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上田さんが専修大学に在学中は、文学部人文学科社会学専攻として存在していた社会学科。2010年の文学部再編に伴い、人間科学部社会学科として新設されました。学科としての歴史は10年余りですが、社会学が専門教育として開始されてからは50年以上もの歴史を誇ります。今回はそんな社会学科の魅力を探りに、樋口博美教授のもとを訪れました。
※撮影時のみマスクを外し、対談中はマスクを着用しています
上田 最初に先生の(専修社会学が力を入れている)実習授業の概要を教えてください。
樋口 この数年は「伝統的地場産業に生きる人々のくらしと仕事」をテーマに行っています。例えば昨年は漆器をテーマに、石川県の漆器産地にご協力をいただきました。漆器というのは、椀や盆など漆器の木地を作る人、漆を塗る人など各工程における専門職の分業制で成り立っているため、それぞれの職人の仕事や暮らしについての聞き取り調査をこれまでも行ってきました。
上田 昨年は現地へ行って対面で行うことができたのですか?
樋口 昨年の夏、コロナの感染拡大が落ち着いた時期があったのですが、その時期に実習先へ連絡をとり、夏期休暇中に受け入れ可能という返事をいただいていました。しかし、実習に入る前に、コロナ禍の影響で中止とせざるを得なくなってしまいました。結局、現地での実態調査はあきらめてアンケート調査に切り替えたのですが、思っていた以上に多くの方々からの協力が得られました。特に、学生たちを気の毒に感じてくださった方々がオンラインや電話でのインタビューにも応じてくださり、本当に感謝しています。
上田 それは良かったですね。現在もそうですが、コロナ禍で授業を進めるのは大変ではないですか?
樋口 昨年の前期授業はとくに大変でした。コロナ禍とはいえカリキュラムを変更するわけにはいかないので、オンラインでどのような授業を展開すればよいのか、すべてが手探りの状態でした。最初は、マイクやスピーカー、カメラなどの機器をどう繋げばよいのかというところからのスタートだったので、本当に大変でした。
上田 そんな状況のなかで実習先の協力が得られたのは、本当に幸運なことだったのですね。調査する内容については、どういった指導をされているのですか?
樋口 どんな視点で何を調査し、どんなデータを収集するのか、それはすべて学生たちに決めてもらいます。職人たちがどんな生活をしていて、家族関係はじめ、そこにどんな人間、社会関係があるのか、どんなしくみで産地が成り立っているのかなど、自分でテーマを決めて主体的に学ぶことを重視しています。もし、私がただ引率して、聞くこと見ることすべてを決めてしまえば、学生の成長や学びにはつながらないと思いますので。
上田 たしかに、それではただの社会科見学になってしまいますね。
樋口 その通りです。それではいけません。事前に自分で産地について調べ、テーマや課題を決め、仮説も立てたうえで現地へ赴き、実際に聞き取り、必要なデータを集めて何らかの結論を出すという実習を行っています。
上田 学生さんたちはどんな視点でテーマを選ばれるのですか?
樋口 漆器の場合では生活における食器需要の変化と漆器生産の現状や、漆器の生産技術の継承、職人の仕事・生活の現状や意識、さらには伝統文化とのつながりなどかなり広い視点でテーマを決める学生もいます。
上田 人によって見るポイントも興味も違いますから、いろいろな研究テーマが生まれそうですね。
樋口 例えば、同じ漆器でも経済学の視点からですと市場動向や産地型産業集積の構造や特徴に興味をもつでしょうし、美術学系ならばその芸術性やデザイン性などの視点でテーマを考えるでしょう。私たちは社会学ですので、漆器生産に関わる人々が、その産地内でどのような関係をもち、漆器がどのように作られるのか、技能はどのように伝承されているのかということに興味をもちます。
上田 社会学のポイントは「人」なのですね。だから、人間科学部なのでしょうか。
樋口 そうですね。人間科学部には心理学科もあり、心理は「人の心」、社会学は「人の意識」がポイントになります。ですから、心理学科では人の心の働きを捉えて解明し、社会学科では人の意識が社会のしくみ・構造とどのように結びついているのかを解明していく学問といえます。
上田 心理学科と社会学科で連携した授業もあるのですか?
樋口 両学科がコラボして一つの授業として行っているものはありませんが、心理学科の学生が私の授業を受講するなど、学科の枠を超えて履修することは可能です。
上田 多面的に勉強できる仕組みはいいですよね。私は専修大学の魅力のひとつだと思ってきました。人間科学部社会学科として、他大学にはない特長はありますか?
樋口 実証研究にこれだけ力を入れているのは、あまり例がないと思います。専修大学では、先ほど説明した漆器産地の調査のような社会調査実習を毎年10クラス以上展開しており、しかも必修科目になっています。また、この実習を通して「社会調査士」という資格も取得することができ、今年の卒業生は約3分の1の学生が取得していました。
上田 「社会調査士」の資格は、どういう仕事に役立つのですか。
樋口 何か特定の仕事に役立つというわけではありませんが、例えば民間企業ならマーケティング関係の仕事、公務員なら住民、市民にかかわる調査など、さまざまな場面で役立つと思います。社会学というのは何か専門的な知識を身に付けるというよりも、社会に対しての感度を上げる学問だと思います。そのため、学生には社会で起こる出来事をただ受け止めるのではなく、対象に主体的に関わろうとする、ときには批判的なまなざしを持つことができるような感性を身につけてもらえればと思っています。
上田 私はこれまで、社会学と聞くとテーマが広く実習よりも座学が多いイメージをもっていました。
樋口 広いイメージというのはその通りですね。オープンキャンパスでも受験生に社会学のイメージを聞くと、多くの方が「広い」と答えます。そんな時、私は「社会学では人が何らかの意思を持って集まった集団はすべて研究対象になる」と伝えています。ですから、二人以上人が集まれば社会ということになり、友人関係、恋人関係、家族もそうですし、学校、職場、地域社会、さらには間接的なものも含みますのでネット社会も対象になります。そこが、「広い」というイメージにつながっているのだと思います。
上田 その広いテーマのなかでも、最近の学生に人気のテーマはありますか?
樋口 SNSの人間関係をテーマにしたいと考える学生が多いですね。「人はなぜつながりたがるのか」といったテーマです。
上田 最近の学生さんはメディアリテラシーが高くなっていると感じますが、私が在籍していた10年前の学生と比べて何か変化を感じることはありますか?
樋口 いい意味で、気軽に人と交流したり接することができるような学生が増えたように思います。例えば、全員が初対面となる一回目のゼミが終わると、みんなすぐSMSなどの交換を始めていて、すぐにつながろうとしますね。
上田 SNSが当たり前になったことで人との関わり方が変わった典型的な例ですね。こういった関係性も研究テーマになりますね。
樋口 そうですね。しかし、卒論の研究内容などを見ると、つながることの利点よりも、「ずっとつながってないといけない」「すぐ返信しなきゃいけない」のはなぜかといった負の側面に着目し、「つながり地獄」をテーマにする学生もいるんですよ。
上田 意外ですね。負の面でも、正の面でも、どんな社会現象でも、やはり社会学の基本は「人」なんですね。システムだけを学ぶというのではなく、そのシステムを作った「人」が関わって生じた現象を解明していくということですね。
樋口 まさに、その通りです。対象は身近な人でもよく、例えば一昨年の卒論のなかに自分の祖父の手記である生活記録を使ってライフヒストリーを再構築するというユニークな卒論研究がありました。祖父の従軍日記や日常の手記を参考に、祖父がなぜ自ら軍への入隊を志願したのか、当時の軍国主義を背景とした社会のなかで祖父の意識がどのように揺れ動いていったのか、戦地から戻った後の暮らしぶり、といったことを地域社会との関わりも含めて研究したもので、非常に興味深い内容でした。
上田 おもしろそうですね。実は私も祖母に話を聞いて、その内容をデータで残しているんですよ。
樋口 それはすごいですね。聞き取りをして録音したのですか?
上田 私の祖母も戦争を経験しており、話がすごくおもしろかったので、録音して文字に起こしました。戦時中の話はもちろんですが、結婚の話、祖父との夫婦生活の話まで、いろいろなことを聞きました。おまけに話だけでなく、祖父が祖母へ出したたくさんの手紙も見せてもらいました。これも社会学のテーマになりますね。
樋口 素晴らしいですね。そういった何でもテーマにできることが社会学の魅力ではあるのですが、専修大学の社会学ではその領域を「文化・システム」系、「生活・福祉」系、「地域・エリアスタディーズ」系と、将来の進路にあわせて選べる3つの「系」という形に分類しています。このなかで「文化・システム」系はメディアやコミュニケーション、教育、文化などの現代社会的事象に着目して社会構造のなかで考えたり理論とむすびつけて学ぶ「系」、私の属する「生活・福祉」系は人が生まれてから高齢者になるまでの成長過程を軸に、それを取り巻く環境、生活単位に密着した視点で学ぶ「系」となっています。そして、「地域・エリアスタディーズ」系は、都市化や過疎化、さらにグローバル化や災害などによる地域の変動や現状を把握してそのコミュニティに着目し学ぶ「系」になります。これらの3つの「系」は、それぞれの領域にあった科目群が用意されていますが、必ずどこかに所属しなければならないというわけではありません。あくまで学生たちにわかりやすいよう目安として作られた枠(領域)で、境界線をはっきり分けたものではなく、ゆるやかにつながる3つの「系」として設けています。
上田 たしかに、すごくイメージしやすくなりますね。では、最後にどんな学生たちに社会学を学んでほしいと考えているか教えてください。
樋口 人のこと、社会のことに興味のある人ならどんな人でも大歓迎です。自分の興味のあるテーマについて主体的に調査したい、知りたいという意欲のある方は、社会学に向いていると思います。また、対象範囲が広く、どんなことでもテーマになり得るので、入りやすい学問だと思います。
上田 私も社会学はテーマが広くて難しそうというイメージをもっていましたが、今日のお話でイメージがかなり変りました。広い選択肢があるからこそ、本当に好きなことを研究できるということですね。すごく楽しい4年間になりそうだと思いました。
樋口博美(ひぐちひろみ)
専修大学人間科学部教授。立命館大学大学院社会学研究科博士課程修了。担当は生活の社会学、社会調査実習など。専門は職業社会学、地場産業論。著作は「一品生産型職場の仕事とキャリア形成」(辻勝次編『キャリアの社会学』所収,ミネルヴァ書房2007年)、「山中漆器産地にみる「産地の要素」の変容と産地アイデンティティ」(松尾容孝編『アクション・グループと地域・場所の形成』所収,専修大学出版局2019年)、など。
上田まりえ(うえだまりえ)
1986年鳥取県境港市生まれ。専修大学文学部を卒業後、2009年に日本テレビにアナウンサーとして入社。2016年1月末、日本テレビを退社し、同年2月にタレントに転身。現在は、タレント、ラジオパーソナリティ、ナレーター、MC、スポーツキャスター、ライターなど幅広く活動中。2021年9月、日本語検定委員会審議委員に就任。
主なレギュラーに、テレビ東京「インテリア日和」ナレーター、YouTube「上原浩治の雑談魂」アシスタント、MONDO TV「俺プロ!〜俺たちのプロ野球〜」MC
2021年7月14日には「知らなきゃ恥ずかしい!? 日本語ドリル」(祥伝社黄金文庫)を上梓。