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広告特集 企画・制作 朝日新聞社メディアビジネス局

ニッポン、グローバル人材のリアル

住友金属鉱山が見据える
未来と、過去を繋ぐ『本業回帰』の原点

住友金属鉱山が見据える未来と、過去を繋ぐ『本業回帰』の原点

1992年の「気候変動に関する国際連合枠組条約」に始まり、1997年「京都議定書」、さらに2015年「パリ協定」へと受け継がれ、グローバルなコンセンサスとして推進される地球温暖化対策。本格的な低炭素社会へ向けた具体的な削減目標が策定されるなど、全世界的に環境問題への取り組みは加速しつつある。

その中で自動車メーカーが担う役割は大きい。地球温暖化対策のカギとなるCO2の半分以上が自動車の排ガスといわれているからだ。そしてそのキーワードとして、今、BEV(Battery Electric Vehicle、電気自動車)の開発が、大きな注目を集めている。

住友金属鉱山は、このEVの開発にあたり核となる二次電池用正極材料のひとつ、ニッケル酸リチウムを、資源調達から製錬、そして材料への加工まで一貫して手掛け、電池メーカーに供給。BEVのリチウムイオン二次電池の素材を提供する非鉄金属メーカーとしては、世界のトップ5に入るシェアを獲得している。

同社の現在の最大の強みは、資源・製錬・材料の3事業の連携だ。しかし世界で戦う経営の柱となっているこの3事業連携は、創業以来の強みではない。こうした強みの形成には、大きな社会問題となった1999年の東海村JCO臨界事故が関係しているという。

一時は失墜した信用をどのように回復し、いかにして企業は再生したのか。その答えは、「本業回帰」と「選択と集中」にある。経営方針が、過去と未来をつなぐ「本業回帰」に至った経緯、その原点を探る。

執行役員 人事部長・人材開発部長
安川 修一

執行役員 材料事業本部副本部長 電池材料事業部長
阿部 功

自動車のバッテリーとして安全性は絶対。それを実現させるためにも、原点に還る必要があった

―まず初めに現在のEV市場について教えてください。(以下敬称略)

阿部:全世界的に環境規制が厳しくなってきている中で、その環境規制に適合する自動車の開発が求められてきています。具体的には、排ガス中のCO2を減らしていかなければいけない。

EUではディーゼル車で対策しようという流れがありましたが、ディーゼル車はCO2の排出に関しては非常に有効である一方で、そのほかの有害物質の排出も多いことから、最近開発が今ひとつ進んでいない状況です。

そこで各国の環境規制を満たすために、今、EVの開発に各自動車メーカーは注目し始めています。電動化のエポックメーキングな事例としては、1997年にトヨタ自動車がHEV(Hybrid Electric Vehicle、ハイブリッド車)『プリウス』を発表。その後、日産自動車が2010年にBEV『リーフ』を、ヨーロッパではルノーが同じプラットフォームでBEVを展開し始めて認知拡大されるようになり、この傾向は今後も拡大していくといわれています。

そしてBEV性能の肝となるのが、当社が素材を提供する二次電池の正極材の性能です。

二次電池の正極材料。写真右がHEV向け水酸化ニッケル、左がBEV向けニッケル酸リチウム。

―リチウムイオン二次電池は、スマホやパソコンなど、私たちの生活の中にも多くのシーンで使用されています。その技術がEVのバッテリーに生かされているというわけですね。

阿部:はい。当社ではHEV向けの水酸化ニッケルや、民生用も含めてニッケル酸リチウムの基礎開発には1990年代から着手していましたが、自動車向けに実用化されるようになったのは2013年くらいからです。電池メーカーにさまざまなサンプルを提供してきましたが、電池メーカーにとってもニッケル酸リチウムは安全面において取り扱いが難しく、なかなか製品化できませんでした。

―開発を開始してから製品化されるまでに10年以上かかったわけですが、大きな課題となったのは、どのような点だったのでしょうか?

阿部:リチウムイオンバッテリーの最大の特徴は、蓄電量が多いことにあります。車載用に必要不可欠なコンパクトかつ軽くて高容量なバッテリーをつくるには、正極材料にニッケル・コバルト・マンガン酸リチウムや、ニッケル酸リチウムを使用するのが最適だといわれています。しかしニッケルの含有比率を高めると熱安定性が損なわれるリスクがあります。自動車のバッテリーとして安全性は絶対。その安全性を保証して実用化できるレベルに達するまでには、バッテリーメーカーと協力しながら地道な改良を積み重ねていく必要がありました。

これはおそらくどの企業も同じですが、なかなか事業化できないものに開発費を投資し続けるには、忍耐と信念がなければいけません。

当社は、もともとは製錬事業と資源事業から始まった企業です。私たちは、ニッケルを生産するメーカーであり、将来を見据えると、ニッケル、コバルトの使用を拡充させていく市場として、EVは大きな可能性を秘めています。そこに傾注していくには、会社として研究開発を継続する経営判断が求められます。「本業回帰」と「選択と集中」という経営の柱があったからこそ、現在があるというわけです。

過去に立ち返ることで、未来を創造していく礎を築いていく。本業回帰、選択と集中により、その理念は受け継がれていく

1590年の創業当初、住友の祖業である銅製錬(南蛮吹き)の様子(画像提供:住友史料館)

―「本業回帰」と「選択と集中」。その経営方針は、創業以来のものなのでしょうか?

安川:会社が明確な方針として「本業回帰」と「選択と集中」を加速させることとなったのは、1999年に起きた東海村JCO臨界事故がきっかけです。

当社の創業は、1590年。銅製錬に始まり、1691年には別子銅山を開坑。製錬と資源の2大事業を柱として企業は発展していきます。しかし、鉱山の資源は有限であり、採鉱費もかかることから、資源事業は少しずつ落ち込んでいきます。さらに貿易の自由化が進み、1963年には貿易関税率を下げていく政策が取られ、経済情勢は一変。海外からニッケルや銅が安く輸入されるようになり、製錬と資源を事業の柱としていた会社の経営は厳しくなっていきました。

そこで会社は、加工・組立など川下に近い新しい事業を次々と立ち上げました。会社の存続をかけ、資源や製錬といった本業とは無縁のいろいろなことにもチャレンジしましたが、それが結果的に戦力の分散にもつながり技術や人の育成もできないまま、本業にとって代わる存在にはなれませんでした。そうした事業が当社の収益力低下を招いていたことから、事業の選択と集中に着手しつつあったさなかに、臨界事故が起きました。

―なぜ臨界事故が、会社の方針を変えるきっかけになったのでしょうか?

安川:JCO臨界事故の直接的な原因となったのは、決められた基準・手順で物づくりがなされていなかったことが挙げられます。それは決してあってはならないことです。

住友の事業精神として、信用を重んじるというのがあります。失った信頼を取り戻すには、どうすればいいのか。当時の経営トップが決断したのが、「本業回帰」と、事業の「選択と集中」という方針でした。

―信用を回復するために、まずはどういったところから取り組んだのでしょうか?

安川:JCO臨界事故と同じ過ちを起こさないためにも、まず、本業である強みのある事業に立ち返る。拡散していた様々な事業で本業から遠い位置にあるものは縮小するという勇気のいる決断でした。信用回復のためには原点に還り、できること、やるべきことに集中しようと。それが最良の方法だと考えたのです。

旧別子銅山の史跡を巡り、当社の歴史と先人たちの精神を学ぶ新入社員研修の様子。

―事故をきっかけに、会社は何が変わりましたか?

安川:ひとつは、今お話した、本業回帰、事業の選択と集中に経営方針の舵を切ったこと。もうひとつは、この本業回帰の歴史を、社員教育を通して風化させないようにしたことです。

過去に私たちが犯した過ちを決して忘れないために、新人研修の中で東海村の事故のことを学ぶプログラムを織り込んでいます。どんな事故だったのか。その原因はなんだったのか。事故によって地域社会にどのような影響を与えてしまったのか。このあたりをきちんと伝えるようにしています。

同時に私たちの事業の原点でもある、愛媛県新居浜の旧別子銅山を訪れるプログラムも組んでいます。旧別子銅山には新人だけでなく、その後、課長、部長、そして役員に昇格した節目節目でも訪れるよう研修が組まれています。

過去に立ち返ることで、未来を創造していく礎を築いていく。本業回帰、選択と集中の理念はそうして受け継がれているのです。

資源調達から製錬、材料への加工まで一気通貫して行う。ほかにはない安定供給こそ信用を得る最大の武器に。

―本業回帰と、事業の選択と集中を行った結果、御社の特徴でもある3事業連携というビジネスモデルを確立したとお伺いしております。3事業連携のメリットとは何でしょうか?

安川:3事業連携とは、私たちの創業以来の強みである、「資源」「製錬」の各事業に、さまざまな分野で必要とされる材料を供給する「材料」の3つの事業を指します。資源となる鉱物を探査し、採掘し、最先端の製錬技術によって鉱物を金属に変えていく。そしてその金属を製品に加工していく作業が必要になります。当社では、この一連の作業を自社事業を通じてシームレスに行う事業連携の仕組みを確立しました。

たとえば、EVのような巨大市場になると、必要な資源を確保できる能力が無ければ、大きな絵は描けない。どんなに優れた製錬技術を持っていても、その元となる資源がなければ、自動車の生産に必要な素材を提供できないわけです。

その点、当社は、製錬・材料の確かな技術に加え、資源が紐付く形で素材を供給できる。3事業が存在しシームレスに連携できるからこそ顧客へ素材を安定供給ができることが、大きな武器となっています。

―資源は有限であり、おそらくニッケルもいずれは枯渇する可能性があるといわれています。この問題についてはどのような取り組みが行われているのでしょうか?

阿部:もちろんニッケルの資源確保が難しくなることも見据えて、新たな鉱源の探査も続けていますが、加えて金属のリサイクル技術を開発しています。

製錬技術というのは、都市鉱山とも呼ばれる、廃棄される家電製品やスマートフォンなどから金、銅、コバルト、ニッケルなどの必要な資源を回収することもその役割ですし、自動車の廃リチウムイオンバッテリーのリサイクルも含まれます。この製錬技術こそ、420年にわたり連綿と続く、私たちの創業以来の柱であり強みです。

新しい資源を開発するだけでなく、使用済みの金属を資源として再利用できるような循環モデルを持っていることも、顧客からの信頼を得る大きな要素になります。

―資源を確保するためには、現状、海外の鉱山に頼らざるをえない状況です。グローバルな戦略を展開していく上で、重要なポイントは何でしょうか?

安川:現在、当社は、北米・南米・豪州で主要な鉱山を運営し、フィリピンの2箇所で製錬拠点を操業しています。鉱山に隣接しているので僻地にあるのですが、事業を行うためには、街全体をつくる必要がある。工場を建設するだけではなく、まず道路を整備しインフラを整え、社宅を用意し、学校や病院もつくる。つまり、そこに働く人が暮らすためのあらゆる環境をつくって初めて人は集まり、事業を開始できるようになります。

国内で唯一、商業ベースで稼働する金鉱山である鹿児島県伊佐市・菱刈鉱山。

―街をつくる。地域社会と共存していかないと実現できない事業ですね。

安川:地域社会、地域住民から信用を得ながら事業を進めていくことが重要だと私たちは考えています。「何よりも信用を重んじる」こと、すなわち「常に相手の信頼に応える」こと。これは、住友の事業精神の基本です。

この精神を貫き、事業の隅々にまで徹底させるためにも、私たちは、「本業回帰」「選択と集中」という原点に立ち返った経緯、歴史を、未来永劫語り継いでいかねばならないと思っています。

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