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2012.8.1

人はそれぞれが違い、自分もそのひとり。
多様性を認めることが成長の糧です。

クリス 智子 氏
パーソナリティ

多様な文化に触れた私がここしかない、と思って選んだ「比文(ひぶん)」。

アメリカ人の父と日本人の母を持つ私は、ハワイで生まれてから8歳で横浜に住むまでの間、フィラデルフィアや京都など多くの土地で暮らしました。特に7歳から8歳の2年間は移動が多く、サマースクールなど短期間の滞在を含めると合計8回住む場所が変わったことになります。両親はもともと、その土地の普通の学校で教育を受けるのが言語を学ぶ上でもいちばん良い、という主義。そのため、行く先々でさまざまな人と文化に出会うことができました。

フィラデルフィアの小学校には色々な人種の子どもたちがいましたから、私はアジア人の中のひとりの日本人という扱いでしたが、横浜の前にいた母の故郷・宮崎の小学校では「アメリカ人が来た!」と大騒ぎになりました。私は一躍学校では知らない人がいない有名人になり、トイレに行く時も他の学年の子どもたちが付いてきたり、給食の時間には私が食べる姿を窓の外から張り付いて見ている子がいたり。「やっぱり私は見た目が違うし、転校生だから珍しいんだろうな」と、子ども心にそんな状況を客観的に見ていたのを覚えています。でも、宮崎の子どもたちは皆やさしく、意地悪をされた記憶はありません。横浜の学校でも、最初のうちこそ小さな衝突もありましたがすぐに皆と仲良くなりました。

中学高校もずっと公立に通っていましたが、高校2年の頃には自分のルーツであるアメリカにもう一度立ち戻ってみたいという気持ちが芽生えました。アメリカの大学を目指そうかと考えていた時、現在の国際教養学部の前身である比較文化学部、いわゆる比文(ひぶん)の存在を知り、ここしかないと決めたのです。家での日常会話ぐらいしか英語を使わなくなっていた私は、TOEFLとSATのスコアのために猛勉強しなければなりませんでしたが、何とか合格することができました。

当時の比較文化学部は四谷ではなく市ヶ谷にあり、まるでアメリカの大学をそのまま日本へ持ってきたような存在でした。勉強が厳しいところもアメリカの大学と同じで、授業は3回欠席したら単位をもらえません。毎日分厚い洋書を何冊も持ち歩き、暇さえあれば必死で読む毎日でした。授業はもちろんすべて英語。ギリシャ人の先生が中国の歴史を教えてくださる授業など、東海岸の発音に慣れた私の耳ではなかなか理解できず、苦労しました。でも、当時はできないことができるようになるのが何よりも楽しく、勉強は苦になりませんでした。

自分と違う視点で自分を見つめれば、可能性は広がっていく。

幼い時に多様な人や文化に出会ったせいか、私はいつしか自分と違う立場からの視点を持つようになっていました。自分がいいと感じるものも、他の人は違う感じ方をするかもしれない。自分が正しいと思っていることも、違う視点から見ればまったく逆かもしれない。一人ひとりが違うからこそそれぞれが魅力的だし、相手を知る喜びがあるのです。

比文は、まさにそんなことを実感できる環境でした。さまざまな国籍の学生がいて、お互いどこの国の人かなど特に気にすることもなかったほど。皆が自分を追いつめるように勉強しながらも、それぞれ自由に我が道を行き、互いを尊重していました。「私は色々な人の中のひとりでいいんだ」という解放感がありました。

違う視点から自分を見るということは、自分の可能性を広げることでもあります。自分の思いを強く持つことも大切ですが、まわりの人が自分のいいところを見つけてくれる場合もありますし、自分を成長させるチャンスを逃さないために、よそ見をするエネルギーを蓄えておくべきなのです。私自身、大学生の間は何でも経験して吸収し、できるだけ多くの人に会う中で本当に自分が好きなこと、自分に合うことを見つけられるはずだと思っていました。実際にその通りで、ラジオの仕事を始めたのも上智時代の出会いがきっかけです。

仕事を始めてからも、自分の思い込みだけで鬱屈することはありませんでした。上司には自分の疑問を率直にぶつけましたし、信頼できる人に意見も聞きました。グチは言いません。聞く人の時間を穢すから。それに、自分の時間をそんなつまらないことに割くのはもったいない。仕事もプライベートも関係なく、24時間はすべて自分の時間です。できる限り気持ちよく過ごしたいのです。

もともと負のエネルギーをプラスに変えようとするタイプでしたが、生放送の仕事に長く携わってきたせいでこの傾向はさらに強くなったようです。何があっても滞ることなく次へ進めなければ、マイクの前に座ることはできませんから。

昨年子どもが生まれて、またひとつ新たな視点を持つことができたと感じています。人生の醍醐味は、自分の予想を超えた出来事を楽しむことにある。いくつになっても新たな視点を増やし、吸収できる人間でありたいと思っています。

クリス 智子(クリス ともこ)
パーソナリティ・1994年 上智大学比較文化学部(現:国際教養学部)卒業
卒業後、東京のFM局J-WAVEでのラジオ パーソナリティをはじめとする活動を開始。
現在、ラジオの他、TVナレーション、雑誌執筆など、各方面で活動中。