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より安く、より使いやすく 実物大「紙ヒコーキ」で実験

2011年2月10日12時7分

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写真:段ボールで作られた国産ジェット旅客機MRJの模型=名古屋市港区、恵原弘太郎撮影段ボールで作られた国産ジェット旅客機MRJの模型=名古屋市港区、恵原弘太郎撮影

写真:MRJの完成予想図MRJの完成予想図

写真:段ボールで作られた国産ジェット旅客機MRJの模型。鼻先に「夢」と書かれている=名古屋市港区、恵原弘太郎撮影段ボールで作られた国産ジェット旅客機MRJの模型。鼻先に「夢」と書かれている=名古屋市港区、恵原弘太郎撮影

 三菱重工業が、「紙ヒコーキ」をつくっている。本格生産を控える国産初のジェット旅客機「ミツビシ・リージョナル・ジェット(MRJ)」の実物大だ。より安く、より使いやすく。先行する海外メーカーに打ち勝つための実験が始まった。

 MRJの部品をつくる三菱重工業の大江工場(名古屋市港区)。拡張された敷地の一角、かつてれんがをつくる材料を保管していた古びた倉庫の中に、段ボールでできた「紙ヒコーキ」はある。完成すれば全長35.8メートルになる機体をパーツごとに模型化した。

 「ほらここ。アントニオ猪木みたいな力持ちでないと、バッテリーが取り付けられない」。設計図を忠実に再現した実物大の胴体模型を前に、生産部門をまとめる後藤純一郎さんが不具合を指摘した。

 電子機器などを置く機器室が、重い機械を付けたり外したりするには難しいつくりになっていた。「納入後のお客さんが整備に困るし、我々もつくりにくい」

 作業を楽にするため、着脱式のベルトコンベヤーをつける改善を考案。バッテリーを胴体の低い位置に下げることも設計部門に提案した。

 倉庫にはコックピットや翼などもある。本当なら機体の骨組みや外板はアルミ製。それらを塩化ビニルのパイプや段ボールでつくり、電線は麻のロープで代用した。「紙ヒコーキ」は初めての試みだ。

 生産技術課主席チーム統括の沢幸雄さんは「素材の多くは工場にあった廃材。近くのホームセンターで買えるようなものばかりです」と笑う。

 尾翼を胴体に取り付ける際、部品は専用クレーンでつり下げて運ぶのが常識だ。時間も手間もかかる。だが、模型で試行錯誤するうちに台車で運ぶ方法を見つけた。少ない作業員で済み、作業時間も5分の1に短縮。自動車の組み立てのように効率的な流れ作業も導入できる。

 理想を求める設計部門に対し、生産部門は加工費などの現実をみる。「視点が違う両者の戦いはかなり激しい」(沢さん)。だが、生産が本格化する前に模型を使えば、使い勝手の悪さや生産工程の不具合を洗い出せ、コストも引き下げられる。

 日本の航空機産業には苦い経験がある。

 1974年に生産中止となった国産旅客機のYS11だ。戦後初の旅客機づくりにはゼロ戦を設計した技術者も加わった。世界に打って出ようとしたのはMRJと同じ。その性能は「あれほどのプロペラ機は今後も出ない」(航空機設計関連会社の社長)と高く評価される。

 だが、つくっては不具合を見つけて手直しする作業が当たり前だった。コスト感覚は鈍く、営業面の失敗もあって思うように売れなかった。

 MRJが挑戦する小型ジェット旅客機市場は、カナダ・ボンバルディア社とブラジル・エンブラエル社の2強が立ちはだかる。新興国の経済発展で市場はまだ伸びるため、中国とロシアのメーカーも参入。競争は厳しい。

 MRJはライバルより燃費性能を20〜30%向上させ、乗り心地も良くしたが、性能だけでは受注は難しい。後藤さんは「売れないと話にならない。事業として成り立たなければ続けられない。価格競争を考え、この模型が必要だった」と話す。(伊沢友之)

    ◇

 〈MRJ〉 三菱重工業が製造、子会社の三菱航空機が設計と販売を手がける小型ジェット旅客機。92人乗りと78人乗りの2種類で、航続距離は最大で3440キロ。大都市の拠点空港と地方空港を結ぶ路線などで使う。販売目標は20年間で1千機。これまで125機を受注した。開発費は約1800億円で、うち約500億円を政府が支援。トヨタ自動車なども三菱航空機に出資して支える。1号機は来年夏ごろ完成予定だ。

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