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【錯視アート】方程式が導き出す魔法の立体。
数学の道はモノづくりへと続く

【錯視アート】方程式が導き出す魔法の立体。数学の道はモノづくりへと続く

「立体錯視」というアートをご存知だろうか。

「変身立体 四角と丸」

鏡に映る物体の形と、鏡の前にある物体の形が、全く異なる。これはCGでもなければ、撮影技術の妙でもない。ただ単に、プラスチックで作られた物体を鏡に映しただけの作品だ。

「透身立体 VH」

こちらは紙で作られた作品だが、さらに実物と鏡像に大きな差がある。ほとんどの人は、どういう仕組みなのかも、どうやって作ったのかも理解できないだろう。

これらの作品を作ったのは、明治大学の特任教授であり、数学者である杉原厚吉先生だ。「ベスト錯覚コンテスト」で二度の優勝経験があり、作品がSNS上で度々話題に上がる杉原先生に、立体錯視作品について伺ってきた。

杉原厚吉教授
専門は数理工学。ロボットの目を開発する研究の中で、不可能図形のだまし絵を立体化する手法を見つけ、立体錯視の分野へも研究を広げてきた。さまざまな不可能立体を創作し、立体錯視アーティストとしても活躍している。

立体錯視のトリックは「連立方程式」

―本日はよろしくお願いします。早速ですが、先生の作品がどうしてこんな見え方をするのか教えて下さい。(以下敬称略)

杉原:実際に見てもらったほうがいいかな。

http://home.mims.meiji.ac.jp/~sugihara/より

杉原:矢印があるのですが、回転させても向きが変わらないですよね。右ばかり向き続ける。

―自分の手で回して、自分の目で見ているのですが、どうしてこんなに不思議な現象が起きるのか分かりません。もしかして、フチの高さが違うのがポイントですか?

杉原:そうですね。筒のフチの曲線が上がったり下がったりする空間曲線となっていることがポイントです。実際のフチの高さは部分によって違うのですが、いくら回しても同じ高さに見えるように作ってあるので、脳は軸に垂直な平面でスパッと切った切り口を見ていると思い込み、平面図形だと考えてしまうんです。平面図形だったら、回転した時に形が変わるはずがないので、「ありえないことが起きている」という気持ちになるんですね。

コンピュータで設計した立体のグラフィックデータを次に添えます。上が錯覚の起きる方向から見たところ、下が、側面から見たところです。

上が錯覚の起きる方向から見たところ、下が側面から見たところ

―現実にあるものは立体だけど、脳は平面だと思い込んでしまうということですね。

杉原:画像というのは、3次元の立体物を2次元に投影した情報ですよね。そうなると、「奥行き」の情報が欠落します。

画像を見て元になっている立体物がどんなものかを読み取ろうとしても、数学で考えると答えが無限にあって、ひとつに決められません。だけど、人の脳は画像を見て「そこに写っている立体はこういうものだ」と思い浮かべてしまうんです。

つまり、画像を見ただけでは元の立体がどんなものか分かるはずがないのに、人の脳は分かったつもりになってしまう。これが「立体錯視」という錯覚が起きる原因です。

―先生は何故、こういった立体錯視の作品をたくさん作ることが出来るのでしょうか?

杉原:「こんな立体を作れば、脳はこんな錯覚を起こすだろう」と予測して、自分で見つけた方程式でプログラムを使って作品を作っています。

例えば、丸に見える立体というのは、無限にある。四角に見える立体も無限にあります。右から見た時には丸に見えて、左から見た時には四角に見える立体を作るためには、それぞれの方程式を立てて、連立させて解いてみるんです。答えがないなら、そんな立体は存在しない。答えがあるなら、それを使えば実際にその立体が作れるということです。

―立体錯視のトリックは、連立方程式ということですね。こんなに魔法のような作品が、数学で作られているとは思いませんでした。

「頭の中だけに存在する架空の図形」が、現実で成立した

―どうして先生は、数学を使って立体錯視作品を作ろうと思い立ったんですか?

杉原:私はもともと、ロボットの目を開発する研究をしていました。ロボットにとって目の代わりになるカメラで撮影した画像を、脳の代わりであるコンピューターに送って画像処理をして、「画像に写っているのは何か」を調べて立体を認識させる研究です。

そのロボットの目のための情報処理プログラムを作って、出来上がったものの動作を確認するために、様々な絵を見せて認識できるかどうかをチェックする中で、エッシャーが描くような騙し絵を見せてみたんです。

当然、騙し絵ですから正しいプログラムであれば「その画像は立体として間違っている」と答えてくれるはずだと思っていたのですが、騙し絵の中には「この画像は立体として正しい」と理解してしまう画像がありました。

はじめは、プログラムが間違っているんだと思ったんです。しかし、そうではなく、「騙し絵の中には、現実に立体として成立するものがある」ということが分かりました。

―単なる「絵」だと思っていた騙し絵が、「現実にも存在できる」ということが分かったということですか?

杉原:そうです。騙し絵の中には“不可能図形”というものがあります。つまり、「絵には描けるけれど、現実世界の立体としては作れない」というものです

この不可能図形は、頭の中だけに存在する架空の図形だと思われていました。でも、プログラムに見せてみたら、不可能図形の中には立体として作れるものがあるということが判明したんです。たとえば、次の不可能図形は立体化できます。

不可能図形だと思われていた絵。


不可能図形を立体化させた杉原先生の作品。

―プログラムを通して見た騙し絵が、先生の作品が誕生するきっかけだったんですね。

杉原:プログラムが「この絵は立体として正しい」と解釈したものを、実際に作ってみたいと思ったんです。展開図を自分で計算して、厚紙にそれをコピーして組み立ててみて、確認しました。つまり、目で見た時に人間の脳が「この立体は作れない」と錯覚していた図形を、数学を使って可能性を探しだし、実際に立体化したんです。

この脳の錯覚と、数学で導き出せる真実のギャップから、「なぜ人間は錯覚を起こすのか」を説明できると同時に「こんな立体を作れば、こんな錯覚が起きる」と予測ができます。その予測を形にしたものが、立体錯視作品です。どうせ作るからには、面白いものを作りたいと考えて今も作品作りを続けています。

「数学って、なんの役に立つんですか?」の答え

―今日、実際に作品を見て、お話を聞いて感じたのは「数学に触っている」という実感です。立体錯視作品は、数学応用の結晶と言えますね。

杉原:これらの立体錯視作品は「数学がなんの役に立つのか」という質問に答えるために、分かりやすい材料だと思います。身近な現象を理解するのに数学が役に立つ例ですね。

数学を応用しなければ作れないものは立体錯視作品以外にも、世の中にはたくさんあります。テレビもラジオも冷蔵庫も、数学を使うことで初めて回路が設計できるのですから。

―数学がこれだけモノづくりに近しく、必須の分野だとは思ってもみませんでした。学校で数学を勉強している中高生が、この立体錯視に触れれば、数学に対する認識が変わるでしょうね。

杉原:高校の数学の授業での講演にも呼ばれて行くのですが、実際に立体錯視を手にとって、不思議に感じると、「自分でも作ってみたい、数学を勉強しておこう」という気持ちになってくれるみたいですね。

数学嫌いがいる一方で、逆に数学好きの子たちの「このまま数学を勉強していくと、自分は将来どんな職業に就くんだろう?」という疑問もあるんですよね。将来の現実的な選択肢が、“学校の数学の先生”以外に思い浮かばないから、数学を諦める子もいたり。「数学を応用すればモノづくりになる」という話は、そういう子たちに数学を続けながらも、様々な分野で活躍できるということを分かってもらえるかな、と思っています。

錯視をコントロールすることで変わる世界

―先生も数学を応用し、錯視を研究されていますよね。そして錯視を応用して作られたのが、立体錯視というアート。アート以外にも錯視の応用はありますか?

杉原:数学で錯視の仕組みが分かるということは、錯覚の強さをコントロールできるということになります。より強く錯視が起きるようにすれば、立体錯視作品のように不思議で面白いエンターテイメントに利用できます。

その一方で、できるだけ錯視が起きないようにコントロールすれば、安全な環境作りに使うことができるんです。錯視は、「実際とは違うように見える」という状況ですから、交通事故などの原因になります。ですから、基本的には錯視は自然発生しないほうが良い。今の自分の一番の目標は、「どうしたら錯視が起きにくい安全な生活環境が作れるか」という環境整備です。

具体例を出すと、車を運転している時に自分の進む道路が下り坂なのに、上り坂のように感じてしまうことがよくあります。これは奥行きに関する錯覚です。どういう道路構造の時に、この錯覚が起きるかは錯視の研究から導き出されます。

―この作品と同じ現象が道路上で起きると、事故につながってしまうわけですか。

https://www.youtube.com/watch?v=IfVx6EJGWgo&feature=youtu.beより

杉原:そうです。こういう作品を作っていると、どういう道路構造が危ないのか分かってきます。だから道路を新しく作る時にも、アドバイスができるんですよ。

数学が解き明かす未知。明治大学先端数理科学インスティテュート

明治大学のMが鏡像ではハート形になる立体錯視作品

―明治大学では、先生のされている錯視の応用研究を始めとした、数学の応用を研究されているんですよね。

杉原:私の所属している「明治大学先端数理科学インスティテュート」は、文部科学省の認定を受けた共同利用・共同研究拠点「現象数理学研究拠点」です。

現象数理学とは、身の回りの現象を数学を使って解き明かし、生活に役立てるための学問のこと。その身の回りの現象の中で「目で物を見る」という知覚現象を受け持ち研究しているのが私です。

―他の先生の研究も、先ほど中高生の教育のお話でおっしゃっていたような、数学の様々な分野での活用ですか?

杉原:地球の砂漠化や、病気の流行伝染、経済破綻がなぜ起こるか?など、過去のことを調べて解き明かしながらも、それを予測に使ったり、より良くするための応援に使ったりしようとしています。

これらの研究で最も難しいのが、現象を数式で表すことです。数式に落とし込んでしまえば、様々な操作ができるのですが、数式で表現しづらい現象と数学の世界をつなぐところが最も難しい。この「現象をいかに数式で表すか」という部分は“現象の数理モデリング”と呼ばれています。

―病気や経済の分野でも、錯視のように方程式を見つけていくということでしょうか?

杉原:錯視も、先ほど立体錯視作品の作り方の話で出た方程式を見つけたところから、現象と結びつけられるようになり、数学で様々なことができるようになりました。こういう状態を“方程式で記述できる世界”と言います。

まだそういった方程式の見つかっていない生物や社会現象、文化活動などの分野に数学を持ち込み、解き明かしたいというのが私たちの現象数理学です。

―本当に、世界が数学によって変わっていくんですね。本日のお話は、数学のイメージを大きく変えるものでした。ありがとうございました。

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