朝日新聞
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国公立大学が創る未来 第5回 【3校インタビュー】大学こそ、世界基準で教育を進化させるべき

「教育は国家百年の計」という言葉がある。教育による成果は数年で結果を見ようとするものではなく、長期的に見守るものである、といった意味だ。この言葉だけでも、「社会」と「学校」で流れている時間の速さは違っているように感じる。社会においては、企業も、労働者個人も、百年先の利益を見据えることはできない。数年や数ヶ月で結果を出さなければ評価されづらいのが現状だ。

しかし、「百年の計」の中でも、実践的な教育で培った新たな視点を持った優秀な人材を送り出し、社会を急速に変えようとしている3つの大学がある。先進的な教育を行っている国公立大学である、九州大学、都留文科大学、大阪教育大学だ。それぞれの大学のキーパーソンに教育の進化について聞いた。

「挙手した人が得する環境」でリーダー人材は育つ— 九州大学

起業や組織作りは、大学を卒業し、就職して社会人経験を積みながらしか学べないものだろうか?かつてはそうだったかもしれない。しかし、九州大学ではアントレプレナーシップ(起業家精神)を育成するための機関「QREC」を設立し、実践的なビジネスの授業を行っている。

学生だけではなく、社会人も多く参加しているというQRECで、特任准教授を務める松永正樹先生にアントレプレナーシップやリーダーシップの育て方についてお話しを伺った。

学生のうちに起業・清算。「新しいことを仕掛ける人」や「社会を変えようとする人」を育てる場所

—QRECは「起業家を育てるためのセンター」という認識で合っていますか?

今、QRECの中でも話し合っているのですが、実はそうではありません。目標を「起業家育成」としてしまうとすごく狭くなってしまう。“QRECを受けて企業に就職したら失敗”という風にはしたくないんです。

わざわざ横文字で「アントレプレナーシップ教育」という言葉を使っているのは、そこに理由があって、何かしらの「新しいことを仕掛ける人」や「社会を変えようとする人」が育つ環境をつくっていきたいと考えています。その過程で、新しい産業を生み出したり、起業をしたりすることはあるでしょうけど、我々のミッションは必ずしも会社を登記するという意味に限定された起業家育成ではないよね、ということを話し合っています。

QREC公式サイト/フェイスブック

—キャリアプランの選択のために、武器を与えてくれるのがQRECの教育なんですね。

そうですね。来年からは、スウェーデンにあるチャルマース工科大学の取り組みをモデルに、学生のうちに起業をして清算(撤退)までやるという2年間のプログラムを計画中です。ビジネスのいろは・企業とは、という基礎的な知識を実践の中で得てもらい、企業や学内で休眠している技術シードを利用してビジネスのアイデアを考えてもらう予定です。

授業の様子

—座学だけではなく、実践してしまうんですね。学生のうちに起業する人はいますが、授業としてやるのは画期的だと思います。

2年目にうまくいけば、そのまま続けて、卒業して就職した後にもプログラム中に立ち上げた事業を生かしておくのもアリですね。続けるのが難しい場合でも、清算してしまえば、学生はリスクを背負わずに済みますし。

学生は履歴書に「起業経験あり・元CEO」という肩書きをつけて卒業できるわけです。また、それだけでは、ともすれば「会社をつぶした」というネガティブな見方をされてしまうかもしれませんが、学校のプログラムで、もともと清算して終わらせることになっていたと言えば、印象も悪くなりません。それに、いかに戦線を切り拓いていくかを教えても、撤退の方法を誰も教えてくれないのは不自然ですよね。ですので、起業家としてのキャリアをシミュレーションさせるのであれば、創業だけではなく事業をたたむ、清算するところまで体験してもらってはじめて完結するものだと考えています。

リーダーシップを育てるために必要なのは「手を挙げた人が得する環境」

—履歴書に「CEO経験あり」と書いてあったら、企業もリーダー人材として期待するでしょうね。企業の中でも、リーダー人材が育たず困っているケースはあると思うのですが、リーダー人材の育て方にQREC独自の流儀はありますか?

リーダー人材を育てるには、リーダーをやってもらうしかありません。そのためには、小さくても良いので、裁量をふるえる場と予算を与える必要があります。リーダー人材の育成に成功している企業では、トップが裁量を与えて、「失敗しても良いんじゃない」という文化があります。そういった環境では、早い者勝ち・手を挙げたもの勝ちになるんです。QRECでは「こういうことをやってみたい」とアイデアを持ち込んできた学生チームに対して、実際に予算と教員によるメンタリングを提供してサポートする制度があります。まさに「手を挙げたもの勝ち」の環境をつくるためです。

手を上げてチャンスを得た人に対して、周りが「いいな、ズルいな」と思うような環境であれば、自然とリーダー人材が育ったり、優秀な人材が集まってきたりします。

—優秀な人って、自分のやりたいことを持っていて、それをやらせてくれる環境に行く傾向にありますよね。

そうですね。例えで言うと、優秀な人が何かにチャレンジしたがっている時に、“今やっている仕事全部完璧にこなしたら、プラスアルファで新しいことにチャレンジしていいよ”なのか、それとも、“それ面白そうだから、今やっている仕事は全部他の人に任せちゃって、キミはこれだけやってくれていいよ”となるのか、その差は大きいと思います。「他の人がズルいと思うくらい」というのは、そういう意味です。

持論ですが、日本人はシャイだから手を挙げないのではなく、手を挙げないでいる方が得な状況が多いから一見「シャイ」に見える行動をとるのだと思います。QRECでは、手を挙げた人が損することのない、言ったもの勝ちの文化を作ろうとしています。リーダー人材を育てる上では、この文化がとても大切ですね。

「誰もが働き方を選択できる社会」が日本を前進させるー 都留文科大学

企業においても、労働者個人においても、昨今話題に上がることの増えた「働き方」。多くのビジネスパーソンが一度は悩んだことがあるだろう。

都留文科大学で生涯学習を専門とし、ジェンダーや働き方について研究している冨永貴公先生に「より良い働き方」について伺った。

「生きづらい働き方」を、まず個人の中で問い直す必要がある

—冨永先生はワークライフバランスなど、働き方についてご研究されているそうですが、いまの日本の労働環境はどんな問題を抱えていると思われますか?

2007年にワークライフバランス憲章が策定されましたが、やはり上から降りてくるものでは、多くの人は「自分ごと化」することができません。「自分ごと化」ができなければ、ただ新しい言葉が生まれただけになってしまいます。

集団が抱えている問題も、紐解いていくと個人個人それぞれの働き方に対する課題や問題なんです。だからこそ、「バランスの取り方」は画一化できません。でも、「自分の勤める会社が潰れても良い」なんて思っている人はほとんどいないでしょうから、それぞれの職場で自分ごと化して「働き方」について考える機会を作っていく必要があるでしょう。

—働き方の問題は、トップダウンだと解決できない問題なんですね。ひとりひとり、職場ごとに考えていかなければならないというのは、社会全体のリテラシーの問題なので変えていくのは大変ですね。

今は変えていくのに良い時代かもしれません。これまで日本の社会にあった、「ひとつの会社に一生勤め続ける」という考え方は現実的ではありませんし、転職もそれほどめずらしくありません。テレワークやリモートワークなど、かつては存在しなかった働き方を実施している企業も珍しくありません。

「働き方」のリテラシーを変えていくには“仕事だから仕方ない”“子育て中だから仕方ない”など、当たり前だと考えられていた 「生きづらい働き方」が疑いようのないことであるという前提を個人個人の中で問い直す必要がありますね。

目指すべきは女性管理職の割合向上に加えて、誰もが自分の働き方を選択できる社会

—個人の働き方の問題というと、やはり今年話題になった保育園の問題から、働くお母さんに目が向けられるようになったと感じます。

確かに、女性の働き方は変わってきましたが、まだまだ男性が働いて女性は家事みたいな風潮は強固にあります。「働き方」を取り扱う上では、男性基準を問うジェンダーの視点を外すことはできません。ジェンダーだけで解決できる問題ばかりではありませんが、重要なファクターになっていることは確かです。

—都留文科大学では、10年以上前からジェンダー教育に力を入れているそうですが、なぜでしょうか?

都留文科大学では、文学、社会学、歴史など、どこかしらでジェンダーについて触れられる授業があります。

都留文科大学は教員養成に伝統のある大学ですが、学校では色んな子どもを見ることになります。学校生活には子ども達が教員の姿を見て、行動やメンタリティなどを意図しないままに学ぶ「隠れたカリキュラム」というものが存在します。「男性」「女性」といった社会的な役割も子ども達は先生や学校という組織を見て自然と学んでいくものなので、教員はジェンダーに対する意識をきちんと持つ必要があるのです。

—勉強を教えるだけではなく、子ども達が背中を見て学ぶのにふさわしい教員を育てるために必要なんですね。

それに、ジェンダーに関する知識や考え方というものは、教員にならなくても、社会に出て自分の働き方を考える上ではいつか必要になるものだと思います。たとえば、女性が出産のタイミングで仕事をやめるか、休職するか悩んだ時。

最近では育児休暇をとる男性や、女性の多い職場で働く男性も、ジェンダーについて考えることがあるでしょう。そんな時に、ジェンダーに関する知識や考え方を持っていると、自分の働き方や生き方を考える力になると思います。

また、日本は先進国でありながら、未だに男女間の賃金格差が問題になっています。「働き方」に関しては、地域や会社によって、最適なものの形は違いますので、欧米基準に合わせる必要は必ずしもありませんが、「結婚や出産によって離職しなければいけない職場」「働きたくても働けない」ということのある現状を考えるような職場のあり方は、社会を大きく前進させるでしょう。

グローバル人材を育てるために教育も変わらねば— 大阪教育大学

町には社会人向けの英語教材や英会話スクールの広告が溢れている。転職のため、スキルアップのために英語を身につけたいと考えているビジネスパーソンがそれだけ多いということだろう。しかし、実際に使える英語を身につけるのは容易ではない。

実践的な英語学習のプログラムとして、CLIL(内容言語統一型学習)というものがあるが、これを授業に導入しているのが、大阪教育大学だ。このCLILに携わっている柏木賀津子先生にどのように英語を扱える学生を育成しているのか、日本の英語教育はどこを目指すべきなのかを伺った。

TOEICの結果だけで判断するのは、もったいない

—大阪教育大学で取り入れているCLILとはどんなものですか?

CLILとは、「Content(内容の深さ)」「Communication(コミュニケーション・アクティブラーニングであること)」「Congnition(考える場面があること)」「Community or Culture(世界や日本の専門分野どうしのつながり、繋がったときに必要になる英語を学ぶ)」が入っている学び方のことです。

つまり英語を学びながら、自分の興味のある分野や関係のある分野で扱う特有の表現をつかうというような学び方です。大阪教育大学では、理科や体育などの授業を英語で行う海外教育実習を行っています。教員としての指導スキルを学び、子どもに英語で教えたり、子どもに話し合いをさせるんです。例えば、理科なら、仮説をたて、実験を行い、観測数値をもとに議論する英語を経験します。いわゆる英会話ではまず使わない表現です。

これは、英語の得意な教員というよりも、意外とその教科に興味のある教員がきちんと答えられるんです。きちんと答えられるよう、伝えたいことを学び、分かりやすく伝える勉強することが重要ですね。大学教員も異教科連携でプログラムを支えています。

海外教育実習の様子。落語とは何かを国語教員から学んで、落語を教え創り出させている

—自分の関係のある分野を学んだり、伝えたりするために英語に触れるというのは、ビジネスで英語が必要になった時にも使えそうな学習法ですね。

実際に、企業研修にCLILが取り入れられていないことはもったいなく感じます。企業研修の場合はTOEICなどの結果を重視しますが、仕事の内容でコミュニケーションが取れなければものになっているとは言えません。

実際に海外事業部で働いている人に聞くと、生産部や営業部の社員が海外でコミュニケーションがとれないと、日本の産業はダメになると嘆いています。しっかりと自社の製品や専門的な知識を英語で話すことができる社員が増えていくかどうかが、日本の世界での勢いに影響すると思います。その際、CLILでの経験があれば、グローバル社会への壁は低くなります。

だからこそ、学生には少しでも他教科内容をつかった模擬授業の機会をもうけています。社会人が英語を学ぶ上でも、座学で学ぶよりも、週に1度でも良いから興味がある内容で、楽しめるコミュニティの中で専門の事を英語で話し行動する環境の方が重要です。

そういうグローバル人材を育てるプログラムを高校の授業でやっていくべきだと思います。フィンランドでは、そういった動きを「教育のアントレプレナー」と呼んで、国のお金は動かなくても、教員が自ら放課後の教室を盛り上げたり、プロジェクトを動かしたりしています。学生にも、その姿を研修で見せて、「自分でも授業やプログラムは創れるんだ」と感じられるようにしています。

CLILで理科(空気の圧力)の授業を行う様子。思考を引き出す実験教材は物理教員との連携で。

教員が創造的な教え方をできれば、日本を変えられる

—授業は先生ひとりでやるものというイメージでしたが、授業を作るには組織力が重要ということに驚きがあります。

そうですね。授業を作る上でも、組織、つまり「クラス」をマネジメントする、リーダーだったり、2番手だったり、自分のポジションを考えて行うことがボトムアップのプロジェクトでは重要ですね。日本の社会は縦社会で、トップダウンを待つという考えがあるのですが、それだと何かを動かすには間に合いません。ボトムアップは認められるのに時間がかかるので、教育をより良くするには、そこを乗り越えないといけないですね。

—教育の在り方は日本人全体の組織力に関わってきそうですね。

教育はビジネスのあり方に直結だと思います。教育をしているとき、将来生徒がどんな職業に就くかわからないですよね。先生の教育のプログラムが創造的なら、生徒はそれを覚えているわけだから、自分の経験をトランスファーもできる。教員が出会うのはすべての分野の企業に勤めたり仕事についたりする生徒なのだから、創造的な教え方ができれば、日本を変えられると思います。

日本をリードする人材は今も育っている

学生が勉強を大学内だけで完結し、次のステージである社会にまっさらな状態で出てくるという風潮はこれから薄れていくかもしれない。学校を卒業し、社会に出てしまうとそのことを忘れてしまいがちだが、学問は必ずどこかで社会と繋がっている。

今回話を伺った教育の最先端である3校では、学問と社会が地続きであることがしっかりと学生に伝えられていた。そんな学生達が受けている、学問を究めながらも、社会で活躍するサポートのある教育は、働きながら何かを学びたいと考えている社会人にとってもヒントとなるだろう。

社会を良い方へ変えていくには、いつだって優秀な人材が起こすイノベーションが必要だ。教育の進化が止まらない限り、優秀な人材の基準も進化し続け、社会はいくらでも変ていくだろう。

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