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04月22日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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広告特集 企画・制作 朝日新聞社メディアビジネス局

時代を超えて愛されるお酒。そのエピソードを紡ぐ。

  • 男が惚(ほ)れる男が少なくなって久しい。
    俳優にせよ、スポーツマンにせよ、もの書きにせよ、政治家にせよ。
    ひとつの理想に向かっていくことが難しいこの平成の世に、圧倒的なヒーローはなかなか生まれないものだ。

    あの頃は、違っていた。
    戦後の日本を復興させようと、誰しもが懸命だった昭和という時代。
    類まれなるリーダーシップを発揮した、吉田茂。政治手腕で、丸眼鏡に背広のチャーミングな風貌で、そして人柄で、多くのニッポン人から敬愛され、名宰相と呼ばれたのである。
    貫禄。そのような言葉が、彼にはよく似合う。

    たとえば酒の飲み方ひとつをとっても、とにかく格好がいい。
    彼が愛したのは英国のウイスキー、オールドパー。
    グラスに氷をカランカラン、オンザロックでご機嫌に、あるいは沈思黙考、ストレートで飲んだのか。

    隠居した後の大磯邸を訪ねた若い政治家にも、この酒をふるまい、ニッポンの行く末をいつまでもいつまでも語り続けた。
    ダンディズム。この言葉には、そんな男への思慕が込められている。

    AERA STYLE MAGAZINE
    編集長 山本晃弘

  • 宮本 亜門 Amon Miyamoto
    演出家。1958 年、東京都出身。ミュージカル、ストリートプレイ、オペラ、歌舞伎など、ジャンルを超える演出家として国内外で幅広い作品を手がけ、今年、演出家30 周年を迎える。2018 年春にはフランスの歌劇場にて、オペラ「金閣寺」(三島由紀夫原作、黛敏郎作曲)を演出予定。

    富士山が眺められる大磯の吉田茂邸。
    吉岡専造撮影/朝日新聞社

  • ワンマン宰相と揶揄されながら慕われた人柄に魅力を感じます

  • 神奈川県大磯町、相模湾を見晴らす丘に旧吉田茂邸はある。かつて国内外の要人が訪れたという「金の間」で北康利氏、宮本亜門両氏が昭和の名宰相の生き様を振り返った。

    宮本「富士山の眺めがすばらしいですね。今私たちがいるのは、吉田茂の全てを物語るといって過言でない場所だと思うのですが」

    「本当にそうですね。素晴らしい邸宅で驚かれたのではないですか?」

    宮本「徹底的に日本の美意識を追求しつつ、サンルームなど西洋の良さも採り入れられていますね。ちょっと驚きました」

    「美学の結晶ですね。残念なことに2009年にほぼ全焼してしまいましたが(※2017年4月再建)、サンフランシスコ講和条約にちなんだ冠木門、七賢堂、サンルームや庭園が往時の姿を残しています。吉田茂とはどんな男だったかが体感できる、実に貴重な場だと思います」

    宮本「占領下という未曽有の事態に立ち向かった大宰相にして、人間的な魅力にもあふれていたと。非常にユーモアがあったそうですね」

    「GHQで初めてマッカーサーと面会したとき、葉巻を勧められましてね。すると『マニラ産ですか、結構です。自分のを吸いますから』と最高級のハバナ産の葉巻を取り出して、『閣下もいかがですか』と」

    宮本「いい度胸をしているなあ(笑)」

    「敗戦国だからといって媚こびない。GHQからの要求もユーモアで切り返し、時には面従腹背でとぼけている。『戦争に負けても外交で勝った歴史がある』と言ったそうですが、元外交官の矜持(きょうじ)でしょう。その気概がマッカーサーの心を捉え、後に友情まで芽生えたのですから」

  • 吉田茂が定宿とした城西館にて、先代の女将である藤本楠子氏と。

  • 高知・城西館には、吉田茂が愛飲していたオールドパーのボトルが今なお保管されている。

  • 北 康利 Yasutoshi Kita
    作家。1960 年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行に入行。現在は作家として歴史上の人物を取り上げた著書を多数執筆。『白洲次郎 占領を背負った男』で第14 回山本七平賞を受賞。

  • 焦土となった祖国の復興と独立を実現した大宰相です

  • 外交官時代は開戦阻止に奔走し、戦中は早期終戦に動いて投獄。戦後はGHQと渡り合い、復興の礎を築いた。その強烈なリーダーシップは〝ワンマン〞とも称された。

    宮本「時勢に流されず、昨今の政治家のように徒(いたず)らに民意を追うこともない。そのぶれない姿勢はどこからくるのでしょう」

    「むしろ国民とは啓蒙し引っ張っていくものだと考えていましたね。そのためにはリーダーたるもの、一流を知り、一流の人物と交わって最高レベルの情報を持っていなければならないという自負があったのでしょう」

    宮本「側近にはあの白洲次郎もいました」

    「英国大使の頃に知り合い、共に大英帝国を肌身で知っていたことは大きかったと思います。それからすると、アメリカや占領軍も何するものぞというわけです」

    宮本「本場のダンディズムを知っていた点も共通していますね」

  • 大磯の邸宅の前にて。邸宅前には池を中心とした庭園が広がり、よく散歩をしていたと言われている。
    吉岡専造撮影/朝日新聞社

  • 「口癖は『いいものはいい』。服、靴は特にこだわっていて、身に着ける順番も決まっていたそうです。彼にとってダンディズムとは、いわば〝戦闘服〞のようなものだったのではないでしょうか。外で戦うためには一流を身に着け、一流の知識を携えていなければならないと。完璧に装うことで戦闘モードへ切り替えていたのだと思います」 
    一線を退いた後は配下から首相、大臣を輩出。「吉田学校」と称された。

    宮本「彼を慕う若手政治家にとって、オールドパーは特別なお酒だったそうですね」

    「有名なのはある大物政治家のエピソードです。首相の座を狙っていた頃のことですが、何回大磯を訪れてもなかなか会ってもらえない。ある日ようやく、上がりなさいと。そのとき振る舞われたのがオールドパーだった」

    宮本「オールドパーを飲ませてもらったら、吉田茂に認められたというわけですね。どんなことを語り合っていたのでしょう」

    「この琥珀色の向こうに世界を見ていた、イギリスを見ていたんだと思いますね。かつて大英帝国がどのように覇を成し、どう一流国になっていったのか。これから日本を一流国にするためにはどうしたらいいのか。そんな話をしていたんじゃないでしょうか」

    宮本「一流を飲んで一流を考える。まさに吉田茂のダンディズムそのものですね」

  • オールドパーを愛したニッポンの男たち NIPPONダンディズム ~文豪・池波正太郎 昭和の貫禄~

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  • オールドパーを愛したニッポンの男たち Vol.1 酒はウイスキー党で、もっぱらオールドパーを愛飲した。
  • オールドパーを愛したニッポンの男たち Vol.2 文人たちの創作活動の傍らには、このウイスキーがあった。
  • オールドパーを愛したニッポンの男たち Vol.3 時代を超えて愛されるウイスキーを片手に、紡ぎ出されたエピソードに酔いしれる。
男がほれる男には、きっと貫禄がある。この貫禄、オールドパー。詳しくは、oldparr.jp へ MHD モエヘネシーディアジオ株式会社

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