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2013.6.1

読む人の気が楽になり意欲がわくような作品を書きたい

波多野 陸
文学部史学科 卒業生

高校生二人の対話で進行する受賞作

群像新人文学賞といえば、僕の好きな村上龍をはじめ錚々たる作家たちを輩出しています。それを受賞できたことは非常にうれしいですし、ほかの賞の選考でこれだけ高い評価が得られたかどうかと考えると、ラッキーでもありました。さぞ幸福な時間を味わえるだろうと思いきや、最終選考までは盛り上がっていたものの、いざ受賞が決まるとなんだか力が抜けた、というのが実感です。いまはその脱力からのリハビリ中……。

受賞作『鶏が鳴く』は、伸太と健吾という二人の高校生の対話を中心に展開していく小説です。文体については、大学2年のころから読み始めた英語の小説、とくにサリンジャーやスタインベックなどの会話の面白さを取り入れたいと考えました。さらに地の文についても、英語を半分翻訳しながら読むときに頭の中を走る日本語、英語の組み立てやリズム感を残したような文章の感じを紙の上に落とすことを試みたつもりです。成功しているかどうかはわかりませんが。

二人は僕の中の二面性、つまり僕自身が分裂して語り合っていることになります。といって、高校時代の僕が彼らのようなことを考えていたわけではないし、二人のような高校生が実在するのかも、僕にはわかりません。ただ、おそらく読者の多くは、とりわけ引きこもりの高校生・健吾に対し、作中の伸太同様、最初は馬鹿にした視線を注ぐでしょう。ところがその健吾が、驚くほど豊かな知識を持って整然としゃべるのを知って、これまた伸太同様、コイツやるなと見直す。そして、負けてはいられないと、ちょっと意欲がわくのではないかと期待しているのです。というのも、僕が人の小説を読むとき、特殊かもしれないけれど、そんな読み方をしているからです。

さて、タイトルは新約聖書、マタイはじめ4つの福音書に共通するエピソードからの引用です。当然、宗教や信仰の問題は、二人の対話の重要なテーマの一つとなっています。

もともと宗教にほとんど縁のなかった僕が、それを作品の中で扱うことにした理由の一つは、信仰を持つ人たちへの一種のあこがれでした。彼らにとって信仰は、生きる上での「芯」のようなものになっている気がするのです。

不透明、混沌の時代とよくいわれます。その認識が正しいかどうかは別にして、信仰を持たない大多数の日本人、なかでも僕を含めた若者たちが、大きな不安を抱えて生きているような気がする。それに対して、自分の知識や情報を総動員し、信仰に代わる「芯」、信念体系のようなものを、小説の中でくみ上げていけないかと、僕は考えています。読者がそれを読んでいる間、せいぜい読後の数時間、気が楽になるだけでもいい、そんな作品が書ければ、と。

小説を完成させる助けにもなった上智大学の環境

作品で重要な役割を果たした聖書。実は、大学のある講義の教材として配られたものでした。そのときは読まなかったのですが、就活に行き詰まって鬱屈していたときに、現実逃避のようにふと読み始めてみた。そして途中から、これは小説に使えそうだと、意識して読み進めたのです。その意味では、上智大学という環境が、作品のきっかけの一つになったといえるでしょう。

なお、作品中で健吾は、聖書を非常に冷めた目で読んでいますが、これは僕の本来の読み方ではありません。僕は、「シラける」ということに対してむしろ嫌悪感、恐怖心を持つ人間です。つまり健吾には、僕からみてこんなふうに読んだらつまらないだろうという、望ましくない読み方をあえてさせているわけです。

また、ある講義では、現代においてうつ病患者が増えたのは、病気自体が増えたわけではなく、うつ病と診断されやすくなったためだ、という見方を教えてもらいました。この視点は僕にとっては新鮮で、作品中で引きこもりやDVについて描写するとき、大いに参考になりました。

とはいえ正直なところ、僕は決して大学にコミットしていた学生ではありません。文学賞の締切と卒論の締切がほぼ重なったため、われながら出来がいいとはいいかねる論文を提出して、それでもなんとか卒業させてくれた大学に、感謝しきりです。でも、僕のような学生でも大学生活をまっとうできたという事実は、もしかしたらここ上智大学を目指す高校生たちにとって、励ましになるのかもしれないですね。

賞をとったことが、作家としての成功を意味するものでないことはいうまでもありません。こんな若さで、人生経験も乏しいうちに受賞した場合はなおさらです。

結局就活に失敗してしまった僕は、現在無職。一方で地道に書き続けて、作家としての足腰を鍛えつつ、まずはきちんと就職して、人間としての幅も広げていきます。そして近い将来、前述のような人をホッとさせる、力づけられる作品を発表できるようになったらいいなと考えています。
波多野 陸
文学部史学科 卒業生

1990年5月千葉県生まれ。
2013年3月上智大学文学部史学科卒業。