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2013.3.1

日本の美の「かっこよさ」に気づけば、
日本人の心はもっと豊かになる。

安河内 眞美 氏
古美術店「ギャラリーやすこうち」店主

海外志向から日本の美の世界へ。稀少な女性骨董商への道。

日本の古美術を仕事にしている私ですが、学生の頃は海外に憧れて、通訳や翻訳などの仕事に就きたいと考えていました。英語だけではプロとしてやっていくのは難しいだろうから、もう1カ国語身につけたい。それなら他の人があまりやらない言語を選んだほうが、就職にも有利なのではないか。そんな極めて打算的なことを考えて、上智大学のロシア語学科を受験しました。

入学するとすぐ、大きな挫折が待っていました。福岡の親元を離れて寮に入りましたが、解放感からクラブ活動に精を出し過ぎて勉強がおろそかになり、1年生の時に留年してしまったのです。でも、その後は必死に単位を取って何とか4年で卒業。辻褄合わせは得意なほうかもしれません。

卒業後はロシア絵画を扱う画廊に就職しました。仕事は資料の翻訳や来日されたロシア画家の方たちのアテンドなどです。語学を活かせる仕事ではありましたが、この間に特に美術に対する関心が高まったわけではありません。その後、アメリカに留学したのも語学力を磨きたいと考えたためでした。留学中に外国の人たちに日本の文化について説明を求められて答えられない自分に気づき、ボストン美術館で日本美術を鑑賞したりしましたが、それでもより深く学ぼうと思うことはありませんでした。

本当に美術の面白さに目覚めたのは、帰国してから福岡で刀剣商の義兄を手伝うようになってからです。福岡だけでなく山口など、あちらこちらへ赴いて古美術を買い上げる仕事をしているうちに、面白さがわかってきました。そこで東京へ戻り、老舗の骨董店で修行しました。
この世界は今でも女性が少ないのですが、当時は古美術、特に書画を扱って身を立てようという女性は私だけでした。住み込みで長い間使い走りのように働いても、なかなか骨董の見方など教えてもらえないところが多かった時代にも拘らず、私が修行していた店のご主人はとてもオープンな方で、分け隔てなくいろいろと教えてくださいました。

こう言うと、この世界はかなり保守的だと思われるのですが、実は非常に合理的です。お金さえあれば誰でも、オークションで目当てのものを競り落とすことができます。女性だから売らない、ということはないのです。私自身、差別された経験は一度もありません。
5年の修業期間の後、独立して自分の店を持ちました。ちょうどバブルの頃でしたから、独立したばかりでお客さまも少ないのに、何か入ってくればすぐ売れる。運にも恵まれたスタートでした。

自国の文化を知らない日本人は貧しい。教育にも責任がある。

この仕事を始めて5年、10年と経つうちに、私もようやく日本の美の「かっこよさ」がわかってきました。特に外国人のお客さまの反応から学ぶことは多かったですね。私たちは茶道の文化の中で高価なもの、好まれるものが何かという勉強はしているのですが、予備知識を持たない海外の方が惹かれるものは、それとはまた違います。日本の美を再認識するきっかけになりました。

たとえば、西洋の絵画が細部まで描きこむのに対し、日本画は描かないことで表現します。空間の美、シンプルな線、色使いなど卓越したデザイン力があります。季節の表現も、四季がある日本ならではのものです。最近は伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)や曽我蕭白(そがしょうはく)の美術展に多くの人が来場して、若い人たちの間でも日本にこんなすばらしい美があったのか、とブームになっているようですが、もっと幼い頃から日本美術について教える機会を増やすべきです。「ピカソは知っているが雪舟を知らない」という日本人が多いのは、やはり教育の貧しさが原因なのではないでしょうか。

私は書画の専門家ですから、日本人が日本画を愛でなくなっている現状を何とかしたいと考えています。床の間のないマンションが増え、住居のスタイルが変化した環境の中では仕方ない部分もありますが、生活の中から日本の美が消えていくのは非常に残念です。そこで、現在新しい掛け軸の楽しみ方を提案する試みを始めています。活躍中の日本画家や物故作家の絵をその作品に関連する着物や羽裏の布で表具し、絵と表具が互いを引き立て合うことでひとつの世界を作りあげるものです。吉祥の文様、四季や節句の行事、ことわざや昔話などをテーマとし、日本画と古布の美しさを愛でながら日本文化の奥深さを知ることもできます。折々に掛け替えて、掛け軸ならではの遊びを楽しんでいただきたいのです。

現代の生活はすべてが合理的で、低価格でも日用には事足りるものが溢れています。でも、やはり100円ショップのお皿で食事をしている人と、大好きな1枚の皿を大切に愛でながら食事をする人とでは、人間としての豊かさや感性に大きな隔たりができてしまうはずです。美術館に足を運ぶのも良いと思います。何かを「好き」と思う心そのものを、大切にしてほしいのです。

安河内 眞美(やすこうち まみ)
古美術店「ギャラリーやすこうち」店主・1977年 外国語学部ロシア語学科卒業
卒業後、銀座の画廊店に勤務。アメリカへ語学留学し、帰国後、東京の老舗古美術店で美術商としての修行を積む。1985年 東京六本木に古美術「洗心」をオープン。2006年に店名を「洗心」から「ギャラリーやすこうち」に改名。現在、日本画系統の鑑定で中心的な役割を果たしている。