基調講演 パネルディスカッション

第二部 パネルディスカッション

『脳医学の進歩を考える』〜医学と科学の融合〜

[コーディネーター]朝日新聞編集委員 田辺 功

他分野と重なり合う現代の脳医学・科学

―昔の脳科学は脳の働きを解明するものでした。しかし現代の脳神経学はもっと突っ込んだ奥底のところがホットなテーマなのですね。

茂木現代の脳科学は総力戦で、他分野との融合領域において研究されることが多いのです。例えばお金を持っている時と持っていない時に人の行動はどう変わるかという、アメリカの雑誌『SCIENCE』に載っている論文を教室でとりあげました。物質としての脳の知識だけを持っていてもいい研究はできない。経済、文化、芸術など、人間を理解する上で大事な多くのことを見ていないと高く評価される研究にはならない。そういう時代です。
 個人的な話ですが私が博士号を取得した時、理化学研究所で脳の研究をはじめた時、イギリスに留学した時も、私の指導者は医師でした。医学が素晴らしいのは人間を「システム」として見て治療することです。
 例えばベータアミロイドが蓄積されてアルツハイマー病になるという話をした時に、ベータアミロイドの変性のプロセスを構造生物学の手法で解いただけでは、医学の分野では役に立ちません。それが脳の中でどのような役割をするのかという「システム」としての理解がないと疾病治療には役に立たないのです。システムとしてトータルで人間を見ないといけないのが医学だと私は理解しています。

私ども神経内科で診療する病気は非常に幅が広いのが特徴です。脳卒中で半身が動かないというのは機序として比較的分かりやすいのですが、例えばパーキンソン病で、どうして手が震えるのか、どうして手足を素早く動かせないのかなど、茂木先生のおっしゃった世界につながっていきます。特に脳の研究では、分子レベルの研究から個体レベルの研究まで、さまざまな分野、階層を統合した研究が必要になります。
 研究の現場では扱うテーマを絞り込みますので、研究の一つ一つは焦点の定まった形になっていますが、研究を大きく発展させていくには全体像をとらえる力が何よりも求められます。その背景には常に「科学の進歩」があり、見る目もどんどん飛躍してきています。脳全体、あるいは分子レベルにおいても幅広く見ることが今以上に大切になり、それが原動力になっているのは間違いありません。診療の場では全人的な診療が強く求められています。診療においても研究においても、トータルで考えることが何よりも大切なことだと思います。

チャレンジする幸せをかみしめて

― これからの脳医学、科学を目指す若者にメッセージをお願いします。

私が医学生の頃は、神経内科は診断ができても治療ができないと言われていました。私は挑戦しがいがあるからこそやろうと思いました。そしてこの30年間に研究は革命的に進歩しました。でもまだ治せない病気も多いので、若い人にはぜひチャレンジしてもらいたいです。
 そのためには、ぜひ良い先生や指導者を見つけてほしいですし、また何をやったら楽しいかを見極めてほしい。自分の能力がどういうところで発揮されるか、どういう分野が一番楽しく感じるかを見極められる人は、将来非常に伸びると思います。医学系のことで言えば、原点というのは患者さんとの出会いです。その出会いの中からも、自分の道を見極めていけるといいなと思います。
 私自身、医師になって初めて現場に出たその1日目に入院してこられた患者さんとの出会いが、私のその後を決めたと思っています。そういう実際の医療の現場での出会いを大切にしていただけると、良いお医者さんになれると思います。
 学生が卒業する時によく言うのですが、医者は卒業して最初の5年ぐらいの働きぶりが一生を決めると話します。ですから若い時はあまり打算的に考えず、自分のすべての体力・能力を仕事に投入すべきだと思います。実際に医者は体力がなければできない仕事ですから。

茂木学校教育では本物の科学とはどんなものかを教えてきませんでした。科学は暗闇の中で先人たちが必死の思いで積み上げてきたものです。若い人たちにはその精神に呼応してほしいし、結論だけを教わって満足しないでほしいですね。
 私は科学のみならず文学や芸術の活動もしていますが、すべてのことは結局、人間の幸せを目指しているのだと思います。人間の幸せがいかに奥深いかを、脳科学は発見しつつあります。人間は単に受け身で物質的な豊かさを与えられるだけでは幸せを感じないようになっています。他人のために働いたり、自ら能動的にチャレンジすることに幸せを感じるようにできています。
 そういう意味で科学がやっと人間に追いついてきたというのが現状です。人間とは何かということを科学が理解しようとし始めている。その時に医療が目指してきた人間の幸せを実現するということと、技術的な意味だけでなく概念的に哲学的に、科学と医学はお互いに歩み寄っていくのではないでしょうか。医学、科学を目指す若い方々には、ぜひ人間の幸せを目指して、幸せというものがいかに奥深く、複雑で豊かなものであるかということを、かみしめてほしいと思います。

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