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好景気に沸く1960年代、銀座みゆき通りにロペ1号店誕生

幸せなら手をたたこう……そんなハッピーな曲がヒットした1964年は、東京オリンピック開催の年。その夏、突発的に「みゆき族」が大流行しました。戦後の復興期が終わり、1960年代に入り高度経済成長期を迎え、好景気の明るい雰囲気が日本を包むなか、海外からの文化や物品が流入。自由な思想を得た若者たちが、ファッションならば銀座、音楽ならば新宿に集い、新しいカルチャーを続々と生み出していきました。みゆき族もそのひとつ。男性はアイビールックに「VAN」や「JUN」の袋を抱え、女性は白いブラウスにローヒール、ロングスカートにリボンベルト。銀座のみゆき通りを闊歩(かっぽ)する彼らの姿は、日本のファッションの夜明けを象徴するものとなりました。

もっと自由に、もっと前へ! 新しい時代に向かうパワーがみなぎっていた 1968年、みゆき通りに華々しくオープンしたのが、ロペ1号店です。「女のための男服」「少年半分、少女半分」といった革新的なテーマを掲げ、今でいうジェンダーレスのスピリットを持つロペは、マニッシュな服も着こなせる新しい女性像を築き上げました。誕生当初は5坪という小さなスペースでしたが、流行に敏感な若者たちで大にぎわい。銀座の同じエリアにはJUNグループのJ&R、ヒズミス、DOMON、サントロペやレストランのベビーフェイス、銀座初のディスコJ&Rもあり、まだインターネットのない時代、この街こそが最先端の情報発信地となり、時代をリードしていたのです。

1970年代、日本と海外の文化が融合する時代

1967年にツイッギーが来日し、ミニスカートが大流行。1970年には日本中が注目した大阪万博が開催され、1971年にはマクドナルドの日本1号店が銀座に開店。洋画、洋楽も流行し、60年代以上に欧米カルチャーが若者たちの強い羨望の対象となっていました。その一方で、1972年にモデルの山口小夜子がパリコレに初登場。切れ長の目と黒髪のミステリアスな雰囲気はこれまでのモデルとは一線を画す魅力があり、1977年には雑誌「ニューズウィーク」の「世界のトップモデル6人」にアジア人として初めて選ばれました。ファッションシーンにおいて、70年代は欧米を追いかけながらも日本的なものを再認識し、相互の文化が融合していく時代でした。

1973年、世界中の美意識に多大な影響を与えた巨匠リチャード・アヴェドンに映像製作を依頼し、アメリカの女優でモデルのローレン・ハットンを起用してCMを撮影。モデルのメイクアップシーンをドキュメンタリータッチで撮影した映像は、今見ても大胆で斬新。当時、海外からのヒップなクリエーションを追い求めていた若者たちからセンセーショナルなものとして受け止められ、また、極めて高い芸術的評価を得ました。「女のための男服」としてジェンダーを超えたファッションや、従来にない価値観を提供するロペの精神は、常に新しいものを渇望していた若者たちの感覚に合致していたといえるでしょう。

70年代後半、原宿エリアでカルチャーが花開く

1972年に明治神宮前駅が完成、1977年に歩行者天国開放、1978年にラフォーレ原宿がオープン、このころから竹の子族ブームと、カルチャーを牽引する場所は原宿へ。糸井重里が事務所を構え、YMOや著名な写真家、イラストレーターが多数出入りしていたセントラルアパートが象徴的な存在でした。また、音楽シーンでは、1971年に作曲家デビューしていた松任谷由実(当時は荒井由実)が、1974年から本格的な活動をスタート。その後、中島みゆき、竹内まりやといった女性シンガーソングライターがデビューし、男性作詞家目線が多かった歌謡曲主導の音楽シーンを変えていきました。さらにこの時代、キャリアウーマンたちのユニフォームになっていたのが男性の背広のように肩を怒らせた仕立てのよいスーツ。1975年には国際婦人年が定められ、現代女性の生き方につながる萌芽が見られるようになったのです。

1975年、原宿・表参道に「カフェ ド ロペ」がオープン。オープンテラスカフェの先駆けとして知られ、パリのカフェと同様に本格的なマシンで抽出したエスプレッソやカフェオレ、当時は珍しかったペリエを提供し、「ここでしか味わえないものがある」と芸能人やモデル、クリエイターがこぞって集まるようになりました。デヴィッド・ボウイのスタイリングを手がけたことで知られる日本のスタイリストの草分け的存在でもある髙橋靖子氏は、カフェ ド ロペについて「磁石のように吸い寄せられる場所」「コーヒーでこれからの時代のことを語り合った」と語っています。若者の街前夜の原宿には、新時代をつくる女性が集まり、その中心にカフェ ド ロペがあったことが伺えます。

80年代、女性が強くたおやかに輝く時代へ

いよいよ女性が活躍する時代へーー。70年代後半に本格化したウーマンリブ運動は、1985年の男女雇用機会均等法成立につながりました。現在ほどではないとはいえ、70年代以前に比べると大きな前進となり、世は“キャリアウーマンブーム”に。バブル景気を迎えたことも相まって、女性たちは海外へ飛び出し、高級ブランド品も自分で買うようになりました。当時の女性たちの花形職業は、世界を飛び回るキャビンアテンダント。就職試験を前に、女子学生のなかには、夏休み返上でCAスクールに通い、言葉遣い、お辞儀、メイクといった身だしなみマナーの訓練を受ける人も。仕事も生き方も自分の意志で選ぶようになった女性たちは、華やかな色のスーツをまとい、時に自己を主張する強さを見せ、時に女性らしさを演出するようになったのです。

ブランド創設時からテーマにしてきた「女のための男服」のテイストを忍ばせつつも、女性らしさ、エレガンスを醸し出すことを忘れずにいたロペ。強さと女性らしさを併せ持つ、それはまさに当時の女性たちが理想とする女性像であり、はからずも「CAの面接に受かるスーツ」「彼氏の母親に気に入られるワンピース」とロペ神話として語り継がれるようになりました。エレガンスの象徴でもあるスカーフは、80年代から販売しており、当時、路面店の壁面に毎月「今月のスカーフ」として飾っていました。現在も旗艦店である恵比寿アトレ店では、エレガンスの象徴としてのスカーフが店内に飾られています。

90年代前半、音楽も服も“編集”する時代へ

バブルが崩壊し、かつての過剰な消費は収まりつつも、それほど深刻ではなく余裕があった時代。時代は段々と、ブランド名にとらわれず“いいもの”を志向するようになっていきました。音楽にもその傾向が見られ、既存のジャンルにとらわれず幅広い音楽を聴き込んだうえで生み出されるピチカートファイブ、フリッパーズギター、カヒミ・カリィなどの“渋谷系”ミュージックが瞬く間にヒットチャートに躍り出ていきました。また、音楽でサンプリングの手法がトレンドになったように、女性たちのファッションも自分の個性やスタイルに合わせてユーズドやインポート商品を選んで組み合わせるという多様性のあるスタイルに変化していきました。

1990年、JUNグループから、セレクトショップの草分け的存在である「アダム エ ロペ」が白金台に誕生。当時は現在の白金駅もなく閑静な街でしたが、それゆえに“あえてここに来たい”と思うこだわりの強いファッショニスタや芸能人、モデル愛用の隠れ家的ショップとして知られるようになりました。同店ではシンプルで上質、かつ着心地がよく、さりげなく個性が光るインポートアイテムを中心に展開。ファッションも音楽同様、プロの目を通して編集された“セレクトショップ”が台頭していく時代へ。女性の生き方が多様化するとともに、それぞれのライフスタイルにあったファッションを楽しむようになったのです。また、現在展開されている「ilk」というラインでは男女で着られる服を提案。ロペの「ジェンダーレス」の考えを継承しています。

90年後半、暮らしや家族へ価値観が転換

バブル崩壊、1995年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、1997年の山一證券廃業と暗い影を落とした90年代。バブル時代の仕事や消費に重きを置く価値観から転換が始まり、90年代後半になると季節を感じるていねいな暮らしや家族を大切にする人が増えていきました。ファッションもリアルクローズ(等身大)志向にシフトし、ショッピングの場所としても家族で楽しめる郊外型モールが急増。店舗も大型化し、服だけでなく日用雑貨などを取りそろえたライフスタイル提案型のコンセプトショップに、カップルや家族連れで訪れるシーンを目にすることが多くなりました。

1998年、ロペの上品なフレンチテイストを受け継ぎつつ、手ごろな価格でおしゃれを楽しめるインラインのブランドとして、「ロペピクニック」が登場。都市型商業施設として注目を浴びたお台場のヴィーナスフォートに1号店がオープンしました。ショップイメージは“雑貨屋さん”。服を買うだけでなく、暮らしを彩る雑貨や大切な人へのギフトを目的に訪れるケースも多く、家族や仲間と過ごす時間や記念日などを大切にしようとする世相を反映するライフスタイル提案型ショップとしてスタート。現ロゴにも受け継がれる犬と散歩をする女の子のイラストも世相を反映。忙しい時代に生きる女性たちにとって、ロペピクニックで過ごす時間は楽しみや癒しとなっていたようです。

ゼロ年代を越えて信頼と価値を生み出す――

インターネットの本格的な普及、スマートフォンの普及と、それまでの生活を一変させるような時代の大きなうねりのなか、2001年のアメリカ同時多発テロ事件、10年後の2011年には東日本大震災が発生。街も人も大きな傷を負い、人々の価値観は大きく揺さぶられました。さらに、人口減少、嗜好は多様化などにより、消費マインドは冷え込み、アパレル業界を含め各業界が苦戦を強いられることに。先行き不透明な時代、「モノ消費からコト消費へ」という言葉もよく聞かれるように。自分が信じるべきものは何か、人々は日々探さねばならない時代に突入していきました。

南仏サントロペに由来する「ロペ」から 、それぞれ個性豊かに成長してきたロペ、アダム エ ロペ、ロペピクニック。 2018 年、ロペ誕生50周年を機に、ロペシスターズ・プロジェクトが発足されました。プロジェクトでは、海外メゾンのフレグランスを多く手がける、フランス南東部グラースの調香師セリーヌ・エレナ氏が監修した「PARFUM ROPÉ」を発売。また、人気スタイリスト・辻直子氏ディレクションによるスペシャルコレクションが3姉妹ブランドから生まれました。何が正解かわからない時代。しかし、ロペがこれまで積み重ねてきた50年の時は揺るぎない事実です。常に女性をリードしてきた精神を未来へ引き継ぎ、ロペはさらに大きな信頼や新しい価値を提供していきます。