
考え抜く実学。
「逆境の時こそ、挑戦の機会」。今春、岡本英男学長が画面の向こうの学生たちに送ったメッセージは前向きだった。
「私たち人間は、孤立し思索する時間と、皆で集う時間とを往復して生きています。今は集うことはかないませんが、個を鍛える時期と覚悟を決め、オンライン授業に集中し、多くの書物に触れてください。そして再び集まった時、各々がじっくり学んできた成果を発揮してくれるのを楽しみにしています」
大岡信著『うたげと孤心』(岩波文庫)を引き合いに出し、大学という〝宴〟の場が無くとも、学びの熱を絶やさぬよう鼓舞した。その期待通り、4月中旬から全学で始まったオンライン授業(現在も継続中)では、「平時以上に充実した内容を」と各教員が工夫を凝らし、学生からは「入学以来、こんなに勉強したのは初めて」「普段より大変だけど面白い」といった声も聞かれるという。
今年10月、東京経済大学は創立120周年を迎える。大切な節目の年に思わぬ危機に直面することとなったが、「これまでの歩みも多くの苦難とともにあった」と学長は穏やかに語る。
実業家・大倉喜八郎が「国際社会で通用する新たな時代の商人」の育成をめざして大倉商業学校を創立したのは1900年のこと。渋沢栄一や帝国大学初代総長・渡邉洪基らも発起人に名を連ねた同校は以後、高等商業学校の名門として多くの有能な人材を育て上げる。しかし、戦争を機に状況は一変。赤坂校舎の焼失、敗戦による経済の打撃に加え、大倉財閥の解体、国分寺への移転と試練が続いた。
「戦後の極度の混乱のなか、バラックのような校舎で教師は講義を続け、学生は勉学に励んだそうです。さらに、学校再建と大学昇格に向けて、教職員・学生・卒業生が資金集めに奔走したといいます。困難に直面しながらも、自由な学問研究と質の高い教育を守り抜いた歴史を私は心から誇りに思う。喜八郎の志とともに、その底力も受け継いでいきたいと思います」
東京経済大学の実学教育を象徴するのが〝ゼミする東経大〟で知られる149のゼミ活動だ。
経済・経営・コミュニケーション・現代法学の4学部が開講する専門ゼミでは、「グローバルな格差問題を解決するには」「雇用環境の変化に企業はどう対応すべきか」「情報ネットワーク社会をどう生きるか」「若者の消費者被害を防止するには」など、各々の専門分野から社会を批判的に見つめ、次の時代を展望すべく研究に取り組んでいる。また総合教育系ゼミには、哲学、古典文学、プログラミング、天文学、地質学、生物学、コーチング等、多角的な思考力を養う教養科目がそろう。
「半世紀ほど前、本学の色川大吉先生とゼミ生が、五日市憲法の草案を西多摩で発見し、近現代史研究に大きな足跡を残しました。当時のゼミ生でその後研究者となった新井勝紘さんの著書『五日市憲法』(岩波新書)には、時の政府の歴史見解に対する率直な疑問や、次第に研究の世界へ没頭していく様子がいきいきと記されています。この熱く真剣な姿に、私は東京経済大学の教育の原点を見る思いがします。専門科目であれ教養であれ、学びの根底にあるのは『物事をどう考えるか』『我々はどう生きていくべきか』という問いです。自主独立の精神で課題に向き合い、主体的に考え抜く。本学はそういう場であり続けたいと思います」
潜在的な能力を引き出し、可能性を広げる東京経済大学の〝仕掛け〟は、ゼミだけではない。
例えば、難関資格取得を目指す学生をバックアップする「キャリア・サポートコース(CSC)」。簿記や公認会計士、税理士、公務員、司法書士をはじめとする専門学校の各種資格対策講座を割安に受けられる。ゼミやサークル活動と両立しながら、毎年多くの学生が華々しい実績を上げている。
また、語学力を磨きたいという学生に人気なのが、英語のネイティブ講師が常駐している「グローバルラウンジ コトパティオ」。毎日のように通いつめて海外留学の夢をかなえた学生や、TOEIC®でほぼ満点を獲得するまでになった学生もいるという。
さらに、全学部が集うキャンパスと風通しの良い組織が、有機的な学びを可能にしている。
「例えば『政治学』と『財政学』のように、他学部でも密接に関わる学問領域は多々あります。一つのキャンパスにいれば自由な学びの横断ができ、学部を超えた交流や共同研究も活発になされます。今後も、副専攻コースの設置、さらなる少人数教育への転換など、大胆な改革を検討していきます」
東京経済大学の教員や学生と接していると、その「結びつきの強さ」に驚かされることがある。研究室を開放し昼夜問わず指導に応じたり、時にはプライベートな相談に乗ったり。「○○先生と出会ってやりたいことが見つかった」「大学が楽しくなった」など、学生の言葉からも深い信頼関係がうかがえる。誰にでも居場所があり、自らを高められる学びがあり、厳しくも温かく見守ってくれる存在がいる。そんな環境で過ごす4年間はきっと、大きな飛躍の時となるにちがいない。
優れた商業人育成を掲げ創立された東京経済大学。現代社会での金融の意義を、同大学で指導する教員に聞く。
──全国の大学生が論文・プレゼンテーションで競う「日銀グランプリ」で、石川ゼミは2年連続最優秀賞を獲得しました。
今回、学生たちが注目したのは、親の所得格差がもたらす子どもの「教育格差」の問題でした。低所得者層にも低価格で良質な教育を届けるために考えたのが「大学の大学生による小学生のための学童保育」です。教員志望の学生にとっては報酬以上のメリットがあり、空き教室の活用は大学の地域貢献にもつながります。資金はクラウドファンディングで調達し、めざすは事業化。実現可能性を検証するため、東経大をモデルに周辺地域の学童保育の需要を割り出し、人件費や光熱費も算出しました。
決勝大会前のリハーサルでは、経済学部の先生方から非常に手厳しいコメントもいただきましたが(笑)、そのお陰で本番では堂々たるプレゼンテーションを披露。チームのメンバーはもちろん、先輩や他のゼミ生、教職員の方々と、皆でつかんだグランプリだと思います。
──金融論のゼミで「教育格差」を取り上げるとは意外です。
金融の役割そのものは今も昔も変わりません。それは「資金とリスクの移転を通じて、経済活動を円滑にし、社会を豊かにしていくこと」。ゼミでは、金融技術を用いて社会課題を解決する方法を模索・分析することで、こうした金融の本質を理解し、今の経済の現場で起きていることとその本質とを結びつけて考える力を養います。
──コロナと共存する時代、金融の役割をどう捉えますか。
社会の局面が変わりつつある今、「これからの社会に価値をもたらす企業」が株式市場でいち早く評価され、そこにお金が流れるという循環を作り上げることが必要です。近年、関心が高まっているESG投資も観点は同様ですね。企業・社会を見つめる投資家の知性がより一層求められる時代になるといえるでしょう。
新しい時代を支える金融、皆さんも学んでみませんか。