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2012.9.1

インターネット時代の雑誌の価値とは何か。
ひとつの答えを出したいと考えています。

西村 緑 氏
「フィガロジャポン」編集長

雑誌文化が最も華やかだった時代に、仕事を通して多くを学びました。

私は、いわゆる男女雇用機会均等法が施行された翌年に、上智大学の文学部心理学科を卒業しました。つまり、4年制大学を卒業した女子を企業が総合職として受け入れた最初の年に、社会人になった学年にあたります。ある雑誌の編集部でアルバイトをしていたのがきっかけで雑誌の仕事に興味を持っていたため、第一志望は出版社でした。ところが、当時のマスコミの入社試験は、一般企業の選考がほとんど終わった4年生の11月ごろ。そのうえ1社につき男女合わせてわずか数人しか採用しない宝くじのような倍率でしたから、出版社だけを受けるのはさすがに無謀でした。そこで一般企業も受けたのですが、次々に落とされて落ち込む日々が続きました。もちろん、熱意と実力が不足していたからではありますが、女子に門戸を開いたと言ってもそれは一種の建て前で、実際はコネや紹介がなければなかなか採用には結びつかないという実情もあったかもしれません。

ようやく受かったのは、婦人画報社(現在のハースト婦人画報社)。女性誌を発行する出版社は必然的に女性編集者を多めに採用するため、チャンスをつかむことができました。配属されたのはティーン向けのファッション誌「MCシスター」の編集部でした。一般公募のオーディションで専属モデルを選ぶという手法で、ふつうの女子高校生から多くのスターを生み出した雑誌です。モデルたちの通学スケジュールを優先し、いつも土曜日や日曜日に撮影をしていましたから、休んだ記憶はほとんどありません。日本経済はバブルで湧いていましたが、ティーン向けの雑誌にはそんな世の中の動きもあまり関係ありませんでした。特に目的意識もなく楽しく暮らしていた女子大生時代とは打って変わって、浮ついた気持ちはどこかへ吹き飛んでしまいました。

今思えば、当時は雑誌文化がひじょうに華やかな時代でした。多くの個性的な雑誌がそれぞれ魅力的な書き手を抱え、トレンドを発信していました。それまで裏方だったスタイリストという職業にスポットが当たるようになったのも、この頃です。婦人画報社は4年半で辞めましたが、面白い時代に多くの勉強をさせてもらいました。

その後、フリーランスとしてファッション・ブランドのカタログなどを手掛け、14年前に「フィガロジャポン」の編集部にエディターとして加わりました。それからはずっと「フィガロジャポン」ひと筋。2009年に編集長になり、現在に至ります。

魅力的な世界観を持ったスタイル誌としてネット時代を生き抜きたい。

「フィガロジャポン」は「マリ・クレール・ジャポン」や「エル・ジャポン」などと同じく、インターナショナル誌の日本版として雑誌の新時代を拓いた存在です。創刊から20年以上が経過し、私が編集部にいる間だけを考えても、日本の女性たちの意識や情報を取り巻く環境は大きく変わりました。

「フィガロジャポン」のコアとなる読者層は、20代後半から30代前半の女性たちです。誌面ではかなり高価な洋服やバッグ、ジュエリーなどを紹介していますが、彼女たちはそれらを男性に買ってもらうのではなく、自分で選んで自分で購入します。また、私たちは読者に「これが流行です」と提示することはあっても、上から目線で押しつける姿勢ではありません。雑誌が発信する情報の通りに女性たちが動いたのは、昔の話。今は多くの女性が、高いカルチャー意識と自分の選択眼を持っています。ファッションについては格段にセンスアップしていますし、旅に出る時もホテルやレストランを自分で選ぶ。ひじょうに成熟していると思います。

一方、インターネットの登場によって、情報はいくらでもタダで手に入るようになりました。言うまでもないことですがお金をいただく以上、雑誌は独自の価値観で吟味された良き情報、付加価値のある情報でなければなりません。そこで当誌は保存したい雑誌になろう、毎号を保存版にしようという方針を立てました。ファッションが中心ですから最新の情報を伝えることは必要ですが、それが一過性のものであってはいけない。2010年から月刊誌になったという経緯もあり、少なくとも1カ月間楽しめる雑誌であるのは当然ですが、理想としてはずっと取っておきたい雑誌にしよう、と考えたのです。また、オフィシャルサイト「madameFIGARO.jp」を2008年に立ち上げたため、速報性はそちらに任せています。

そして、これだけ情報が氾濫していると本当に価値のある情報にたどり着けない、価値ある情報を選ぶのが難しい、という問題もあります。そこで、私たちは情報選択のプロでありたいとも考えています。ファッションについては、特にセンスのいいものを選ぶ。旅やアート、映画といったテーマについても、専門誌のレベルまでは行かなくとも、ありきたりでないディープな情報を提供する。編集部は、さまざまなテーマに精通したジェネラリストでありながら、そのひとつひとつについて深い知識を持つスペシャリストでなければなりません。

付録付きの女性誌が売れているという現象もありますが「フィガロジャポン」は大人の雑誌として、あくまでコンテンツ勝負の姿勢を貫いていくつもりです。読者もそれを求めていますし、このこだわりこそが私たちの存在意義ではないかと思うのです。

西村 緑(にしむら みどり)
「フィガロジャポン」編集長・1986年 上智大学文学部心理学科卒業
1986年4月から1990年9月まで『MCシスター』(婦人画報社刊)編集部員。1998年3月から『フィガロジャポン』編集部に在籍。2000年5月から副編集長、2009年10月から現職。