「大学に入り、生きる道を
じっくり考えることができた」

社会が激変する中、ほかにはない独自性や特長を打ち出し、ブランド力を高めている大学が増えてきています。同時に大学は学生が主体的に考え、行動する力を養い、“自分らしさ”というオンリーワンのブランドを築ける場でもあります。声優・俳優として活躍する古谷徹さんに、大学に通うことで得られたことについて、教えてもらいました。

INTERVIEW
古谷 徹さん
声優・俳優
ふるや・とおる/1953年神奈川県生まれ。明治学院大学経済学部卒業。15歳から演じた『巨人の星』の星飛雄馬の声でブレイクし、『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイ役で人気を不動に。『ドラゴンボール』のヤムチャ役、『ONE PIECE』のサボ役、『名探偵コナン』の安室透役ほか、代表作多数。

芸能活動をいったん休み
将来を考え直すために大学へ

──高校時代、『巨人の星』の星飛雄馬役で声優としてすでに脚光を浴びていた古谷さんが、大学進学を決めた理由をまずお聞かせください。

 声優は10歳からですが、僕は5歳で児童劇団に入り、小学校より撮影所にいる時間のほうが長いという子ども時代を過ごしました。ただ、もともとは芸能の世界が好きな母が、息子にこの道に進んでほしいという思いがあったからで、自分で選んだわけではなかったのです。そこで、『巨人の星』が高校3年生のときに終わったのを区切りに、大学を受験しました。大学に入り、あらためて自分がどんな仕事をしたいか考えてみようと思ったのです。この世界に戻るにしても、一度きっぱり辞めて、大人の芝居を勉強し直して再び入ればいい、とも考えていました。

──経済学部を選ばれたそうですね。

 経営学を学びました。中学でバンドを始め、音楽の世界に魅了され、将来は食事しながら音楽のライブや芝居がみられるライブハウスを持ちたいと考えていたからです。実家が豆腐店で、自分が接客業に向いているとも思っていました。

──大学生活はいかがでしたか?

 楽しかったです。それまでは学業と芸能界の仕事を必死で両立する日々でしたから。一人暮らしを始め、同級生とビリヤードなどをしたり、生活が変わりました。特に、ゆっくり考える時間が持てたのは、本当に良かったです。

──その中で、生きる道を決めたのですね。

 当時は第一次オイルショックのあとの不景気で、就職は公務員がいちばん人気でした。僕も親戚が公務員でしたので勧められましたし、家業を継ぐ道や会社員になる選択肢もありました。でもやはり、『巨人の星』との出合いが大きかった。あの作品を通して感じた芝居の難しさや達成感が忘れられず、大きな勲章をもらったような気もしていました。すごく不安でしたが、そこに賭けてみようと決心したのです。

自分らしさを構築できた
大学ならではの学びとは

──大学で学んだことを教えてください。

 一つは、明治学院大学でしたので、他人に奉仕するというキリスト教の精神が、自分の生き方や仕事のベースに影響していると思います。あと言葉は悪いですが、ある意味要領よく人生を生きられるようになりました。例えば壁にぶつかったとき、問題提起して自分に足りないものは何かと考え、克服するための情報を集め、それらを咀嚼(そしゃく)して対策を練って実践するという一連のプロセスを、獲得したわけです。社会を知り、自分なりの考え方を身につけられましたね。

──声優の仕事、自分らしさを築く上で、今に生かされていると感じることはありますか?

 役づくりへのアプローチやビジネス的な視野を組み立てられるようになったのも、大学で学んだからだと思います。『機動戦士ガンダム』との出合いは25歳のときですが、熱血ヒーローから脱却したいと思っていた僕には、戦いたくない主人公、ナイーブな少年のアムロ・レイはまさにぴったりな役でした。飛雄馬とアムロという対極のキャラクターでブレイクしたことで、自信もできました。声優を目指している人にも、大学で学ぶことは勧めたいですね。

──では、受験生にはどんなアドバイスを?

 大学に進学することは、絶対に無駄にならないと思います。受験勉強の時間も長い人生の中ではあっという間の出来事ですから、あきらめずに頑張ってほしいです。具体性のあるビジョンを持つといいかもしれませんね。僕の場合、大学生の頃には「30歳までに一軒家、40歳までに別荘を持とう」など、物理的な夢もありました(笑)。それを一つひとつ実践してきましたが、勉強も仕事も、何らかの目標を持つことで頑張れるのではないでしょうか。

INTERVIEW