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里親になりませんか?子どもたちの健やかな成長のために里親になりませんか?子どもたちの健やかな成長のために

子どもの成長には、家庭で暮らす時間や経験がとても大きな役割を担っています。
ところが今、さまざまな事情で自分の家族と暮らせない子どもたちがいます。
彼らを自分の家庭に迎え入れ、温かい愛情と正しい理解でその成長をサポートする人が、「里親」です。
子どもたちの健全な成長のため、そして明るい未来のために、あなたにもできることがあるかもしれません。

里親体験談

  • 体験談1
  • 体験談2
  • 体験談3
  • 体験談4

里親になることをためらう理由なんて何もないと気づいた

古泉 智浩 さん
里親歴2年
新潟県在住。漫画家。代表作は『ジンバルロック』など。著書『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』がある。

結婚後、長く不妊治療を続けていた古泉智浩さん夫婦が「里親制度」に関心を持ったきっかけは、血の繋がっていない子どもと楽しそうに暮らす友人の存在だったという。

「仲の良い友人親子を見るうちに、血の繋がりだけが親子じゃない、と思うようになりました。同じ頃、里親制度や特別養子縁組を取り上げたテレビ番組を目にして、制度を利用してみないかと妻に話を切り出しました」

はじめは実子にこだわっていた奥さんも、里親制度の研修で訪れた児童養護施設で子どもたちと2日間過ごしたことで考えが変わった。

「どの子も見ず知らずの僕たちにとてもなついてくれて、切なくなるくらい可愛いんです。子どものいる家庭を切望する僕らの目の前に家庭で暮らせない子どもがいるのに、里親になることをためらう理由なんて何もないじゃないか、と僕も強く思いました」

2014年の冬、生後数カ月の男の子が古泉さんの家にやってきた。

「子どもが家にいるって光で照らされているようだなぁと思いました。その状態が今も続いている感じですね。2歳になったうちの子は今、イヤイヤ期真っ最中。先日もママに向かって『わかった、わかった、わかったよぉ〜』と、僕の口癖を完璧にコピーして言っているので驚きました。『子どもの前でヘンな言葉遣いはやめて!』と、僕が逆に妻に叱られました(笑)」

初めての子育てに励む古泉さん夫婦を支えているのは、一緒に暮らす古泉さんのお母さんをはじめ親戚や地元の人々、そして交流を深めている里親の先輩たちだ。

「今、特別養子縁組を希望しているところですが、血の繋がりがないことは自然に認識してほしいので、はじめからオープンにしています。それでもうちの子であることに変わりはないですから。数年後にもう一人くらい子どもを迎え入れて兄弟を作ってあげたい。それが僕の夢ですね」

里親になることをためらう理由なんて何もないと気づいた

結婚後、長く不妊治療を続けていた古泉智浩さん夫婦が「里親制度」に関心を持ったきっかけは、血の繋がっていない子どもと楽しそうに暮らす友人の存在だったという。

「仲の良い友人親子を見るうちに、血の繋がりだけが親子じゃない、と思うようになりました。同じ頃、里親制度や特別養子縁組を取り上げたテレビ番組を目にして、制度を利用してみないかと妻に話を切り出しました」

はじめは実子にこだわっていた奥さんも、里親制度の研修で訪れた児童養護施設で子どもたちと2日間過ごしたことで考えが変わった。

「どの子も見ず知らずの僕たちにとてもなついてくれて、切なくなるくらい可愛いんです。子どものいる家庭を切望する僕らの目の前に家庭で暮らせない子どもがいるのに、里親になることをためらう理由なんて何もないじゃないか、と僕も強く思いました」

2014年の冬、生後数カ月の男の子が古泉さんの家にやってきた。

「子どもが家にいるって光で照らされているようだなぁと思いました。その状態が今も続いている感じですね。2歳になったうちの子は今、イヤイヤ期真っ最中。先日もママに向かって『わかった、わかった、わかったよぉ〜』と、僕の口癖を完璧にコピーして言っているので驚きました。『子どもの前でヘンな言葉遣いはやめて!』と、僕が逆に妻に叱られました(笑)」

初めての子育てに励む古泉さん夫婦を支えているのは、一緒に暮らす古泉さんのお母さんをはじめ親戚や地元の人々、そして交流を深めている里親の先輩たちだ。

「今、特別養子縁組を希望しているところですが、血の繋がりがないことは自然に認識してほしいので、はじめからオープンにしています。それでもうちの子であることに変わりはないですから。数年後にもう一人くらい子どもを迎え入れて兄弟を作ってあげたい。それが僕の夢ですね」

古泉 智浩 さん
里親歴2年
新潟県在住。漫画家。代表作は『ジンバルロック』など。著書『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』がある。

いろんな親子、いろんな家庭を許容できる社会に

渡邊 守 さん
里親支援団体/特定非営利活動法人キーアセット 代表
北海道生まれ。日本福祉大学卒業。オーストラリアの大学院でソーシャルワークを学んだ後、2010年に里親支援に関する事業を行う特定非営利活動法人キーアセットを設立。

日本中に養育里親家庭が広がることを願い、大阪を拠点に活動を展開しているNPO法人キーアセット。

「日本にはさまざまな事情から、家族と離れ、児童養護施設などで暮らす子どもが約4万6千人います。施設の方々はそんな子どもたちを支えようと奮闘されていますが、子どもが健やかで自分らしい生き方をめざせる大人に成長していくためには、やはり地域社会に根ざした本物の家庭、養育里親家庭が必要です」

と話す代表の渡邊守さん。家庭とは、経済状況や時代、政治や文化に左右される脆弱な存在だ。

「だからこそ、家庭で子どもを育てるためには地域社会と繋がる必要があります。そして、悩んだり、迷ったりしながら家庭生活を営んでいる大人の姿を目の当たりにしながら暮らすことで、子どもたちは将来自分が社会に出て家庭を持った時にどうすべきかを経験として学ぶことができます。ごく当たり前の家庭での風景の積み重ね。それを提供することが、養育里親家庭の大きな役割なのです」

子どもたちの多様なニーズに応えるためには、養育里親家庭にも多様性が必要だという。

「里親というと、ドラマに出てくるような立派な人をイメージする人が多いようですが、立派な大人であるよりも、私は日々成長していく子どもの変化に合わせて対応できる柔軟性の方が大切だと思っています。そして、それが子どもの育ちに活かされるように私たちのようなソーシャルワーク機関がお手伝いできることはまだまだあるはずだと考えています」

いろんな親子、いろんな家庭、いろんな生き方を許容できる多様性のある地域づくり、社会づくりがこれからの日本には必要、と力を込める。

「過去を共有していない子どもの成長を目の当たりにする喜びは里親ならではの醍醐味。『やりがいはあるけれど、しんどい』という今の里親制度を、『しんどいけれど、やりがいがある』に変えていきたいですね」

いろんな親子、いろんな家庭を許容できる社会に

日本中に養育里親家庭が広がることを願い、大阪を拠点に活動を展開しているNPO法人キーアセット。

「日本にはさまざまな事情から、家族と離れ、児童養護施設などで暮らす子どもが約4万6千人います。施設の方々はそんな子どもたちを支えようと奮闘されていますが、子どもが健やかで自分らしい生き方をめざせる大人に成長していくためには、やはり地域社会に根ざした本物の家庭、養育里親家庭が必要です」

と話す代表の渡邊守さん。家庭とは、経済状況や時代、政治や文化に左右される脆弱な存在だ。

「だからこそ、家庭で子どもを育てるためには地域社会と繋がる必要があります。そして、悩んだり、迷ったりしながら家庭生活を営んでいる大人の姿を目の当たりにしながら暮らすことで、子どもたちは将来自分が社会に出て家庭を持った時にどうすべきかを経験として学ぶことができます。ごく当たり前の家庭での風景の積み重ね。それを提供することが、養育里親家庭の大きな役割なのです」

子どもたちの多様なニーズに応えるためには、養育里親家庭にも多様性が必要だという。

「里親というと、ドラマに出てくるような立派な人をイメージする人が多いようですが、立派な大人であるよりも、私は日々成長していく子どもの変化に合わせて対応できる柔軟性の方が大切だと思っています。そして、それが子どもの育ちに活かされるように私たちのようなソーシャルワーク機関がお手伝いできることはまだまだあるはずだと考えています」

いろんな親子、いろんな家庭、いろんな生き方を許容できる多様性のある地域づくり、社会づくりがこれからの日本には必要、と力を込める。

「過去を共有していない子どもの成長を目の当たりにする喜びは里親ならではの醍醐味。『やりがいはあるけれど、しんどい』という今の里親制度を、『しんどいけれど、やりがいがある』に変えていきたいですね」

渡邊 守 さん
里親支援団体/特定非営利活動法人キーアセット 代表
北海道生まれ。日本福祉大学卒業。オーストラリアの大学院でソーシャルワークを学んだ後、2010年に里親支援に関する事業を行う特定非営利活動法人キーアセットを設立。

子どもが育つにはいろんな人の助けが必要だと思う

高橋 宗良さん・美恵子 さん
里親歴21年
神奈川県在住。平成7年に川崎市の養育里親に登録。中高生を中心に、これまでに共に暮らした子どもの数は18人に及ぶ。

最初に養育里親としての登録を考えたのは、美恵子さんだった。

「共働きで2人の子育てをしてきましたが、遠方に暮らす母やお隣の方たち、職場の同僚など、いろんな人が手を差し伸べてくれたおかげで育てることができたと思っています。なので、自分たちの子育てがひと段落ついたこれからは、私たちに何かお手伝いできることはないかと思っていた時に、市の広報で里親制度を知りました」

「なんでも言い出したら止まらない人だから」と笑う夫の宗良さんとお子さんたちも賛成し、養育里親に登録。共働きだったため「大きい年齢の子を迎え入れたい」と希望を出して委託を待ったという。

4年後、初めて迎え入れたのは川崎市内の高校進学が決まったばかりの女の子だった。1人目ということもあり「早く慣れて欲しい」「いろんなことを教えたい」と焦るものの、思うようにコミュニケーションが取れないことがストレスだった、と美恵子さん。

「初めてのことだから子どもも私たちもお互いに戸惑いはありましたね。でも僕はそんなに頑張りすぎないでいいんじゃないの? ただここで一緒に暮らせるだけじゃダメなの?と思っていたのでそうこの人に言ったんですよ」

そんな宗良さんの言葉にハッとしたという美恵子さん。

「大事なのはその子を変えることではなく、受け入れることだと気づきました。家庭生活の中には社会へ出た時に必要な経験がたくさんあります。まずはそれを経験してもらえばいい、と思ったら気がラクになりました」

あれから21年。現在も中学生の男の子と一緒に暮らしている高橋さんご夫婦。これまでに巣立った子どもたちも遊びに来たり、メールを送ってきたり、と賑やかだ。

「一度でも同じ家で暮らせば“縁”が生まれますから。就職したり、結婚したり、社会で頑張っているあの子たちの姿が今の私たちの励みです」

子どもが育つにはいろんな人の助けが必要だと思う

最初に養育里親としての登録を考えたのは、美恵子さんだった。

「共働きで2人の子育てをしてきましたが、遠方に暮らす母やお隣の方たち、職場の同僚など、いろんな人が手を差し伸べてくれたおかげで育てることができたと思っています。なので、自分たちの子育てがひと段落ついたこれからは、私たちに何かお手伝いできることはないかと思っていた時に、市の広報で里親制度を知りました」

「なんでも言い出したら止まらない人だから」と笑う夫の宗良さんとお子さんたちも賛成し、養育里親に登録。共働きだったため「大きい年齢の子を迎え入れたい」と希望を出して委託を待ったという。

4年後、初めて迎え入れたのは川崎市内の高校進学が決まったばかりの女の子だった。1人目ということもあり「早く慣れて欲しい」「いろんなことを教えたい」と焦るものの、思うようにコミュニケーションが取れないことがストレスだった、と美恵子さん。

「初めてのことだから子どもも私たちもお互いに戸惑いはありましたね。でも僕はそんなに頑張りすぎないでいいんじゃないの? ただここで一緒に暮らせるだけじゃダメなの?と思っていたのでそうこの人に言ったんですよ」

そんな宗良さんの言葉にハッとしたという美恵子さん。

「大事なのはその子を変えることではなく、受け入れることだと気づきました。家庭生活の中には社会へ出た時に必要な経験がたくさんあります。まずはそれを経験してもらえばいい、と思ったら気がラクになりました」

あれから21年。現在も中学生の男の子と一緒に暮らしている高橋さんご夫婦。これまでに巣立った子どもたちも遊びに来たり、メールを送ってきたり、と賑やかだ。

「一度でも同じ家で暮らせば“縁”が生まれますから。就職したり、結婚したり、社会で頑張っているあの子たちの姿が今の私たちの励みです」

高橋 宗良さん・美恵子 さん
里親歴21年
神奈川県在住。平成7年に川崎市の養育里親に登録。中高生を中心に、これまでに共に暮らした子どもの数は18人に及ぶ。

いつでも帰れる家、なんでも相談できる大人がいる幸せ

里親家庭で育った
池田 累 さん
神奈川県在住。9歳で児童養護施設へ。14歳から里親家庭で育つ。高校卒業と同時に独立し、今春、中学時代の同級生と結婚。

「ずっと施設にいたいという子もいましたが、僕は普通の家庭で暮らしたかった。里親さんの家へ行けることが決まった時はうれしかったですね」

と話す池田累さん。小学生の頃からずっと野球に打ち込んできたため、高校進学後は部活一色の生活を希望していた。その願いを叶えてくれたのが、今回登場していただいている高橋さん夫妻だ。当時、高橋さんの家には委託された高校生が3人いて、池田さんは4人目だったという。

「とにかく賑やかで、自然に溶け込めました。野球の朝練や遠征のある僕だけ朝まだ暗いうちにお弁当を作ってもらい、車で学校まで送ってもらっていました。お母さんも働いていたので、時々『疲れた顔をしてるなぁ』と思うこともありましたが、子どもだったのであまり労いの言葉はかけられなかったですね」

部活からの帰りには、必ず美恵子さんに「今日の晩ごはんは何?」とメールを送るのが習慣だったという。

「部活で疲れて帰った時、灯りがついた家に帰るっていいよなぁと思ったことがありました。はじめは『お父さん』『お母さん』と呼ぶのに抵抗があったのですが、いつの間にかそう呼んでいた。一緒に過ごした時間がそうさせたのかなぁと思います」

高校卒業後の進路についても一緒に悩み、考えてくれた。

「最終的に進学は経済的に無理だから働くと決めたのは自分ですが、一緒になって真剣に考えてくれる大人がそばにいたことはありがたかったですね」

高校卒業と同時に一人暮らしを始めた池田さん。「いつでも帰れる実家は高橋の家だけ」と話す。

「結婚が決まって、二人で挨拶に行った時はとても喜んでくれました。おしゃべりで明るいお母さんと、無口だけどいざという時にビシッと言ってくれるお父さん。来年子どもが生まれる予定なのですが、高橋家のような、笑顔の絶えない家庭を作りたいですね」

いつでも帰れる家、なんでも相談できる大人がいる幸せ

「ずっと施設にいたいという子もいましたが、僕は普通の家庭で暮らしたかった。里親さんの家へ行けることが決まった時はうれしかったですね」

と話す池田累さん。小学生の頃からずっと野球に打ち込んできたため、高校進学後は部活一色の生活を希望していた。その願いを叶えてくれたのが、今回登場していただいている高橋さん夫妻だ。当時、高橋さんの家には委託された高校生が3人いて、池田さんは4人目だったという。

「とにかく賑やかで、自然に溶け込めました。野球の朝練や遠征のある僕だけ朝まだ暗いうちにお弁当を作ってもらい、車で学校まで送ってもらっていました。お母さんも働いていたので、時々『疲れた顔をしてるなぁ』と思うこともありましたが、子どもだったのであまり労いの言葉はかけられなかったですね」

部活からの帰りには、必ず美恵子さんに「今日の晩ごはんは何?」とメールを送るのが習慣だったという。

「部活で疲れて帰った時、灯りがついた家に帰るっていいよなぁと思ったことがありました。はじめは『お父さん』『お母さん』と呼ぶのに抵抗があったのですが、いつの間にかそう呼んでいた。一緒に過ごした時間がそうさせたのかなぁと思います」

高校卒業後の進路についても一緒に悩み、考えてくれた。

「最終的に進学は経済的に無理だから働くと決めたのは自分ですが、一緒になって真剣に考えてくれる大人がそばにいたことはありがたかったですね」

高校卒業と同時に一人暮らしを始めた池田さん。「いつでも帰れる実家は高橋の家だけ」と話す。

「結婚が決まって、二人で挨拶に行った時はとても喜んでくれました。おしゃべりで明るいお母さんと、無口だけどいざという時にビシッと言ってくれるお父さん。来年子どもが生まれる予定なのですが、高橋家のような、笑顔の絶えない家庭を作りたいですね」

里親家庭で育った
池田 累 さん
神奈川県在住。9歳で児童養護施設へ。14歳から里親家庭で育つ。高校卒業と同時に独立し、今春、中学時代の同級生と結婚。

里親とは?

さまざまな事情によって家庭で暮らせなくなった子どもたちを、自分の家庭に迎え入れて温かい愛情と理解を持って養育してくださる方のことです。

里親には養育費として、里親手当、生活費、学校教育費、子どもの医療費などが支給されます。

里親の種類

養育里親 様々な事情により家庭と暮らせない子どもを一定期間、自分の家庭で養育する里親です。
専門里親 養育里親のうち、虐待、非行、障害などの理由により専門的な援助を必要とする子どもを養育する里親です。
養子縁組を希望する里親 養子縁組によって、子どもの養親となることを希望する里親です。
親族里親 実親が死亡、行方不明等により養育できない場合に、祖父母などの親族が子どもを養育する里親です。

里親になるまでの流れ里親になるまでの流れ

1. 相談
里親制度について詳しくご説明いたします。里親についてご理解いただきましたら、ご家族同意の上でお申し込みください。
2. 調査・研修
児童相談所の担当職員が家庭訪問し、調査を行います。その間、里親制度等に関する研修を受講していただきます。
3. 審査・登録
児童福祉審議会等での審議を経て里親として認定されると、里親名簿に登録されます。
4. 更新
養育里親は5年、専門里親は2年ごとに更新研修を受講していただきます。