朝日新聞
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国公立大学が創る未来 第4回 私たちの世界は「未知」で溢れている。未開の世界を探求する二人の研究者

―すべて人間は、知ることを求めることが本性なり。
古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、こんな言葉を残している。

誰もが「未知」に対して本能的な追求心を持っているはず。その中で、圧倒的に「未知」に対し情熱と時間を注いでいる存在が、各分野の研究者たちだ。

私たちから最も遠い「宇宙ロボット工学」の分野と、最も近い「脳科学」の分野。
これらの世界の先には、想像を超えた「未知」が多く眠っている。

「未知」の最前線で、答えの発見に挑む国立大学の教授陣には、どのような人類の未来が見えているのだろうか。各専門の研究テーマから、「人工知能」と人間の関係についてまでを伺った。

アポロ計画から数十年。民間からの宇宙開発事業が人類の未来を握る 東北大学 チーム「HAKUTO」吉田和哉教授

スティーブン・スピルバーグは映画『未知との遭遇』(1977年)で、人類が宇宙人と初めて出逢う物語を描いた。

「未知」と聞いて多くの人々が連想し、心踊らせるキーワードがやはり「宇宙」なのかもしれない。

まずは、宇宙開発事業に携わるチーム「HAKUTO(ハクト)」を率いる東北大学宇宙ロボット研究室の吉田和哉教授の元を訪ねた。

―吉田教授は宇宙工学の第一人者として日本の宇宙研究と共に歩んできた中で、現在は「月」にフォーカスした研究開発をされていますよね。

吉田教授:月は地球から最も近い位置にある天体でありながら、未だ解明されていないことばかりです。アポロの月面着陸成功後、宇宙研究の主役は火星や他の惑星などに移ってしまったのもその要因です。しかし、2007年に打ち上げた日本の月探査機「かぐや」が、月面に直径65m深さ約90mの縦穴を発見したんです。宇宙開発にとって、これは大きなニュースとなり、再び月にスポットライトが当てられたのです。

―日本は月の実態解明に功績を残した訳ですね。ところで、月面に縦穴があることが、なぜそんなにも重要なのでしょうか?

吉田教授:縦穴を分析した結果、その下には大きなトンネルがある可能性が見えてきました。トンネルは長さ数十kmにも及ぶ可能性も秘めており、将来、人類が月に滞在する際の基地として使えるかもしれません。その点では、現在力を入れている『Google Lunar XPRIZE』*への参加も、月の実態を知るための人類の大きな一歩になり得るんです。

※『Google Lunar XPRIZE』(グーグル・ルナ・エックスプライズ)…2007年にアメリカでスタートした史上最大の国際コンテスト。民間による初めての月面無人探査を競う。政府の援助無しで月にロボットを送り込み、月面を500m以上走行し、ロボットに取り付けたカメラで撮影した画像をいち早く地球に送り届けたチームが優勝となる。

―『Google Lunar XPRIZE』は民間の宇宙開発プロジェクトですね。政府との事業連携も多い国立大学の研究者である吉田教授が、チーム「HAKUTO」として、あえて民間のプロジェクトに参加する意図は何でしょうか?

吉田教授:私自身、国が主導する宇宙開発プログラムに真っ先に貢献することが本務だと考えています。しかしながら、国家レベルの宇宙開発プロジェクトには、国民から集めた予算が使われるため確実な成果が期待され、失敗が許されず、どうしても慎重になるので、一歩進むのに時間がかってしまうのが現状です。

従って、今後の宇宙開発の加速のカギを握るのは、民間発のプロジェクトではないかと考えるようになりました。宇宙開発に関わる人の母数を増やし、失敗を恐れないダイナミックなイノベーションがボトムアップで起こっていくことが極めて重要なんです。

チーム「HAKUTO」の月面探査ローバーのプロトタイプと吉田教授。大きな車輪が不安定な月面での走行を可能にしている。

吉田教授:例えば、飛行機が現在のように移動手段として実用化した背景には、民間の賞金レースでニューヨークからパリまでの長距離無着陸飛行に成功したチャールズ・リンドバーグの功績があります。それまでは、有人飛行が可能になったこと自体が人類にとっては画期的な出来事だったのですが、リンドバーグの成功を機に、多くの人々が飛行機での長距離輸送の可能性に着目し、旅客機が誕生したのです。民間が起こしたイノベーションが、後の世を大きく変化させる可能性を秘めていることを物語っていますよね。

―民間発のプロジェクトでプレイヤーが増えることに、宇宙開発の未来がかかっているということでしょうか。

吉田教授:その通りです。国家レベルの開発ももちろん大事ですが、より敷居の低い民間から新しい発想を持ったプレイヤーが増えることで、宇宙研究全体の加速を目指しています。

―その流れで、吉田教授率いるチーム「HAKUTO」のプロジェクトについて教えてください。

吉田教授:「HAKUTO」は、東北大学の宇宙ロボット研究室と、このプロジェクトのために立ち上げた宇宙開発ベンチャー「ispase(アイスペース)」の連携で成り立っています。私たちの強みは、月面移動探査ローバーの小型化、軽量化に成功した点です。これで、より身軽により頻度の高い探査が可能になります。

今まで国家レベルで開発されてきた宇宙ロボットは、どんどんサイズを大きくしていく傾向にあった一方で、「HAKUTO」のローバーは一台たったの4kg。もし、このローバーの量産と実用化ができれば、400kgのロボット一台よりも、4kgのロボット100台を同時に動かして、より多角的な探査ができるはずです。

また、僕たちのミッションとして、『Google Lunar XPRIZE』で勝利することに加えて、先程話に出た月面の縦穴に潜入し、中を探査してデータ収集をしてくることを考えています。つまりこのプロジェクトが成功したら、月に関する謎が一つ解明されることになります。

―まさに、教授は「未知の解明」に向けて王手をかけているのですね。

吉田教授:もし現在予測されているように月の地下に大きな洞窟が存在していることを「HAKUTO」が証明できたとしたら、宇宙研究史における世紀の大発見になるでしょう。壮大な話ですが、この洞窟を活用すれば、いつか人間が地球以外でも生存できるかもしれないのですから。そういう意味では、まだまだ「未知」の多い月は、人類の未来にとって貴重な資源なんです。

―宇宙研究史に「HAKUTO」の名を刻もうと邁進する吉田教授にとっての「未知」とは、どんなものなのでしょうか?

吉田教授:「未知」とは、それを解明することでまた新たな「未知」に出逢うことです。月面に隠された「未知」を探求するために月に送り込まれた「かぐや」が縦穴を発見し、その奥に何かが隠されているかもしれないといった新しい「未知」が見つかりました。チーム「HAKUTO」のローバーが縦穴への潜入に成功したら、きっとまた次の「未知」に出逢うはずです。少しずつ解明を繰り返しながらも、「未知」が尽きることはありません。それが人々を熱狂させ、発展させていく根源なのだと私は信じています。

脳研究の基礎研究から臨床まで支える 新潟大学脳研究所 小野寺理教授

続いては、人体の研究の中でも解明が難しいとされる「脳科学」の分野。

日本で最初に設立された脳神経に関する国立大学附置研究所、新潟大学脳研究所の小野寺理教授に脳研究の奥深さを伺った。

―新潟大学脳研究所は歴史ある研究機関ですよね。まずはその強みについて詳しく教えてください。

小野寺教授:医学の研究には基礎研究と臨床研究があります。脳に関して言えば、基礎研究の目的は、純粋に脳の機能を解明することなのに対して、臨床研究は脳の病気を治すための研究です。

新潟大学脳研究所は、設立当初から「臨床」の科を持ち、ヒトの脳の病気の克服を目指した研究機関です。これまで医療の現場で脳疾患を持つ患者さんに向き合ってきた中で、当研究所は3,000例以上の病理解剖や20,000例の手術生検からなる多数の脳疾患標本リソースを所有しています。

脳研究所内にある超低温冷凍庫(マイナス80℃)。計32台に3万点の生鮮凍結脳が収納されている。

小野寺教授:脳研究の分野は、未だ基本的な解剖の結果が世界的な新発見となるほど、他の臓器に比べ圧倒的に未解明の部分が多い分野です。

脳は、他の臓器とは違い、それぞれ別の機能を持った無数の細胞が仕切りなく混在している臓器です。そのため脳の研究には、大変困難が伴いました。しかし、ここ2、3年でやっと脳の細胞を一つずつ分析する技術や細胞毎の繋がりをみる技術が開発され、脳研究はこれからまさに開花しようとしているところなんです。

―細胞レベルの分析ができるようになったことで、新潟大学脳研究所が所有している脳の標本リソースが、今後さらに重要な価値を持ちそうですね。

小野寺教授:その成果は既に出ています。脳の病気の代表である「神経変性疾患」は、その症状から今まで多くの分類がなされてきました。しかし、「神経変性疾患」の原因となるタンパク質は、主にたった4種類しかないことも分かってきました。

―脳に関する「未知」が少しずつ解明されてきたのですね。では、現在脳研究所が取り組む研究の先には何があるのでしょうか?

小野寺教授:医学の進歩により人類の寿命が延びる中で、脳に関する医療だけが追いつけないようでは困ります。また、若年性アルツハイマー病のように、脳だけが早く衰えてしまう病気についても対策しなければなりません。

脳疾患の研究が進めば、身体と脳のバランスが取れた状態を維持することができるようになると思います。脳の標本リソースが豊富にあり、臨床研究ができる新潟大学脳研究所には、高齢化社会の、健康な脳の維持に大きな責任があるのです。

―新潟大学脳研究所だからこそできる研究なんですね。では、小野寺教授にとっての「未知」とはどんなものなのでしょうか。

小野寺教授:我々にとって「未知」とは、常に一番近くにある脳です。ヒトの脳は、他の動物に比べて進化しているからこそ、一つとして同じものはありません。私自身も研究者である反面、医師として患者さんの治療をしていく中で、一人ひとりの患者さんに「未知」の深淵の存在を感じ、教わっています。
分からないことが多いからこそ、一つのことが分かった時の功績は大きい。それが、私にとってのやりがいです。

番外編:人工知能は人間を超える日が来るのか。スペシャリストたちの見解は?

ロボット研究✕脳研究ときたら、どうしても気になるワードがある。
それぞれのスペシャリストは、近年、各起業家や研究者の提言により盛り上がりを見せる「人工知能」の分野に対して、どのように考えているのだろうか。

判断力を持ったロボットは人類に恩恵をもたらすか、対立を招くか?

東北大学の吉田和哉教授は、今後の宇宙開発には「人工知能」の起用が不可欠だと話す。

吉田教授: 理想は、子どもにおつかいを頼む時のように「このお店に行ってあれを買ってきてね」と言えば、いちいち「まず右足を一歩出して、次に左足を出して、また次に右足を出して、◯m先で右に曲がって…」などと、動き方まで指示しなくても、ちゃんと目的が達成できる状況です。よりマクロな指示でロボットを動かすために人工知能が必要なんです。

ロボット研究の究極は、人間のような機械を作り出すことかもしれません。そこには、環境や状況の「認識」、情報を処理して判断を行う「知能」、そして実環境のなかで動作を遂行する「行動制御」の連携が必要です。情報処理の機能だけをもって人工知能といっているうちは未だ先は遠いと思っていましたが、現実の動作と密接に繋がった「行動知能」の研究が進み、最近の「ディープ・ラーニング」は特に認識の領域で大きなブレークスルーをもたらしています。この現状をみると、状況を的確に把握し適切な行動を遂行できるロボットの実現も、かなり近づいてきたのではないかと感じています。

SF作品では「人類VSロボット」の戦いの構図がよく描かれますが、人間を超える存在への恐怖が背景にはあるといえます。実は、人間は自己の欲求VS社会の一員としての存在という構図の中で生きており、その行動規範として「モラル」や「倫理」という概念があります。ロボットにも自己欲求(すなわち自発的な「意志」)が生じるのでしょうか? 私は、ロボットはむしろ無私無欲な存在でいることができると考えています。
いずれにしろ、人間とロボットの行動規範を考えていく中で、人間とロボットが共存できる未来社会を作ることができると考えています。

「意志」と「ゼロイチ」の世界では、人間にしかできないことがある

人工知能と意志の関係について、新潟大学の小野寺教授は脳に関する「未知」を引き合いに出して説明してくれた。

小野寺教授:まず前提として、脳研究の発展と人工知能に密接な関係があるとは考えにくいですね。なぜなら、人間の脳はとても複雑で、そのメカニズムが解明されたとしても、同じ構造をロボットで再現することは不可能に近いからです。また、脳の専門家ですら、人間の「意志」がどのようにして生まれるのか、そもそも「意志」をどう定義するのかに明確な答えを出せてはいません。例えば、こうして話を聞きながらメモを取っている時、人は意識して「字を書こう」と思っている訳ではないんですよ。

確かにロボットは、人間のように「忘れる」ことがないので、パターンによる記憶学習に向いています。オンライン上のゲームなどで人間がロボットに負ける未来がやってくることは、不思議ではありません。しかし、新たなゲーム「そのもの」を生み出すことは、ロボットにはまず不可能なのではないでしょうか?ゼロからイチを生み出すことは、しばらくの間は人間だけの特権であり続けると思います。

「未知」のその先を求めるための大学

今回「未知」をテーマにインタビューしたいとお願いしたところ、2人の教授の目がパッと輝いたように感じた。たった二文字に秘められた人類の追求心のロマンを、私たちも取材を通して知ることとなった。

「未知」の先にまた新しい「未知」があり、しかもそれは私たちのごく身近にも存在する。

国の認可のもとに研究が進む国立大学は、そんな「未知」の最前線に立ち、真実を追求する場所だ。

その研究の先に、私たち人類の明るい未来は託されているのかもしれない。

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