
田辺 坂井先生は臨床医でしたが、研究に入られたきっかけは。
坂井私は神経内科で5、6年臨床を経験した後、大学院に入りました。臨床現場では患者さんの知能や記憶能力を数値化して表現することがしばしば行われます。私は数値ではなく実際の頭の中で何が起こっているのかを知りたいと思いました。ちょうどそのころMRIで脳の働きを見ることができるという話があり、この研究に入りました。ただ、研究も大好きですが、臨床を続けていたら臨床も大好きだと思います。
田辺池谷先生は薬学部ですが、脳をターゲットにされた理由は。
池谷大学時代に叔母をがんで亡くしたことがきっかけです。その時「薬」をやりたいと思ったから薬学部に進んだのです。もう一度受け直して医師になる道もありました。医師は目の前の患者さんを救いますが、画期的な薬は世界中の患者さんを救える。人間が好きなら医学部、人類が好きなら薬学部と思ったのです。脳分野を選んだというよりも先輩にあこがれて選んだのが薬品作用学研究室でした。ただ、坂井先生の話にもありましたとおり、がんや循環器など他の領域でも何か興味あるものを見つけて研究に邁進(まいしん)していることは間違いありません。
坂井私は研究を始めるにあたって、これをしなければいけないという特別な思い入れは持っていませんでした。純粋な知的好奇心に導かれてきた結果、現在の私があると思っています。研究者という職業は、自分の好きなことをどんどん押し通せることが魅力だと思います。
田辺医学に限らず脳科学の将来はどうでしょう。
坂井現在ホットなトピックは三つあります。まず、この遺伝子を持つヒトはある種の記憶力が優れているというような、遺伝子のタイプとヒトの能力の個人差の関係がだんだん明らかになってくるでしょう。次に思っただけでパソコンのカーソルを動かすことができるなど、テクノロジーと脳科学の融合が進むでしょう。最後に「社会脳科学」とも言うべき、他者との関係における脳の働きについての理解が進むでしょう。例えば嫉妬(しっと)心や虚栄心はどのように生じるのか、など。このほかにも脳研究は多彩な分野と融合して拡がっています。これから志す人にとって、興味のあるテーマの切り口はたくさん見つけ出せるでしょう。
池谷心理学や哲学など、学問として全く別々に派生してきたものが、脳の研究によって融合してくるというのが脳の研究の目指す方向性の一つです。それからこの知見を知的満足だけでなく、治療などの方向に結び付けたい。例えば新しい治療法の確立など、人類に役立ちたいという方向に進むと思います。
田辺医学を志す若者たちに、第一線で活躍している先輩としてメッセージを。
池谷私は最初スンクスという小動物を使って嘔吐(おうと)の研究をしていました。以後修士課程、博士課程、留学と研究テーマはすべて変わりました。さまざまな分野を若いうちに吸収しておけば、後々すごく役立つと、今思います。学問的な見聞を広げておくのには若い今がチャンスです。
坂井昔と違い、今は畑違いの人間が来ても大丈夫。私の研究室にも心理学、経済学、情報理論などさまざまな分野出身の人がいます。これまで全然違うことをやっていても、面白いと思うことに出合ったら乗り換えてしまってもいいと思います。違った畑の人がすごく面白いことを見つけたということは、枚挙にいとまがないのです。可能性を信じましょう。
池谷年齢に関係なく伝えたいのは、脳研究者でありながら「まず体を動かしてみよう」ということです。笑顔を作った状態で読んだ漫画はより面白く感じるという自己知覚の実験がありました。ですからやる気がなくてもやってみるとか、朝、布団から出たくなくても出てみるとか体をまず動かしてみるのは、どんな年齢になってもその人の脳にも生活にも大切なのではないかなと思います。