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広告特集 企画・制作 朝日新聞社メディアビジネス局

地震避難対策には、法整備が急務。異分野の研究が融合することで生まれる可能性

地震避難対策には、法整備が急務。
異分野の研究が融合することで生まれる可能性

地震避難対策には、法整備が急務。異分野の研究が融合することで生まれる可能性

誰にとっても、自分の専門と言える分野があるだろう。しかし、何かを成し遂げたり、作り上げたりする時に、自分の分野だけで完結できることは非常に少ない。世の中に存在する物事はすべて、異分野が融合することでできているのだ。

今回、お話を伺った2人の教授も全くの異分野だ。共通点は、中央大学所属で文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」に採択された研究を行っていることのみ。

しかし、2つの研究について同時に話を展開していくうちに、日本だけではなく、世界中の人たちの命を左右するような、新たな可能性が見えてきた。

中央大学理工学部都市環境学科
災害適応科学プラットフォーム開発プロジェクト代表
有川太郎 教授

中央大学大学院法務研究科(法科大学院)
比較法文化プロジェクト代表
佐藤信行 教授

災害避難と法文化。分野の異なる2つの研究

―本日はよろしくお願いします。まず、お二人の研究分野について教えて下さい。(以下敬称略)

有川:私の研究は、「災害適応科学プラットフォーム開発」です。簡単に言えば、2011年の東日本大震災以降で、「災害からの防護」に関する考え方が随分と変わり、そのためにどのような町づくりが必要かということを考えなければなりません。今走り出したばかりの、その町づくりのためのデータベースとなるプラットフォームを作るのが、この研究の目的です。

具体的に言えば、ハザードマップのようなものもそうですし、防災的な観念を持つ人材の育成や、日本が持つ防災のための情報・知識・技術をどうやって国際的に研究していくのかも考えていきます。

日本だけで見ても、災害には地域性がありますし、もちろん国によっても違うのでひとつの「防災」として統一するのではなく、それぞれの地域に合った適応の仕方をどう考えるか。それに加えて町づくりは、今日始めて明日完成するというものではなく、50年、100年といった単位で考えていかなければならないので、基礎となるプラットフォームが必要になります。

佐藤:私が研究しているのは、法文化の多様性を認め合いつつ、法による支配を機能させるシステムをどう構築するかということです。正式名は「アジア太平洋地域における法秩序多様性の把握と法の支配確立へ向けたコンバージェンスの研究」と長いので、「比較法文化」プロジェクトと呼んでいます。

もともと、法というのは非常にローカルなもので、日本の法律は日本国内でのみ、大韓民国の法律は大韓民国内でのみ通用するというのが基本です。グローバル化が進む前の時代では、国や人の付き合いの幅も今ほど広くありませんでしたから、この仕組みでもそう問題はありませんでした。

それが、社会がグローバル化と共に、そうは言っていられなくなったのです。法制度の違いにより、経済力の大きな国のシステムが他の国に影響を与えるのはもちろんですが、時に事態は、経済力の小さな国の法システムを押しつぶしてしまうというところにまで至ってしまいます。つまり、経済力の大きな国が食い散らかしをやって、自分の価値観を押し付けて、小さな国の価値、伝統的なコミュニティなど色々なものを破壊してしまいかねない危険な状態が生まれているのです。

そこで、こうした問題を解決するために、私たちは、まずアジア各地域に着目して、その法文化の多様性や法律を支えている基礎的な価値観を理解できるプラットフォームを作ろうとしています。

謝罪が出口か、入り口か。法を作る価値観の違い

―各国の法律を支える基礎的な価値観を理解する、とのことですが、これは具体的にはどういうことですか?

佐藤:一つ例を挙げますと、「謝罪」の機能の違いがあります。

ステレオタイプ的な理解でいうと、「アメリカ人は謝ると損害賠償請求されるから、謝らない。だから彼らは横柄だ」というものがありますよね。これは確かに、それほど大きく間違った理解ではありませんが、話を聞いていくと必ずしもアメリカ人のみんながみんな「謝罪=損害賠償請求」と考えているわけでもないのです。

医療過誤を例に考えると、お医者さんたちはプロですから、自分たちがミスをしたと感じているときには、誠意を持って謝りたいと思っている。でも、病院の法務部門が「謝るな」といって押さえつけてしまうということが生じます。つまり、この場合の「謝らない文化」というのは、実際に治療をする人と法務を担当する人が高度に分業化されたことによって生じている、という側面があるのです。

―謝罪に関するステレオタイプ的理解は、個人の性格ではなく社会構造によって作られている場合もあるのですね。

佐藤:逆に日本の例でいうと、「交渉を始める前に謝らないと、交渉のテーブルに付かない」「まず、謝れ。話はそれからだ」という文化がありますね。これをアメリカの病院でやろうとしたら、法務部門が絶対に許しません。

それでは、日本人の旅行者がアメリカで医療過誤を受けてしまったらどうなるでしょう? まさしく、日本的な価値観でいえば「まずは謝ってください」というところから話が始まるわけですよね。しかし、アメリカの医療機関は、まず、それには応じてくれない。あるいは、医療過誤によって誰かが亡くなってしまったということになると、最終的な交渉の目的がお金ではなく、謝ってもらうことであるという場合もあるわけですが、高度な分業社会では、損害賠償はしても謝罪はしないというようなことも起こりうるわけです。

日本における謝罪は交渉の入り口であり、出口である、という機能をしばしば持ち合わせているのです。この組み合わせ方の判断を間違えて、異なる法文化をもつ人々と交渉をすると、議論がすれ違ってしまいトラブルが拡大してしまいます。

―謝罪が入り口・出口の両方である、というのは日本特有の文化ですか?交渉の決着が着いてから受ける謝罪は、「心からの謝罪」ではなく「謝れというから謝った」という感じがします・・・。

佐藤:日本でも他の国々でも、謝罪には、被害者に対する償いとしての機能と、加害者への制裁・ペナルティとしての機能があります。ただ、日本における謝罪は、前者に加えて、交渉のステージを作るための窓口という意味合いが強く認められますね。このことが、ご指摘のような、遅れた謝罪は「心からの謝罪ではない」という印象を生み出す原因の一つだと思います。他方で、日本の謝罪には、制裁的要素が強くないという特徴も指摘されていますが、他の文化圏では謝罪をさせられること自体がペナルティである、ということも多いのです。

―謝罪にまつわる違いだけでも、こんなに違いがあるとは思いませんでした。法律は理性的なものだと思っていましたが、法律を作りあげている価値観や文化は非常に感情的な要素も強いものなのですね。

佐藤:私たちはデータベース作りを、まず三つの分野から始めようとしています。一つは紛争処理で、今お話しした謝罪の役割というのはその中の一つの例です。二つ目が、データプライバシーです。典型的には、クレジットカードの利用情報のような個人情報は容易に国境を越えますが、このときに国ごとの制度が異なっていると非常に大きな問題を生むわけです。そして三つ目が商取引法です。グローバル化の中で、大国のビジネス法が「押しつけられ」て、問題が生じていないかを発見しやすくする仕組みが必要です。もちろん、これが全てではなく、私たちは、このようなところから比較を始めて、次に広げていこうと考えています。

災害と警報、それによって発生する経済的損失

―日本には様々な災害がありますが、どんな災害かによって対策は変わりますか?被害を抑えるためにはどうすれば良いのでしょうか?

有川:地震は発生すること自体の予測がなかなか難しいものですから、地震への対策はやはり、建物をいかに倒れにくくするかということになります。つまり、町づくりや、いざという時の防災教育が重要です。

一方で津波や洪水などの水害だと、10分・20分前に発生の予測が出来るので、どうやって逃げるかを議論するための時間がある。さらに台風やハリケーンであれば、上陸の数日前に分かります。そうなると、どれだけの人間を避難させないといけないのか、逃げる時にどのような現象が生じるか、警報をどう出すか、などの違った切り口の対策が必要になります。

―警報はスマホでの配信が身近ですよね。最近だと、ハワイで起きた北朝鮮のミサイル発射の誤報でのパニックもありました。

有川:私たちも警報に関する研究をしていますが、その点は中央大学で災害からの防護を研究していくメリットのひとつと言えます。なぜなら、警報を出すということは訴訟問題につながる可能性があるからです。いわゆる責任問題です。これを解決するには、中央大学が得意とする法学の領域が必要になってくるわけです。

災害の警報を出さなかった地域の人が逃げなければならない事態になったら、とても恐ろしいことです。しかし、ハワイの時のようにその逆のパターンもあって、「逃げてください」と警報を出した時に、実際は逃げなくても良かった場合には、経済的損失が発生してしまうこともあります。

この災害と警報、そして経済的損失に関しては、世界中で同じ問題を抱えています。

たとえば、2017年9月にフロリダで起きたハリケーンでは、発生の60時間前に市民を避難させています。でも、行政としては、本当はもっと早くに避難をさせたかった。なぜそれが出来なかったかというと、避難をさせると、その間その地域では事業が全部ストップしてしまうからです。あまりに早くに避難させてしまうと、本来逃げなくても良かった人たちまでが経済的損失を被ることになるのです。

日本でも、「地震が来たらすぐに逃げましょう」とは言うものの、現実的に人々はなかなかすぐに逃げない、というのはこの経済的損失が関係していると思っています。

―日本人は地震に慣れているので、実際に地震が起きた時に本当に避難が必要な大きな地震なのか、いつも起きるような小さな地震なのか判断しづらくなっているところがありますよね。

有川:現に、2009年に北海道で2回続けて同じような地震が起きているのですが、2回目は避難率が下がりました。ある意味では、経験を基にして判断をしているので効率的になっているのですが、判断がずれて2回目がとても大きな地震だったら・・・と考えると、被害は大きくなってしまいます。かといって、「毎回逃げましょう」といわれても、なかなかそうはいかないですよね。

だからこそ、法律で責任問題を整理して、本当に必要な時に警報が出せるようにしないといけません。

災害避難×法律で生まれる「避難保険」という発想

佐藤:今、有川先生のお話を聞いていて、法律制度の視点からすると、保険でアプローチができるかな、と感じました。現在も法律に基づく公的な地震保険に加えて、民間ベースの地震保障保険もあるのですが、地震は発生確率計算が難しく、どれだけの保険料を掛けておくとどれだけの人が救済できるのかというのが読みづらくて、なかなか大規模に普及させられずにいます。

でも、先ほどの有川先生のお話で、「早い段階で避難を指示した結果、生じた経済的損失をカバーする保険」というようなものを設計すれば、ひとつの解決策になるのではないかと思いました。もちろん、素朴な感想ですので、実際には色々と検討しないといけないのですが・・・

有川:そう思いますよね。実は、私も「避難保険」というものを別の方々と話しています。避難保険ができるかどうか、できるのであれば、最終的にはどの程度の保険料率であるか、を決めるのは非常に面白く、防災の次のステップとしては分かりやすいのでは、と思っています。

そもそも、「避難」というのは、なかなかお金にならないのです。でも、堤防などの防災に関しては、工学や産業があるためお金が発生します。土木に関する学問がここまで発展したのも、こうしてお金が発生する仕組みがあるからだと私は思うのですが、それと同じように「避難」にもお金を発生させて、避難に関する学問を発展させなければならないと思っています。

だからこそ、避難に関する保険は、学問の発展のために法律の方でも考えていただけると助かります。

法律によって規律される避難行動

―お金ももちろんですが、避難に関する学問が発展していくにあたって、様々な要素が絡み合ってきそうですね。

有川:一番絡むのは法律じゃないでしょうか。日本は法治国家ですので、法律によって規律される行動から、社会の安定が成り立っているわけです。そうなると、法律やルールを決めて、それに則ってやっていきましょう、ということにならないと、「避難」の発展に進まない部分も出てくると思います。

佐藤:避難に関するルールについての問題は、どんな条件が整うとみんなが納得して従ってもらえるルールになるのか、という点です。

避難に関しては、有川先生が警報の話で指摘された通り、いつ誰がどのように避難するのが合理的か分からない訳ですよね。でも、避難の目的はハッキリしていて、「出来るだけ多くの命を救う」ということです。

ただ、この「出来るだけ多くの命を救う」という目的を出口に設定した時に、どういうルールが合理的なルールとして多くの人に許容されるのか、というところにもおそらく価値観や文化的な差があるため、避難に関する法律を整備する時には地域的な法文化と組み合わせて調べる必要性があるのだろうなと思います。

「避難」と「法文化」、中央大学の新たな可能性

佐藤先生・有川先生のそれぞれの研究についてお話を聞いていくうちに、2つの研究が重なり合いひとつの新たな可能性の話へと展開した。一見かけ離れている、「災害適応科学」と「法文化」。中央大学が文部科学省の私立大学研究ブランディング事業にこの2つの分野が採択されているのは、必然かもしれない。

中央大学では、「災害適応科学」「法文化」のプロジェクトに5年間取り組んでいく。どちらも、それぞれ別のプロジェクトとしてスタートしているが、研究が進められていく中で、今回聞いたお話のようにそれぞれのプロジェクトが混じり合い、新たな仕組みを生み出す日も近いかもしれない。

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