女子アスリート応援団

できない技があるから面白くてやめられない ラート・堀口文さん

  • 2017年1月17日

ラート日本代表の堀口文さん

  • 「体の効率的な使い方がつかめたことでラートとの一体感が増しました」

  • 「できなかったことが自分の努力でできるようになるのが、スポーツの魅力」と話す堀口さん

  • 2013年世界ラート競技選手権大会から

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 平行につながれた2本の大きな鉄の輪の中で両手両足を突っ張って、クルクルクルクル。逆さにつられながら両手を離したり、輪にひざをかけて前転したり。まるでサーカスを見ているかのような華やかさがある競技・ラートは、発祥国ドイツでは子どもの遊具として親しまれ、「回るだけなら誰にでもできますよ」と日本代表の堀口文さんは言う。だが、競技として窮めるには全身のバランスの良い筋力や表現力が必要。始めるのは簡単でも、頂点への道は狭く険しい。

堀口文さんの華麗な演技写真

直転、斜転、跳躍のできを競う

 ラートの2本の輪を垂直に立てたまま転がして演技する「直転」、斜めに傾けて1本の輪だけが地面についている状態で技を繰り出す「斜転」、転がしたラートの上を跳び超える「跳躍」の3種目で、技の難度と出来を競う。堀口さんは大学から始めてわずか1年で日本代表に選出された。難しい技もさらりとこなせる身体能力の高さと、技ごとにラートの動きを止めない、流れるような美しい演技が強みだ。

 昔からスポーツ万能で、体育の成績はずっと5。水泳、陸上、バドミントンと様々な競技を経験してきたが、持ち前の勘の良さで何をやってもすぐに上達してしまうため、なかなか「これだ!」とのめり込むスポーツには巡り合えなかった。そんな堀口さんの子どもの頃からの夢は、「とにかく、何かで日本一になる!」ということ。シドニー五輪の時にテレビで見た、日の丸をつけた選手たちに強く憧れたからだ。具体的にどの競技でとは決めないまま、「体育といえば筑波大学。とりあえず行けば何かあるはず」と、地元秋田を出た。

 その”何か”は、最初はラクロスだと思っていた。「大学から始める人が多いし、選手として有望なら日本代表に選ばれるって聞いて入部したんです」。けれどそんなある日、授業でラートに出合う。先生の「日本代表になりたい人はぜひ!」という勧誘の一言にグッときた。授業の手伝いにきていた先輩に頼み、早速その日の夕方から個人的に教わることに。「先輩は世界大会の優勝者。恵まれてました、世界一の人から学べるなんて」。その流れで体操部に入部。しばらくはラクロス部と兼部していたが、2年生になる頃には「ラートで日本代表になる!」と腹を決めた。

けがを機に飛躍

 在学中に全日本学生選手権で史上初の個人総合3連覇、2014年には世界チームカップで強豪ドイツを破っての団体金メダル。もともとの資質に加えて、大の練習好きとあって、大会に出れば出ただけ結果がついてきた。しかし、2015年の世界選手権に向けた練習中にアキレス腱(けん)を断裂。周囲は慌てたが、本人は「これまでが順調すぎた」と冷静に受け止め、1年のリハビリ生活に入った。

 けがをして基礎的な練習しかできなかったが、そのことがかえって全体のレベルを引き上げたという。「本場ドイツの選手は子どものころからやっているからか、力を入れなくても体重移動だけでうまくラートを転がせるんです。それまでは難しい技への挑戦の繰り返しで基礎練習を怠っていたのですが、体の効率的な使い方がつかめたことでラートとの一体感が増しました」。代表復帰した昨年6月の世界大会では個人総合5位に入賞、12月の全日本選手権では初の個人総合優勝を果たした。今年の目標は、連覇がかかる4月の世界チームカップで優勝することだ。

 大学、大学院と6年間ラート漬け。現在は企業の所属選手として競技を続けているが、それでもまだ飽きそうにない。「できない技が今でも山のようにあるし、やればやるだけ結果が出るからおもしろい。見ている人に『もう終わっちゃった。もう一回見たい!』って思ってもらえるような、難しくて美しい最高の演技をして優勝! ……ぐらいしないと、満足できないんじゃないかなぁ」

(文・渡部麻衣子、写真・高嶋佳代)

    ◇

堀口 文(ほりぐち・あや) ラート日本代表。1990年2月26日生まれ。秋田県出身。アレナトーレ所属

「できなかったことが自分の努力でできるようになるのが、スポーツの魅力」と話す堀口さん。ラートを窮めることができたら、次にやってみたいのは「スラックライン」。一本のベルトの上を綱渡りのように歩く競技だ。心はいつも新しいスポーツを探している。

>堀口文さんの写真特集

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