色々なことに挑戦した大学時代、
アナウンサーの夢を見つけました。

変化が激しく、先の予測が不可能と言われる時代。そんな中においても、未来につながる教育を担い、研究を通して社会の課題に挑み続けるのが大学です。テレビやラジオなどで幅広く活躍するアナウンサーの市野瀬瞳さんに、自らの経験を踏まえ、大学で学ぶ意義について語っていただきました。

INTERVIEW
市野瀬 瞳さん
フリーアナウンサー
いちのせ ひとみ/1984年新潟県生まれ。横浜国立大学経済学部を卒業後、NST新潟総合テレビ入社。2012年より中京テレビ放送で「ストレイトニュース」「オードリーさん、ぜひ会って欲しい人がいるんです!」など人気番組に出演。2020年4月フリーに転向し、東海ラジオ「山浦ひさし!イチヂカラ!」金曜アシスタント、ZIP-FM「DRAMA QUEEN」でレギュラー出演中。

違う世界を見てみたい!
憧れの地で刺激的な日々

──市野瀬さんはどんな高校生でしたか? 進学を考えた時のこと、志望大学と学部を選んだ理由も教えてください。

 高校生の頃は、4歳から続けていたバレエ一筋。毎日レッスンに通い、将来はバレエの先生になりたいと考えていました。ところが高3で体を壊し、このまま続けるのは厳しいとなった時、生まれ育った新潟を出て、知らない地の大学で違う世界を見てみたいと思いました。頭に浮かんだのが横浜。憧れの都会で、港町が好きだったこともありました。学部は、母がかつてラジオのパーソナリティーだったことから、何となくメディアに興味があり、経済学部なら世の中の流れを詳しく知ることができ、その道へ進んでも役立つのではと考えて選びました。

──受験はどうでしたか? アドバイスもあればお願いします。

 まずストレスをためないようにし、眠い時は我慢せず、睡眠もちゃんと取りました。塾で仲良くなった子が、ライバルではなく、一緒に頑張れる存在になったことも支えになりました。大きかったのは、合格通知をもらう自分を強くイメージしたこと。これは絶対お勧めです。

──そして始まったキャンパスライフ。どんな日々を送りましたか?

 帰国子女や留学生も多い国際色豊かな大学で、それまでいた世界とは全く違う環境。毎日が刺激の連続でした。特に経済学部のゼミは、志が高くエネルギッシュな人が集まっており、その仲間と共に学び、遊ぶ時も一緒でした。アルバイトも色々経験しました。3年生の時にテレビ神奈川が募集した女子大生リポーターに選ばれたのですが、マイクを通じて伝えることが新鮮で楽しくて、自分に向いているかもと思い、そこでメディアへの漠然とした興味が、アナウンサーという明確な夢になりました。

大学で学んだ、得たことが
伝える仕事にも生きる

──アナウンサーとしてNST新潟総合テレビ、続いて中京テレビ放送で活躍してきました。

 NSTではアナウンサーだけでなく、原稿書きやテロップを考えること、カメラ撮影まで、何でもこなしました。とてもいい経験でしたが、いつしか、もっと伝え手としての力を発揮したいという思いが膨らみ、思い切って転籍にチャレンジ。その時も中京テレビで働いている自分をイメージしましたね。入社3日後にオードリーさんの新番組の収録があり、ぶっつけ本番で第二のアナウンサー人生がスタート。他にも伝える仕事をたくさん手がけられたので、チャレンジして本当によかったと思っています。

──大学での学びや経験は仕事にどうつながり、役立っていますか?

 具体的なところでは、ミクロ経済とマクロ経済を学んだことで物事を相対的に見られるようになり、経済に関わるニュースを伝える際はもちろん、あらゆるところで役立っています。私のいた経済学部は心理学の授業も受けられたので、そこで学んだ基本は伝えるということに大いに役立っています。また、多様な人が集まる環境にいたことで、自分と180度違う考えも、驚いたり違和感を持ったりすることなく、純粋に意見として受け入れられるようになり、それは特にインタビューの時の聞く力になっています。仕事に対する姿勢に生きているのは、志の高い仲間、先生から受けた影響。常に志を高く持ち続けたいと考えています。

INTERVIEW