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NEW羽田 ここをチェック!

〈3〉羽田から世界各地の秘境へ

2010年11月10日11時10分

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写真:ペルーの世界遺産マチュピチュ拡大ペルーの世界遺産マチュピチュ

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国際線の定期便が就航して新しくなった羽田空港。アサヒ・コムのコラム執筆者に、新しい羽田空港について語っていただきます。3回目はトラベルページ「地球七転び八起き」の金子貴一さんです。「秘境添乗員」の金子さんに、新しい国際線ターミナルと羽田から飛べる就航地は秘境につながっているのかどうか語っていただきます。

 秘境添乗員とフリーライターの二足のわらじを履く私にとって、羽田空港は、以前から世界の秘境への入り口であった。

 2002年、アラブ首長国連邦のドバイを拠点とするエミレーツ航空が関空に直行便を就航させると、同便と連携する日航のコードシェア便が羽田空港と関空を結ぶようになった。私自身、何度、お客様を引率して、夜、羽田をたち、関空でエミレーツ航空の深夜便に乗り換えてドバイに向かい、中東やアフリカ各地の秘境に飛んだか知れない。

 最も思い出深く残っているのは、2003年3月23日、イラク戦争がぼっ発して3日目に、フリーライターとしてイラク戦争取材のため、隣国ヨルダンの首都アンマンに向かったときのことだ。多くの友人がいるイラクのことが心配で、私は機内でも寝付けなかった。そして、ドバイを離陸したエミレーツ航空機は、イラクやサウジアラビアなどの戦争地域を大きく迂回(うかい)して、アンマンに着陸したのだ。

 それから1週間、私は昼も夜もなく取材を続け、原稿を雑誌編集部に送り続けたのだった。

 ところで、その羽田空港は、今回の新国際線ターミナル開業により、秘境の入り口としての役割が飛躍的に増大した。羽田からパリやロンドンを経由してアフリカ各地へ、バンコク、シンガポールや上海を経由してアジアや中国各地へ、そして、サンフランシスコやロサンゼルスを経由して中南米各地へと、これからどんな秘境の旅に行けるのか、今から楽しみである。

 パリ経由は、アフリカ大陸の旧フランス植民地を旅するのに便利だ。

 この際、思いきって秘境のマリ共和国を訪れるのはいかがだろうか。西アフリカ最大の国マリにある四つの世界遺産を、遠隔地にある1カ所を除き、すべて巡るのだ。

 1000人が一度に礼拝できる世界最大の泥れんが建造物である大モスクを中心とする「ジェンネ旧市街」、サハラ砂漠の南縁に位置し、北アフリカとブラックアフリカを結ぶ交易都市、イスラム教の宗教・学芸都市として14〜16世紀に繁栄を極めた黄金の都「トンブクトゥ」、シリウス星神話をはじめとする独自の神話体系を維持するドゴン族が住む「バンディアガラの断崖(だんがい)」(ドゴン族の集落)だ。

 マリ政府が認証する「2010年マリ最高の旅行会社」サガ・ツアーズが催行する英語ガイド付き現地ツアーを利用すると、羽田発着の計11日間で、広大なマリ国土に散在する世界遺産3カ所を含む6カ所の主要観光地の見学が可能となる。

 例えば、この年末年始を利用して行こうとすると、仕事帰りに羽田空港から12月23日午前1時30分発のエールフランスAF283便(日航とのコードシェア便)に乗ってパリに行き、AF3096便に乗り換えれば同日の午後8時50分にマリの首都バマコに着く。空港には係の人が出迎えているので、帰りの飛行機に乗るまでお任せコースだ。

 帰りは、すべての観光が終わった12月31日(金)の午後11時半にAF3093便でバマコを出れば、パリ経由のAF282便で年を越えて1月2日(日)午前6時55分に羽田に到着する。丸2日間十分身体を休めてから仕事始めに臨めるのだ。

 アジアに目を転ずると、例えば羽田発の上海便は、中国国内線を中心に扱う上海・虹橋国際空港に着陸するのがうれしい。成田発の上海便だと国際線を中心に扱う上海浦東国際空港に着陸するので、国内線への乗り換えを虹橋で行わなければならない場合、最低でも4時間もの乗り継ぎ時間を見なければならないからだ。隣国に行くのに4時間の乗り継ぎ時間は大きなロスだ。

 例えば、達磨(だるま)大師による禅発祥の地「少林寺」と道教の聖地「中岳」を含む、今年、世界遺産に登録されたばかりの「天地之中歴史建築群」を見学に行く場合、鄭州新鄭国際空港で降りて、車で約2時間もたつと建築群に着く。

 羽田空港を午前10時25分に出発し、全日空と中国東方航空を乗り継いで行くと、同日の午後7時半頃には少林寺に到着できる。少し忙しいが、休みが3日もあれば、中日の丸1日かけて新たな世界遺産を見て回れるのである。

 中南米では、ペルーの世界遺産マチュピチュに行くのはどうだろうか。

 12月15日からは経由路線の時刻表改正により、曜日によっては、ロスとペルーの首都リマを経由してマチュピチュ観光の拠点・クスコへ行く場合、成田空港発の最短移動時間に比べて2時間35分も短い、24時間15分で到着できるようになる。

 午前零時5分に羽田を出発する全日空NH1006便に搭乗し、ロスとリマでラン航空に乗り継いで行くと、時差の関係で、羽田出発と同じ日の午前10時20分にクスコに到着するのだ。羽田空港の利便性を考えると、今まで「地球の果て」と思っていた中南米への旅もぐっと近くなるのではないだろうか。

 ところで、この羽田空港自体も秘境であり、異界であることをご存じだろうか。品川駅から京急電鉄に乗って空港に向かうと、「異界」に近づいていることが良く分かる。

 まず、立会川駅を越えると向かって左下の旧東海道沿いに木の生い茂った一角が見えてくる。江戸の二大刑場のひとつ、「鈴ケ森刑場」跡である。江戸時代を通して10万人とも20万人とも言われる「罪人」が公開処刑された場所で、その多くは浪人であった。今で言うホームレスだ。当時はここが海岸線であり、東海道を通って江戸に入ろうとする人々への見せしめでもあった。

 次に、天空橋駅で降りて、地上に出て南に歩いていくと、羽田空港を背にしてぽつんと立つ大鳥居が見える。かつての穴守稲荷神社の一の鳥居だ。

 今でこそ空港の敷地内だが、江戸時代末期の1800年ごろに開墾が行われた地域で、当時は、防波堤が決壊して半農半漁の村々に海水が流れ込む被害が相次いだ。そこで1818年に洪水から近隣一帯を守るために建立されたのが穴守稲荷神社だった。明治以降は参拝客が増加して繁栄を極め、昭和6年にはご神域内に羽田空港が開港するに至った。

しかし、昭和20年の終戦後、米軍に強制撤去を命じられ、現在の穴守稲荷駅近くに移転。大鳥居だけは撤去しようとする度に工事関係者の事故が相次いだため、たたりを恐れて残されることになったのだという。

 そして、羽田空港にある羽田航空神社である。航空安全のため、昭和38年に(財)日本航空協会の航空神社(昭和6年創建)から分霊して建立された。

 現在は国内線第1ターミナル1階の一室に鎮座する。実は、ここにまつられている御祭神は、本社である航空神社にまつられていた陸海軍の航空「英霊」を中心として、分社後1982年までに亡くなった羽田空港関係の殉職者や航空功労者の901柱である。つまり、主に、飛行機事故で亡くなられた航空関係殉職者を「神」としてまつっている神社なのだ。

 秘境である羽田空港から世界各地の秘境へ。今後、国際線の路線が広がるにつれ、羽田は、ますます使い勝手の良い空港になっていくに違いない。

プロフィール

金子貴一(かねこ・たかかず)

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 秘境添乗員、フリーライター。1962年生まれ。元不登校児。高校時代、米国アイダホ州で一年間ホームステイ。大学時代は、エジプトの首都カイロに7年間在住し、カイロ・アメリカン大学文化人類学科卒業。留学を通して、「異文化間交流」の大切さを実感。在学中より、観光ガイド、ジャーナリストとして活動を開始。仕事等で訪れた世界の国・地域は100近く。著書に、「秘境添乗員」(文藝春秋)「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(学習研究社)
公式ブログ http://sea.ap.teacup.com/hachidaiga/

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