• facebook
  • twitter
  • button-onbutton-off
    • VOL1
    • VOL2
    • VOL3
    • VOL4
    • VOL5
    • VOL6
    TOPに戻る
     
Vol9.異なる国や文化と出会い多様な考え方や本質を理解することで〝当たり前〟を見つめ直し国際人としての軸をつくる
映画監督・脚本家 五藤利弘

今、グローバル化の進展とともに、多様な文化や社会を深く理解したうえで、世界を舞台に活躍したり、世界に向けて日本のことを発信できる人材が求められています。東洋大学でもそのような人材の育成を目指し、2017年4月に文学部の「英語コミュニケーション学科」を発展改組させ「国際文化コミュニケーション学科」を新たに開設します。この学科では、多言語(英・独・仏・日)スキルに加え、世界の文化の歴史、思想、宗教などに関する深い教養、異文化理解のスキルを身に付けたコミュニケーション力を持つ人材を育成します。

その「国際文化コミュニケーション学科」に大きな期待を寄せているのが、映画監督の五藤利弘さん。映画づくりを通して日本のローカルエリアの魅力を発信する活動も行う五藤さんは、「これからは自分とは異なる文化を尊重しながら、日本について世界に正しく発信できる人間が必要」と言います。そんな五藤さんに大学時代や仕事の話、「国際文化コミュニケーション学科」への期待を伺いました。

映画づくりを通して地域の魅力を伝えたい
映画づくりを通して地域の魅力を伝えたい

私は子供の頃から映画が好きで、いつか自分で映画を撮影したいとずっと思っていました。大学は東洋大学の社会学部に入学しました。社会学部を選んだのは、社会の仕組みについて幅広く学ぶことができ、映画づくりに役立つこともあるだろうと思ったからです。

大学時代はそれほど熱心に勉強をしたわけではありませんが、実習で島根県の山村で生活実態調査をしたことが思い出に残っています。実習では地域の人に聞き取り調査をし、統計データとしてまとめる手法を学びました。その頃から、日本の田舎の文化や風習に興味があって、野宿しながらオートバイで地方をまわったりもしていました。当時は東京や最先端のものがもてはやされていた時代で、田舎や日本的なものはあまり見向きされなかった時代です。でも、私はなぜか田舎の古い建物や自然に引かれ、日本の古きよき文化や風景をきちんと後世に残さなくてはいけないのではないかと思っていました。その頃の体験が、今の自分の仕事の原点になっているように思います。

大学時代にはシナリオスクールに通って脚本の勉強をし、自主映画も何本か撮影しました。卒業後も映画を撮り続けたくて、就職はしませんでした。とはいえ生活していくためのお金を稼がなくてはならないため、映像に関わる仕事ということで、ビデオ映画の脚本や企業のプロモーション映像の構成台本を書くようになりました。その後、報道番組やドキュメンタリー番組の企画制作などの仕事をするようになります。今では、それらの仕事と並行しながら、子供の頃からの夢だった映画も撮らせていただけるようになりました。

初めて撮った劇場用の映画は、2009年に公開された『モノクロームの少女』です。この映画は私の故郷であり、東洋大学の創立者 井上円了の出身地でもある新潟県長岡市を舞台にしています。長岡市は2004年の新潟県中越地震で大きな被害を受けました。当時、私は仕事で忙しかったためすぐに帰郷できず、ほとんど何もできませんでした。しかし、故郷のために何かをしたいと思い、また多くの人の支援もあって、この映画を撮影することになりました。撮影には地元の多くの方々に協力していただき、私自身も故郷の良さを再発見することができました。この作品がきっかけとなり、その後、映画づくりを通して地域の魅力を発信したり、地域活性化を目指すプロジェクトの依頼をいただくようになりました。今は2017年夏に公開予定の茨城県取手市を舞台にした青春映画『レミングスの夏』の編集作業を行っているところです。

異文化を深く理解したうえで〝日本〟を発信できる人材が必要
異文化を深く理解したうえで〝日本〟を発信できる人材が必要

この度、東洋大学に多文化を理解し、日本の文化を世界に発信できる人材を育てる「国際文化コミュニケーション学科」が新設されると聞きました。今の若い人たちは最初から世界で活躍するために学ぶことができて、うらやましい限りです。これからは異文化を尊重し、自分とは異なる価値観の人ともきちんとコミュニケーションがとれる人材があらゆる分野で必要です。そのためには単に語学ができるだけでなく、その国の歴史や文化、宗教などに関する深い教養も必要でしょう。

これまで様々な映画を撮ってきましたが、自分の作品で一貫してこだわっていることは〝当たり前だと思っていたことを見つめ直す〟ことと〝背景にあるものを映し出す〟ことです。

例えば、地域に長年暮らす人は意外とその良さが当たり前になっていて、なかなか気づかないということは多く、外部から来た人間のほうが、その地域の良さに気づくものです。実際、日本人が見向きもしない日本の風景に、外国人が大喜びすることはよくありますよね。一方、「棚田」はとても綺麗で、最近では観光としても非常に人気がありますが、傾斜地での稲作であるため、その美観を守っていくために実は農家の方の相当な苦労があります。そういった、上辺でなく背景にあるものを理解し、それを俳優に演じてもらうことで、その本質を映像に反映するよう心掛けています。

国際文化コミュニケーション学科で行われる比較文化研究は、まさにこのような異なる文化を深く比較することで、それぞれの文化の魅力や本質に迫る学問なのでしょう。

今は若い人が海外に気軽に行ける時代です。海外では日本の当たり前が通用しないことがあります。反対に、海外に出ることで日本の良さに気づくこともあるでしょう。若い人にはそのような異文化体験をたくさん経験してもらいたいですね。国際文化コミュニケーション学科は留学プログラムも充実しているとのことなので、ぜひ積極的に活用してほしいです。

また、グローバル化が時代の流れですが、私はグローバルスタンダードに合わせることが国際化だとは思いません。むしろ日本的なものを突き詰めることが、グローバルな世界で活躍するための武器になると考えています。例えば、世界から高い評価を得ている黒澤明監督や小津安二郎監督らは、決して海外受けをねらって作品を撮ったわけではありません。日本人として、自分たちの問題意識や感性をもとに撮影したものが、世界から評価されるようになったのです。グローバルな世界で活躍するには、確固とした自分の軸が必要だと思います。日本人の場合、やはりそれは日本人ならではの感性やものの見方、文化でしょう。国際文化コミュニケーション学科には、日本語教育や日本文化について学ぶコースもあるとのことなので、ぜひ地に足のついた国際人を育成してほしいと思います。

最後に、日本人はまだまだ自分たちの良さを発信することが下手だと思います。映画をはじめとした日本文化の魅力を、世界に向けて上手に伝えられる人材は、もっともっと必要です。その点でも、国際文化コミュニケーション学科でこれから学ぶ若い人たちに大いに期待しています。

profile

profile 映画監督・脚本家 五藤利弘
昭和43年新潟県長岡市生まれ。東洋大学社会学部卒。シナリオ作家協会会員 著作権委員会委員。
出身地である新潟県中越地方を舞台とした「モノクロームの少女」(2009年)他、「ゆめのかよいじ」(2012年)「花蓮~かれん~」(2015年)など、地域に根差した作品を多数監督。
日本テレビ「news every.」「きょうの出来事」フジテレビ「ザ・ノンフィクション」などテレビ番組の企画・構成・演出・プロデュースや劇場用映画の脚本・演出なども担当している。
学部紹介

文学部 国際文化コミュニケーション学科

2017年春に開設。国や価値観の違いを越えて、信頼関係を築く真の「コミュニケーション力」を持つ人材の育成をめざし、英語だけでない多言語スキル、多文化理解を身に付け、世界へ正しく発信できる能力を持つ人財の育成を目指す。
詳しくはこちら

BACK NUMBER

ページのトップへ戻る