昨年12月9日、東京・有楽町朝日ホールで「ヒトの可能性、研究の可能性」をテーマに、「タケダヤングフォーラム2007」が開かれました。医学を志す若者を迎える本フォーラムも9回目。今回は脳医学、脳科学研究の最前線で活躍される先生方に講演をいただきました。人間にとって尽きることのない脳への医学的・科学的探求へのお話に、多くの若者たちが熱心に聞き入りました。
私の研究分野は、画像技術を中心として脳の仕組みを明らかにしようというものです。脳画像技術は1980年代から始まり90年代後半から盛んになりました。そしてMRI(核磁気共鳴画像法)という画期的な撮影装置の登場以降、脳や体の断層画像化が進み、それを応用した人間の臓器機能の解明がますます進みました。外からはうかがい知ることのできなかった脳や体の内部が分かるようになったのです。
MRIにより、脳の縦横の断面図、それを合成した3次元の再構成図などが画面上に示せるようになりました。私はこれらを利用し、脳の働きを研究しています。被験者に映像を見せたり、音楽を聞かせたり、においをかがせるなどして、その時、その人の脳がどのように活動するのか、脳のどんな部分が働いているのかを調べているのです。
その研究からヒトは見たものによって、脳活動パターンが異なることが分かりました。例えば、被験者に映画を見てもらい、そのシーン別に脳を調べたところ、顔のアップや風景シーン、身体動作の描写シーンなどで脳活動パターンが異なるのです。これは、逆に考えると、脳画像を見ればヒトが何を見ているかを読み取れる、ということにもなります。
こういった脳活動パターンの研究により、脳活動がヒトの感情を反映したり、考えている内容を反映することが分かってきています。
例えば被験者に、事前に足し算するか引き算するかを心の中で決めてもらい、その後にいくつかの数字を見せます。その時の脳活動によって、被験者が頭の中で足し算をしているのか、引き算をしているのかが約80%の確率で分かるのです。

最近注目されているのは、脳活動から無意識の心を読み取るということです。例えば画面にヘビを表示すると、被験者の脳の扁桃(へんとう)体が活動します。ところがこの映像を、見たと感じないほどの一瞬だけ表示しても、脳はこの時も同じ領域が活動するのです。本人すら知覚しない無意識の情報、心の動きを、脳活動を基にして明らかにできるのではないかと、世界では研究が進んでいます。
英国に交通事故で植物状態になった女性がいました。医師はその女性に話しかけ、脳活動を調べたところ、彼女の脳は健常者と同じ反応を示したのです。彼女は意識がなくても話を理解していたのかもしれません。脳活動から心を読むという技術が医療に応用される可能性を持っているのです。
現在の脳科学は非常に大きな拡(ひろ)がりを持っています。医学や薬学をはじめ、分子生物学、ロボット工学、心理学、社会学など、さまざまな領域が脳科学と結びついて動きだしているのが現状です。
私は薬学の観点から脳を研究しています。脳のたくさんある機能の中でも「記憶」が専門分野です。記憶は脳内の海馬あるいは線条体という部分と深くかかわっています。海馬は昔から知られていましたが、その機能はよく分かりませんでした。
53年に米国にてんかん患者がいました。担当の神経外科医は海馬が悪いのではないかと考え、手術で彼の海馬を取り除いたところ、彼は記憶力を喪失してしまいました。手術前の記憶はあるのですが、術後に新しく記憶する力がなくなってしまったのです。つまり海馬では、見たり聞いたりした情報が一度集められて、そこで情報の取捨選択が行われていると考えられます。
脳からは多くの脳波が出ていますが、海馬からも脳波が出ています。中でも特徴的なものが「シータ波」です。ネズミの海馬から生まれるシータ波を調べたところ、歩くとシータ波が出ていました。特に初めての場所を歩く時、興味を持って探索している時、つまり「やる気」のある状態で、シータ波はより強く出ます。
ウサギを使って、記憶力とシータ波の関係を調べる実験をしました。ヒトと同じく若いウサギと老ウサギでは記憶力に差があります。しかし、シータ波が出ている状態にした老ウサギの記憶力の成績は若いウサギと同じになりました。これは二つのことを意味しています。一つは高齢でも脳は思ったほど衰えておらず、若い時と同じく十分性能を発揮できること。もう一つはシータ波、つまりやる気、探索欲があれば脳はしっかり働くということです。マンネリ化は脳の敵です。
では、やる気以外にどうすればシータ波が出るのか。実は脳科学的に見て睡眠とシータ波は重要な関係にあるのです。
一つ論文を紹介しましょう。新しい言語を記憶する試験をしました。初めは30点くらいなのですが、訓練をすると徐々に上がります。一方、この訓練をした後に寝てもらいます。翌朝同じテストをするとただ訓練をした場合よりも点数がもっと伸びたのです。ここから記憶と睡眠には深い関係があることが分かります。
またネズミで睡眠中の脳活動を見る実験をしました。海馬の中に、ある特定の場所にいることに敏感に反応して活動する特定のニューロンがあります。これはヒトにも存在し場所細胞と呼びます。まずネズミに迷路を歩かせ、場所細胞の活動を記録します。その活動と先述した歩くことで出るシータ波を比べると、この二つは同時に現れ、厳密に重要な関係があることが分かりました。次に同じ迷路を動く訓練をしたネズミに寝てもらいます。睡眠中のその場所細胞の活動を見ると浅い眠り(レム睡眠)の時と迷路を歩いている時とはほとんど同じ活動をしているのです。つまり寝ている時に思い出している、記憶のパターンが再生されているのです。さらに面白いことに、ただ再生するのではなく、圧縮再生する、時間が早送りになっているのです。これが私の研究テーマで、なぜ圧縮が起こるのか、なぜ順番通りに再生できるのかをいま研究しています。
(第二部パネルディスカッションへ)