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2012.5.1

ムダになった経験はひとつもない。すべてが今の私をつくる筋トレでした。

長野 智子 氏
キャスター

マスコミ志望ではなかったためこの道に進めたのかもしれない。

上智大学に入ったきっかけはごく単純で、通っていた高校に推薦枠があったから。英語が好きで英語の先生になりたいと思っていたため、外国語学部英語学科を選びました。ただし推薦とは言っても難しい試験があり、いま思うとよく合格できたな、と不思議なくらいです。さらに入学後すぐ、英語力によるクラス分けがありました。レベル順に4クラスあり、帰国子女が上位2クラスを占める中、スピーキングが苦手だった私はいちばん下のクラスへ。推薦で入った以上は高校の後輩に迷惑をかけないようにしなければという一心で、がんばって勉強しました。もちろんアルバイトもしましたし、サークル活動も楽しみました。

いちばんの思い出は何と言っても「STP(Summer Teaching Program)」です。学生みずからが考えた英語学習プログラムを一般の学校の生徒に実際に教えるという取り組みで、私は2年連続で山形県天童市の中学で教えました。本当にこのSTPに青春のすべてを賭けたと言ってもいいくらい、没頭しましたね。ここで出逢った子供たちとは本当に仲良くなって、帰る時にはまるで映画の1シーンのように、私たちが乗った電車を走って追いかけてくれました。もうみんなすっかり立派な大人ですが、今も交流は続いていて私を「先生」と呼んでくれます。

もともとマスコミの世界に入ろうなどとは夢にも思っていなかったのですが、2年生の時にある方に勧められて受けた文化放送「ミスDJリクエストパレード」のオーディションに合格し、毎週月曜夜のパーソナリティになりました。まだ「オールナイトフジ」が始まる前、女子大生ブームの先がけです。アルバイト気分で始めたのですが、素人が突然3時間の生放送などまともにできるはずがありません。ディレクターの方には毎回放送終了後に厳しく叱られ、そのまま「完徹」して翌朝1限の授業へ、というハードな生活でした。その一方で、大物海外アーチストにロンドンでインタビューをさせてもらうなど、マスコミの華やかな面も経験できました。

「ミスDJ」を1年余りで卒業した後は、私はマスコミに向いていない、と思って再び英語教師を目指していました。ところが、あの厳しかったディレクターの方に偶然お会いした時に「もったいないからアナウンサーの試験を受けたら?」と勧められ、フジテレビを受けることに。同期入社にはアナウンサーを目指して熱心に勉強してきた蒼々たるメンバーがそろっていますが、私の場合は結果的にマスコミ志望でなかったことが良かったようです。大学時代に何を学びましたか、と面接で問われた私は迷わずSTPの話をしました。これが面接官には新鮮だったと、あとになって聞きました。「マスコミ志望の学生とは違う実体験を感受性豊かに語れる子だな」とプラスに評価していただいたそうです。

上智で学んだことも私の「筋肉」のひとつになっている。

入社後すぐに起こった御巣鷹山の日航機墜落事故が、報道を目指すきっかけとなりました。でも、実際に報道の仕事を始めたのは2000年から。ずいぶん遠回りしたように見えますが、やってきたことはひとつもムダになっていないと思います。これほど幅広い経験を積むことができたニュースキャスターはあまりいないかもしれません。「ミスDJ」で鍛えられたことも、フジテレビ時代にバラエティの仕事をしていたことも、米国の大学院で勉強したことも、現在の私をつくるいい「筋トレ」になりました。

報道の姿勢が問われているこの時代、私が絶対に譲れない信念は「とにかく現場へ行く」ということ。報道は真実を公平に伝えるべきだ、などとよく言われますが、メディアは実際に起こっていることと視聴者の間に立つものですし、ジャーナリストが自分の眼を通して出来事を見る時点で、わずかでも偏りが生まれてしまうものです。その現実を踏まえたうえで、誠意をもって自分が見たこと・聞いたこと・感じたことを自分の言葉で視聴者の方に伝えるべきだと思っています。実は現場へ行かずにニュースを作っている人も多いのですが、私は現場へ行く人が主役のニュース番組を作りたいのです。

振り返ってみると、これも上智時代のSTPの経験が生きているのかもしれません。ただ学校の先生になりたい、と思い描いているだけではわからないことを、天童市の中学校で実際に生徒たちと触れ合うことによってたくさん学ぶことができたわけですから。現場に行ってみて、初めてわかることがある…この経験が私に大きな影響を与えたのだと思います。

上智は多くの女性アナウンサーを輩出しています。学生数も多過ぎずアットホームな雰囲気でありながら、国際色豊かで多様性のある校風ですから、ステージが伸びやかに広がる、選択肢が広がるというメリットがあるのかもしれませんね。これからも、小さくまとまらない人材がたくさん育つだろうと期待しています。

長野 智子 (ながの ともこ)
キャスター・1985年 上智大学外国語学部英語学科卒業
アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。卒業後フジテレビに入社し、数々の人気番組に出演。その後、フリーアナウンサーとなり1990年、株式会社古舘プロジェクトに所属。1999年、ニューヨーク大学大学院(メディアエコロジー専攻)修士課程を修了。報道ステーションSUNDAYを始め、多くのテレビ朝日系報道番組にて活躍中。