
Do for Others
明治学院大学は、アメリカ人宣教医師J・Cへボンが1863年に開設した「へボン塾」を淵源(えんげん)としたキリスト教による人格教育を受け継いでいる。創設者へボンが貫いた精神は、“Do for Others(他者への貢献)”だ。明治学院大学ボランティアセンターのセンター長・杉山恵理子心理学部教授は、その精神こそが学生自身の考える力を養うためにも、心の発達のためにも大切だと話す。
「“Do for Others”は『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』です。そのためには、自分がしてほしいこと、自分の望みが何かをまず明確にしなくてはなりません。自分を知り、誰のために何ができるかを考え、自分の限界を痛感し、それを乗り越えて他者とつながり、共有できる喜びを知る。そのようなプロセスを経て、社会生活のあらゆる場面で、他者への貢献を考えることのできる人へと成長するのだと考えています」
1998年、全国に先駆けて学生と教職員とがパートナーシップを築きながら活動する「ボランティアセンター」を設立した。東日本大震災後の復興支援では、これまで延べ1800人ほどの学生が、東北でのボランティアを続けている。
また、2016年度には、正課カリキュラムとボランティア活動の有機的関連を深め、学びを統合する目的で「明治学院大学教育連携・ボランティア・サティフィケイト・プログラム」を開始した。これは、ボランティアを通して他者を理解する力、問題を発見し、解決する力、コミュニケーション力、大学や現場で主体的に学ぶ力、キャリア(生き方)を探求する力を養い、それを専門の学びに生かすためのプログラムだ。
「本学の正課カリキュラムには、全学で毎年70以上の講義のシラバスに『ボランティア』という言葉が含まれています。大学での最も本質的な学びは、正課カリキュラムによるものだと私は考えています。しかし、講義など机上の学びだけでは腑(ふ)に落ちる体験となりにくく、知識の積み重ねになってしまう場合もあるでしょう。ボランティアという体験を通すことで、体験と学習の相互作用で、より深く多面的で骨太な学びとなるのです。例えば東日本大震災の復興支援で『吉里吉里カルタ』を作る活動を通して吉里吉里地区(岩手県大槌町)の歴史や文化、地域の思いを知るうちに、言葉が深くその文化、風土に根ざしていたと知り、専門の英文学への興味がより深くなった学生もいました。被災した方々への聴き取り活動を専門である臨床心理学へと生かす学生もいます」と杉山恵理子教授はその意義について語る。
誰かのためを思い行動することが自分の学びに生き、自己の成長につながっていく。“Do for Others”の精神は、隣人と生きる世界市民を育成していく。
ボランティアに関する情報の充実とともに、明治学院大学には学生がボランティア活動に継続して参加できるよう「ボランティアファンド」など、ボランティアを支える仕組みも多く存在する。
「ボランティアファンド学生チャレンジ賞やGakuvo Style Fundなど、本学にはボランティアを支える仕組みもあり、ありがたいことに卒業生などの関係者がそれをずっと支援して下さっています。大なり小なり誰かのために考え、行動することが当然という風土の中で育つことで、それが当たり前になっていくのでしょう。卒業生の就職先からも『人を思える、人に信頼される』という声を多くいただきます。実践と学び(授業)の循環で得たことは、社会人となってからも大いに役立つはずです」
また、明治学院大学には、多様性を理解した、未来の共生社会の担い手を育成するための教育プログラムもある。実践と学び(授業)を通して行政、福祉、医療、ビジネスなどの幅広い現場で活躍できる学生の育成を行なっている。
ボランティア活動だけでなく、教育や研究において培っている“Do for Others”の精神と考え方が未来を担うしなやかな知性を育てていく。
『大学ランキング』杉澤編集長が見た「明治学院大学」
アメリカ人宣教師J.C.ヘボンによる建学の精神を表す言葉が「Do for Others」。誰かのために行動するには初めに自分自身を知り、そんな自分に何ができるかを考える必要があります。時には限界にぶつかることもあるでしょうが、それを乗り越えた先には他者とつながり、共有する喜びがあります。単なる理念を表す標語ではなく、学生の考える力を育て、人間としての成長を促す支柱として、現在もしっかり機能しているところが伝統校ならではだと思います。
全国に先駆け1998年に設立されたボランティアセンターを中心に、学生や教職員によるボランティア活動が盛んなことも明治学院大学の特徴です。2016年には正課カリキュラムとの連携プログラムも開始、また学生が継続的に活動に参加するための「ボランティアファンド」の仕組みもあります。大学と学生、どちらにとっても単なる課外活動や一過性の体験ではなく、教育の根幹にかかわるものとして捉えられている点がユニークだと感じます。