ロシア人が月に行く前に数学者を見つけてくれ

アメリカとソ連が熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた東西冷戦時代。ソ連は、1957年に初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ、61年にはユーリ・ガガーリンによる史上初の有人宇宙飛行を成功させていた。NASAへのプレッシャーが高まる中、優秀な数学者を探す宇宙特別研究本部。そして、キャサリン(タラジ・P・ヘンソン)が黒人女性として初めて配属されることになる。

1961年4月13日(朝刊)

非白人用のトイレがないからです!

宇宙特別研究本部のメンバーは、キャサリン以外、全員白人。人種差別はオフィスでも色濃く残っており、同僚たちの態度も冷たい。ある時、勤務中に長時間席を外すことをとがめられたキャサリンが、皆の前で言い放ったセリフがこれ。実は、彼女が使える「有色人種用トイレ」はオフィスから800mも離れていた。上司のハリソン(ケビン・コスナー)がとった行動は──。

肌の色は変えられないだから私が前例になるしかないの

技術部へ配属されたメアリー(ジャネール・モネイ)はエンジニア志望。しかし、NASAの技術者養成プログラムを受講するには、白人専用の学校で学ぶことが条件の一つとなっていた。メアリーは落胆するが、裁判所に請願書を出すことを思いつく。

仲間も一緒でないと お引き受けできません

当時、宇宙開発に欠かせない数値の計算を担っていたのが「計算手」と呼ばれる人々。ドロシー(オクタヴィア・スペンサー)は、黒人女性の計算手が働く「西計算グループ」のリーダー的存在だ。ある時、NASAにIBMのコンピューターが導入されることを知ると、新たな時代の到来を察知し、いち早くプログラミングを習得。同僚らも鍛え上げ、計算手としての職を失う前に、自分と仲間の雇用を守った。

数週間後には 打ち上げなのに、 まだ数式すら できていません

アメリカ初の地球周回軌道飛行に挑むフレンドシップ7号。その打ち上げ予定日は目前に迫っていた。しかし、宇宙飛行士を乗せたカプセルを無事に地球へ戻すための再突入地点の算出は困難を極めた。「質量、重量、速度、時間、距離、摩擦がほんの少しでも変われば、計算のやり直し……」。キャサリンは、刻一刻と変わる状況に対応すべく、ある会議への出席を直談判する。

1962年1月20日(夕刊) 1962年1月27日 (夕刊)

あの切れ者が 正確だというなら飛びます

1962年2月20日、フロリダ州ケープカナベラル。ついにフレンドシップ7号の打ち上げ日がやってきた。しかし、直前に思わぬトラブルが発生。ジョン・グレン飛行士は、キャサリンにある大事な検算を依頼する。世界中が見守る中、グレンは果たして無事に帰還できるのか──。

1962年2月20日(夕刊)

我々は 月に行けると思うか?

ジョン・グレンは、地球を3周する周回軌道飛行をアメリカ人として初めて達成。このマーキュリー計画の成功が、1969年の月面着陸への道を開くことになる。キャサリンは、アポロ11号やスペースシャトル計画でも手腕を発揮。2016年、NASAは計算施設に彼女の名を冠し、その功績を称えた。

1962年2月21日(朝刊) 1962年2月22日(朝刊)

映画『ドリーム』のモデルとなった
天才数学者たち

新たな時代を切り開いた
テクノロジーと女性たち

宇宙開発に欠かせない計算を担う「計算手」として働いていた女性たちが、IBMのコンピューター導入を見越して、プログラミングを習得するシーンは印象深い。テクノロジーの進化とともに、自らの優秀な頭脳の“使いどころ”をしなやかに変えながら、彼女たちは鮮やかなキャリアを築いていった。NASAの成功は、人種や性別、思想、文化などの多様性(ダイバーシティー)が、いつの時代も飛躍する力の源なのだと教えてくれる。

ドロシー・ヴォーンを演じた
オクタヴィア・スペンサーが語る、映画『ドリーム』

テクノロジーと人間、女性とキャリア、
主演女優3人へのインタビュー動画
IBMの視点から映画『ドリーム』を紐解く

映画『ドリーム』とIBM
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