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国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学

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奈良先端大東京フォーラム2013 「未来の創造」~これからの大学院の使命~2013年10月18日 有楽町朝日ホール

社会との接点を見いだせる
人間力あふれる技術者の育成

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尾関
さて後半は、これからの人材育成をどうしていくかという話で進めます。一つのキーワードになっているのが「人間」です。
中小路
私の研究分野はユーザー・インターフェースやヒューマン・コンピューター・インタラクションと言われる分野です。人間がより創造的に考えていくために、ソフトウェアシステムやコンピューターシステムはどうあるべきか、ということを考えるのが私の研究テーマです。研究成果としてつくるのがアプリケーションシステム、いわゆるアプリやツールになります。「アプリケーション」というのは言葉通り、応用的なイメージがあります。そのため、これまでに出してきた研究予算や提案、申請の場の多くで、「それは応用研究でしょう」と言われる。一般的には科学の世界は基礎科学と応用研究という二項目に分かれていて、人間が使う何とかというのは全て応用というふうに思われがちです。しかし、私のしている研究は基礎研究だと認識しています。私が研究しているのは、人が使うところのシステムです。それを「人間に近い基礎科学」と呼んでいます。今までは要素技術というのがあり、それを応用したら何かがうまくいくという考えがあった。例えば薬をつくる研究だと「こういう効能のある化学物質がわかりました」というのを大学が基礎研究で突き止め、それを応用して製薬し展開していくという、まさに「基礎」と「応用」の世界があったのだろうと思います。ところがソフトウェアの周りは、そういう構造になっていない。今「応用」と認識されているものが、「基礎技術」の組み合わせで成り立っているわけではないのです。全く違う側面から、技術と関わる人間にはこういうネーチャーがあり、特性があって、コンピューターがこういう情報を示すと人間はこうしたくなる、といったようなところを基礎科学として研究する必要があると考えています。
尾関
科学技術に関する議論は、従来からの「基礎」と「応用」の考え方に従って、製品技術をイメージして「日本はでき上がった製品技術のことばっかり考えすぎで、立ち返って基礎の部分をちゃんとやらなきゃいけないね」という予定調和的な結論になりがちです。そういう意味で、とても考えさせられるお話だと思います。ところで都市工学、建築分野をご専門にされているカセムさんも、若いころは、微生物の研究者だったのを、「人間の姿が見える」学問をしたいということで都市工学に移られたそうですね。
カセム
1966年に大学に入学したとき、微生物をやっていました。新しい分野で華々しく、エリート思考の雰囲気があったころです。だけど実際ラボに入ると面白くない。試験管を見るか、遠心分離器でものを流すかでした。発展途上国のスリランカでは優れた顕微鏡もないし、ほとんどのものは頭の中で想像するだけ。そんなとき隣に建築学科ができ、とても魅力的に思えました。想像するしかないものより、見えるものを相手にしたい、と。ただ、移ってみて気づいたこともありました。見えない微生物が何者かを一生懸命想像することで培われた想像力が、建築学科に入ってすごく役に立ったのです。システムデザインや発想は、人間の中に潜在的にあるものです。基礎教育でどう教えて、どう脳を刺激して、発想豊かな人間を生み出すかです。私は大学に入って、微生物からそういうレシピを手に入れた。それを生み出す努力を、もう少し意識的に人づくりの場でやったほうがいいと思います。
尾関
このあたりに従来型の基礎の科学と、これから求められている新しい科学との関係性が見えてきそうですね。Σ型人材というのも、「人間」に関わる問題かと思います。
柘植
最先端科学技術を切り開く山中伸弥さんや田中耕一さんも、結局は人間力だと思います。リーダーであるΣ型統合能力人材には、三つの点で人間力が伴わないと駄目だと思います。一つは複眼的エンジニアリング能力です。これは自身の専門分野にとどまらず幅広い工学知識を有して、設計科学、こうあるべきだという科学を実践する能力です。これは自分以外の人間に対する愛情や理解力がなければできない。まさに人間力だと思います。二つ目はテクノロジーを社会価値化する一種の技術経営能力だと思います。これも複眼的なエンジニアリング能力を基盤として、自分の属する組織や人間の持つ知識資源を核として社会的な価値化をするマネジメント能力です。これも人間力です。三つ目は、メタナショナル能力です。つまり自分の国を基盤にして世界の国々、文化に対する理解能力を持つことです。まさに人間力そのものです。やはり複線的なカリキュラムも、大学院教育には必要だと思います。
尾関
山中さんは科学者として優れているけども、チームをつくり上げ、生命科学と情報を結びつけることにもたけている。今日的なノーベル賞受賞者だという感じがします。
小笠原
そのプロセスを考えると、山中さんはそもそも医者として、病気治療に関心がありました。新しいテーマを立ち上げる際に、ES細胞という当時の医学界の重要問題についても、きちんと認識があり、その分野に目をつけました。また、人の発生の初期段階や、皮膚や目などで、どんな遺伝子で動いているかをデータベース化するプロジェクトも動いていました。奈良先端大は日本のゲノムプロジェクトの中心の一つだったので、そういった情報は豊富にあったわけです。一方で山中先生は、膨大なデータベースの中から、最初の細胞の中だけで動いている遺伝子を抽出できないかと考えました。バイオインフォマティクスという技術です。そのころ、奈良先端大では「情報生命科学専攻」を立ち上げたときでした。さらに「この遺伝子をこの細胞に突っ込めば、ES細胞のようなものにならないか」を実験するために、人の細胞の中に外から遺伝子を放り込んで動かすという技術が必要でしたが、この技術も奈良先端大が持っていました。つまり、技術や人材がそこにあった、というだけでなく、山中先生は、今、世の中の状況を見渡した上で、自分が想定している問題を解くために、何と何を組み合わせたらおもしろいことができるかという発想ができていたのです。
尾関
山中さんは人間社会との接触点を的確に理解し、それを知りながら、うまく自分自身の研究をオーガナイズしていく力強さを感じます。問題は、そういう人をどう育てていくかです。

リーダーシップを担う意志と責任感

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尾関
何層もの能力を持ち合わせている人は、ベースにリベラルアーツがある。そういう基礎のもと、外国人と対等に渡り合ってコミュニケーションしていく能力をはじめ、社会的課題の設定能力、解決能力、さらにはリーダーシップも持っている。この4層の能力を持つ人間を大学院で育てていけないかということでしょうか。
柘植
不可欠なのは、先端科学を切り開く人材育成です。さまざまな知の創造を社会的価値創造に統合するΣ型統合能力人材を育てる必要がある。そのベースは、幅の広いリベラルアーツの素養を持つことです。もう一つは、社会的課題に対する論点の整理と解決のアプローチ方法をデザインする能力です。これは大学院でぜひ身につけてほしい。そういう人が産業界でリーダーになる。欧米の博士課程修了者は、生きた教育研究やイノベーションへの参加で、リーダーシップを担う強じんな意志と責任感を植えつけられています。これを日本の大学院教育の中で教育していただきたい。産業界は、大学のリーダーだけではなく、イノベーティブな産業やビジネス界のリーダー、博士課程修了者を欲しがっている。そういう時代が来なかったら、日本はそのまま沈んでしまうと思います。
小笠原
企業で修士卒の学生を研究職として採用してオンザジョブトレーニングするのが、日本のモデルだった。しかし、欧米の企業ではドクターの学位を取っていないと研究者として扱ってくれない。その問題に今後、日本の企業がどう対応していくかです。博士課程の指導も、そういう視点で、教育プログラムも含めて考えていくことが必要になってくる。一方で、学生の博士号取得者の評価を日本もグローバルスタンダードに合わせてほしいというのが、大学で実際に教育に携わっている者としての認識です。
中小路
私がアメリカで取った学位はPh.D.です。ドクター・オブ・フィロソフィー、つまり哲学博士なわけです。もっと正しく言えば哲学博士、イン・コンピューターサイエンスですね。そこでは、問題が何かを論理的に説明する力と、意見の異なる相手をどう納得させるかという力を学びました。自分の考えていることの正しさや、自分の問うている問題が社会から見ていかに重要なソリューションか、そして、そういうことができると世の中はどうなるかを語って、初めてドクターをもらえるのです。研究領域に加えて、論点の整理と解決のアプローチをデザインする能力は、ドクターに必須のものだと思います。Ph.D.の人たちが持っているスキルは、フィロソフィカル、ロジカルに物事を見て説明するというスキルだと思います。修士と博士はその違いです。だから欧米の企業ではPh.D.が重宝され、企業の組織のトップになる。どうも、日本は違うような感じがします。
尾関
修士もそうですが、博士課程へ行っても実験をしてデータを出して終わってしまう傾向があるのですか。
中小路
情報通信分野は、そもそも研究の価値を語らないと、よくわからない分野なのです。純粋な工学だと、数字が上がると「より早くなりました」「より軽くなりました」となる。ライフサイエンスでも「より長寿です」「寝込んでいない日がより多いです」というのは誰にでも分かりやすい価値の軸です。情報通信の、特にアプリケーションシステムが関わる分野に関して言えば、何が軸かよくわからないのです。そういう分野では、研究の価値そのものを論理的に語らないと世界とは戦えません。その点において、日本の情報通信の研究者はとても弱い。自分の研究室の先生が描いた枠の中で一生懸命戦っていて、それがいかに価値があるかを主張する訓練をあまりしていません。日本の研究者コミュニティーの間でもそこに重きを置かない。中国や韓国は、国や研究コミュニティーが小さかったり、まだ新しかったりするので、欧米に出て互角に戦っています。情報通信分野では日本が取り残されている感があります。
カセム
私は、学部教育をスリランカで受け、大学院が日本でした。都市工学、建築にとどまらず、都市計画と地域開発に入り、そこから農業などを経由して、ライフサイエンス分野に戻り、フォトニクスと細胞の研究をやり始めている。なぜこのように進化してきたかというと、やはり周りにある課題に関心があるからです。その関心を追いかけて行動すると、もう一つ先が見えてくる。研究とは終点がない旅のようなものです。それに耐えるためには、ロマンがないと駄目です。ロマンをどう我々が後世代に伝えるかだと思います。選手をトレーニングするコーチのように、叱ったり慰めたり、いつ押せばいいか、いつ引けばいいかを探る。それがPh.D.を育てることだと思うのです。日本は古典的な博士号養成では欧米でPh.D.を育てることと違って、自分の考えを包括的に見た上他人に伝えて説得することに重点を置かれてない。それよりも、職人のようにデータを集め、分析したり解析したりする中で、だんだん自分の中に入り込み無口で人に成果を評価してもらうという文化です。今、日本の博士号研究は、欧米型になろうとして、中途半端になっている。昔の良さも失い、かつPh.D.にも至っていない。私は、無口な職人でもいいと思うのです。無口な職人集団に異質な人間を入れて、みんなの語り部をつくるとか、やり方はいくらでもある。日本の高等教育の上流にいる博士号養成は、日本型、職人型の良さを、再び分析しながら、Ph.D.の良さをどう取り入れるかということを考えなければいけません。
小笠原
博士課程というのは、単に研究すればいいという問題ではありません。ちゃんとコミュニケーション能力やグローバルな対応力がある博士をつくろうということで取り組んできていると思うのです。しかし、学位授与規程を読むと「博士課程は、研究者として自立して研究活動を行うための高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識」と書いてあります。ですが実際の博士修了の要件は、文部科学省の規則では、その大学院の博士論文の審査及び試験の合格と書いてある。だから私たちも博士論文の審査結果と試験の審査結果で、学生に最終的に学位を授与している。しかし、何を試験するのか、学位論文の審査といったときに、何を審査するかというのが曖昧です。昔は教授が自分の後継者として認定したという意味での博士だったわけです。しかし今は大学のシステムとして、積極的に研究開発に寄与する博士人材を世界に送り出すことが使命になっている。すると、いわば学位の審査は、主体的に研究を進める能力やクリエーティブシンキングなどが身についているかを測るものでないとおかしいのです。大学の中で混乱が起こっているのは、全体として昔の博士のイメージを背負ったままだからだと思います。

世界で通用する人材を育成するため
大学院大学に必要な要素とは

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尾関
みなさんは大学院大学に対して、何を求めますか。
中小路
研究はクリエイティビティーで支えられているところが非常に多い。研究者が生き生きとして、こんなことをしたら面白い、こんなことが見たいという思いが原動力になっています。そこを社会全体で認めてあげられるようになればいいなぁと思います。大学院大学の中では、楽しさを学生に伝えてもらえればと思います。そのためには、教員が楽しく研究していないと駄目です。奈良先端大は、楽しく研究している背中を若い人たちに見せてあげられる大学院大学であってほしいと願います。
柘植
大学院の使命の土台にある学部教育は、新リベラルアーツ教育の強化がキーワードになると思います。まずは伝統的なリベラルアーツ教育に加えて、文理を問わず科学技術リベラルアーツを教える「新リベラルアーツ教育」を強化することが必要です。大学院教育については、世界レベル化が大命題です。教育と研究とイノベーションの一体的な推進の仕掛けを構築せねばならないと思うのです。欧米の生きた大学院教育研究は、まず先生を介してリアルワールドとつながり、生きた教育研究がされています。それに参画することで、大学院生はリアルワールドと結合した、棚ぼた的でない、生きた経済的支援を学びます。世界レベルでは、教育と、研究とイノベーション参画、それから経済的支援が一体となっています。現在の日本の博士課程は“一石三鳥”になっていない。教育と研究とイノベーションの一体的な推進の中で、自然と専門能力と要求されている社会人能力を身につけられるようにすべきです。
カセム
まず、大学院大学も、複数の大学の学部と共同するのがいいのではないかと思います。時折大学の1年生が、ポスドクを驚かせるような質問をすることがあります。「王様は裸じゃないですか?」というような質問です。でもそれが研究課題の掘り下げに貢献する場合もある。もう一つ、やはり研究とは人間ありきです。高齢化して人間が減っていく日本は、世界のベスト・アンド・ブライテストを呼びかける努力をするべきです。これは大学の大きな課題だと思います。それから研究費が年々高くなって、1大学でも1国でも研究ができなくなってきている。だから、国内外の機関のコラボレーションの環境形成と、世界中からベスト・アンド・ブライテストが育つことが必要です。大学が科学技術に貢献するのであれば、それがあるべき姿だと思います。
尾関
博士というのは、どこか哲学が内在していて、そこには必ず人間というものが入っている。そういう意味で、人間により近い学問という学科学を、大学院大学にやってほしいということですね。本日はありがとうございました。

パネリスト

  • モンテ カセム 氏

    モンテ カセム 氏
    学校法人立命館 総長特別補佐
    立命館大学国際平和ミュージアム 館長
    スリランカ・コロンボ生まれ。1970年スリランカ大学建築学科卒業。82年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得。国際連合地域開発センター主任研究員等を経て、94年立命館大学教授に。2004年~12年学校法人立命館副総長、また04年~09年には立命館アジア太平洋大学長を務め、13年1月から現職。専門分野は環境工学。
  • 柘植 綾夫 氏 (つげ あやお)

    柘植 綾夫 氏 (つげ あやお)
    日本工学会会長
    1967年東京大学工学部船用機械工学科卒業。73年東京大学大学院工学研究科博士課程修了。69年三菱重工業(株)本社技術本部技術管理部入社。同社取締役技術本部長、代表取締役・常務取締役技術本部長などを経て2005年同社特別顧問。07年内閣府総合科学技術会議常勤議員。同年芝浦工業大学学長。11年から日本工学会会長。文科省科学技術・学術審議会委員、日本学術会議会員。日本工学アカデミー会員をはじめ要職を歴任。主な研究分野はエネルギー変換、熱工学、原子力発電、技術経営。著書に「イノベーター日本」(オーム社)など。
  • 中小路 久美代 氏 (なかこうじ くみよ)

    中小路 久美代 氏 (なかこうじ くみよ)
    京都大学学際融合教育研究推進センターデザイン学ユニット特定教授
    (兼)株式会社SRA先端技術研究所長
    1986年大阪大学基礎工学部情報工学科卒業、同年(株)SRA(旧名称:ソフトウェアリサーチアソシエイツ)。米国コロラド大学コンピュータサイエンス学部からM.S.(1990年)及びPh.D.(1993年)。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科認知科学客員講座客員助教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授を経て、2013年から現職。専門はヒューマンコンピュータインタラクション、ソフトウェアデザイン及び創造活動支援。特に知的創造作業のためのナレッジインタラクションデザインに関する研究。ミュージアム体験のデザイン、ソシオテクニカルなソフトウェア開発支援等のプロジェクトに従事。
  • 小笠原 直毅 (おがさわら なおたけ)

    小笠原 直毅 (おがさわら なおたけ)
    国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学長
    1947年生まれ。理学博士(名古屋大学85年8月)。専門分野は微生物学・ゲノム生物学。75年9月東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学。金沢大学がん研究所助手、大阪大学医学部助手、講師などを経て93年4月奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科教授。2007年同大学理事・副学長。09年先端科学技術研究調査センター長(改組により10年8月~先端科学技術研究推進センター長)。13年4月より現職。日本ゲノム微生物学会会長。日本学術会議連携会員。

コーディネーター

  • 尾関 章 氏 (おぜき あきら)

    尾関 章 氏 (おぜき あきら)
    元朝日新聞論説副主幹/科学ジャーナリスト
    東京都生まれ。1977年朝日新聞入社。83年から科学記者。ヨーロッパ総局員、大阪、東京両本社の科学医療部長、論説副主幹、編集委員などを務めた。主に宇宙論、量子論、素粒子物理、生命倫理など基礎科学とその周辺を取材。ブック・アサヒ・コムでコラム「文理悠々」を連載中。著書に「量子論の宿題は解けるか」、共著に「量子の新時代」。