃいますが、これが地球だとすると、100人はインドか中国の方ということになります。その2つの国、中国に至っては年の経済成長が10%近くあり、インドも猛烈な勢いで経済成長をしているわけです。
経済成長と一口で言うと非常によく聞こえますが、私たちが昭和30年代の終わりから40年代、50年代で経験してきたことは、経済成長を遂げることは、一方で、当時は「公害」といわれましたが、環境をめちゃくちゃに破壊し尽くして、川は汚れ、喘息の子どもは増え、環境にダメージを与えてしまうわけです。ピーターさんのおっしゃったように、中国やインドが発展するのはいいけれど、同時に資源を食いつぶし、環境にダメージを与えている。
しかし、京都議定書の議論の中でも必ず出てくるわけですが、日本や欧米は石油を使ってがんがん経済成長をして、これから中国やインド、その他の発展途上国が豊かになろうとしたときに、「ちょっと待て、石油をそんなに使うな」と言う権利はないだろうという議論になっていて、なかなか難しいところがあります。山本先生、今後の見通しとして、その辺はどうですか。
山本 欧米先進国と日本は、資源エネルギーの使用量を減らすとか、廃棄物の発生量を減らして、豊かなエコライフを実現してみずからモデルを示して説得しなければ、中国、インド、あるいはアフリカ、中近東は納得しないでしょうね。これができなければ、共倒れになると思います。
それでは、われわれが減らすときに、彼らがあくまでも経済成長に突っ走って、炭酸ガスや資源エネルギーの消費量を増やして行けるかというと行けないわけです。もう資源枯渇が目前にきているし、中国は環境破壊がひどいので、自分たちの首も絞めることになります。いろいろな研究がありますが、この15年くらい、人類がこの問題にどのように対処するかが、50年後・100年後の世代の暮らしを決定的に決めてしまうと言われています。
鳥越 その対策についてはまたお話を伺いますので、山本先生、考えておいてくださいね。
世界規模の話は、認識を持つことが一番大事なので、この席でも一度はやらなければいけないと思ってお話ししましたが、きょうのテーマは、あくまでも私たちにとって何ができるかということなので、もう少し自分たちのほうに戻して話をしたいと思います。
そこで高木さん、山本先生のお話では、世界的に危機的な状況で転換点にあるということですが、では、私たち一人ひとりに何かやれることはあるのか、それとももう何をしても同じなのか、どういうふうに思いますか。そして、高木さん自身は何かやっていますか。
高木 まず細かいことで言えば、サンプルを持ってきましたが、水筒と布袋は常に持っています。
鳥越 買い物袋ですね。
高木 はい。コンビニでビニールをもらわなくて済むように、水筒はペットボトルの飲み物を出来るだけ買わなくて済むように。こういう小さいことからやっています。家を建てるときにエコロジカルなものを使ったり、自然エネルギーで自家発電できるものもありますが、それは個人の経済力の違いもあるので一概には言えないのですが、幾らでもあります。それを一つ一つ言うと、多分7〜8時間かかってしまいますが、実は、そういったことはもう何十年も前からやられていたわけです。ただ、多少は進んでいるけれど、劇的な変化はない。
しかも、その間に京都議定書などの話題が出たり、いろいろなデータが出て、インターネットも発達して、私たちは幾らでも「これからの地球はどれだけ危険なんですよ」と、先生方がお話しになったようなことを聞いているのに、やはり遅々としてある程度でとまってしまう。
鳥越 なぜでしょう。
高木 生活していてわかったんです。自分が気がついていないことに気がついていない。
鳥越 もうちょっと言ってもらわないと、頭の悪い僕にはわかりません。
高木 例えば、「私はエコロジカルなことをしています」と言って、田舎で農業をやっている人がいるとします。でも、その人は絶対に儲かるように、ちゃんと安全弁を持っているんです。むしろうんと儲けようという気持ちがどこかにある。はたから見るとそうなんです。
例えば、「自分は有機でやっています」、「有機の堆肥を田畑に入れています」といっても、それは雨が降って川に流れていけば富栄養化を及ぼすので、有機といえども大量に使ってはいけないんです。動物性のものを大量に使うより、植物性のものでやる、あるいは地力をそのまま生かすように、なるべくよけいなものを入れないやり方が理想だけれど、そこまでは気がまわらない。有機だからいいだろうと言って、有機のものをたくさん入れて川を汚している。パーツ、パーツはわかっているけれど、自分がやっていることを総合的に評価できる経験が無いんですね。
なぜそうなってしまったかというと、1つは、私は環境問題は政治問題だと思っているのですが、先ほどおっしゃった公害によって人々が苦しんでいた時期でも、人間の命よりも経済が優先と言って、国がそれを止めて人々に知らせなかった時代があります。やはり経済と政治はぴっちり結びついているので、なるべく情報を出さない方向で、やわらかい、おいしい言葉で人々を引っ張ってきてしまった。その過程で、自分でものを考え、自分でやっていることを検証していく能力を少しずつ失ってきているんだなということを、すごく感じるんです。ですから、さまざまな方法を実行すると同時に、自分は知らない・わからないということをもう一回自覚し直さないと、新しい情報は頭に入ってきません。ちょっとした変化ではなく、180度転換した価値観なので、ものすごく入りづらいんですね。
それから、これも日本人の癖ですが、自分の家は大切にします。でも、残念ながら、景観などの問題になったとき、地域や社会というレベルで大事にしようとは思わない。とてもスケールの小さい視野で、自分の家周りはきれいにする。例えば、自分の家の周りにある道路の木はきれいにしてもらいたいけれど、1本離れた道端で桜の木が伐採されようが、森林がなくなろうが、それはよその話になってしまう。自治体や企業の問題、あるいはそこに住んでいる他人の問題になってしまうわけです。
その反面、所有欲がものすごく強い部分もある。例えば、「環境保護のために私有地に植林させてください」とか、「ここはトラストで森として残すので、おたくの土地を売ってください」と言ったときには放さない依怙地(いこじ)さがすごくある。これは方法論というよりも、子どもの頃から教育の段階で、「これはやるべきこと」、「これはやってはいけないこと」を教えていくことが絶対に必要だと思います。大人になった人はいまから勉強するしかないので、あの世に行くまで頑張っていただきたいのですが、私は環境教育というジャンルにものすごく期待しているんです。
鳥越 環境というのは、単に自分の家の庭だけでなく、景観や地域全体も含んでいるわけですね。
その点、ピーターさんにお聞きしたいのですが、日本でも、武村さんという人が知事をおやりになっていた滋賀県で初めて景観条例ができました。それから、長野県の安曇村で景観条例ができて、看板は全部撤去しました。上高地へ行く道は、看板が一切ありません。日本も含めて香港などは、ヨーロッパに比べると景観について全く考慮されていなくて、むしろアジア的混沌がいいと言われたりするのですが、ヨーロッパは景観や自分の地域、あるいは環境を維持していくことに気を遣っているような気がします。その辺はいかがですか。
ピーダーセン これも今日ぜひお話ししたいと思ったのですが、本来、日本は美しい国であるはずですが、美しいところには相当努力して行かないと触れることはできないし、わざわざどこかに出かけて行くと、今度は観光バスがいっぱい来て見えない。身の回りや生活環境が美しいところから、人の感性が育っていく、あるいは世の中がどの方向に行くかを感じる能力が身につくのではないかと思いますが、日本は悲しいほどに、町並み、あるいは村に行っても汚い。滋賀県には私もよく行きますが、良いほうですけれど、それでも汚い。ですから、われわれは美しい生活環境をどうつくるかということに、ものすごくこだわっていったほうがいいと思います。
それは、ドイツでは良くやっていると思います。例えば、小高い丘に登って村々を見下ろすと、ものすごくきれいです。周りには家が無いし、ごちゃごちゃした看板も何もなくて、ここまでが村、そのあとが自然、またしばらく行くと次の村と、日々の生活環境にこだわっている。これが、今からの日本には必要ではないかと思います。
高木 場所は言いませんが、海のきれいな地域があって、そこは海がきれいだということで観光客がたくさん来る。そして、環境問題に関心のない人が見ると、私もそんなにわからないのですが、環境も景観も、一見ものすごく気を遣って保護されているように見えます。ところが、実際にその地域で環境保護活動をしている大学の先生と会ってお話をすると、「全く反対ですよ」と。あれは観光地用の美しさであって、実は破壊がいっぱい行われている。しかし、それが産業に結びついて、地元にお金を落としてくれる経済効果があるので、そういった裏の事情は表に出さないわけです。
それがちょっとおかしいなと思う。むしろ「自分たちの持っている海はこんなにきれいだけれど、こんな問題があります。その問題を解決するために、私たちはこのように具体的に取り組んでいきます」と表に出してしまえば、今後この景観がよりよくなっていく可能性をアピールすると同時に、そういうことを聞くと、やはり人間は感動するんです。その地域の美しさに対して、ただ目で見ただけでなく、心に訴えかける感動も生み出せるはずだけれども、それをやらない。だから、とてももったいないと思う。それこそ日本の新しい取り組みだと思うのに。
鳥越 いままでは、個人がどうすればいいのかという「個人と環境」という話をしてきましたが、高木さんがおっしゃったように、企業活動と環境は非常に深い関係があります。これまで、企業活動をすればするほど資源を食いつぶし、環境破壊という歴史を僕らは見てきたわけです。これは山本先生にお聞きしなければいけないのですが、企業活動と環境の維持もしくは環境を守ることは、矛盾はないのでしょうか。それをうまく調整、調合して発展させていくことは考えられないのでしょうか。
山本 その点は、この15年間で大変進歩したと思います。企業存立の根本の目的は何かというと、社会公共のためであるという意識がかなり広がってきた。われわれの毎日の生活を考えると、企業が提供する膨大な財とサービスに支えられていることは間違いないわけです。企業が提供する製品やサービスがなければ、一日たりとて私たちの暮らしは成立しない。ロビンソン・クルーソーをやれる人は1人もいません。
われわれは市場メカニズムの中に生きていて、それからだれも逃れようがないということです。もう一つは、科学技術が自立的に発展してきていて、科学技術の発展を阻止しようと思っても、誰も阻止できない。市場経済から抜けられないし、科学技術の発展からも抜けられないとなると、結局は市場経済のメカニズムを適切に使いこなして、科学技術の発展方向をよりよい方向に強引に向けていかなければいけない。それが、私たちが直面している問題を解決することになると思います。
根本は認識と行動だと思います。認識というのは、先ほどから出ていますが、そもそも私たちの日常の暮らしや産業経済活動が環境に影響を与えてしまうわけです。しかも、子どもや孫の世代ばかりではなく、200年後、500年後の世代まで、あるいは1000年後まで影響を与えてしまうかもしれない。この持続可能性を考えるのですが、孫や子の世代では済まなくなってきて、200年後、500年後、1000年後の世代まで考えに入れて、ものづくりあるいは企業経営をして、市民はショッピングをしなければいけない。
例えばEUは、地球の平均気温が2℃上昇すると大変なことになるから、気温上昇を2℃で止めようとしている。これを「気候ターゲット2℃」と言っています。なぜ2℃かというと、2℃を突破して地球の平均気温が上がってしまうと、とんでもないことが起きるからです。例えば、グリーンランドの氷が全面的に解け始めてしまう。それは500年後の世代では、海面上昇が5メーターくらいになるわけです。
鳥越 すると、沈む国が出てきますね。
山本 例えば江東デルタ地帯とかお台場は水浸しになる。
鳥越 東京もね。
山本 いますぐ困る問題ではなくても、将来の世代、つまり200年後、500年後の世代が、海面上昇5メーター、6メーターに直面するようなことを避ける。
鳥越 それが2℃ですか。
山本 はい。2℃上がると珊瑚礁は相当な被害を受けると言われています。ですから、長期的な将来まで責任を持って行動しなければいけない。では、どうするかというと、長期的将来をにらんで、環境に徹底的に配慮した製品づくり・サービスづくりをして、そういう製品・サービスを急速に社会に普及させる。あるいは、それを一生懸命やっている企業を社会が応援して、社会全体をそっちの方向に向けていくしか解決の方向は無い。
日本の良い点を申し上げたいのですが、日本人は一旦解決の方向を見つけると、ものすごいパワーを発揮します。ただ、根回し民族ですから、方向を決めることがなかなかできません。それで、いまお話したのはまさにグリーン購入ですが、これは1997年にグリーン購入ネットワークという団体がつくられ、現在、2,800団体が加入して、日本最大のNGOになっている。
鳥越 それは企業もですか。
山本 企業、行政、NGOが入っています。世界で最大の取り組みが既になされていて、どういう製品をどういう基準で購入するかということを、インターネットでどんどん公開しています。
政府も、2001年にグリーン購入法という法律を通しまして、200種類の商品については、政府が国民の税金で購入する製品は全部環境配慮製品に限る、これを実行しています。よその国には類を見ないことを率先実行している。
問題は、株式投資のほうが非常に弱い。ヨーロッパ、アメリカでは「社会的責任投資」ということが活発に行われていて、特にアメリカは、日本円にして240兆円という巨大なお金が社会的責任投資に向かっています。
ところが、わが方はどうかというと、全部合わせても2,000億円しかない。グリーン購入は随分進んでいるが、社会的責任投資のほうはものすごい遅れをとっている。テレビでも、ホリエモンの騒動しか報道しなくて、社会的責任投資などはほとんど報道されていない。
科学技術の発展と、市場経済のメカニズムと、もう一つ大事なのは、私たちの意識の転換だと思います。私はこの15年考えてきましたが、意識の転換の根本原則は3つあると思います。1つは、「私は宇宙である」と認識する。2つ目は、「私は地球である」と認識する。3つ目は「私はあなたである」と認識する。この3つの認識を徹底的に考え抜くと、恐らくあらゆる環境倫理、環境哲学が帰結されます。
時間がないので詳しく説明できませんが、「私はあなたである」というのは、仏教では「自他不二」の思想と言います。道元は「自己」と「他己」という、「みずからの己のほかに他の己がある」と言って、エコロジカルに物事を考えています。「私はあなたである」という「あなた」は、いま生きている世代ばかりでなく、子ども、孫、500年後、1000年後の子孫まで考えているということで、地球を将来の世代と共有する。これをどう徹底するかだと思います。
「気候ターゲット2℃」を日本人が受け入れられるかどうかがサステナブル社会と経済を実現する上での試金石であると思います。現在、日本は第3次環境基本計画を策定中で、私は中央環境審議会の委員として、ヨーロッパ諸国と「2℃ターゲット」などの価値観を共有しようと言っていますが、さあどうなりますか。
鳥越 なかなか難しいと思いますが、いまおっしゃった3つの認識は、先生のオリジナルですね。皆さんもぜひ覚えて帰ってください。「私は宇宙である」、「私は地球である」、「私はあなたである」。なかなかいいなと。僕は、「私は宇宙である」というのはなかなか思えないのですが、「私は地球である」というのは何か胸に響く。「私はあなたである」というのも分かると思います。
高木さん、「私は私である」というのが普通の、私たちですよね。「私は私である」、だから「私のためにお金儲けをして」と。「私は地球である」とはなかなか思えないですよね。高木さんは思っていますか。
高木 生きてきた年齢から考えても、3分の2ぐらいは思わずに生きてきたわけですが、いまおっしゃられたことが実感として、ある日、「ああ、そうなんだな」とすっと入ってきたのは、やはり農業をこの手でやったからです。
うちは機械でやりません。なぜかというと、1つは、昔の農家の方の苦労を分かって、なぜ近代農法が発明されたのかという理由を知りたかったからです。もう1つは、それでも私は手でやりたいというのがあってやってみたんです。そのとき頭の中にあるのは、技術的なことぐらいです。でも、手でやる農業は、すべて地面が近いんです。トラクターに乗って土を耕すわけではないし、苗を植えるのも機械がチャッチャッとやってくれるのではなく、自分が土の中で、水の温度と土の感触と太陽や風すべてを感じながら、すぐそばの何十センチのところに植えていくわけです。
今度は、それが育っていく段階で、雑草を抜き、植物の敵である虫との闘いがあります。これも農薬でシャーッと一気にはやりません。手でつまめるものは手でつまみます。農薬も使わずに、自分たちで竹酢液をつくります。これは竹の炭を焼いたときにとれるのですが、それを自分で1本1本の苗にかけていくわけです。
農地を見て、都会の人は「ああ、自然ですね」とおっしゃいます。でも、そうやっていくうちに、農地は決して自然ではないということをすごく認識しました。そこは、人が食べ物をつくるために自然からお借りしている場所で、しかも、無ければ困るけれど、食べ物を作るためには、日常的にほかの生き物を殺さなければいけません。これを手でやると実感できます。稲刈りのとき、鎌でカエルをうっかり切り殺してしまったり、蛇を真っ二つにちぎってしまうと、普通の人間として気持ち悪い、かわいそうなんですよ。そうなったとき、生きていくために、ほかの生き物を殺さなければならないのは宿命である。でも、殺すことに痛みがあると、できるだけ殺さないでいくにはどうしたらいいんだろうというふうに発想が行くわけです。すると、最低限の作付面積でやりましょう、ほかの田畑に影響が及ばない方法でやりましょう、お薬も影響が及ばないものでやりましょう、と自然に考えるようになる。
時代が進むにつれて、一番面倒なこと、一番胸が痛むことが、「便利」という名の下に私たちの目の前から排除されていった。それをもう一回、自分の意思で経験し直す。本当に小さなことです。庭で花をつくる、子どもたちと山に行って虫をとったりする。でも、その虫は必ず死ぬし、魚釣りをして食べるときには、それを殺さなければいけない。鳥を食べたければ絞め殺さなければいけない。「殺す」ということを私たちはしているんだという実感を何らかの形で感じれば、人は必ずそうじゃないように生きたいと願うようになる。そのときに宇宙とか地球とか、あなたの命とかを自然に考えるようになる気がするんです。
鳥越 高木さんのお話を伺っていると、事新しく「私は地球である」と思わなくても、高木さんの存在そのものが地球になっているなという感じが……。つまり、そういう生活の中で実感されて、あえて言葉に出せばそういうことになるんだろうなと。
ただ、都会で暮らしている人間にとって、ほとんど人工物に囲まれて過ごしているので、どういうふうにして地球を実感したらいいのか。「私は地球です」と、なかなか実感できないんですよ。
高木 ただ不思議なのは、そういうところに来ると、都会に住んでいる人ほど感動するんです。先ほども言ったように、田舎の人は、昔からある景色だからか気がつかないことがあったりする。そういう意味では、観光ではないレベルで自然に触れてみるチャンスがあるといいなと思います。
鳥越 田舎でもそうかもしれませんが、都会で僕はときどき腹を立てたりして、つい、きつい口調になったりすることがあるんです。ピーターさんも、ヨーロッパから日本に来て驚かれたのではないかと思いますが、日本は買い物に行くと、すごく丁寧に包装します。例えば、もともと本はカバーなどついていなくて裸でしたが、いつの頃かカバーがつくようになった。そこにいろいろな字が載っているけれど、カバーのかかった本を買おうとすると、本屋さんは、必ず本屋さんの名前の入った紙でさらにカバーをつけるんです。さすがに雑誌はやりませんが、文庫本から単行本はやります。さらに、2〜3冊買うと袋に入れてくれる。だから、正味の本から言うと、カバーが1枚、2枚、そしてそれを入れる袋と3つも要るのか。僕はいつも「資源の無駄使いだから、カバーしないでください」と、あえて口に出します。すると、お姉さんがびっくりした顔をしています。万引き防止のためということもあるかもしれませんが、日本の過剰包装はどうですか。スーパーへ行ってもそうです。
ピーダーセン この辺は、すべて否定的に見る必要性もなく、ある意味で品質を極めた、あるいは顧客サービスを極めてきた現状でもある。海外の企業は、日本に来れば鍛えられるから日本に進出したい。そうすると、世界に通用するレベルになっていく。そういう、モノを提供する品質、顧客サービスの品質が極まっている流れの中にあったと思います。
まずそれがありますが、お客さんがそこに価値を見出していると言われているから続けているわけで、新しい価値の提示というか、実はできるだけシンプルにしていくほうがかっこいいとか、シンプルにしていくほうが気持ちいいとか、そういう価値観をどんどん共有していかないと変わらないと思います。その意味では、消費者の社会的責任とか、今日のパネルのタイトルにありますが、われわれの責任としては、新しい価値に気づいて声にして、少しでもいいから行動を起こしていくことだと思います。
そこで、新しい行動のきっかけになり得ると思うので、きのう発表になったばかりの日本初のLOHAS調査について、画面に出していただければと思います。
〔スライド〕
LOHAS(健康と環境を志向するライフスタイル)とは、非常に遠いところから考えて行動しなさいというのではなく、自分の健康や家族の健康など身近なところから、どういうライフスタイルが良いかを考えてみようではないかと提案するコンセプトだと考えていただければと思います。これはアメリカで生まれた概念で、アメリカでは、2002年から毎年2,000人を対象に消費者調査が行われてきました。それをアメリカでやっている会社と提携をして、全く同じ手法で16問、それぞれ5段階の評価で、こういった層を抽出していくのですが、ことしの2月に2,100人ほどを対象にして、果たして日本にも健康と環境を結びつけたライフスタイルを求めている人たちはいるのか、あるいはどのくらいいるのかを調査しました。
まず設問を英語から日本語に訳す技術的な問題がありましたが、結果的に、ここに出ているとおり、明らかに健康と環境を結びつけて考えて行動している層は、日本は29.3%と出ました。
鳥越 3割ですね。
ピーダーセン 思った以上に多くて、われわれが非常に面白いと思ったのは、すべての生活者層の中で一番多いことです。ほかを若干上回っています。この層が、いままでのグリーンコンシューマーといわれていた捉え方と違うのは、LOHAS層はまさに豊かなエコライフを求めていて、そのためにこだわりを持って生活している。それから、そんなに禁欲的にならずに、どうせ物を買うのだから……。
鳥越 でも、この会場の方はあまりご存じなかったのですが……。
ピーダーセン まだまだこれからだと思います(笑)。聞かれた人たちも、LOHASを知っていると答えたわけではないのですが、実はLOHASは非常に多く、29%以上いらっしゃると思います。でも、そういうふうに聞かれると、「私もそうだ」という新たな気づきになって、高木さんもおっしゃったように、「自分は地球とつながっている」ことを身近なところからだんだん実感するようになってきていると思います。
この層の面白いところは、自分の健康や家族の健康にも関心が高くて、環境問題にも関心が高くて、実際に行動をとっている。それから上昇志向、つまりワンランク上の生活をしたいとか購買意欲も強い。でも、購買していく中でこだわりを持っている。あるいは、企業をただモノで見ているのではなくて、その企業の姿勢も、ほかの層よりはるかに見ている。そういうものを持ち合わせている層であることが非常に面白い。
鳥越 それがLOHAS層ですね。個人便利層、中庸無難層、生活堅実層、これを説明してください。
ピーダーセン LOHASは男性、女性、半分ずつです。女性が多いかなと思ったのですが、ちょうど半分ずつです。生活堅実層は女性が多く、主婦がやや多い。コストパフォーマンスを非常に重視していて、環境に関する意識はやや高いが、行動までは行っていない。
鳥越 関心はあるが、行動はしていない。
ピーダーセン ですから、値段が正しいというか選択の余地があれば、十分LOHASの領域に行く可能性はある。
鳥越 価格とか金銭的な……。
ピーダーセン それが非常に強いです。中庸無難層は名づけるのに苦労しましたが、ある意味ではメインストリームのメディア、メインストリームのアドバタイジングのままに生きていると言ったらあれですが、そんなに突出した価値観を持たない。ですから、中庸無難層と名づけたのですが、特徴がつかみにくい。
鳥越 つまり「これだ」という自分の生き方を持っているわけではなく、広告とか「これが流行っているよ」と言われたらそっちへ行くとか、わりと流されやすい層ですね。
ピーダーセン そうですね。
鳥越 これが28%、もっと多いかと思ったけれど、意外に少ないですね。
ピーダーセン 実は、われわれもその辺がもっと多いかと思っていたのですが、この層は環境や健康に関しては、LOHASや生活堅実層と比べてもうんと低いです。
最後の個人利便層は、想像できるとおり若い男性が多く、コンビニでよく買い物をする。ネットショッピングが好きでマイワールドを持っている方で、環境志向とか健康志向はガッと落ちます。
鳥越 自分が便利で、自分が楽しく暮らせればいいと。
ピーダーセン そうですね。これは年齢の関係もありますから、年をとるにつれて動くこともありますが、この傾向が顕著に出ています。
4つの層を比べますと、LOHAS層の面白いところは、できればよりよい生活、豊かなエコライフを送りたいという上昇志向が高いことと同時に、社会調和志向といって、協力してやっていかないといけないし、成長ばかりではなく、ほかの豊かさもあるとか、社会的意識を含めたものも極めて高い。それから自由志向、自分のライフスタイルをしたいという面も持ち合わせている層です。これが、いままでのエコロジー、あるいはグリーンコンシューマーでは捉えられなかった側面ではないかと思います。
鳥越 いま出てきたのは、相反するようなことが多いですね。義理人情を大切にしたいというのと、競争に勝って成功したいとか社会的な名声を得たいというのとは、必ずしも合致しないはずなんですが。
ピーダーセン と思ったのですが、それを同じ人間が持つことができる。私はここに一つの希望を託していて、豊かさを捨てて犠牲をたくさん払ってエコライフにいくのではなく、車や住宅を買うならそういうものにこだわった商品とか、消費のリーダーとして自分の1票を意識して行動していく。マイライフスタイルを作っていく。そのように期待をしていきたいです。
高木 質問ですが、私の周りにも上昇志向があって、ある程度の社会的な成功をおさめていて、社会に貢献したいという人がたくさんいます。ただ、社会に貢献したいという内容が、必ずしもエコロジーまで踏み込んでいないことがある。人間社会の枠の中になってしまい、人間プラス自然、あるいは自然の中に人の社会があるという発想に至っていない人もたくさんいると思います。この人たちの社会調和志向はどういう?
鳥越 つまり、環境の因子がどのくらい入っているのかということですね。
ピーダーセン このレポートは、間もなくわれわれのWebサイトで公開しますが、非常に面白い結果が出ています。全体とLOHAS層を比較すると、社会的意識は40%くらいの開きがあります。環境に関しても、「温暖化が心配」というやわらかなものは結構近いけれど、もう少し硬い、例えば「持続可能な農業に関心があるか」というと、LOHAS層はものすごく多くて、ほかの層はほとんど関心がない。こういう括り方をすると、自然環境にも相当関心を示しています。
高木 その関心は、実際に行動に結びつくぐらいのレベルですか。
ピーダーセン そうですね。実際に行動も起こしている。そこが生活堅実層との違いです。でも、これは調査ですから、「私はやります」と答えながらやらないという、調査と実態は違うことがありますからね(笑)。
高木 そこが問題なのよねぇ。
山本 私もスライドを準備してまいりましたので、「エコセレブ」のスライドをお願いします。
〔スライド〕
いまのお話で、LOHAS層が30%いるということですが、国民をいかに動かすかが鍵だと思います。実はアメリカでは、国民を教育して行動に結びつけるという趣旨で、「エコセレブ大賞」という賞をつくりました。セレブの方に、国民にとっての模範演技をしてもらうわけです。
鳥越 「エコロジーはかっこいいんだよ」ということをセレブリティの人にやってもらう。
山本 私がハイブリッドカーを乗り回しても、だれもそれに続かないけれど、例えば、レオナルド・ディカプリオがかっこよく……。
鳥越 その意味では、高木さんはエコセレブなんですよ。
山本 そう思います。
高木 レオと同じ車に乗っていますから(笑)。ハイブリッドです。
山本 キャメロン・ディアスとか、みんなエコセレブです。
ブラッド・ピットは、アメリカのエネルギー独立運動をやっているんです。どういうことかというと、「アメリカが海外から石油を輸入するのはけしからん。アメリカはアメリカの石油だけでやっていくべきだ」ということで、2001年には、エネルギーの自給がジョージ・ブッシュの最優先の政策課題であると提言している。『デイ・アフター・トゥモロー』で子ども役を演じた彼も、炭酸ガスの吸収を目指して、モザンビークで植林運動をしている。『デイ・アフター・トゥモロー』は、メキシコ湾流が突然停止して突発的に寒冷化が起きるというシナリオですが、突発的な寒冷化というか、気候変動を起こさないための運動を彼は自らやっている。
一つの方策は、日本エコセレブ大賞みたいな賞をつくって高木さんを表彰するとか、ぜひ朝日新聞にやってもらいたいと思っているんです。
鳥越 高木さんが委員長か何かになって……。
高木 私に選ぶ権限があり(笑)。
鳥越 これはすごく効果がありますよね。
高木 10年ぐらい前は、エコをやると言うと、ダサい、みじめ、面倒くさい、貧乏くさいというイメージがあったんです。そのイメージを払拭するために、ハリウッドの人たちをフィーチャーして、「こういうかっこい人たちもやっているよ」というふうにやった。すると、今度は、「だって、あの人たちはお金持ちだから余裕があるのよ」と言われたの。「ハイブリッドカーは普通の車より高いじゃない」とか、「何をやるにしたって、エコロジーをやるのはお金がかかるじゃない」と言われる。これはイメージ戦略の傾向も強いけれど、これは金持ちだからとか、逆の貧乏くさいことではなくて、普通の人たちがいかに出来るかというサンプルのために挙がっているんだということを言っておかないと、また誤解されてしまうんです。
ピーダーセン それは全くそのとおりだと思いますし、エコライフを送りたくてもできない、あるいは日々生きていくだけで大変なわけで、豊かなエコライフを送るためには仕組みが変わらなければだめで、そこは常に両輪です。買い物でも1票ありますし、それこそ投票するときも1票ありますし、声を大にしてそこの仕組みも変えていく。
積極的な仕組みの一例を言いますと、ドイツでは、風力発電を普及させるのに成功して、今度は太陽光発電が、いまは日本が世界一ですが、間もなくドイツに抜かれようとしている。それはなぜかというと、太陽光発電を増やすために、自分で家の上にパネルを置いて発電すると、電力会社から1キロワット当たり70円ぐらい、通常の価格の3〜4倍のお金がもらえるんです。すると、屋根にどんどんソーラーパネルをつけて、一部ではソーラー年金までできている。年金を低い金利で銀行に眠らせておくよりは、おろしてソーラーパネルを屋根に乗せて、電力会社からお金をもらったほうがいい。それは、インセンティブの仕組みがきちんとしているからです。
日本がこういう発想でやると、社会はどんどん自発的にその方向にいきます。そういう発想がちょっと乏しい。官僚主導型で仕組みを設けてやるのではなくて、人々が欲するものを設けておけば、あるいはそれをスタンダードにしていけば、おのずとそこにいく。
鳥越 日本では、そういう仕組みは、役人と政治家が協力して法律化しないとできないんです。山本先生、日本の役所と政治家は、エコロジーへの関心度、LOHASへの関心度は何%ぐらいでしょうか。
山本 着実に上昇していると思います。問題は、マニフェストに反映させるところまでいっているかどうかで、多分今年から来年にかけてが分水嶺になるのではないか。ことしは国政選挙がありませんから、次の国政選挙くらいに、ピーダーセンさんの提案みたいなものが各党のマニフェストに入ってくるのではないか。
鳥越 マニフェストの選挙というのは、この1年ぐらいかなり浸透したと思いますが、エコロジー、環境の問題もマニフェストの中にちゃんと入っている政治家を私たちが選ぶことも大事ですね。
山本 決定的に大事だと思います。
鳥越 エコロジーについて関心のない人は落とす。それは言い過ぎか。でも、それぐらいの強い気持ちを持たないと、環境はなかなか前へ進まないような気がします。
あと5分になりました。最後に、何でも結構ですが、「これだけは言っておきたい」ということをお一人ずつ……。ピーターさん、何かありますか。
ピーダーセン 日本は、すぐ悲観するような傾向が強いので、日本にはものすごいポテンシャルがあることを、われわれが実感すべきだと思います。簡単に一例を言いますと、エネルギーが無いといわれますが、実は、日本ほど自然エネルギーが豊かな国はほとんどないわけです。LOHASが多いのも当たり前です。もともと日本の文化はLOHASなわけです。その良さをどうやって増幅させていくか。ただ、そこは管理型志向だけではいかない。人々が欲するもの、欲する仕組みというか、おのずとそこにいく仕組みも、併せて備えていかなければいけない。日本は、そういうことが十分できるだろうと思っています。
鳥越 日本には、まだ望みはある。
ピーダーセン でも、行動を加速していかないと大変な状況になることは、間違いないと思います。
鳥越 ピーターさんから会場に来ておられる方々に、きょう帰って、もしくは明日までに、これぐらいは気をつけてやってみたら、ということは何かありますか。
ピーダーセン 必ず消費せざるを得ないので、こだわりを持って消費することだと思います。例えば、野菜ジュースに「香料」と書いてあるわけです。「100%野菜ジュースと書いてあるのに、香料とは何だ」と、私もときどきメーカーに電話をしたりします。メーカーは、それにめちゃくちゃ敏感ですから、そういうちょっとした行動を自分が起こしていくことかなと思います。
鳥越 それは添加物ですね。
ピーダーセン でしょうね。でも、内容は書いていないんです。これは一例ですが、消費において一こだわりでいいから、そこから始めることはあるかと思います。
鳥越 ということだそうですから、皆さん、お帰りになったら明日までに、きょう話したことで、「私は宇宙」、「私は地球」、「私はあなた」という認識を持って、何か一つでもおやりになっていただければ非常にありがたいなと思います。
高木さん、まだ言い足りないでしょう。
高木 ええ(笑)。仕組みについて質問したかったのですが、時間がなかったので、ここで触れさせていただきたいと思います。先ほどのマニフェストの話題で思い出したのが、「環境税」ということが、今にわかに脚光を浴びているというか、言われてきているけれど、「税」とつくと、国民も立候補する皆さんもアレルギーがあって、なかなか口に出せないんです。ただ、ずっとタブーにしておいて話し合われないでいいのか。もう、そういうのんびりした時間ではないような気がするんです。
例えば、所得に合わせて環境税をかけるとします。私が単純に考えるのは、お金がたくさんあって、でっかい家を持って、外車に乗ってガソリンをばんばん使っている人が、ほかの人より環境を汚しているのは間違いないと思うわけです。だから、所得に合わせてとか、何かその人のリッチ度みたいのをはかって、とりあえず環境税をかけます。ただし、実はエコロジーな人でLOHASな人で、こんなにエコな活動をしていて節約していますとか、大きい車を置いてあるけれど、週に1回しか使っていません、普段は歩いて、あるいは自転車で行っています、ということをやっているのであれば、その分は天引きしてあげる。楽しんで税金を払える仕組みをつくってもいいのではないか。
鳥越 だれが査定するのですか。
高木 それはこれから考えるんですけれど(笑)。
鳥越 でも、環境税は現実に考えられていることですし、これまでの税金のように、むしり取られるということではなくて、自分たちの環境をちょっとでも住みやすくするための一つの必要経費と前向きに考えれば、そんなに抵抗はないだろうと思う。
高木 何年か前の選挙のとき、「環境は票にならない」ということを言った人がいましたね。あれが悔しくて、「票になるようにやってみろよ」、それがきょうの私のメッセージです。
鳥越 高木さんの話は、ドスがきいていておもしろいですね(笑)。
山本先生、最後に何か。
山本 一言だけ。日本は地震、台風、火山はありますが、豊かな国で、われわれにとっては天地と一体、万物と同根ということが非常によくわかるわけです。ところが、それだけでは不十分で、仏教のよさとキリスト教のよさの両方を持たないと、いまの問題に対処できない。キリスト教はどう言っているかというと、「自然は神様から人間が預かっているので、管理経営する責任がある」、いわゆるスチュワードシップという考えです。日本人もやはりこの考えを同時に持たないと、21世紀の問題には対処できない。
なぜ日本から「気候ターゲット2℃」という考えが出てこなかったかというと、私たちの身の回りには砂漠もなければ氷河もないので、どうも日本人は「自然は厳しい」という認識ができないところがあると思います。
鳥越 「自然に包まれて」とか、優しいという気持ちがありますからね。
山本 そうなんですね。
鳥越 大体時間になりましたので、これでパネルディスカッションは終わりにさせていただきますが、最後に私自身の感想です。
私はことし65歳ですので、昭和20年の終戦のときから記憶があります。ということは、戦後60年、全部覚えています。物も食えない、着るものもない貧しい中から、35年に所得倍増計画が出て、東京オリンピックの39年を経て、高度経済成長をし、やがて大量消費時代になって、バブルの頂点に達し、バブルの崩壊と。しかし、そう言いながら、世界でも有数の豊かな国を続けている。その間には、公害の問題などもたくさんあったし、ごみの問題は依然として解決されていない。選挙においては、高木さんがおっしゃったように、ついこの間まで「環境問題は票にならない」といわれていた。多少は変わりましたが、日本はそういう状況の中にあります。
山本先生からは、今年から来年にかけてが、地球の環境の意識を変える、認識を変える一つの分水嶺になる非常に重要な年だろうというご指摘もありました。
私自身も、小さいことですが、スーパーに買い物に行くときは、買い物袋をさげて行く。レジ袋は要らない。もちろん、本屋さんではブックカバーは要りません。それから、水道の水を流しながら洗い物をしたり顔を洗ったりして、水を出し過ぎだといつも女房に怒られておりますが、そういうことも含めて自分の身の回りを見渡してみると、山本先生のおっしゃった「私は環境である」という「私」に対して、実は結構犠牲を強いている、負荷をかけていることがあるのだろうと思います。
きょうご出席の皆さん一人ひとりが、寝る前にでも胸に手を当てて、自分なら何ができるのかを考えていただきたい。それだけで日本全体が変わるわけではありませんし、きょうはこれだけの集会ですが、ここからでも何か発信をして、先ほどの調査ではLOHAS層は3割でしたが、来年はこれが50%を超えるように望みます。
パネリストの皆さん、今日はどうもありがとうございました(拍手)。そして、長い時間ずっと聞いていただきましたご参加の皆さん方、ご協力どうもありがとうございました(拍手)。以上をもちまして、パネルディスカッションを終わりにさせていただきます。
|
|
|
ケーススタディ
企業活動において、環境に配慮する方法や新しい仕組みが、日本で次々に生まれ、生活者の支持を得はじめています。産業界を代表して、(財)自動車リサイクル促進センター、住友林業、TOTOの具体的事例をご紹介します。 |


 |
|