大学入試改革は、実践的な力を磨くチャンス
福永 2020年度(2021年1月)から始まる大学入学共通テストに先立ち、これまで2回にわたって試行調査が行われました。問題だけ見るとあまりにも今までの試験と違うので不安になってしまうかもしれませんが、基礎となる力はこれまでと変わらず、基本的な知識や技能をしっかり押さえたうえで、読解力や表現力を問う問題になっています。ただ、資料が膨大すぎて読み取りに時間がかかるなど改善されなければならない点もあり、しばらくは試行錯誤の段階が続くのではないかとみています。
杉澤 そうですね。その意味で2020年度に入試を迎える受験生は大変だと思いますが、ぜひトライしてほしいと思います。センター試験より前、共通1次試験が始まった40年前の新聞記事を見ると、「不備がある」「ミスがでる」など批判的な見解もあり、いまの空気と大体似ているんですね。ただ、回を重ねるうちに良くなっていくだろうというのと、実社会に必要なスキルを持った人材を育成するには、大学入学共通テストはおそらく正しい方法なのだろうと思います。

福永 資料を読み取り、整理し、端的にわかりやすく伝える作業は、大学のゼミや研究室でも社会に出てからも必要になりますからね。試験に出るからやるのではなく、将来を見据えて身につけた力が、試験でどう評価されるのかという観点に立つことが大切でしょう。
杉澤 そうですね。世の中がグローバル化し、AI(人工知能)やロボット、ICT(情報通信技術)、IoT(モノのインターネット)というキーワードであふれた社会に求められるのは、まったく何もないところから新しい価値を生み出せる人です。そこに不可欠な「思考力・判断力・表現力」を見極めるための入試であれば、実践的な素養を早い段階から磨くチャンスと捉えることもできるはずです。さらに高校時代の取り組みをまとめたeポートフォリオ※がもっと浸透すれば、試験の成績だけではなく多様な活動が評価され、創造性が求められる新しい分野で活躍する人も増えるのではないでしょうか。
※eポートフォリオとは、授業のメモや課外活動など、一人ひとりの学生の学びをデジタル化して残すシステム。学習や活動の記録を振り返ることができるだけではなく、テストでは測れない能力や成長を評価できるというメリットがある。
幅広い教養を身につける意味
福永 そこで重要になってくるのが、「読解力」です。いまの若者たちは、SNSの短い文章のやり取りは得意ですが、長い文章を読むことに慣れていません。読解力がないと、問題文を読んでも出題の意図を正確にくみ取ることができませんから、問題を解く以前の問題といえるでしょう。
杉澤 そこは出版社の人間としては無視できないところです。やはり紙離れの影響は大きいでしょうね。スマホの画面を目で追ってわかった気になってしまう。しっかり文章を読むくせをつけることが大切です。

福永 その通りだと思います。それから、二次試験の個別入試では特に「表現力」が問われますが、正しい日本語や英語で文章を書けばいいのではなく何を書くのか、主張の内容が重要になってきます。では、どうすれば内容を深めることができるのか。ここで生きてくるのが、幅広い教養と深い専門性です。このような素地を身につけるため、河合塾では、大学入試改革が叫ばれるよりずっと前から、第一線で活躍するさまざまな分野の専門家をお招きした「文化講演会」などのイベントを行っています。受験生にはまだまだ知らない世界は多いですから、最先端の話を聞いて開眼し、そこから本を読んだり、調べたりと、新たな学びの動機付けになっています。
杉澤 驚きました。大学に入ってからやる教養課程の入り口のようなことを、大学生になる前から始めていたのですね。
福永 はい。さらに言うと、予備校の授業の一部は教科から離れた内容のこともあります。講師の専門分野の話だったり、現代社会の問題についてだったり。河合塾にはさまざまな分野でキャリアを積んだ専門性の高い講師が集まっています。ジャーナリスト、ロケット研究者、貿易関係に携わっていた者など、分野も千差万別です。合格するための知識や解き方を教えることはもちろんですが、彼らの話も受験生の見聞や興味を広げるきっかけになっているのです。
杉澤 まさに大学入試改革で求められる力といえますね。
受験生の将来まで見据えた河合塾の取り組み
福永 大学入学共通テストに特化して言えば、受験生と保護者を対象に「新大学入試特別講演会」を開いています。そこでは主に、大学入学共通テストとセンター試験の違いや英語は4技能が課されることなど、最新情報を含めわかりやすく解説するとともに、これからやるべきことをお伝えしています。センター試験の仕組みさえ複雑怪奇なのに、大学入学共通テストともなると過去問などが何もありませんから、皆さん不安だと思います。霧の中に何があるのかわからない状態で突っ込んで行くようなものですよね。
杉澤 受験の準備を始めるにあたって、要点が明確に示されるので心強いですね。ところで、河合塾では共通テストに向けた新たな取り組みが始まるそうですが。

福永 6月に実施する「大学入学共通テストトライアル」ですね。過去2回行われた試行調査の分析結果をもとに、河合塾が独自に作成した「完全予想問題」に高校生がチャレンジできるイベントを実施します。受験生は実際に問題を解くことによって、初めてわかることがたくさんあると思います。資料を読み取る力を強化しなければとか、複数解を選ばせるような問題形式にも慣れる必要があるとか。全国の高校生の成績と比較して、自分にはどんな力があり、これからどんな力を伸ばすべきかを示した「個人成績表」もお渡しします。また試験後には河合塾の講師が解説講義を行い、今後の学習の進め方などをわかりやすく解説します。今、高校生は共通テスト対策をしようにも、あまりにも練習問題がなさすぎます。早い段階で予想問題にチャレンジすることで、早めに受験準備のスタートを切れると思っています。
杉澤 受験生の不安も大きいですが、保護者もまた然りですよね。まずできることとして、受験生の時間管理と体調管理、それからモチベーションを保てるようサポートすることではないかと思います。何事も頭ごなしに言うと逆効果ですから、見守るスタンスも大切だと思います。
福永 大学全入時代となり、将来のキャリアデザインまで考えて大学を選ぶ時代になってきました。その際に大切なのは、本人が自分で決めたという意識を持つことです。そのためのヒントを与えるのも保護者の役割だと思います。大事なのは「なぜ?」という問いかけをすること。そう聞かれれば、本人は考えて調べますから。私は保護者の方と話す際に、子離れできていない親の問題を話すこともあるのですが、子どもが自分の足で歩けるように、親はサポートすべきだと思います。そのためには、自分で答えを出させることが大切なのです。
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ふくなが・なるお/河合塾において高校生・高卒生の指導、カリキュラム編成、教材・模試作成等に携わりながら、30年以上にわたって大学入試の変化を見つめ続けてきた。常に受験生側の視点に立ち、予備校の役割を大学と高校の「橋渡し役」と位置づけている。現在、河合塾の予備校事業の責任者として入試改革対応にあたっている。
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すぎさわ・せいき/これまで就職情報誌、女性ビジネス誌などの編集を手がけ、「人と社会」の関わりを見つめてきた。『大学ランキング』では、偏差値だけによらない大学選びという観点に立ち、さまざまな角度から大学の魅力を紹介している。『アエラ大学ムック』『アエラ企業研究シリーズ』などの編集長も兼務している。