アフリカ問題と日本
「小泉総理のアフリカ訪問を前に」
21世紀において、世界で唯一つ成長していない大陸、それがアフリカ大陸である。アフリカは、紛争、貧困、疫病、自然災害など依然として多くの困難に直面している。成長していないどころか、その経済状況は悪化している。イギリスのアフリカ歴史学者のJohn Iliffeによれば、現在のアフリカの経済状況は、ここ1000年の間で最悪の状態にある由である。北アフリカと南アフリカを除くと、サブサハラ・アフリカ諸国の経済状況は年々深刻化している。アフリカの輸出産業の価値は、20世紀の最後の20年間に60年代の三分の一に低下し、現在、アフリカの国際貿易に占める割合は2%に過ぎない。北アフリカを含めた8億人の人々が生産出来る富は、人口6000万人程度のフランスやイギリスが夫々創出する富の半分に満たないのである。
このようなアフリカの問題への取り組みは、21 世紀の今日の国際社会にとって世界規模の大きな課題となっている。それ故、現在、アフリカ開発への国際的関心が、嘗てないほど高まっているのである。
アフリカ諸国自身は2001年以来、OAU(アフリカ統一機構)をAU(アフリカ連合)に発展させ、アフリカ諸国自身のイニシアティブであるNEPAD(アフリカ開発のための新パートナーシップ) を採択し、アフリカの問題に対してオーナーシップを発揮し、対処しようとしている。他方で、2000年の国連ミレニアムサミットでのMDGsの採択、「G8 アフリカ行動計画」の策定、WSSD やエヴィアン・サミットやグレンイーグルス・サミットでの議論等にも見られるように、国際社会におけるアフリカ問題への関心は年々高まっている。現在ありとあらゆる場でアフリカ開発がMDGsの達成、ODAの増額、いわゆる「Big Push」、国際資金調達メカニズムの創設、債務の削減、貿易障害の撤廃、外国投資の増加などとのコンテキストで議論されている。2006年2月にはアフリカ支援に対して、フランスは航空券に税を掛ける国際連帯税の創設を発表した。
わが国も2001年初頭に森総理が現職の総理として初めてサブサハラ・アフリカ諸国を訪問し、「アフリカ問題の解決なくして21 世紀の世界の安定と繁栄はない」との理念を掲げた。その理念に基づき、日本はアフリカへのコミットメントを継続している。93 年に初めて開催したTICAD(東京アフリカ開発会議)とのその後のTICAD プロセスは、その我が国の対アフリカ外交の機軸となっており、2008年にはTICADIVの開催が予定されている。
実は、アフリカ開発については、日本は、冷戦構造崩壊後の世界秩序を構築する上で、この問題が最も重要な問題であるとの認識に基づいて、世界に先立って、アフリカ問題に取り組むためのイニシアティブを取ってきた。まず、日本は1993年の東京サミットにおいて、冷戦構造崩壊後の世界においてもはや東西対立に毒されない環境の下で、開発問題を戦略的に考える必要があることを強調し、具体的にはownership とpartnership の二つの原則を基盤とした「新開発戦略」を策定して、これを各国に提案している。この面での先進国間の共通の戦略を作り出すために、OECD におけるコンセンサスの形成にも積極的に努力し、その結果OECD による1996年「新開発戦略」の採択に主導的役割を果たした。更に、1997年には世銀のCDF(包括的開発枠組み)の策定にも日本は積極的にイニシアティブを発揮している。
TICADプロセスは、80年代末の国連日本政府代表部のアイディアが発端であったことからみられるように、当初は国連安保理常任理事国入りの為のツールの一つであったことは否めないが、現在では日本の大きな外交上の資産となっているのである。TICADプロセスを通じて、日本は、国際社会が開発の問題に援助供与国、援助受取国という区別に基づいて対立するのではなく、国際社会全体の新たな共通の問題として認識し、そのための開発戦略を国際的な枠組みの中でコンセンサスに基づいて進めることの重要性を主張して、国連その他の場で積極的なイニシアティブを発揮してきたのである。また、九州・沖縄サミットにおいて、サミット史上初めて、アフリカ諸国の首脳を招待し、アフリカ問題を議論した。以来G8の場でアフリカのリーダーを呼び、アフリカ問題を議論することは定例化している。つまり、アフリカ問題をサミットで議論するという慣例は日本が先鞭をつけたのである。
しかしながら、アフリカに対する日本のこうした実績や取り組みは、日本の一般国民には広く知られていない。TICADと書かれても正しく読めない人の方が多い(ティカッドと発音する)。一般の日本にとってアフリカはまだまだ遠い存在である。地理的に遠いばかりでなく、心理的にも遠い存在なのである。
また、現在、アフリカ外交の現場においては、中国の激しい外交攻勢に晒され、守勢に立たされている。嘗ては国際機関等の選挙(国連安保理選挙、愛知万博選挙及びUNESCO事務局長選挙など等)で支持を当てにできる大票田であったアフリカは、今日東京ではなく、北京に目を向け始めている。実際に中国はアフリカに対して大きな関心を有し、積極的に関与しているのである。石油、貿易と外交が中国の対アフリカ政策の三大優先分野であり、驚異的な勢いで膨張する中国経済及び産業の発展を支える為には、天然資源の供給の確保が最大の関心事なのである。中国は、北アフリカ(アルジェリア、エジプト、リビア、スーダン)及びギニア湾(アンゴラ、ガボン、コンゴ(共))などの諸国と積極的に友好関係を結び、石油や天然ガス関連の契約を勝ち取っている。
表1-1 主要ドナーの対サブサハラ・アフリカ諸国援助 1
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1999 |
2000 |
2001 |
2002 |
2003 |
2004 |
| 米国 |
947 |
1139 |
1376 |
2372 |
4643 |
3504 |
| 英 |
784 |
1124 |
1150 |
965 |
1445 |
2264 |
| 仏 |
1411 |
1209 |
944 |
2098 |
2974 |
2963 |
| 加 |
225 |
179 |
182 |
357 |
463 |
567 |
| EU |
1539 |
1100 |
1679 |
1804 |
2510 |
2915 |
| 日本 |
992 |
967 |
850 |
582 |
529 |
646 |
(出典:OECD 単位:百万ドル) |
表1−2 主要ドナーの対サブサハラ・アフリカ諸国援助
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日本のサブサハラ・アフリカ諸国向けのODAが漸減傾向にある中で、中国政府は、対アフリカの経済協力のみならず、中国の民間セクターとアフリカ諸国との経済的パートナーシップの構築に熱心であり、投資を活性化するよう促している。経済パートナーとしてのみならず、政治的なパートナーとしてアフリカ諸国を見做している。中国外相は、91年に銭外相が年の初頭にアフリカを訪問して以来、年始のアフリカ訪問が恒例化としている。40年間を通じて、木村外相、園田外相、安倍外相、池田外相(マルチの会議)、川口外相の訪問しかない日本とは極めて対照的である。
更に、中国は2000年に中国・アフリカ間の経済・貿易関係を強化するための第一回中国・アフリカ協力フォーラムを北京で開催した。2003年には同フォーラムの閣僚レベル会合がアディス・アベバで開催され、温首相が同フォーラムに参加している。1996年に江沢民国家主席がマリなどを訪問、2004年2月には、胡主席がガボンなどを訪問、趙副主席もトーゴなどを訪問している。李外相は、ケニアにおいて5年以上の在勤経験もあり、大変なアフリカ通である。更に、2006年1月には中国外務省は、「対アフリカ政策公式文書」を発表した。本2006年には、首脳レベルでの中国・アフリカ・サミットを秋口に北京で開催する方向で調整中である。同会合の準備を兼ねて、胡錦涛主席は、今夏に、10数カ国のアフリカ歴訪を検討している。
中国のアフリカ会議は、日本のTICADプロセスを多分に意識していることは明白である。日本のTICADが5年ごとに開催されるのに対して、中国のアフリカ会議は3年ごとに開催されている。中国は会議の開催だけでなく、アフリカ産の農産物に対する関税の撤廃や投資保護協定や、商業政策の調整など、具体的な措置を伴ってアフリカとの貿易の拡大を図っている。
したがって、日本も安閑としてはいられないのである。日本とアフリカの関係はこれまで会議の開催と経済協力の関係、援助国と被援助国の関係に集約されてきた。日本の全体の貿易量や投資実績においてサブサハラ・アフリカ諸国が占める割合は1%に過ぎない。一般国民がアフリカを心理的に遠く感じるのも無理はない。日本はアフリカ諸国との間により戦略的な政治・経済関係を築くべきである。それにはまずは指導者が定期的に訪問し、政治的な対話を深めていくことである。総理がアフリカを訪問すれば、専用機に乗って同行する一般マスコミも盛んに報道するので、アフリカに対する一般国民の関心も高まる。幸い小泉総理は厚生大臣時代にもジンバブエやタンザニアを訪問しており、総理になってからもWSSD出席の為、南アフリカを訪問している数少ないアフリカ経験者である。また、麻生外相も、シエラ・レオーネに在勤経験を有する稀有な政治家である。
2006年のGW中に予定されている小泉総理のエチオピア、ガーナ訪問において、総理には、アフリカの友人としてアフリカ人の心に響く強烈なメッセージを発してもらいたいものである。今次小泉総理の訪問を新たな契機として、日本は、経済協力だけの関係から脱却して、アフリカ諸国と強力な政治的且つ経済的パートナーシップを構築していく努力を行っていかなければならないのである。
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略歴:
片岡貞治
早稲田大学政治経済学部卒業。パリ第一大学政治学博士。96−00年在フランス日本国大使館
(政務班:中東・アフリカ担当)、00−04年日本国際問題研究所(欧州・アフリカ担当研究
員)。04年4月より早稲田大学国際教養学術院に奉職。欧州やアフリカ諸国の政治家や政府
関係者に知己が多く、世界中に豊富な人的ネットワークを有する。特にマリのATT大統領とは
10年来の友人。専門領域は国際関係論、アフリカ紛争・開発、欧州安全保障、米欧関係。
E-mail:skataoka@waseda.jp |