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直木賞・芥川賞を受賞したOB対談

西南学院大学から作家になるということ

2015年 直木賞 2017年 芥川賞 2015年 直木賞 東山 彰良氏2017年 芥川賞 沼田 真佑氏
採録 西南学院大学 KOTONOHA WO TSUMUIDE 言の葉を紡いで物語と向き合う

2016年に創立100周年を迎えた学校法人西南学院。西南学院大学では、これまで葉室麟さん(12年直木賞)、東山彰良さん(15年直木賞)、沼田真佑さん(17年芥川賞)という3人の直木賞、芥川賞の受賞作家を輩出している。昨年12月8日には、東京コンベンションホールで東山さんと沼田さんによるトークイベントを開催。大学時代の思い出や、作品について語り合った。

破滅的な生き方への強い憧れが 小説を書くための原動力になった

――大学がある福岡での生活はいかがでしたか。

東山 僕は9歳から西南学院大学の近くに住んでいました。子どもの頃は近所の西新商店街で遊んでいましたね。当時はヤンキー文化が真っ盛りで、商店街の少し奥にあるゲームセンターには、スリリングな人たちがよく集まっていましたよ。

沼田 高校3年の秋ごろから21歳くらいまでよく中洲に行っていました。ストリートミュージシャンなどがいて、横に座ってずっと見ていた。彼らの多くが20代半ばで、すごくかわいがってくれました。当時の僕は違う世界を見て自分を変えたかったんですよね。

東山 僕も自分に不良時代がなかったことが嫌でした。デビュー当時にハードボイルドな作品が多かったのはそのせいだと思います。沼田さんも大学の頃に、もう少し破滅的な生き方、デカダンな時代が欲しかったんじゃないでしょうか。

沼田 本当にそういう憧れがありましたね。特にフランス文学やアメリカ文学はかっこいい人がいるじゃないですか。ルイ=フェルディナン・セリーヌやジャン・ジュネなどにすごく憧れていました。

東山 僕にとって神のような存在は、チャールズ・ブコウスキーです。それで破滅的な生き方に憧れるんだけどできない。そのことに負い目を感じていて、それが物語を書く原動力になっている気がします。持論ですが、人間としてかっこいい人は小説が書けないと思うんですよね。

沼田 本当にそうだと思います。僕も“ハチャメチャな人間になりたい”という夢があって中洲に行っていましたが、そこには壮絶な経験をして家出しているような子もいる。だから僕は中卒って偽っていました。でも話をしているうちにバレるんですよね。「お前、うそやろ?」って。

東山 そのメンタリティーはすごくよく分かります。沼田さんの『影裏』を読んだ時にも、アウトサイダーな生き方に憧れるメンタリティーを感じましたね。

本は作者の意図を読み解かず 自分の物語として読んでほしい

東山 彰良氏
2015年 直木賞
HIGASHIYAMA AKIRA

東山 彰良氏

1968年、台湾生まれ。西南学院大学経済学部卒業。第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞し、2003年『逃亡作法』でデビュー。15年に『流』で第153回直木賞を受賞した。ラジオパーソナリティーなど、多方面で活躍。

物事を俯瞰で捉えるエンターテインメントとフォーカスして見る純文学作品

――お二人はなぜ作家になろうと思ったのですか。

東山 僕は生活苦です。博士論文を書いている時に、にっちもさっちもいかなくなって現実逃避で小説を書いたら、何の奇跡か新人賞をいただいた。それで作家として収入を得ようと思って、もう15年くらい経ちます。

沼田 僕は25歳の頃から趣味で書いていたんです。最初は、アラビアンナイトみたいなものやウェスタンだった気がします。今回たまたま『文學界』の新人賞をもらえましたが、受賞していなくてもずっと書いていたと思います。でも作家になりたいという気持ちはなかったですね。

――魔法の世界などに興味があったのですか。

沼田 本当はエンターテインメントが好きなんです。ただエンタメって自分の知性やセンスを使って全力で人を楽しませるものですよね。それができなかった。僕は照れがあるんですよ。それで結果的に純文学に落ち着きました。

東山 ちょうど今日、ラジオの番組で話をした先輩の作家の方が言っていましたが、写真でいうと純文学は事柄をフォーカスする見方をすると。エンタメは引いて俯瞰するような見方。だからものの見方が少し違う。おそらく沼田さんは、ものを見るときにクローズアップしてしまう。それで必然的に純文学の方に行ってしまったのではないでしょうか。

沼田 本当にその通りです。今、話を聞いてストンと納得できました。

西南学院大学のおかげで 心のバランスが取れていた

沼田 真佑氏
2017年 芥川賞
NUMATA SHINSUKE

沼田 真佑氏

1978年、北海道小樽市生まれ。西南学院大学商学部卒業。25歳頃から趣味で小説を書き始める。2017年、デビュー作の『影裏』で第122回文學界新人賞と第157回芥川賞を受賞した。今後の活躍が期待されている。

熟考された言葉を積み重ねることで 生み出される新しい作品

――文章の言葉選びについて考えていることはありますか。

東山 テーマが重めの作品は言葉を軽めにして、笑わせたいものは逆に重めにすることを心がけています。笑わせようとしてドタバタすると面白くなくなって、読者が冷めてしまうんですよ。

沼田 『影裏』では、「山楝蛇(やまかがし)」など動植物をあえて漢字で書きました。編集部の人にもルビを振らないようにお願いして。覚えたての言葉を使いたがる子どものようでかっこ悪いことは分かっています。でもハードボイルドな感じがほしかったので、漢字を絵の具のように考えて使いました。

東山 登場人物の名前も重要ですよね。間違った名前をつけると物語がギクシャクしてうまく動かない。でも名前を変えた途端に流れることがよくあります。名前が筆のノリを左右しますね。

沼田 それはありますね。本当は存在ごと消したいけど、愛着がある場合は名前だけ変えます。そうしたら急に動き出したり、勝手に動いてくれたり。『影裏』を書いている時にもありました。

東山 そうなんですよね。山田さんはこのストーリーになったけど、佐藤さんだったら違うストーリーになっている、ということがあると思います。

沼田 書いているうちに、“自分はこれがしたかったんだ”と見つかることもありますね。それが楽しい。嫌な言い方ですけど、書きながら表現やセンスが成長する。自分を否定できるんです。だから結局満足できない。でも自己否定を続けることは若さを保つことだと思うんですよ。

東山 作家はみんな経験していると思いますが、文章を書いていて“自分の中にこんな言葉があったのか”と驚くことがある。今まで思ってもみなかったことを書くことがあって、でも瞬間的にそれは自分にとって正しいことだと分かるんですよね。多分沼田さんはそれを自己否定と表現している。同じことですが、僕は肯定だと捉えています。

西南学院大学の明るいイメージが道を外さないように歯止めをかけてくれる

――西南学院大学には、作家としての感性が育まれる土壌や文化がありましたか。

沼田 先ほどもお話ししましたが、僕はよく中洲で遊んでいて、一方で大学があった。そのおかげでバランスが取れていたと思います。そういうバランス感覚はすごく大事で、自分がやけっぱちになるのを止めてくれるんです。少しでも安全なものに足を入れていた方が歯止めを効かせられます。それと、西南学院大学は海が近くてすごく気持ちがいい。中洲とは対照的に、よく潮風を浴びていました。

東山 確かに西南学院大学は明るいイメージがありますね。沼田さんがおっしゃるように、僕らは明るさに憧れているところがあって、西南学院大学のおかげで変なところに落ち込んでいかない、というような引力があった気がします。アメフト部などがスタジャンを着ていたり、チアリーダーがメインストリートを闊歩していたり、本当に明るく健全なところでしたね。

――最後に一言お願いします。

東山 本というのは、読まなきゃダメなものではなく、必要な人が読んで楽しめばいいものです。そして作者が何を言っているのかを読み解くのではなく、自分の方に引き寄せ、自分の物語として読むことが一番楽しい。そういう風に読んでいただける作品を書いていきますので、皆さんもあまり深く考えずに楽しんで読書をしてもらいたいです。

沼田 いつも最後まで読んでもらえることを心がけて小説を書いています。僕の作品は途中で少し退屈になることがあるかもしれませんが、“最後まで読めば変わるかもしれない”という気持ちで読んでいただきたいです。また、集英社の文芸誌『すばる』(昨年12月発売)にようやく3作目が掲載されました。『影裏』より少し長い作品ですが、ぜひご笑覧ください。

西南学院 院長 G.W.バークレー

院長あいさつ

様々な教育プログラムを展開し
国際社会に奉仕する人材を育成

 西南学院は、保育所、幼稚園、小学校、中学、高校、大学、大学院、法科大学院まで、約1万1000人が通う教育機関です。現在、600人ほどの教職員がいて、地元福岡だけではなく、日本、また世界に貢献するために様々な教育プログラムを展開しています。
 そうした中、2012年に卒業生の葉室麟さんが、2015年には東山彰良さんが直木賞を受賞、2017年には沼田真佑さんが芥川賞を受賞されました。これまでは“語学の西南”と言われていましたが、今後は“文学の西南”とも言われるかもしれません。
 受賞作家の方々をはじめ、多くの卒業生が世界で活躍しています。これからも全国からたくさんの人が学びに来てくれることを願っています。

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