「グローバル人材の必要性」が叫ばれ始めて久しい。実際に世の中では2008年から小学校での英語教育が始まり、「オンライン英会話」など語学に関する事業が急成長している。
しかし、「グローバル人材」を形成する能力とは、語学力だけだろうか?本当に世界で通用する人材になるためには、何を意識していく必要があるのだろう。
今回は、「本当の意味でのグローバル人材」について考えていくため、成蹊大学の学長である北川浩先生にお話を伺った。

北川 浩(きたがわ ひろし)
1960年山口県生まれ。一橋大学経済学修士。専門分野は貨幣論、金融論、人材開発論・キャリア支援センター所長、経済学部長などを通じて、2016年4月、学長に就任。
4年間の大学生活、英語ばかり学んでいて良いのだろうか
―本日はよろしくお願いします。昨今、「グローバル人材の育成」が叫ばれていますが、北川先生はこの「グローバル人材の育成」についてどう考えてらっしゃいますか?(以下敬称略)

北川:私個人として思うのは、大学の授業の「英会話偏重」への違和感です。企業が採用をする時に英語を喋れる人材を欲しがるという状況があるから、大学側でも対応はしています。でも、英語圏では小学生が喋っているような内容の言葉を貴重な4年間の大学生活の中で時間を費やして教えるというのは、「本当にそれで良いのか」と思っています。
―グローバル人材というと英語が堪能というイメージがありますが、重要なのは語学力の育成ではない、ということでしょうか?
北川:英会話という表層的な部分ではなく、ビジネスをやっていく上で必要な「洞察力」や「視野」、「人的ネットワークの作り方」などの基礎の部分が重要です。
直接的にビジネスと関係があるわけではないですが、日本企業が世界に遅れを取り始めた原因のひとつに、これらの基礎力を軽視したというのが少しあると思います。
―なぜ、そういった基礎力よりも英語が重要視されてしまったんでしょう?
北川:どうしても、英語がべらべら喋れるとグローバルっぽく見えるからしょうがないと思うんです。
90年代に日本人は世界で3S、「Silent Smiling Sleeping」と言われて馬鹿にされていた過去がありました。一対一だったらなんとかなるけど、ラウンドテーブルになると英語のコンプレックスもあるし、大勢の前で自分の言いたいことを大声で喋るっていうトレーニングを受けていない、あるいはそういうことをやっちゃいけないという慣習の国だから、日本人はあまり喋れなかったんです。
その時代を知っているビジネスマンにとっては、やっぱり英語喋れたらなと思うから、ちょっとでも英語が喋れる人材を取ろうよっていう話にはなるんですよね。
―そういった過去のトラウマがあるから、基礎力に対する価値観がグローバルスタンダードと乖離しているんですね。

北川:日本には、人間関係や人的ネットワークを築く時に、あまり喋らなくても一緒に飲みに行ったり、一緒にゴルフしたりなど、「なんとなく」で人的ネットワークを作る慣習があります。でも、その方法しか分からないと「なんとなく」が通じない相手に出会った時にどうしたら良いのか困ってしまうわけです。
例えば、5人くらいビジネスの相手が並んでいるとして、まず誰に挨拶すれば良いのか?と迷った時、日本の慣習なら並ぶ順番や座る順番がなんとなく決まっている。でも、そんなことを考えもしない国が相手だったらどうするのか?
そんな時に、20~30秒交流したら「この人が重要な人物だ」と分かるというのは、ある種のスキルだと思います。こういうのは、語学力とは全く関係がないし、大学時代にどんな経験をしてきたか、というのが非常に大きく影響するはずです。
「人的ネットワークを作る力」を大学時代に養うべき
―確かに、「ネットワーク作り」を学ぶ場所として大学は適していますね。

北川:国内で人的ネットワークが築けないような人が、よその国に行ったら急にどんどん築けるようになる、ということは絶対にありえないですよね。だから、本当の意味でのグローバル人材というのは、国内でも活躍できる人のはずなんです。
グローバルビジネスの中身を考えてみると、大切なのは「ローカライズ」です。世界中のどこにでもあるマクドナルドは、世界中から原材料を調達し、それぞれの国に合った味付けや材料でハンバーガーを作って受け入れられています。このローカライズのためには、現地のローカルな人的ネットワークに入り込んで、交渉していくことが必要です。
―グローバルに活躍することは、ローカルに入り込んで行くということですね。
北川:ビジネスプランを立てるのは、机上でもできるのですが、実践となると実地に行かなければなりません。
そして、ビジネスチャンスは世界のどこにあるか、ということも絶えず考えていく必要があります。グローバルな視野と洞察力を持って、ローカルに実践していける人が日本には必要だと思います。
現地で材料や専門家を見つけたりするためには、人的ネットワークを作る力が必要。その時に使う外国語は、通訳をつければ良いんです。
世界中で異分野とコラボレーションしていくために
―世界中で専門家と一緒に仕事をしていく上で、自分自身も何か専門領域を持つべきでしょうか?

北川:すごく難しい問題ですよね。日本企業というのは、これまで文系人材はジェネラリストが良しとされてきて、「事務系総合職」という名前で人を採用し続けてきました。
「事務系総合職=ジェネラリスト」という響きは、「何でも出来る人」というイメージがありますが、実際はそんな人はいなくて、財務が得意な人、企画やPRが得意な人、マネジメントが得意な人、みたいに分かれています。「ジェネラリスト」とはいうけれど裏返すと、世界基準では「何にも特化していない人」、というイメージが持たれることもあります。
だから、自分の専門を持って、違う専門の人とコラボレーションできる力を持っているほうが受け入れられる。他の分野の人と共働して仕事ができる、あるいはプロジェクトを組むことができる人材というのがこれからの企業を支える人であって、全ての項目に置いて55点くらいを取れる人というのは今後、次第次第にいらなくなると思います。
―自分の専門に軸足を置きながらも、色んな分野を見て視野を広げて、どんなチャンスがあるか見つけられる人にならなければいけませんね。
北川:だから大学でも、まずは「自分の専門」を確立させてあげて、さらには他の分野の人と共働で何か解決するとか、プロジェクトをやってみるという経験を積ませてあげるのが大切だと思います。
大学の中で学ぶこと、大学の外で学ぶこと
―「人的ネットワークを作る力」と「自分の専門を持ってコラボレーションしていく力」は、大学の中で学べる部分と、課外活動で学べる部分があると思います。成蹊大学では、これらの力を育てるためにはどうしたら良いと考えていますか?

北川:「人的ネットワークを作る力」は、おそらく教室の中だけで学べるものではないので、教室の外にも学びがあるということはハッキリさせておく必要があります。
留学やボランティア、インターンシップやクラブ活動、これらの全てが学びだということを学生に伝えなければならない。その上で、学生を教室の外に出して人と話をしたり何か実際にやってみたりという、体験・経験による教育を、大学教育の軸のひとつとして、位置づける必要があると思うんですよね。
ダイバーシティのあるチームで、アウェイに乗り込む。成蹊大学の「MBT」
―体験・経験による学びは、社会人になる前に身につけておきたいことのひとつですよね。具体的にはどんな取り組みがあるのでしょうか?
北川:代表的なのは、「MBT(丸の内ビジネス研修)」という取り組みです。三菱グループなど20社以上の有力企業の協力による課題解決型の人材育成プログラムで、今年5期目となりました。
各学部から選抜された学生30数名が3年生の4月に集まり、全学部が混ざるようにグループを作って、企業から提示された課題に取り組みます。
―実際に企業が抱えている課題に取り組むんですか?

日本を代表するような企業が5つのグループに対してそれぞれ課題を出してくれているんです。
学生たちは4月から7月いっぱいまで、その課題にずっと取り組み続け、8月のはじめには丸の内の会議室を借りて、スーツを着て課題を出してくれた企業の方の前で課題に対するソリューションのプレゼンをします。
プレゼンが終わったあとには、学生たちは様々な業界の企業のインターンシップに参加し、自分のインターンシップ経験を大学の中で皆の前で話します。
そして11月に、インターンを受け入れてくれた企業や課題を出してくれた5社、それから学生に色々講義をしてくれた企業、そして参加した学生30数名が一同に丸の内に集まって、企業の方の前で代表者がもう一度プレゼンをする成果発表会があります。
全部で8ヶ月のプログラムなんですけど、これに参加している学生というのは8ヶ月で人が変わり、見違えるようになります。

―面白い取り組みですね!それぞれの学部のエースを集めて、実際に企業にプレゼンをする。先ほどおっしゃっていた、自分の専門はこれですって言いきれる形にして、他の分野の人たちとやっていくということが、まさに体現されていますね。
北川:学部学科で専門をきちっとやってる優秀な学生が集まっていて、かつどのグループも全学部の学生が混ざっている。全部ではないけど、グループによっては理工学部の大学院生まで混ざっているから、本当にダイバーシティの高いグループなんです。
その各グループに先生が2人ずつ付いて、チームティーチングで指導していきます。A先生はこういうアドバイスをしたが、B先生はこういうアドバイスをしたとなると普通の学生のグループなら混乱してしまうんだけど、もともとダイバーシティの高いグループだからじゃあA先生が言ったこととB先生が言ったことは矛盾するから、この中で矛盾しないような良いところだけ使おうよみたいな議論が出来るんです。
そして、最後はスーツを着て、社会人たちの前へ。完全にアウェイですよね。そういうアウェイで緊張する局面に自分たちを追い込んで話をするという、すごく異質なものに触れる経験になっているんです。こういうことをやってあげると、英語ができなくても「グローバル人材」に近づいていくんです。
―MBTに参加した学生さん達がどんな成長を遂げるのか、とても楽しみです!本日はありがとうございました。