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広告特集 企画・制作 朝日新聞社メディアビジネス局

ニッポン、グローバル人材のリアル

情報を専有する時代は終わった。
デジタルアーカイブが拡げる学問の裾野

情報を専有する時代は終わった。デジタルアーカイブが拡げる学問の裾野

通勤中や昼休み、私たちはスマートフォンさえあれば、いつでもどこでも情報を手に入れることができる。以前より早く最新の情報を手に入れられたり、満員電車では本を開きづらいからと諦めていた読書も電子書籍によって出来るようになったりと、デジタルツールの発達で可能になったことがたくさんあるのではないだろうか。

学習や研究においてもデジタル活用は進んでいる。アプリを使って英単語を覚える学生もいれば、デジタルコンテンツを活用した授業を行う学校も増えてきているなど、学ぶ側も教える側も変化している。

そうしたデジタル化は、研究の分野においてどのように作用し、何を可能にするのだろう。東アジア分野の研究資料のデジタルアーカイブ化を進めている関西大学アジア・オープン・リサーチセンター「KU-ORCAS」(ケーユーオルカス)センター長の内田慶市先生と副センター長の藤田髙夫先生にお話を伺った。

関西大学アジア・オープン・リサーチセンター「KU-ORCAS」センター長
関西大学外国語学部教授
内田 慶市
博士(文学、文化交渉学)。関西大学外国語学部外国語学科・大学院東アジア文化研究科で中国語学、文化交渉学(東西言語文化接触研究)を教える一方で、「KU-ORCAS」のセンター長も務める。

関西大学アジア・オープン・リサーチセンター「KU-ORCAS」副センター長
関西大学文学部教授
藤田 髙夫
博士(文学)。関西大学文学部総合人文学科アジア文化専修・大学院東アジア文化研究科で東アジア古代史や中国出土資料研究を教える一方で、「KU-ORCAS」に副センター長として参画している。

デジタルアーカイブが変えていくものとは

―本日はよろしくお願いします。デジタルアーカイブとは、図書館や博物館、美術館などの収蔵物をデジタル化して保存することですよね。確かに便利だと思うのですが、このデジタルアーカイブ化によって具体的に変わるのは何ですか?(以下敬称略)

藤田:まず、デジタルアーカイブの役割として分かりやすいのは「保存」ですよね。古文書など、貴重なものは保存状態の関係で、一回一回取り出して読むというのが難しいのですが、デジタルアーカイブ化されることによって、保存状態を気にしなくても良くなる。さらに、公開が容易になって、アクセスもしやすくなるという利点があります。

さらに、「どの本に何が書いてあるか」もデジタルアーカイブ化によって分かりやすくなります。これまでは本を頭からめくらなければ分からなかったことが、デジタル化することによって検索機能が一気に高まり、アクセシビリティが大いに向上する。

でも、「デジタルアーカイブ化することによって、可能になるものとは何か?」ということに関しては、まだ専門家たちの間で考えあぐねているところで、議論が錯綜しています。デジタル化された資料が蓄積されることによって「可能になる事」は、いくつか小さな例は出てきてはいるけれど、私たちの取り組んでいる人文学という学問に何をもたらすのかはまだ暗中模索です。

内田:2017年4月に設立したKU-ORCAS(関西大学アジア・オープン・リサーチセンター)のキックオフセミナーや、2月に行うシンポジウムでも「デジタルアーカイブ化の先にあるものについて考える」というテーマを取り扱っています。いま、デジタルアーカイブを扱う企業や自治体、研究・教育機関にとって、とても重要な課題ですね。

―デジタルアーカイブは、その意義自体がいま議論の対象になっているんですね。特に、お二人の専門である人文学には深く関わってきそうですね。実際に普段の研究でデジタル化された資料は使っていますか?

内田:参照する資料はほとんどデジタルのものですよ。というのも、私はヨーロッパの宣教師が中国や日本に訪れてどのように学問を伝え、各国でどのようにヨーロッパの学問が浸透したのかを研究しているのですが、研究にあたって参照したい資料は日本になかなかありません。多くがヨーロッパの図書館にあるのです。そのため、フランス国立図書館の電子サイト「ガリカ(Gallica) 」などをよく利用してダウンロードしています。

藤田:私もデジタル資料は使いますが、欲しい資料データで手に入らないものもたくさんあるのが実情です。私は中国古代史が専門なので、中国の辺境地帯の地面から出てきた木簡・竹簡を研究することも多くあります。木簡や竹簡は、紙が発明される以前の中国で文字を記録するのに使われた木片と竹片のことで、当時の地域の様子や社会生活を知る手掛かりとなる貴重な記録資料です。しかし、1973年頃に発掘された木簡が、40年以上経った今も公開されていなかったりします。

―積極的にデジタルデータを活用されているのですね。藤田先生の研究対象である木簡や竹簡はなぜ公開されないのですか?

藤田:木簡に書かれている字をすべて読み解いてから世に出そうとすると、学者の一生が掛かるくらいの大仕事になってしまうから、時間が掛かるのは仕方がないのです。けれど、一方で画期的な取り組みをしているのが台湾です。台湾では、木簡の赤外線写真を、書籍として刊行する前にそのデータの一部を公開しているのです。

―データを先に公開することによってどういったメリットがあるのですか?

藤田:データを公開し、自由に閲覧ができるWebサイトを開設したことで、世界中の木簡を読める人がそのサイトにアクセスできるようになりました。この影響で、研究がより早く進むのです。さらに、誰かが誤読してしまった部分を別の人が指摘して修正できるといったメリットも生まれます。

―研究前からデータを公開することで、そのデータに関わる全ての人が研究できるようになっているのですね。「資料を発表する人」「資料を閲覧する人」の垣根が、デジタル化でシームレスになった事例のように感じます。

「秘蔵」は「死蔵」。本を活かすためのデジタル化

―逆に言えば日本では、まだまだ閉じられている情報が多くあるということですね。

内田:そうですね。まだまだ日本は欧米より遅れています。それに、貴重書の公開を進めている図書館でも、結局その図書館に足を運んで、煩雑な手続きを経ないと見ることができない場合がほとんどです。欧米のように、Webサイトにアクセスしてダウンロードできるなどということはなかなかありません。

私は、図書館にある「秘蔵」書、あるいは個人が所有している「私蔵」書は「死蔵」、つまり本の死に繋がると思っています。できれば誰もが容易にアクセスできて、参照でき、そして研究などに活用されないと意味が無いですよね。それは、研究資料に限らずだと思います。

藤田:先ほどの木簡の件にも関連しますが、これからは例えば木簡や貴重書など研究の素材となるものをどんどんオープンにして、多くの目に晒しながら大学や国境の枠組みを超えてグローバルに研究を進めていく方向性になるでしょうね。

―研究素材をオープンにする上で、デジタル化は必須ですね。

藤田:現物自体が一つしか無い場合、「特定の場所に行かないと見ることができない」という状況になってしまいます。それに、毎日世界中から現物を見にくる人が訪れて、その度に見せていてはそのもの自体の状態も劣化しやすくなるでしょう。デジタルデータを用意して「ここを参照してほしい」と言うことができれば、現物自体は保管しておけるので、状態の良いままで守ることができます。

内田:今までは、たとえば長い巻物をスキャンするためには専用の機械を使わないといけなかった。ところが、最近は分割してスキャンしても、コンピュータ上で処理すれば繋がって1つの巻物データになったりします。技術が進歩しているから、デジタルを活用した方が精緻な情報が読み取れることもあるのです。たとえば絵巻物だと、今までなかなか見えなかった裏側の絵が浮かび上がって見えてくることもあります。

デジタルアーカイブが進んだ先に、アナログに残されるもの

―先生方もデジタルデータ化のメリットは感じられているようですが、それでも紙の資料には及ばないと思う点や、感じられているデメリットはありますか?

内田:「これが知りたい」という目的があって調べものをするときには、デジタルは便利です。けれど、知らなかった情報との偶然の出会いは、紙の方が圧倒的に多いですよね。たとえば、辞書。今、紙の辞書を使っている学生はめったに見かけません。みんな、電子辞書やスマートフォンを使っています。紙の辞書だったら、何か言葉を引いたときに前後に別の言葉が目に入るでしょう。そこから新しい知識を仕入れられることだってあります。

それは図書館も同じで、書架を眺めながら本を手に取っていく中で新しい発見って間違いなくある気がして。その体験はデジタルでは実現が難しいかもしれません。

藤田:ケンブリッジ大学は、図書館が開架式になっているので、誰でも書架に入って並んでいる本を手に取ることができます。そんなケンブリッジの図書館長が学生に対して、「あなたの必要な物は、あなたが見つけた物の横にある」といつも言っているそうです。

つまり、目当ての本を探すために本棚の前に立ったとき、隣に並んでいた本に知りたかったことが載っているかもしれないってことですよね。これは、デジタルではなかなかできません。たとえばデジタルアーカイブ図書館を作って、そういう風に見せる工夫はできたとしても、体感は違うと思うんです。

デジタルアーカイブ化が拡げる研究参加の裾野

―デジタルアーカイブとアナログの分け方についても、これから考えていく必要がありそうですね。デジタルアーカイブ化が進めば、研究者の方以外に私たちのような一般市民も利用できるのでしょうか?

内田:もちろん、研究者以外の市民の方にもぜひ使っていただきたいと思っています。ただ、使っていただくためには彼らの役に立つ情報を用意して、かつ見せ方の工夫や楽しんでもらえるコンテンツづくりをしていかなければいけないと思っています。

藤田:研究に携わる人の裾野が広げられたらと思っています。京都大学の古地震研究会が行っているプロジェクト「みんなで翻刻」は、学生時代に専攻していたり、趣味で習っていたりして古文書を読める人たちが集まって、みんなで地震関係の古文書を読みながら、崩し字を解読していき、デジタル化するという作業を行っています。もちろん誰かが管理してクオリティの保証をするのは当然ですが、こうしたことができれば当然研究も進むわけです。市民の方にとっても、カルチャースクールに通うだけでなく、従来触れられなかった文化資料に触れながら、人文学のリソースを自分たちで作っていく経験ができることは貴重ではないでしょうか。

―専門家による研究だった「リソースを作る」という作業が、広く開放されるということですね。

藤田:2年くらい前に「人文学なんていらない」という議論がありました。それは確かに、本などの形で「研究成果」を提示されたものしか享受できないとなるとそうかもしれません。しかし、研究材料そのものの段階から自分たちで触れるようになってきたら、また新たな価値が生まれるでしょう。

東アジア文化研究の一大拠点を目指す「KU-ORCAS」

―お二人が主導している「KU-ORCAS」ではどんな研究をし、何を目指しているのですか?

内田:私たちは、デジタル化・オープン化により東アジア文化研究を牽引していきたいと考えています。関西大学は、江戸時代に大阪で市民の教養形成に大きな役割を果たした漢学塾「泊園書院」をルーツとする関西大学東西学術研究所を中心に、東アジア文化研究における多くの実績があります。さらに、東アジア関連の貴重な資料を豊富に所蔵しているのです。

―デジタル化の対象はどれくらいあるのですか?

内田:現在6,000点ほどはデジタルアーカイブ化していて、個人コレクションも含めると将来的には15~16万点になります。他に、文献資料だけでなく絵や軸物もあります。こうした資料をすべてデジタルアーカイブ化し、日本語だけでなく英語や中国語でもタグ付けを行い、先述したような様々な活動を、企業や他分野の研究者、市民の方々の協力も得ながらグローバルに展開していきたいと考えています。

関西大学は、北京外国語大学、ローマ大学と学術協定を結んでおり、今年9月には3大学とバチカン図書館との間で、同図書館が所有する東アジア関連資料を研究する協定を結びました。このように、私たちの研究対象は自大学のリソースだけにとどまりません。同時に、世界各地ですでに作られている東アジア関連資料のデジタルアーカイブを統合するなど、KU-ORCASを東アジア文化研究のネットワークを中継する「ハブ」とすることを目指しています。

―かなり膨大なデジタル資料の宝庫となる予定なんですね。最後に、外国の文化や政治を研究されている先生方にお聞きしたいのですが、他国の文化を知るとはどういった意味合いがあるのでしょうか?

内田:わかりやすい例を挙げながら答えましょう。電車のホームで流れるアナウンスに「黄色い線の内側でお待ちください。」というものがありますよね。あの言葉を中国語に直訳すると、ものすごく危険になってしまいます。というのは、中国人にとって「内側」とは線路側を指すから。内と外の感覚が日本人と逆なのです。だから、中国語でアナウンスする際には「外側」と言わなければいけません。こうした感覚の違いは、他にもさまざまな例があります。言葉だけ知っていてもコミュニケーションは取れますが、日本語の表現をそのまま訳すと誤って伝わるかもしれない。そうならないためにも、相手の国の文化や物の見方の理解をすることは大切です。

藤田:外国を知るという場面以外にもあてはまりますが、まずは「相手と自分は違う」ことが前提だということを思い知らなければいけないと思います。たとえば、日本の中でも関西と関東でうどんの出汁が違ったり、大阪と広島でお好み焼きのスタイルが変わったりしますよね。

私たちは何かを比較するときに、よく国や地域や人種で括りがちだけれど、それは括り方のひとつに過ぎません。「括ったもののここは違うね」ということもあれば、「違うけどここは括れるよね」ということもあります。どのように括っても、共通項は必ずあるのだということは認識しておきたいですね。

―本日はお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

▼関西大学アジア・オープン・リサーチセンター「KU-ORCAS」

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