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日本近代の初期、西洋哲学の受容と新しい日本の哲学の構築、仏教の近代化、そして民衆教育と社会改革に大きな足跡を残した哲学者・教育学者である井上円了。彼が開いた「私立哲学館」を継承した東洋大学では、創立125周年記念事業の一環として、9月15日に「国際井上円了学会」設立記念公開シンポジウムを、9月16日には4カ国から幅広い分野の専門家を招いた国際シンポジウムを開催した。





混迷を極める現代、哲学は個々人のおかれた状況、現実にどのように向きあい、対処していくべきか。グローバリゼーションのなかでどのような役割を担っていけるのか。それは哲学に課された重要な課題といえる。9月16日、グローバリゼーションの抱える問題と、これからの社会が進むべき道を国内外の有識者とともに考えるシンポジウム「国際化時代の哲学」(主催:東洋大学国際哲学研究センター)が開催された。ここでは、4人の専門家個々の提言を踏まえた総合討論の模様を紹介する。


登壇者/演題


【提言】

「ジャイナ教における非暴力の哲学的正当化」

インスブルック大学(オーストリア)講師 ジャヤンドラ・ソーニー 氏

「徳川日本の心学運動における中国的要素について」

復旦大学(中国)教授 呉 震 氏

「グローバリゼーションの時代における人間の条件」

パリ第7大学(フランス)教授 エティエンヌ・タッサン 氏

「アメリカに浸透する仏教―その現状と意義」

武蔵野大学教授 ケネス・田中 氏

[司会]

東洋大学教授 国際哲学研究センター研究員 山口一郎 氏

[コメンテーター]

東洋大学教授 国際哲学研究センター長 村上勝三 氏


魂の本来的な自由を守るジャイナ教の「非暴力」

村上 前半で4人の先生方に提言いただいた内容を簡潔に振り返りながら、私からの問題提起を行いたいと思います。まずソーニー先生は、ジャイナ教の「非暴力」という考え方を支える「形而上学的」仕組みを明らかにされました。ジャイナ教において魂は完全で無制限なものであり、本来の自由な姿で存在するにはあらゆる暴力に加担しないことが必要とされます。ソーニー先生は、人間がその本性を取り戻すために何らかの苦行や苦難が必要だと思われますでしょうか。
ソーニー それを説明するには、ジャイナ教におけるジーヴァ(魂、霊魂)とプドガラ(物質)の関係を知ることが大切です。物質が魂に流れ込み、そこに固着して魂の本来的な自由を妨げるとき、物質は悪いカルマ(業)に変わったのであり、このバンダ(束縛)から魂を解放するには、人は怒りや情念を捨て、あらゆる暴力を注意深く排除しなければなりません。ただしここで言う暴力とは、動物や植物を傷つけることも、言葉による暴力も、見落としや不注意が結果的にもたらす暴力さえも含んでいます。この世界に生きながら、そうしたもの全てにかかわらずにいるのは大変難しいことです。
 人には苦難が必要かという先ほどの問いに答える前に、人間の生そのものがすでに苦難であることを指摘しておかなければなりません。老齢化、病気、そして死は私たちの近くにあり、今この瞬間にも私たちを脅かしています。それは、この世界に存在していること自体から生じる避けがたい苦しみです。私たちはまず、そうした状況を認識する必要があります。そのうえで答えるなら、私は人間にとってことさら苦難が必要であるとは思いませんし、「現在のこの苦難をいかに乗り越えていくのか」ということこそ、常に最も重要なテーマなのではないでしょうか。

グローバルな文明対話の共通基盤としての儒学

村上 呉先生には、陽明心学という外来の新しい思想が、江戸時代の日本でどのように受容され、あるいは変容したのかを石田梅岩の開いた「石門心学」を例に解説していただきました。
 陽明心学の広がりは、日本において大きな思想的混乱をもたらさなかったというご指摘でしたが、それは思想としては受け入れても自分たちの生活経験は手放さない、つまり国際化に抵抗する傾向が当時の日本にあったからでしょうか。
 日本で陽明心学が民間の学者にも広く伝わったのは江戸時代初期ですが、石門心学はその流れとは別に、半世紀ほど経ってから独自に起こった思想運動です。この点がまず面白いと思いました。梅岩の教えについては私もかなり専門的に研究しましたが、彼が王陽明の著作を引用した例はひとつもありません。
 ところが、彼に続く学者たちは、中国の正式な史書や経書だけでなく、在野の人々が書いた歴史研究書や因果応報譚(たん)なども幅広く取り入れています。日本の農村地域の庶民を対象に、さまざまなレベルの中国的・儒学的思想がこの時代に教授されていたということです。しかもそこで扱われていたテーマは、倹約、正直、堪忍といった世俗的道徳が中心であり、この点も中国の陽明心学とは大きく異なります。
 外来の新しい思想に出合う時、自分たちの文化をいかに国際化するか、あるいは新しいものをどう自分たちのなかに土着化していくかは、全ての人間にとって永遠の課題です。しかし儒学の教えが日本でこのように変容しながら受け入れられたことは、儒学が東アジアを中心としたグローバルな文明対話の基盤となる可能性を示唆しているものと思われます。

約束と赦(ゆる)しによる信頼と来たるべき人間の条件

村上 タッサン先生が問われたのは、今日「グローバリゼーション」と呼ばれるものが「世界化」とは反対の「世界喪失の全般化」ではないかということです。それに対する先生の結論は、共通世界は実存(自己の存在を自覚的に問いつつ存在する人間の主体的あり方)の尊厳の上に成り立つべきものであり、たとえ分割や利益抗争をはらむとしても、世界は複数性を保たなければならない、というものだと思います。
 実存の尊厳の根底にあるものは「人間への信頼」ですが、フクシマのような大災害の後にも、私たちはまだこの信頼を未来の基盤にできるでしょうか。
タッサン 今日、実存の尊厳のうえに世界を成り立たせることは極めて難しいと言わざるをえません。特にヒロシマ・ナガサキ、アウシュヴィッツやフクシマのようなカタストロフ(大きな破滅的出来事)を経験した後ではなおさらです。そのような暴力や大災害が再び繰り返されてはなりません。
 今あるこの世界は、私たちが1945年にヒロシマ・ナガサキを体験した後に生まれました。この悲惨な出来事の後の世界を生きて行くには、「人間が世界を破壊することもできる」という認識をもたなければなりません。この認識の上に立って「私たちはそれでもまだ人間の本性を信頼することができるのか」という問いに対して、私は次のように答えたいと思います。
 この「信頼」ということの根底にはいつも「約束と赦し」ということがあります。宗教や倫理のなかに、「約束と赦し」を実現するための心構えを見いだすことはできるかもしれません。しかし、フクシマ以後の問題として捉えた場合には、第一に政治がこれに対処しなければなりません。ヒロシマ・ナガサキ、アウシュヴィッツの後だからといって、怨念や復讐心では新しい共通世界をつくることはできません。今も痕跡を残す暴力の結果を赦し、救済し、新しい展望を約束として築いていく政治が求められます。そこに未来に向けての人間の条件も開かれます。

個人の尊厳と共生を語る「インドラ網」のたとえ

村上 田中先生は、アメリカにおける仏教が、伝統的な教団の結びつきではなく、個人的な「スピリチュアリティー(霊性)」に根差した体験として広まっていることを指摘されました。しかしそこには、先生も懸念されているように、過度な個人主義の危険もはらまれています。田中先生は、寛容で多様性を含む「広大無辺な宗教」としての仏教による調和的世界を展望されましたが、そのなかでこうした傾向をどう捉えておられますか。
田中 アメリカにおいて仏教に影響を受ける人が増えております。このことは、伝統的な宗教に満足しない層を中心に、スピリチュアリティーという精神主義的な宗教観が旺盛になっていることを反映しています。人々の心が向かう先が、「信じる宗教」から「目覚める宗教」へと変容してきたと言い換えてもいいでしょう。しかしインターネットで知識を得て、寝室のナイトスタンドの灯りでひとりメディテーション(瞑想)にふけるだけという、アメリカに増えている仏教への態度はやや行き過ぎだろうと思います。
 本日の提言の中で、私はインドラ(帝釈天)の宮殿には結び目一つひとつに輝く宝珠が縫い込まれた網(インドラ網)がかかっているという、有名なたとえ話を紹介しました。その教えるところは、人はみな平等で大切な存在であり、宝珠が互いに互いを照らし合っているように、誰ひとりとして自分の力だけで光ることはできないのだということです。人は、一人ひとり独自であると同時に平等でもあります。独自で、平等だからこそ、人々は互いに信頼をもとに対話を重ねて理解し合うことができるのです。この「インドラ網」という比喩は、これからのグローバルな世界を考える哲学において大変有効だと思います。
村上 本日は「グローバリゼーション」という共通のテーマをもとに、専門の異なる先生方に深く有益なお話を伺(うかが)うことができました。心から感謝申し上げます。



>東洋大学国際哲学研究センターとは
これまで、東洋大学大学院文学研究科を中心に進められてきた研究プロジェクト「多元化した地球社会における新たな哲学の構築」が、文部科学省「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択されたことを受け、2011年7月に発足。「日本哲学の再構築に向けた基盤的研究」「東西哲学・宗教を貫く世界哲学の方法論研究」「多文化共生社会の思想基盤研究」をテーマとした三つのユニットで、哲学研究の国際的なネットワーク形成をめざしています。
○国際哲学研究センター
くわしくは→→→ http://www.toyo.ac.jp/rc/ircp/index_j.html