2020年に2000万人まで外国人観光客を増やすという政府が掲げた数値目標は、2020年を待たずして達成する見込みが立ちました。そして今、新たな目標である3000万人の大台に向かって、多様化する訪日外国人観光客のニーズを満たす具体的な施策を、立案・実行できる人材が求められています。
グローバルな「人財」の育成を標榜する東洋大学は、まさにこうした時代に求められる「即戦力となる実務能力」「観光政策を具現化できる能力」を兼ね備え、グローバル市場化する観光業界をリードする人財を育成する「国際観光学部 国際観光学科」の設置を構想しています。
そこで今回は、南三陸ホテル観洋で女将を務める阿部憲子氏にお話を伺いました。阿部氏は1963年に観光を専門的に学ぶ学科を日本で初めて設立された東洋大学短期大学のホテル観光学科の卒業生です。また、2011年の東日本大震災で甚大な被害を経験し、地域の復興への取り組みに尽力されてきました。そんな氏に、かつて母校で学び今なお生きている教え、これからの観光産業を支える人材像、そして新たな学部に期待することを語っていただきました。
私が女将を務めている南三陸ホテル観洋は、気仙沼市で1961年に父が創業した「阿部長商店」が運営しており、気仙沼市にも妹が女将をしている2つのホテルがあります。「阿部長商店」は水産業と観光業を営んでおり、小さい頃から熱心に仕事に取り組む父の姿を見ながら、「息子は水産、娘はホテルの跡継ぎ」「家業に誇りを持て」と言われて育ちました。
私も妹も、東洋大学短期大学ホテル観光学科出身。当時は、観光学科がある大学や短大はほとんどなく、貴重な学びの場でした。私の卒業後に4年制の国際観光学科となり、2017年4月には「国際観光学部」として発展されると聞き、卒業生としてとても喜ばしく思っています。東洋大学には、観光を学ぶ場としての誇るべき伝統と歴史がある。このことはもっとアピールしても良いと思います。
生まれ育った気仙沼を離れることに不安はありましたが、家業を継ぐにあたっては地元だけで学ぶのではなく、都会の様子も含めた社会を知り、広い視野を獲得すべきであるとの父の考えもあり、東京への進学を決めました。当時から東洋大学は熱心に学べる環境にあり、授業も皆勤するほどでした。特に印象に残っているのはホテルでのインターンシップです。座学だけではない、現場での体験がとても実践的で勉強になりました。その経験から、普段、料理を取る時にもついついサーバーの持ち方の練習をするようになるなど、基本的な技術が習得できました。同時に、観光の理論を学ぶ授業内容も充実していたことから、今でもホテル観光学科で学べたことは大変ありがたかったと思っております。
学生仲間も、観光を学びに来ている人たちだけあって、明るく社交的な人が多かったですね。あの当時に出身地や育ってきた環境も様々な方たちとご一緒させていただいたということも、接客業に必要なコミュニケーション能力を身に付ける上で非常に有意義だったと思います。仲間は支えにもなりましたし、良い意味で刺激にもなりました。全国区の大学の魅力ってこういうことなんだと、東京に進学して初めてわかりましたね。
卒業後は、家業のこのホテルに就職。同期入社の皆さんと同じ制服を着て入社式を迎え、日々夢中で仕事に取り組んできました。そして、2011年の大震災……。あの日から現在まで、復興のために一日も止まることなく動き続けています。観光業は経済効果の裾野が広い産業。ホテルは一つの宿泊施設に過ぎませんが、私たちが止まると肉屋も八百屋も電気屋も止まる。「ホテルが動けば細々でも道が作れる」という言葉を励みに頑張りました。
図書館が閉鎖と聞けば、ホテル内に図書コーナーを設け、勉強できる場所がないと聞けば、大学生と連携して寺子屋を設け……という風に、私たちにできることは何でも協力してきました。サービス業は、人のお世話をするのが仕事なので、職業柄、人を助けることを常に考えています。ただ、私一人ではできることが限られているので、たくさんの賛同してくれる関係者に支えていただけたことにはとても感謝しています。
最近では、1000年に一度の災害は1000年に一度の学びの場ではないかと考えるようになりました。私も含め、ホテルの従業員の意識も大きく変化し、成長しました。
今でもそろばん教室や英会話教室を実施しています。そろばん教室では、2名がそろばんの全国大会に出場、ベスト4にも入りました。勉強する環境が十分整ってなくても、それをバネにして成長した子がいる。本当に嬉しいことです。こうした学習支援は、子ども達はもちろん、その親や孫を持つ世代の生きる力や希望になる。そう信じて、今後もできる限り継続していきたいですね。
東洋大学で開設される国際観光学部は、グローバルな人材の育成が一つのコンセプトだと伺っています。私たちのホテルにも外国の方が訪れますので、今後の観光業を担う人材には必要な視点です。グローバルな人材になるためには、人と積極的に交流する志が一番大事だと思います。学生の方には生身の人と接するチャンスをたくさん作り、学んだ英語を積極的に使ってみてほしい。言葉の上でも自信を持ち、自分の考えをきちんと発信できるようになることが大切だと思います。また、外国の方と接することは文化の違いに遭遇することが前提ですが、「相手を思いやる気持ち」という普遍的な考え方ができないと関係性を築くことは難しいでしょう。
新学部には、積極的に人と交流する、自主的に行動するためのプログラムが教育の一環に組み込まれたら素晴らしいと思います。それぞれの目的に応じて、さまざまな現場での実習やインターンシップが良い訓練になるでしょう。私たちのホテルでも毎年、大学等からインターンシップを受け入れていますが、ホテル内の清掃等、いろいろな役割を体験することで、一見表からは見えにくい、裏方の重要性が身に染みてわかります。こうした経験が「周りの人達を大切にする」というサービス業の原点を学ぶことにもつながり、若い人たちの成長の機会になることを実感しています。
働くことも大事ですが、地域の方々との交流も同じくらい大事。これからの社会では、「交流」は大事なキーワードになるのではないでしょうか。これまで同じ世代の人としか交流がなかった学生が、インターンシップという場を通じて母親世代やおばあちゃん世代の従業員とやりとりすることは、さまざまな学びにつながります。
さらに、語学研修や海外でのインターンシップも充実させるとのことですので、学生のうちに多くの体験をしておくと、いざという時に過去の経験を活かして力を発揮できると思います。様々な立場で活躍する先輩方の話を聞き、大きな刺激を受けるような機会がたくさんあると良いですね。新学部を巣立った卒業生たちの活躍を今からとても楽しみにしています。