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2012.6.1

世界全体がホスピスになった時、神に出会えるのかもしれない。

山本 雅基 氏
特定非営利活動法人きぼうのいえ 理事長・施設長

悲しむ人の傍らに立つ人生を送りたい。それが僕の原点。

上智大学神学部に入ったのは、27歳の時です。僕はもともと別の大学で哲学を学んでいて人生の問題はすべて知的活動で解決できると信じていたのですが、どんなに学んでも「これが答えだ」という思想が見つからない。ちょうどその頃、日航ジャンボ機墜落事故が起こりました。520人もの方が一瞬にして亡くなる惨劇を見て、人はなぜこれほどの苦しみを味わわなければいけないのか、この理不尽に自分はどう答えられるのかと悩み抜きました。そんな時ふと入った教会で、キリスト教に出会ったのです。教えに触れるに従ってその深さに感銘を受け、聖職者を志して神学部を受験しました。

上智在学中に、僕の現在の活動を決定づける「My Summer Experience」という課題がありました。キリストの教えがまだ到達していない場へ行って働き、そこでの経験を英文のレポートにする、というものです。僕はある夜間営業の飲食店で働いたのですが、わかったのはここの人たちは一生一度も教会の門をくぐることはないだろう、ということ。それなら彼らを教会で待っているのではなく、僕のほうから出て行こうと決めました。聖書に「医者を必要としているのは健康な人ではなく病人である」という言葉があるように、本当に教会を必要としている人たちのために社会の中で活動しようと思ったのです。その後、小児がんや白血病の子どもたちと親たちを支援する活動に携わりました。

活動を始めて足掛け10年経った頃、頭をよぎったのがマザーテレサの「死を待つ人々の家」です。子どもには泣いてくれる親がいますが、一方で泣いてくれる家族も友人もいない、食べるものもない人たちがたくさんいる。彼らが何の希望もないまま命を終えていく現状はおかしい。そう考えたのが、山谷地区でホスピス施設「きぼうのいえ」を始めるきっかけでした。

銀行から莫大な借金をしてスタートしたため当初は「きぼうのいえじゃなくてむぼう(無謀)のいえだろう」と言われましたが、上智の卒業生や公開講座「ホスピス・ボランティア」の受講生ネットワークの支えなどもあり、もうすぐ11年目を迎えます。もちろん上智関係者だけでなく、ホスピスケアを学びたいという看護・介護・医療関係の学生や専門家もたくさんいらっしゃいます。浄土宗のお坊さんが、礼拝堂の十字架の前で南無阿弥陀仏を唱えてくださることもあります。宗教的多様性も「きぼうのいえ」の特徴です。

自分の手足を痛めて人と向き合い、社会を変えていく。

「きぼうのいえ」は病気の痛みを取る医療の場であるだけでなく、人生の重荷を下ろして自分の過去を許す和解の場でもあります。来たばかりの時は「明日にでも死にたい」と言っていた人たちが、「命をくれてありがとう」という言葉を発するようになる。僕たちの仕事は、人々のそんな変化を目撃することなのです。

家族に囲まれて最後の時を迎える人たちも、皆が安らぎに満ちているとは限りません。テレビ番組で「きぼうのいえ」が紹介されると、「家族はいるが愛されていないので、そちらに入りたい」「お金はある、遺産を寄附してもいい」などという入所希望のお年寄りからの電話が殺到します。かつて存在した共同体が崩壊し、東京に限らず多くの地域がこのような孤独社会・無縁社会になってしまいました。20年から30年後には、今よりももっと多くの人たちがお金も家もなく、ひとりぼっちで死を迎えることになるでしょう。

「きぼうのいえ」はそんな日本の未来に対し、ひとつのトラブルシューティングでありたい。僕たちのケアの方針や考え方を身につけた人を世の中に送り出すことにより山谷全体を、さらには東京全体、日本全体をホスピスに変えていけるのではないか。そう考えて、ヘルパー養成などの取り組みを始めました。また、上智では「ボランティア論」を教える機会をいただいていますが、学生たちには社会にしっかり根付いたNPOの方法論を学んでほしいと思っています。社会の役に立ちたいと願い、お金ではない生き甲斐を仕事に求める若い人たちの姿はすばらしいと思います。

僕は実業家ではありません。「きぼうのいえ」のような場所がどんどん増えることを願っていますが、政治運動をやるつもりもありません。自分が動いて目の前に倒れている人に手をさしのべることにより、社会全体をサンクチュアリにしていきたいのです。

僕にとって「きぼうのいえ」にいる人たちは、もう一人の自分です。もともと僕自身、宗教家として成功できなければこのような場所にたどり着くことになるだろうと思っていましたが、1年ほど前に伴侶との別れを経験し体を壊して病院から帰ってきた僕に、ここの人たちは「がんばって生きていきましょう」と励ましの言葉をかけてくれました。僕はその時初めて、彼らの本当の友人になれたような気がします。

山本 雅基 (やまもと まさき)
特定非営利活動法人きぼうのいえ 理事長・施設長・1995年 上智大学神学部卒業
大学卒業後、「NPO法人ファミリーハウス」の事務局長を務める。2002年、緊急一時保護施設「なかよしハウス」を開設。2002年、在宅ホスピス対応型集合住宅「きぼうのいえ」を開設。