
日本近代の初期、西洋哲学の受容と新しい日本の哲学の構築、仏教の近代化、そして民衆教育と社会改革に大きな足跡を残した哲学者・教育学者である井上円了。彼が開いた「私立哲学館」を継承した東洋大学では、創立125周年記念事業の一環として、9月15日に「国際井上円了学会」設立記念公開シンポジウムを、
9月16日には4カ国から幅広い分野の専門家を招いた国際シンポジウムを開催した。
2012年9月15日開催
「国際井上円了学会」設立を記念した1日目は、「国際人としての井上円了」をテーマに、円了思想の国際化の可能性について内外の専門家が語り合った。
記念講演
井上円了の哲学について
東洋大学学長 竹村牧男 氏
東京大学に西洋哲学を学んだ井上円了は、哲学を「諸学の基礎」と位置付けこれを重視しました。人々の知力を開発するには学問によらなければならない。その際、高等の学問によれば、より高等の知力を得ることができる。そして、高等の学問とは、学問の原理原則を探究する哲学に他ならない。彼はそう考えたのです。
なかでも相対と絶対を不二(ふたつであると同時にひとつである)とするヘーゲルの思想を最高と位置付け、全ての現象は時間と空間において無限に関係する「活動態」であると捉えました。その立場から彼は、人間としてひたすら活動することこそ哲学の究極と考えるに至ります。それは何のための活動か。簡潔に言えば人と社会のためです。その例証として円了は、哲学にはひたすら真理へと向かう「向上門」と、それを応用し利民・済世に資する「向下門」のふたつが不可欠であると説きました。そして、向上するのは向下するためであり、目的は向下門であって向上門はそれを実現するための手だて(方便)である、とさえ述べています。ここには、大乗仏教における「上求菩提、下化衆生(上に悟りを求め、下に衆生を教化する)」とも共通する思想を読み取ることができるでしょう。
真宗大谷派の寺の長男として生まれながら若き日には仏教を疑い、哲学を学んだ後に改めて仏教の真理を発見するという遍歴をたどった円了ですが、その思想の根本には常にどこまでも真理を探究する精神がありました。
記念公開シンポジウム
仏教哲学がもたらす新たなパラダイム
「井上円了の近代仏教」
ルーター大学(アメリカ)准教授 ゲレオン・コプフ 氏
井上円了は、最も早くヨーロッパ近代に対する仏教からの回答を提示した日本の思想家の一人です。彼は仏教を「宗教と哲学」という学術的なカテゴリーの中に置き、その立場から西洋哲学で支配的だった二元論を批判しました。円了にとっての仏教とは、情感的な思考=宗教と、理性的な思考=哲学の両方を包含するものであり、ゆえに両者の区分を超越するものとして存在します。そしてそれは、大乗仏教の媒介によって初めて可能になるのだと主張しました。
世界について語る時、哲学者たちは通常、観念論と唯物論の間で選択を迫られます。しかしそのことは、哲学的な核心の真理を示すというより、各々の拠(よ)って立つ立場を表しているに過ぎません。もしも唯物論と唯心論、一元論と多元論のような諸説を総合・統括することができれば、その時初めて人間は宇宙の真相をうかがうことができるであろう。それには包括的な新しいパラダイム(その時代に支配的なものの見方や考え方)が必要だ。円了はそう考えました。
そして、仏教はすべての二元論的枠組みを超えるものであり、そうしたパラダイムを提供するものは、仏教哲学をおいて他にはないという考えを述べています。
東西哲学の統合を展望した井上円了
「井上円了における『主躰(しゅたい)』―日本思想の近代化についての一考察」
東京大学国際本部兼東洋文化研究所特任准教授 ミヒャエル・ブルチャー 氏
1887年の『哲学要領』において、円了はフィヒテの「我は我である」という命題を取り上げ以下のように記しています。「我は諸覚諸境の本源にしてその躰まったく仮定を離れたる絶対の主躰なり」。我こそが感じ考える本源であり、仮定を挟む余地のない「絶対の主躰」だというのです。ここにある「主躰」は、おそらく日本近代思想のキーワードである「主体」の初出であり、明らかにフィヒテのabsolutes Subjektを指しています。しかし興味深いことに、同じ著作の少し前のページでは、absolutes Subjektの訳語として「絶対主観」という言葉が用いられています。円了の文章に「主躰」という語が見当たるのは、先に述べた一カ所の他にはありません。
一方、円了哲学の根幹のひとつである天台思想においては、諸法(この世に存在する一切)の本源は「空」にして「真」であると説かれています。ここでいう「真」とは仏教の「真如(万物の本体としての永久不変の真理)」のことです。
フィフテの哲学は、シェリングを経てヘーゲルによって克服されます。このヘーゲルの立場は天台思想と共通だというのが、円了の理解でした。その認識は、東西哲学の統合の立場を拓くものであり、日本近代哲学の原点ともなったのでした。
蔡元培に見る円了からの影響と相違
「蔡元培と井上円了の宗教思想の比較研究」
中国社会科学院哲学研究所東方哲学研究室研究員 王 青 氏
清末民初の政治家・教育家である蔡元培は、1900年に『仏教護国論』を発表し、列強による分割と存亡の危機にある祖国を救うため、中国仏教の復活を呼びかけました。このなかで彼は「孔、仏ともに絶え、我が国はついに無教の国となり日々禽獣(きんじゅう)に近し」と、祖国に滅亡の危機が近いことを憂えています。この執筆の契機となったのは、彼が井上円了の思想にふれたことでした。円了を手がかりにしながら、中国に打ち立てるべき宗教を模索していた蔡は、日本の仏寺改革を見学して参考にしたいとの考えも述べています。また、自ら翻訳した円了の『妖怪学講義』を、人心迷妄を除く教えと特に高く評価していました。
その後、中国では孔教国教化をめざす勢力がおこったものの、宗教は非理性的であるとして批判され、1912年に公示された新しい「教育宗旨」からは忠君や尊孔といった考えが排除されます。この時、中華民国教育総長として、「教育宗旨」の執筆を担ったのは、他ならぬ蔡元培でした。円了の思想は蔡を通して中国の近代化に大きな影響を与えた一方で、円了に学んだはずの蔡がなぜ宗教観においてやや道を違えることになったのかは、今後の研究課題と思われます。
世界哲学の交差点としての円了思想
「世界哲学の交差点―井上円了における理論哲学と実践哲学―」
東洋大学国際哲学研究センター客員研究員 ライナ・シュルツァ 氏
井上円了の幅広い著作は、発表当時から折衷主義(さまざまな思想体系から長所だけを抜き出して統合したもの)として批判を受けることがありました。しかし別の見方をすれば、それはインドとヨーロッパ、東アジアの倫理・宗教・形而上学が、ひとつの枠組みのなかで紹介された「世界哲学の交差点」と捉えることも可能です。
初期の円了にとっての「純正哲学」は、学問体系についての科学理論であると同時に究極の真理をめざす形而上学(けいじじょうがく/神や霊魂など現象を超越する世界を探究する学問)という資質を持っており、これはアリストテレス的な理論哲学に相当します。一方、1899年の『哲学早わかり』においては、人間の学としての哲学・人生を向上する学問という考え方が示され、ソクラテスや孔子にも通ずる実践哲学としての出発点を見ることができます。
東洋大学の前身である哲学館の「開設旨趣」の中で、彼は「哲学は学問世界の中央政府にして万学を統括するの学」と純正哲学の意義を述べています。しかし一方で、哲学は人間とは何か、人間の目的とは何かを学ぶものであり、「いやくしくも人間に生まれたる以上は、哲学を修むるは必然の義務」というユニークな結論に達したことは、非常に意義深いものと思います。
明治期の日本で特筆すべき国際感覚
「井上円了の世界旅行」
東洋大学教授、井上円了記念学術センター研究員 三浦節夫 氏
井上円了は61年の生涯のなかで3度の世界旅行を体験しています。
1度目は30歳の頃、約1年をかけて欧米諸国などをまわりました。「欧米各国のことは日本に安座して想像するとは大いに差異なるものなり」という強い印象を受けたこの旅で、円了は日本の独立のためには欧米のものを取り入れるだけでなく、固有の文化や風俗を改良保存することが必要と考えるようになります。そのことから、後に東洋部を主とし西洋部を副とする哲学館の学科改正を行いました。
15年後に行われた2度目の旅では、途中イギリス北部の村に1カ月ほど滞在し、同じ島国でありながら「小国的気質」の日本と「大国的気質」の英国の違いを痛感したといいます。ここで改めて日本人の改良の必要性を感じたことが、後に円了が生涯のテーマとした全国巡講の契機ともなりました。
3度目には南北両極やオーストラリア、南米、アフリカにまで足を延ばし、ついに自らの「世界旅行」を完成させます。「人間一人の生涯でどこまで、何ができるのか試したい」という信念とロマンを持ち続けた円了は、明治期において特筆すべき豊かな国際感覚を育んだ人物として、改めて注目されるべきだと思います。
「国際井上円了学会」について
東洋大学(東京都文京区/学長 竹村牧男)は2012年に大学創立125周年を迎えたことを記念し、「国際井上円了学会」を発足。大学の前身「私立哲学館」を創立した明治初期の哲学者・教育者である井上円了に関する研究を、国際的な連携のもと強力に推進してまいります。
同学会は井上円了の学問的業績、教育活動、その生涯と業績等に関する事柄の研究を通じ、研究成果の国際社会への発信と、会員相互の研鑽・交流をはかることを目的とします。設立に先立つ6月30日に行われた「フランス研究集会」、および正式発足を記念した「設立大会記念シンポジウム」(9月15日)では、内外の研究員による報告が行われ、新たな視点による円了哲学が明らかにされました。
○井上円了の人と業績
くわしくは→→→
http://www.toyo.ac.jp/enryo/founder.html